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第六部:いにしえの遺構
潰れた天井
しおりを挟む延々と続く地下牢は、この城砦が『本気の戦争』のために建てられたものだと言う事を物語っているようにも思える。
まだミルシュラント公国もルースランド共和国も成立する前の大戦争の頃には、この場所でも目を覆いたくなるような出来事が山ほどあった事だろうな。
< 雰囲気はウォームの掘ったトンネルとどっこいどっこいって感じー! >
< 魔獣臭くないだけマシか? ちょっとカビ臭いけどな >
< 鉄格子の嵌まった牢屋なんて魔獣を押し込んどくのにちょーど良さそうだけど、ぜーんぜん使ってないのねー >
< ブラディウルフやウォーベアぐらいならともかく、アサシンタイガー以上になると鉄格子なんか役に立たないよ。魔力で防護結界を削ってくる奴らだぞ? ただの鉄なんて魔法で溶かしちまう >
< なーるほど >
脳内でパルレアとそんな会話をしながら歩いているけど周囲に不穏な気配が生じないか警戒は怠らない。
< 地下牢って、フツーはこの先で行き止まり? >
< 規模によるだろうな。って言うか、俺も地下牢なんてシーベル城以外に踏み込んだ事が無いよ >
< それもそーよね >
< エルスカインがここを拠点にしてたとしても、地下牢そのものには用がないだろう。何か、この城砦を利用したい理由があったんだろうけどさ >
< なんだろー? >
< さあな... >
幾つ目かの牢獄を通り過ぎたところで、不意に気配の変化を感じた。
咄嗟に歩みを止めて周囲の様子を窺う。
僅かな変化を感じたけれど、何か、あるいは誰かが近寄ってきているというモノじゃ無いな。
むしろ微妙な場所を通り過ぎたって感じか?
結界とは言わないまでも、空間に歪みと言うか捻れというか、何かがある場所だ。
< 今のはなんだと思うパルレア? >
< 通り過ぎる瞬間まで分からなかったから、検知の魔法とかじゃ無くってー、いまの場所そのもの、空間そのものの変化だと思う。魔力はどこからも、なーんにも放射されてないし >
< やっぱりな... >
そのまま少し後ずさって左右の牢内を覗き込んでみた。
攻撃的な気配は無い。
だけど、違和感はある。
あの焼け落ちたガルシリス城の謁見の間の奥で、無傷で火事を切り抜けた扉を見つけた時のように・・・
< ここは物理障壁じゃ無くて魔法障壁か >
< 見た目、通路を壁に偽装してあるねー! >
< 解呪出来るか? >
< きっとこの先に罠があるよー? >
< 当然だよな >
入ってこられないようにしてるんだから、罠がある事は想定内だ。
むしろ、ここまでなにも無かった事の方が罠だと思えるくらいだよ。
< じゃー、こーする! >
パルレアはそう言い放つと手を振り、その壁に見えている結界を・・・いや、そこの空間全体をなのか?
その気配を消し去った。
後にはなにも無い暗黒の世界がぽっかりと口を開けていたが、その暗闇は一瞬の後に絞り込まれるように消え去って、その先は更に地下へと続く階段が伸びている。
< なんだよ今の!? >
< ココに張られてた結界全体を、そのまま何も触らずにまとめて虚無の空間へ放り込んだのさー >
< いまの真っ黒な世界が『虚無』か? 人が見つめてると精神を持って行かれるって言う...>
< もう、今のおにーちゃんならダイジョーブ! >
< マジかよ危ねえな... >
パルレアは奥へと続く通路を石壁に見せ掛けている魔法を解呪するのでは無く、以前に魔獣達の亡骸を消し去った要領で、そのまま別の世界に送り込んでしまったようだ。
< だってここまで来れば、精霊魔法もへったくれもないでしょー? >
< まあな。どうせこの先を確認しなきゃいけないし >
< ねー! >
< 魔力は大丈夫か? >
< コレは魔力って言うよりも精霊の力を消費するから、あんまり頻繁に使えないのよねー。虚無の扉を開くのは精霊界に入るのと似たよーな感じで、魔力だけじゃダメなのよー >
< それマズくないか? >
< チョットならへいきー! この地下室の表面だけだし >
ホントだろうな・・・
まあ、ガルシリス城でもギュンター卿の屋敷でも使ってるから今更か。
あの頃は俺もパルミュナも、今よりも色々と軽く考えてたけどさ・・・
隠密行動はここまでだ。
警戒しつつも断固たる決意を持って魔石ランプをかざし、目の間に現れた階段を降りていく。
いかに不可視と防護の結界に包まれているとは言え、ここから先はいつどんな攻撃を受けても不思議じゃあ無いし、むしろ、受けた攻撃内容で敵の様子が知れるだろう。
狭い場所での戦闘を意識して革袋からガオケルムの脇差を取り出し、抜き身で持つ。
こんな場所で一気に三桁の敵から襲いかかられる事は無いだろうし、撃つかどうかを悩む可能性のある石つぶてよりも、勝手の分かった刀での戦いの方がいい。
ここからは一つ、『罠は承知で踏み込んで踏み潰す!』という気概で行ってみようか。
++++++++++
螺旋になった階段を降りながら慎重に気配を探り続けても、不審な気配というか罠を感じさせるような魔力や動きは何も感じない。
辿り着いた最下段は真っ暗な洞穴って雰囲気で、どこにも繋がっていないようだ。
いや・・・
弱々しいランプの明かりに目が慣れると、ここが天然の洞穴なんじゃ無くて、落盤で天井が崩れ落ちた石室だという事が分かった。
本来、さらに奥へと出入りするための扉があった部分が石の山に塞がれて行き止まりになってしまっているのだ。
これじゃあ生き物の気配なんてある訳も無いな。
「これは排除しないと通れないかー」
「排除って、この瓦礫の山をまた『虚無』に放り込むのか?」
「それが手っ取り早くない?」
「でもパルレアに消耗されるのはなあ...俺が掘り出すかな...」
時間は掛かるけど勇者の体力があれば出来ない話じゃ無いだろう。
問題は、果たしてどこまで瓦礫で埋まっているのか分からない・・・最悪はこの先の地下空間全体が落盤で押しつぶされていて、人が入れるような空間がどこにも残ってない、というケースだってあり得る事だ。
その場合はパルレアに処理して貰っても、ムダに精霊の力を使わせただけで見返りがゼロって話になりかねない。
おまけに通路を塞いでいる瓦礫を取り出すと石室の壁や天井が更に崩れてくる可能性もある。
イザとなったら転移で逃げればいいと言っても、これほど地下深い場所で生き埋めになりそうなのは心理的に頂けないよな。
まあ贅沢言ってる場合じゃ無いけどさ・・・
「だったらお兄ちゃんが収納しちゃう?」
「え?」
「革袋に瓦礫を収納しちゃえばいーじゃん。どれくらい魔力を使うか分かんないけど、魔石は腐るほどあるんだしー」
「おお、そう言う手があったか!」
瓦礫、つまりゴミだと思うから革袋に入れるって発想が湧かなかった。
とりあえず仕舞い込んでしまえば量も重さも関係ない。
後で広いところに出てから捨てればいいだけの話だ。
かなり面倒そうだけど・・・
「よし、やってみるか」
通路だった場所を埋め尽くす瓦礫の山に近づき、手をかざして革袋に岩を収納していく。
両脇から崩れ落ちてくる新しい岩に気を遣いながら収納していく。
少しずつ前へと進みながら収納していく。
ひたすら収納していく。
大量に収納していく。
南部大森林でサイロの高純度魔石を採掘した時も似たような作業だったけど、アレは『他に類を見ないほど役立つ』シロモノだって前提があったから頑張れた。
コレはどんなに意味がある作業でも、物体としてはやっぱりただのゴミなのでむなしいな・・・
別に洞窟全体を綺麗に掃除する必要は無いので、最低限通り抜けられそうな隙間を作る事を意識して、できる限り大きめの岩を選んで取り除いていった。
「あ、チョット待ってお兄ちゃん。空間が繋がった気がする!」
「え、そうか?」
俺には分からなかったけど、ピクシーの感覚では瓦礫の向こう側にある空間を感じ取れたらしい。
「えーっと、その岩とその岩を抜いて...あと、こっちの岩も」
「崩れ落ちないか?」
「ダイジョーブ!」
パルレアが大丈夫って言うなら大丈夫なんだろう。
とにかく言われた通りの順番で積み重なっている岩を抜いていく。
指示された岩の一番奥を抜いた時、俺にも微かな空気感みたいなものが感じ取れた。
「これで穴が開いたよー」
「おお、確かに!」
本当に僅か、俺の拳がギリギリ通るかどうかって言う狭さだけど、こっちの瓦礫の山から、その向こう側にある部屋の空間へと岩の隙間に穴が開通していた。
再び蝋燭に火を着け、慎重に穴の向こうへと押し込む。
手を離しても蝋燭は岩の隙間に引っ掛かって下に落ちる事も火が消える事もなく、僅かながらも向こう側を照らしている。
もちろん、俺どころかピクシーサイズのパルレアだって通り抜けられない狭さだけど、俺たちには跳躍門があるのだ。
穴の向こうに目標地点が見えさえすれば跳べる。
< よし、行くぞパルレア! >
< うん >
< せいっ! >
跳躍の後、全神経を集中して見回した部屋の中には、見た事も無い器物の残骸がそこかしこに散乱していた。
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