525 / 922
第六部:いにしえの遺構
不可解な魔導書
しおりを挟む「御姉様、御兄様、ちょっとこちらへ!」
倉庫に戻るアプレイスの背中を見送り、そのままガラス筒の液体の中に浮かぶ不穏な塊を眺めていたら、後ろから声を掛けられた。
もう何か見つけたのか?
急いでパルレアと一緒にシンシアのいるところに行くと、魔道具棚の向こう側にあった立派な机の脇に佇み、その上に置いてある一冊の分厚い本を眺めていた。
分厚くて豪華な装丁が施されている本だ。
本の小口は革と金属を組み合わせたラッチのような金具で留められている。
かなり分厚い本だから、持ち歩く時なんかにウッカリ開いてしまわないための仕組みだろう。
さすがに禁書じゃ無いらしく、鍵までは付いていない様子だけど。
いや、付ける気になったら鍵も掛けられる構造のラッチだな・・・
「その本はなんだい?」
「どうやらこの部屋の主...恐らくは錬金術師が持っていた希少な魔導書のようですね。しかも古代の」
「おおっと、いきなり凄いモノが出てきたな! で、どんなことが書いてあるんだ?」
「その...古語の一種で表紙に書かれているマギア・アルケミア・パイデイア...現代語風に意訳すると『魔道理知大鑑』というニュアンスでしょうか?...そのタイトルを見ただけで、まだ中を開いていません...」
「え、なんで?」
「えぇっと、先ほど御姉様が仰った事とかを考えると...ひょっとしたら禁忌の魔法とか記してあるかも知れませんし、私はコレを読まない方が良いのかもしれない可能性もあると思ったんです...でも、本を開いたら中身が問答無用で目に入ってしまう訳ですし」
律儀だ!
なんという律儀さだよシンシア!
聞き分けの良さにお兄ちゃんも感動だよ!
ところが、それを聞いたパルレアが魔導書を置いてある机の上に飛んでくると、シンシアに真っ直ぐ向き合った。
「ううん、そんなことは無いのよシンシアちゃん!」
「え? でも...」
「アタシがさっき言ったのはねー、禁忌の知識みたいなモノを『危険物』だと分かっていながら『興味本位』で扱っちゃぁダメよーってことだから!」
「あ、はい!」
「だから、ちーゃんと目的とか必要性があって理解するためだったら別にいーのよ? 分かるでしょ?」
「ええ、もちろんです!」
おい待てパルレア、って言うかパルミュナ、『禁忌を興味本位で扱うな』とか、どの口で言うんだ?
そりゃクレアの魂を掬ってくれたことは感謝してるけどさ・・・
でも俺の中でホムンクルスの魂に関する複雑な心象というか考察を引き起こしたのは、あのエドヴァルのド田舎での、お前の興味本位な行動が発端じゃ無かったのかね? と、チョットだけ突っ込みを入れたい。
まあ、そのこと自体への文句はカケラもないけどな!
それからクレアもだよ、城の宝物庫に封印されてた魔剣をツマラン興味本位で勝手に持ち出したりしやがって・・・
あの後でお前を庇って父上に誤魔化すのに俺がどんだけ苦労したと思って・・・いや、そんな昔の淡い記憶はどうでもいいか。
「では、私が内容を確認してみてもいいですか御姉様?」
「いいよーっ!」
パルレアが明るい声で答え、シンシアの目が魔石ランプでも埋め込んだのかって位にキラキラと輝く。
そりゃそうだろうな・・・
シンシアがそろそろと手を伸ばす魔導書に、何の気なしにもう一度目をやった俺は、その瞬間なぜか強烈な違和感に襲われた。
何だコレ?!
