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第六部:いにしえの遺構
罠の下拵えと脱出
しおりを挟むシンシアが本棚から探し出した『似た外見の魔導書』をパルレアがチェックし、罠の類いがなにも仕込まれて無いことを確認してから、前の本と同じ位置で錬金術師の机に置いた。
どちらも革表紙で豪奢な金の縁取りと凝った書体。
正直、俺なんかにしてみればタイトル文字をよく見ないと違いが分からないレベルでソックリだ。
「これの表紙だけ開いて魔法陣を載せればいいのか?」
「はい、紙の真ん中に強く折り目を付けて、それを開いた本の綴じ目に合わせる感じでお願いします」
「少しハミ出すかな」
「周囲は必要無いので切ってしまいましょう」
言うが早いかシンシアは自分の小箱から小さなハサミを取り出してチョキチョキと綺麗にカットしていく。
オリカルクムのナイフを出しかけていた俺は、そのまま何食わぬ顔で元に戻した。
やっぱり女の子だよなあ・・・さすが、シンシア。
なにしろドラゴンを探しに行く時でさえ着替えやら文房具やらをしっかり持って、香袋まで身に着けていたからな!
しかも収納魔法が使えるようになる前にだ。
「この状態でそっと載せておきましょう。見つけたホムンクルスが魔法陣を描いてある紙からわずかに魔力が発せられていることを、『もう転移門が発動した後だからだ』と考えてくれれば成功です。この場で魔力を注ぎ込んで捕虜を召喚しようとするよりも、拠点に連れ帰ろうとする可能性が高いでしょう」
「よし、もしも上手くいれば、別のエルスカインの拠点に辿り着けるかも知れないな。それが何処にあろうとエルダンと同じように大きなヒントだ。ひょっとしたら別のガラス箱も保管されてるかもしれん」
「そうですね!」
「あとは探知のタイミングが問題だな」
「タイミングですか?」
「この紙って探知魔法を掛けると、裏側に埋め込んである探知の魔法陣が浮き出るんだよね? それで露呈する可能性はあるから、居場所を探れるのは一回こっきりかもしれん」
「あ、いえ大丈夫です。それもカモフラージュしてありますから」
「そんなこと出来るの?」
「前回、カルヴィノさんの背中に埋め込んだ時は王宮魔道士の方に教えて頂いた術式をそのまま使ったのですが、あの後よくよく考えてみると、探知を掛けた時に魔法陣を浮かび上がらせるというのは、悪用を防ぐためにワザとやっていることではないかと思って...」
「なるほどね。有りそうな話だよ」
「それで先日、魔法陣が目に見えるよう浮かび上がらせることに関係する術式を探し出して取り除いてみたんです。そうしたら問題なく動いたので、やっぱりそう言う意図だったのかな?って」
先日って、いつの間にだシンシア・・・
「でも安全対策って言うからには、その術式はカンタンには除去できないようにしてあったんじゃないのか?」
「ええ、どのパートがどの役割を果たしているのか分からないよう術式全体に上手く散らばらせた上に、単純に取り除くと探知そのものが動かなくなる構造にしてありました。ザックリ言うと『魔法陣を目立たせる機能』を除去させないための三重の防護策という感じですね」
「そりゃ凄い」
「ええ、教えて下さった王宮魔道士の先生には申し訳ないのですが、今回は緊急事態ですので勝手に改造した方を使わせて頂いてます」
おぉぅ・・・まるでなんでも無い簡単なことのように言うなあ!
「それと併せて、この本には魔法陣を描いた紙と『対になる探知魔法』を掛けておきました」
「対って言うのは?」
「この本と探知魔法を仕込んだ紙が一定以上に引き離されると...そうですね、たぶん城砦の外に出るくらいの距離でしょうか?...そうなると本の側から私に向けて警告が発せられるんです」
「マジか?!」
「マジです。ですので、コレまでのように頻繁に位置確認をしなくても、動かされたことが伝わるので、それから探知すれば済みます。すでに稼働した転移門の残滓...のニセモノが被さっていますから、発信した魔力はそちらの揺らぎだと誤認されるかと」
おおぅ、探知を掛けても魔法陣が光らなくなっただけで無く、しれっと新機能まで追加されてるよ・・・なんか凄すぎ。
前にも思ったけど、もうシンシアの技能と想像力は、その王宮魔道士の大先生を超えちゃってるんじゃないかな?
そう言うとシンシアは謙遜して大慌てし始めるだろうから言わないけど!
