なろう380000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす

大森天呑

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第六部:いにしえの遺構

不可解な魔導書

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「御姉様、御兄様、ちょっとこちらへ!」

倉庫に戻るアプレイスの背中を見送り、そのままガラス筒の液体の中に浮かぶ不穏な塊を眺めていたら、後ろから声を掛けられた。
もう何か見つけたのか?
急いでパルレアと一緒にシンシアのいるところに行くと、魔道具棚の向こう側にあった立派な机の脇に佇み、その上に置いてある一冊の分厚い本を眺めていた。

分厚くて豪華な装丁が施されている本だ。
本の小口は革と金属を組み合わせたラッチのような金具で留められている。
かなり分厚い本だから、持ち歩く時なんかにウッカリ開いてしまわないための仕組みだろう。
さすがに禁書じゃ無いらしく、鍵までは付いていない様子だけど。
いや、付ける気になったら鍵も掛けられる構造のラッチだな・・・

「その本はなんだい?」

「どうやらこの部屋の主...恐らくは錬金術師が持っていた希少な魔導書のようですね。しかも古代の」
「おおっと、いきなり凄いモノが出てきたな! で、どんなことが書いてあるんだ?」
「その...古語の一種で表紙に書かれているマギア・アルケミア・パイデイア...現代語風に意訳すると『魔道理知大鑑』というニュアンスでしょうか?...そのタイトルを見ただけで、まだ中を開いていません...」

「え、なんで?」

「えぇっと、先ほど御姉様が仰った事とかを考えると...ひょっとしたら禁忌の魔法とか記してあるかも知れませんし、私はコレを読まない方が良いのかもしれない可能性もあると思ったんです...でも、本を開いたら中身が問答無用で目に入ってしまう訳ですし」

律儀だ!
なんという律儀さだよシンシア! 
聞き分けの良さにお兄ちゃんも感動だよ!

ところが、それを聞いたパルレアが魔導書を置いてある机の上に飛んでくると、シンシアに真っ直ぐ向き合った。

「ううん、そんなことは無いのよシンシアちゃん!」
「え? でも...」
「アタシがさっき言ったのはねー、禁忌の知識みたいなモノを『危険物』だと分かっていながら『興味本位』で扱っちゃぁダメよーってことだから!」
「あ、はい!」
「だから、ちーゃんと目的とか必要性があって理解するためだったら別にいーのよ? 分かるでしょ?」

「ええ、もちろんです!」

おい待てパルレア、って言うかパルミュナ、『禁忌を興味本位で扱うな』とか、どの口で言うんだ?
そりゃクレアの魂を掬ってくれたことは感謝してるけどさ・・・

でも俺の中でホムンクルスの魂に関する複雑な心象というか考察を引き起こしたのは、あのエドヴァルのド田舎での、お前の興味本位な行動が発端じゃ無かったのかね? と、チョットだけ突っ込みを入れたい。
まあ、そのこと自体への文句はカケラもないけどな!

それからクレアもだよ、城の宝物庫に封印されてた魔剣をツマラン興味本位で勝手に持ち出したりしやがって・・・
あの後でお前を庇って父上に誤魔化すのに俺がどんだけ苦労したと思って・・・いや、そんな昔の淡い記憶はどうでもいいか。

「では、私が内容を確認してみてもいいですか御姉様?」
「いいよーっ!」

パルレアが明るい声で答え、シンシアの目が魔石ランプでも埋め込んだのかって位にキラキラと輝く。
そりゃそうだろうな・・・

シンシアがそろそろと手を伸ばす魔導書に、何の気なしにもう一度目をやった俺は、その瞬間なぜか強烈な違和感に襲われた。

何だコレ?!
なんか変だぞ・・・

「待てシンシアっ!」

よく考える間もなく思わず大声を出した。
魔導書の表紙に手を掛ける寸前だったシンシアが俺の声にビクッとして固まり、すぐに手を引っ込める。
何だろう、この違和感?・・・

「シンシア、その本じゃなくて『机』の持ち主のつもりになって、座る側に立ってみてくれ」
「え? は、はい」
シンシアが机の脇を直角に回り込んで、真っ直ぐに立った。
いや別に直立不動の姿勢を取れとか言ってないんだけど・・・まあいいや。