なんか変だぞ・・・
「待てシンシアっ!」
よく考える間もなく思わず大声を出した。
魔導書の表紙に手を掛ける寸前だったシンシアが俺の声にビクッとして固まり、すぐに手を引っ込める。
何だろう、この違和感?・・・
「シンシア、その本じゃなくて『机』の持ち主のつもりになって、座る側に立ってみてくれ」
「え? は、はい」
シンシアが机の脇を直角に回り込んで、真っ直ぐに立った。
いや別に直立不動の姿勢を取れとか言ってないんだけど・・・まあいいや。
とにかく、件の魔導書はシンシアに対して背表紙を見せるかたちで横向きに置いてある。
日頃から机の上で頻繁に参照してる重たい本だったら、こういう風に置くかな?
むしろ駆けつけてきた俺たちや、さっきシンシアが立っていた横位置から手を伸ばした方が、表紙の文字を正対して読めるし、本自体も開きやすい角度だ。
昔、師匠が当時の俺の稼ぎというか貰っていた小遣い一年分を超える金額をはたいて分厚い魔獣図版を購入した時には、それを本棚に収めたりはせず、自分の机の上に乗せたままで、暇つぶしのように色々なページを開いて読んでいたことを覚えている。
もちろん本それ自体の角度は、いつでも手を伸ばせば読めるように、まっすぐ置いていたよな?
なんか、嫌な予感がする・・・
「魔導書に触るなよ」
机の上に浮かんだままのパルレアにも念のために声を掛け、改めてじっくりと魔導書の置かれている様子を観察する。
机の表面には微かに埃があるけど、心なしか分厚い本の裏表紙が机の面と接している部分には、周囲の机の上とは段違いに埃が集まってるような気がする。
俺は屈み込んで魔導書に顔を近づけ、背表紙の反対側・・・つまり頁が重なっている小口の側に強く息を吹きかけた。
金属製の閉じ具の隙間から、かなりの量の埃が舞い上がり、部屋の明かりを反射して光る。
やっぱりな・・・つまり、この本はかなり長い間、中を開いてもいなければ、この位置から動かしてさえもいないってコトだろう。
「なにしてるの? ってか、どーゆーこと、お兄ちゃん?」
「これは罠だよ」
「えっ!」
パルレアとシンシアが驚いて俺の顔をまじまじと見る。
まあ予想外だよな?
でも、『魔獣は一番予想してないときに、一番予想してなかった場所から飛び出してくる』ものなんだよ。
「この本は、机に近寄ってきた奴があえて手に取りやすいように置いてある。だけど座ってる本人...つまり、いまシンシアの立っている側からは中腰になって手を伸ばさないと開けないほど遠いし、表紙の向きも不自然だろ?」
「あ、確かにそうですね...」
「言われてみればー!」
さっそくパルレアが魔導書に手をかざす。
「うーん、なんかチョット変な感じがするかもー?」
先にチェックしろよパルレア!
「解呪せずに本を開くと作動する罠だと思う。罠の種類は分からないけど、場合によっては自分も室内って言うか直ぐ側にいる可能性だってあるから、それほど危険なものじゃ無いだろうね」
「じゃー、開いてもバクハツしたりはしないってコトねー!」
「してたまるか! 部屋の持ち主の錬金術師にしてみれば、ここに置いてある魔道具類が壊滅したら自殺モンだぞ?」
「ですよね御兄様!」
「そぉ?」
うん、この未知の魔道具に対するシンシアとパルレアの温度差が酷い。
それこそ単純に『興味の強さの差』かな?
「どうしますか? 本を動かすだけでも作動する危険があるのでしたら、他にも同じような罠があるか用心しないと...」
「でもココに罠が張られてたのは、やっぱりアタシ達がここに来ることを予想してエルスカインに手を打たれてたってゆーコト?! だってお兄ちゃん『自分ちの中には鍵を掛けない』って言ってたじゃん!」
あー、俺の不用意な発言で気を抜いていたのかパルレア・・・まあ、それだったらスマン。
ギリで気が付いて良かったよ。
「いや、これはエルスカインの罠じゃないと思う」
「なんでー?」
「たぶん、この部屋を使っていた錬金術師のホムンクルス自身が、昔から置いてたんじゃ無いかな?」
「ぇえー、マジー?」
「割と知られた話なんだけど、こう言う『罠』とかってのは錬金術師の習い性みたいなもんなんだ」
「へぇー?」
「自分の作業場や仕事道具、秘密の素材なんかを勝手に触られないように、そう言うモノ目当てで忍び込んできた奴が一番引っ掛かりそうなネタに罠を仕掛けとくものなんだよ。市井の錬金術師なら金塊に見せ掛けた黄銅のインゴットとか、もっと上級な奴だと高価な魔術の稀覯書とかな」
「なるほどねー!」
それを聞いたシンシアがちょっと顔を赤くして俯いたけど、そういう純粋なところ、お兄ちゃんは大好きだよ?