あとコレ、『貴族家の紋章入り』を条件に貴族だけが王都で注文できるペンダントと違って、シンシアは誰にでも、何にでも、しれっと何食わぬ顔で探知魔法を仕込めるって言うことだよな・・・
ふと、シーベル城でエマーニュさんが柔らかく微笑みながら、『探知魔法のペンダントが大人気なのは、連れ合いが浮気していないかを見張るため』だと教えてくれた時のことが脳裏に過った。
微かに寒気を感じた、あの言葉と笑顔・・・
まあでも、シンシアは人のプライバシーをないがしろにするような女の子じゃ無いし、そもそもシンシアほどの比類無き美少女で天才な、一点の曇りも無い姫君を娶っておきながら浮気をしようなんて考える奴はいるはずもない。
むしろ存在できない。
もしもいたら・・・俺が斬るからな。
++++++++++
『罠を罠に掛ける罠』を仕込んだ魔導書を錬金術師の机の上に設置してから、もう一つの転移門を錬金室の中に開いて、シンシアとアプレイスにはそこから帰還して貰う。
シンシアの改良した転移門はカモフラージュも徹底しているし、この上、俺たちが罠に吸い込まれたと誤解してくれれば、エルスカインの手下達が『あるはずの転移門を一生懸命に探す』と言うことにもならないだろう。
「シンシアとアプレイスは先に着地点に戻っておいてくれ」
「はい、御兄様と御姉様は?」
「俺とパルレアは瓦礫の穴を広げに行く」
「瓦礫の穴ですか?」
「ここに来る時に通った場所だよ。跳躍門が使えるように『向こう側が見えればいい』って大きさの穴しか掘ってないから、人が通った穴としちゃあ不自然だ。這って通り抜けられるぐらいに広げておこうと思ってな」
「だったらお兄ちゃん、そこも弱めの精霊爆弾で吹き飛ばしちゃえばー? それなら通った後に天井が崩落したって思うでしょ?」
「おおそうか! その方が出口の無い場所で『罠の牢獄』に吸い込まれたって思わせやすいな!」
「でしょー!」
「よしシンシア、精霊爆弾を出してくれ」
「御兄様、時間差はどの位にしておきますか?」
シンシアが言ってるのは、精霊爆弾を置いてからどのくらい後に爆発させるか、ということで、起動させるまでの時間は自由に設定できるように改良してあるそうだ。
「爆発するまでの時間は、あの瓦礫の下に置いて大広間に駆け戻ってくる間だから...そうだな、三十も数えれば十分か?」
「せ、せめて六十くらいにしておきませんか?」
「うん、シンシアがその方が安心できるんだったら、それで構わないよ」
「いえやっぱり、きゅ、九十ぐらいにしておきませんか御兄様、もしも万が一途中で転んだりとか...」
時々、妙に心配性だよなシンシア。
「あ、うん、分かった...じゃあ九十で」
シンシアが小箱から出して炸裂までの時間を『九十数える』程度の調整した精霊爆弾を受け取り、パルレアと二人で大広間の反対側にある崩落した部屋へと戻る。
それにしてもシンシアは、当たり前のようにアスワンの小箱から新しい精霊爆弾を出してきたけど、いくつ予備を造ってあるんだろう?
まさか砂糖菓子を一つ食べる度に精霊爆弾を一つ造ってるなんてことは無いよな?
出来るだけ天井の岩が崩れ落ちてきやすそうな場所をパルレアに探って貰い、弱めの精霊爆弾を設置する。
シンシアに教わった起動方法を慎重に思い浮かべて起動をセットしたら、後はパルレアと二人で大広間の反対側までダッシュだ。
「よし、着陸地点に戻るぞパルレア!」
「りょーかーい!
アプレイスが降り立った場所に転移で戻ると、転移門の外側で待ち構えていたシンシアが飛びついてきた。
「御兄様、御姉様、ご無事でしたか!」
いやいやいやシンシア、地下で別れてから、まだ大した時間は経ってないからね?
心配性にもホドがあるだろ・・・
「シンシアちゃん、かわいー!」
そう言ってニヤニヤしてるパルレアに構わず、シンシアの頭をポンポンと撫でながら静かに待っていると、不意に何かを感じた。
送り先が地下深いから爆発しても音や衝撃が来ることはないと分かっていたけど、なんとも言えない微妙な波動?の様なモノが通り過ぎた感じだ。
「なあ、今のかなシンシア?」
「そうですね、精霊爆弾が破裂した時に放出された魔力の波動が届いたのだと思います」
「アレなんだー!」
「へぇー、俺にも感じ取れたよシンシア殿」
どうやら入り口の落盤演出は上手く行ったらしい。
これで後から入ってきたエルスカインの手下にとっては、『侵入していた俺たちが中で消えた』という状況を信じ込ませやすくなるだろう。
多分。
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