とにかく、件の魔導書はシンシアに対して背表紙を見せるかたちで横向きに置いてある。
日頃から机の上で頻繁に参照してる重たい本だったら、こういう風に置くかな?
むしろ駆けつけてきた俺たちや、さっきシンシアが立っていた横位置から手を伸ばした方が、表紙の文字を正対して読めるし、本自体も開きやすい角度だ。

昔、師匠が当時の俺の稼ぎというか貰っていた小遣い一年分を超える金額をはたいて分厚い魔獣図版を購入した時には、それを本棚に収めたりはせず、自分の机の上に乗せたままで、暇つぶしのように色々なページを開いて読んでいたことを覚えている。
もちろん本それ自体の角度は、いつでも手を伸ばせば読めるように、まっすぐ置いていたよな?

なんか、嫌な予感がする・・・

「魔導書に触るなよ」

机の上に浮かんだままのパルレアにも念のために声を掛け、改めてじっくりと魔導書の置かれている様子を観察する。
机の表面には微かに埃があるけど、心なしか分厚い本の裏表紙が机の面と接している部分には、周囲の机の上とは段違いに埃が集まってるような気がする。

俺は屈み込んで魔導書に顔を近づけ、背表紙の反対側・・・つまり頁が重なっている小口の側に強く息を吹きかけた。
金属製の閉じ具の隙間から、かなりの量の埃が舞い上がり、部屋の明かりを反射して光る。

やっぱりな・・・つまり、この本はかなり長い間、中を開いてもいなければ、この位置から動かしてさえもいないってコトだろう。

「なにしてるの? ってか、どーゆーこと、お兄ちゃん?」
「これは罠だよ」
「えっ!」

パルレアとシンシアが驚いて俺の顔をまじまじと見る。
まあ予想外だよな?
でも、『魔獣は一番予想してないときに、一番予想してなかった場所から飛び出してくる』ものなんだよ。

「この本は、机に近寄ってきた奴があえて手に取りやすいように置いてある。だけど座ってる本人...つまり、いまシンシアの立っている側からは中腰になって手を伸ばさないと開けないほど遠いし、表紙の向きも不自然だろ?」

「あ、確かにそうですね...」
「言われてみればー!」

さっそくパルレアが魔導書に手をかざす。
「うーん、なんかチョット変な感じがするかもー?」

先にチェックしろよパルレア!

「解呪せずに本を開くと作動する罠だと思う。罠の種類は分からないけど、場合によっては自分も室内って言うか直ぐ側にいる可能性だってあるから、それほど危険なものじゃ無いだろうね」

「じゃー、開いてもバクハツしたりはしないってコトねー!」

「してたまるか! 部屋の持ち主の錬金術師にしてみれば、ここに置いてある魔道具類が壊滅したら自殺モンだぞ?」
「ですよね御兄様!」
「そぉ?」
うん、この未知の魔道具に対するシンシアとパルレアの温度差が酷い。
それこそ単純に『興味の強さの差』かな?

「どうしますか? 本を動かすだけでも作動する危険があるのでしたら、他にも同じような罠があるか用心しないと...」

「でもココに罠が張られてたのは、やっぱりアタシ達がここに来ることを予想してエルスカインに手を打たれてたってゆーコト?! だってお兄ちゃん『自分ちの中には鍵を掛けない』って言ってたじゃん!」

あー、俺の不用意な発言で気を抜いていたのかパルレア・・・まあ、それだったらスマン。
ギリで気が付いて良かったよ。

「いや、これはエルスカインの罠じゃないと思う」
「なんでー?」
「たぶん、この部屋を使っていた錬金術師のホムンクルス自身が、昔から置いてたんじゃ無いかな?」

「ぇえー、マジー?」

「割と知られた話なんだけど、こう言う『罠』とかってのは錬金術師の習い性みたいなもんなんだ」
「へぇー?」
「自分の作業場や仕事道具、秘密の素材なんかを勝手に触られないように、そう言うモノ目当てで忍び込んできた奴が一番引っ掛かりそうなネタに罠を仕掛けとくものなんだよ。市井しせいの錬金術師なら金塊に見せ掛けた黄銅のインゴットとか、もっと上級な奴だと高価な魔術の稀覯書きこうしょとかな」

「なるほどねー!」

それを聞いたシンシアがちょっと顔を赤くして俯いたけど、そういう純粋なところ、お兄ちゃんは大好きだよ?
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