0
お気に入りに追加
66
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
世界最強で始める異世界生活〜最強とは頼んだけど、災害レベルまでとは言ってない!〜
ワキヤク
ファンタジー
その日、春埼暁人は死んだ。トラックに轢かれかけた子供を庇ったのが原因だった。
そんな彼の自己犠牲精神は世界を創造し、見守る『創造神』の心を動かす。
創造神の力で剣と魔法の世界へと転生を果たした暁人。本人の『願い』と創造神の『粋な計らい』の影響で凄まじい力を手にしたが、彼の力は世界を救うどころか世界を滅ぼしかねないものだった。
普通に歩いても地割れが起き、彼が戦おうものなら瞬く間にその場所は更地と化す。
魔法もスキルも無効化吸収し、自分のものにもできる。
まさしく『最強』としての力を得た暁人だが、等の本人からすれば手に余る力だった。
制御の難しいその力のせいで、文字通り『歩く災害』となった暁人。彼は平穏な異世界生活を送ることができるのか……。
これは、やがてその世界で最強の英雄と呼ばれる男の物語。
レオナルド・ダ・オースティン 〜魔剣使いの若き英雄〜
優陽 yûhi
ファンタジー
じいちゃん、ばあちゃんと呼ぶ、剣神と大賢者に育てられ、
戦闘力、魔法、知能共、規格外の能力を持つ12歳の少年。
本来、精神を支配され、身体を乗っ取られると言う危うい魔剣を使いこなし、
皆に可愛がられ愛される性格にも拘らず、
剣と魔法で、容赦も遠慮も無い傍若無人の戦いを繰り広げる。
彼の名前はレオナルド。出生は謎に包まれている。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
異世界でリサイクルショップ!俺の高価買取り!
理太郎
ファンタジー
坂木 新はリサイクルショップの店員だ。
ある日、買い取りで査定に不満を持った客に恨みを持たれてしまう。
仕事帰りに襲われて、気が付くと見知らぬ世界のベッドの上だった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
2回目チート人生、まじですか
ゆめ
ファンタジー
☆☆☆☆☆
ある普通の田舎に住んでいる一之瀬 蒼涼はある日異世界に勇者として召喚された!!!しかもクラスで!
わっは!!!テンプレ!!!!
じゃない!!!!なんで〝また!?〟
実は蒼涼は前世にも1回勇者として全く同じ世界へと召喚されていたのだ。
その時はしっかり魔王退治?
しましたよ!!
でもね
辛かった!!チートあったけどいろんな意味で辛かった!大変だったんだぞ!!
ということで2回目のチート人生。
勇者じゃなく自由に生きます?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。
彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。
最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。
一種の童話感覚で物語は語られます。
童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
初めての異世界転生
藤井 サトル
ファンタジー
その日、幸村 大地(ゆきむら だいち)は女神に選ばれた。
女神とのやり取りの末、大地は女神の手によって異世界へと転生する。その身には女神にいくつもの能力を授かって。
まさにファンタジーの世界へ来た大地は聖女を始めにいろんな人に出会い、出会い金を稼いだり、稼いだ金が直ぐに消えたり、路上で寝たり、チート能力を振るったりと、たぶん楽しく世界を謳歌する。
このお話は【転生者】大地と【聖女】リリア。そこに女神成分をひとつまみが合わさった異世界騒動物語である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる