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第六部:いにしえの遺構
エルダンへ向かう
しおりを挟むぶっちゃけ俺としてみれば、『こっそり』行く場所にアプレイスを連れていくのはどうも気が進まない。
気配が漏れる心配はそれほどしてないけれど、ドラ籠の存在を知った以上は不安が拭えないのだ。
二つ目が無いとは言い切れないからね。
「幸い、エルダン城は国境からそれほど離れてないんだ。シンシアが開発してくれた跳躍門があるから、国境の手前から目視で跳びながら城砦の麓を目指しても、大した距離って言うか手間じゃ無いと思うんだけど?」
「何が起きるか分からないのに無駄遣いするなよ」
「いや魔石があるから魔力は問題ないよ」
「そうじゃない。相手の能力が分からないところに飛び込むんだから、『奥の手』の魔法を無駄遣いするなって事だ。相手にポンポン秘技を見せて、手の内を晒してどうするよ?」
「そうか...」
「もちろん新しい不可視の結界があるんだから見つからない事が前提だ。でもエルスカインは賢いんだろう? もしも周辺の『魔力の歪み』なんかを見張ってるとしたら、異変に気付くかもしれんぞ?」
「分からないけど何かあるかも?ってエルスカインに勘付かれる可能性だな...」
「そうだ。生き物ってのは意外と自分に間近な背後や足下には鈍感だけど、遠くから近づいてくるモノには敏感なもんだ。新しい不可視結界で完全に姿を隠せてるとしても、わざわざ遠くから小刻みに近寄っていく必要は無いさ」
アプレイスの言う事には一理ある。
エルスカインにも姫様やシンシアみたいに魔力を視る才能があるなら、そういう微細な変化に気が付く可能性があるかもしれない。
確かにドラゴンキャラバンが襲撃を受けた時も、もしもエルスカインが俺たちにも転移門が使える事を知っていたなら、もっと周到な罠を張ってから追い込まれていたかも知れないし、そうなったらダンガの大怪我だけでは済まなかった可能性もあっただろう。
相手に手の内を見せないのは確かに重要だな。
「だから俺が素早く一気にライノとパルレア殿を城砦の間近まで運び込む。新しい魔法で不可視な上にシンシア殿の結界隠しもあるから、降りた場所でじっとしてれば見つからない。むしろ、それでも俺が見つかるようならライノだって侵入するどころじゃないぜ?」
「そうです御兄様。そして万が一にでも見つかって戦闘になる可能性があるようでしたら、私もアプレイスさんと一緒にいるべきだと思います」
「...わかったよシンシア。じゃあアプレイス、悪いけどエルダン城の近くまで運んでくれ。俺はそこから出来るだけ跳躍門に頼らずに接近を試みてみる」
「最後に城砦の中に侵入する時や中での移動には跳躍門を使っていいと思うけどな。さっきも言ったけど『燭台は足下が一番暗い』だからな!」
燭台もと暗し。
暗闇を照らす燭台を高く掲げてる奴にとっては、照らしにくい自分の足下が一番暗いのだ。
微細な魔力の変化を読み取っていても同じ事。
そもそも俺が力技で崖を登るのだって、迂闊に空から近寄って魔力変動を探知されないためなんだから、全般にアプレイスの判断が正しいだろう。
「お兄ちゃんホントに崖をよじ登る気よねー? 筋力で」
「安全なのはそれだと思う」
「あんぜん?」
「見つかりにくいって意味でな。でも、どうしても難しい場合は諦めてパルレア直伝の飛行魔法を使うし、もし敵に見つかりそうに感じたら跳躍門で退避するよ。墜ちたりはしないから安心しろ」
「わかったー」
一番いいのは侵入した事に気付かれずに、そのまま出てくるって事だけど、それはまあ無理だ。
最後まで気付かれないなんて甘い考えは捨てて、『気付かれずにどこまで侵入できるか』って観点で行動を考えるべきだろうな。
++++++++++
そして数日後・・・
「城砦が見てきたぞライノ!」
アプレイスの声に前方を注視すると、深夜の月明かりに照らされている突起のようなデコボコが遙か前方に見えていた。
片側が断崖絶壁のように切り立った台地と、その上に立つ城砦のシルエットだ。
屋敷からフォーフェンの郊外までは四人で転移し、街道からはアプレイスがドラゴン姿に戻ってここまで俺たちを運んで来てくれていた。
「ここからは高度を落として地面ギリギリに飛ぶからビビるなよ?」
「そうか。でも高く飛んでも低く飛んでても、魔力変動を探知されたら変わらなくないか?」
「シンシア殿には意味が分かるだろ?」
「はいアプレイスさん。エルダン城の周辺も奔流の魔力が濃いみたいですから。特に地表周辺には濃く滲み出ていますから、そのうねりの中に身を隠しやすいと思います」
「なるほど! じゃあアプレイスに会いに行く途中で通った森の中みたいな感じかいシンシア?」
「ですね。霧と言うほど濃くはありませんが、霞が漂うように魔力がうねっています。やっぱりエルスカインも、元から奔流の濃い場所を拠点に選んでるんじゃ無いでしょうか?」
「あるな。って言うか、きっとそうだな」
「じゃあ行くぞ!」
アプレイスが声を掛けると同時に、グッと身体を沈み込ませる。
水平に飛び続けている姿勢のままで、まるで急に浮かぶ力を失ったかのようにアプレイスの巨体が地面に向かって落ちていく。
あらかじめ予告されていなかったら、アプレイスが急激に魔力を失って墜落しかけていると感じても不思議じゃ無い落下速度だ。
無意識にだろうけど、シンシアが手を伸ばして俺の腕をぐっと掴んだ。
パルレアも『ヒャッホー!』とか言いながら俺の耳に掴まっているけど・・・二人にとっての俺は手摺りか何かか?
もちろんアプレイスは地面に激突する寸前で落下を止め、そのまま変わらないスピードで木立の先端を掠めるように低く水平飛行に移った。
魔力の揺らぎをエルスカインに探知される確率を僅かでも減らすために、アプレイスは全神経を注ぎ込んで大地と奔流の起伏に沿うように飛び続ける。
低く、速く。
眼下を流れ去る梢の波を見るに、全力疾走する馬の数倍じゃ効かない速度があるだろう。
相も変わらず、超絶な飛行技術だ。
アプレイスが山側から侵入しないのは、稜線を越える時に空に姿が浮かび上がるのを嫌っての事で、たとえ不可視結界で姿を消していても魔力探知されているなら発見されやすくなるかも・・・ということらしい。
「国境を越えました。ここはもうルースランド領内です!」
シンシアが手の平に出した『方位魔法陣』と地図を見較べながら言う。
真東からルースランドに近づいて行って、いまは半分ほど山並みに溶け込んだ感じのエルダンの台地と城砦のシルエットが南側に見えている。
「アプレイスさん、もう街には誰も住んでいないという話ですけど、念のために近づかないでおきましょう」
「わかった。じゃあ少し回り込んで西側から城砦に近づいたところで地面に降りるぞ。ジュリアス卿に貰った地図で言うと、街と川の中間当たりだな」
常識的には国内側から敵が近づく可能性は少ないはずだから、監視があるとしてもミルシュラント側に多く割かれていると考えるのが妥当だ。
アプレイスは廃墟となっているだろうエルダンの街を大きく迂回してから向きを変え、ルースランドの国内側から古城に近づいていく。
ジュリアス卿からもらった周辺の地図で見ると、城砦の建っている台地の断崖側から少し離れた場所に川が流れていて、その川の上流部には『エルダンの街_だった_場所』がある。
俗に言うゴーストタウンって奴だな。
エルダンの場合は、城砦としての役目が消えると同時にそこに人が住む理由が無くなっただけだろうけど、他にも水が涸れたとか、疫病で全滅してその後だれも寄りつかないとか・・・
色々な理由でうち捨てられた小さな村や街は、実は結構あちらこちらにあるものだ。
そのまま川に沿ってしばらく飛んでから、周囲よりも地面の起伏が激しい場所を選んで降り立った。
アプレイスがフワリと着地すると同時に、俺は背から飛び降りる。
「よし、俺とパルレアはここから歩く。アプレイスとシンシアはそのまま動かずに待っていてくれ」
「了解だライノ」
「もしもの時には瞬時に飛び立てるように、シンシアもアプレイスの背中から降りるなよ?」
「わかりました」
「じゃあ行ってくる。なにかあったらすぐに指通信で連絡するよ」
「はい御兄様、お気を付けて!」
「便りが無いのは元気な報せって言うからさー! 心配しすぎないでよねシンシアちゃん!」
「は、はい御姉様」
「むしろパルレアはもう少し緊張しろ」
「えー」
パルレアにとってエルダンは、俺を助けるために自分の身体を捨て去る羽目になった相手の拠点だ。
無理矢理のように一緒について来たのは、なにか『思うところ』でもあるからかと考えていたけど、そんなのはどこ吹く風・・・アプレイスの背中で俺の肩に座っている時からピクニック気分である。
まあ、それでこそパルレアらしいとも言えるけどね。
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