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第六部:いにしえの遺構
飛行と跳躍の二段構え
しおりを挟む『跳躍門』の魔法がほぼ完成したという事で、今日の俺とシンシアは屋敷の前庭というか草地とその上空で色々な跳び方のテストをしていた。
シンシアが開発したこの跳躍門は『いま見えている場所』に跳べる。
つまり、跳び先を目で捉えていればどこでも良いのだ・・・
それが例え空中であっても。
むしろ、最初は『飛ぶ』方の魔法で身体を浮かび上がらせなくても、まず跳躍門で上空に上がって、そこから水平飛行に移っても良いくらいだ。
だったら、パルレアとアプレイスの指導でそれなりに空に浮かべるようになった俺の場合、空に浮かんだまま次の跳び先を見据えれば一気にかなりの距離を移動できるし、地上の状態や障害物に跳躍を左右される事も無い。
もちろん魔力の消費は魔石に肩代わりさせられるとしても、自分自身の『集中力』の限界って言うモノもあるから、休憩なしで数刻以上も跳び続けるのは勘弁願いたいけど、王都周辺ぐらいの距離ならサッと跳躍していけるだろう。
すでに転移門を開いている場所なら、わざわざ跳躍する必要も無いけど、例えば、いったん普通の転移門でリンスワルド家の王都別邸の寝室か、庭に建てた茶の部屋に跳び、そこから不可視状態のままで窓の外に見えている場所を跳躍地点に選べば、これまでのように誰かに見られる心配も無く、勝手気ままに王都を闊歩して戻ってこられるという訳だ。
「どうでしたか御兄様?」
「上手く行ったと思うよシンシア。時間差もほとんど無いし、空中に跳んでも落ち始める前に次の場所に跳び移れるってくらいだ。これなら魔石と集中力が続く限り、いくらでも進んでいけるね」
「良かったです!」
純粋な移動スピードで言えば飛行するよりも跳躍門で瞬間的な転移を続けた方が早いだろうけど、これは魔力の消費量も凄い。
たとえいまの俺でも高純度魔石が無ければ、そうそう長時間移動し続けるのは難しいだろう。
逆に大精霊直伝の『飛行魔法』の方は跳躍門に較べれば魔力消費が少ないので、特に急がないのならば長時間浮いているというか、長い距離を移動していく事も出来るはずだ。
要は使い分けだな。
物凄く極端な例え方をするならば、精霊の飛行魔法が『空を泳いでいく』ようなモノだとすれば、シンシアの跳躍門で空中を移動していくのは『水の上を走る』ようなモノだと言えるかも知れない。
踏み出した足が沈む前に素早く次の足を出して・・・と、ひたすらそれを繰り返していく感じ?
どちらがより速く進め、しかし同時により魔力を消費するかは言うまでも無いだろう。
「私は御兄様や御姉様のように空に浮かぶと言う事は出来ないですから、地上の移動限定ですね」
そう言うシンシアが、ちょっとだけ寂しそうなのは気のせいか?
そのうちシンシアなら、高純度魔石さえ使えれば空に浮かぶ方法を開発しちゃいそうだけど・・・
「地上なら普通の転移門と同じように邪魔なモノは結界の範囲から押し出されますから危険はありませんけど、空から落ちるとなったら話は別です。もちろん防護結界がありますから少々の高さからなら落ちても大丈夫ですけれど」
「あれ? そう言えば転移した瞬間の速度ってどうなるんだシンシア?」
「速度、ですか?」
「うん、今シンシアが『落ちる』って言ったから思ったんだけど、例えば空の上に転移してそこから落ち始めたとするだろ? 落ちながらでも次の跳躍場所を決めて跳んだ時にはどうなるんだ?」
今までの転移なら、必ず転移門の中心に立って術を起動していたから、自分自身の移動速度ってものについて考慮する必要は無かった。
それが馬車の荷台に仕込んだ転移門であっても、止まっている状態でしか転移できなかったから動きは無い。
だけど、この跳躍門の場合は転移する瞬間に自分が物理的な移動速度を持っている可能性もあるのだ。
「仮にですけど、もしも空から落ちていくスピードを保ったまま地面に跳躍したとすれば、転移した瞬間に大地に叩きつけられる事になってしまいます」
「だよなあ...」
「ですので、そこは御姉様のアイデアを借りて対処しました。跳躍門が発動した瞬間に移動速度を相殺します」
「相殺?」
「はい。もともと転移門は正確な位置決めのために『移動しながらは使えない』ものでした。ですが跳躍門は起動した瞬間に位置が決まります。それと同時に、跳躍する瞬間には、それまで移動の向きも速度も無かった事になります」
「えっと、『無かった事』って言うのは具体的には?」
「速度って言うのはつまり、時間毎の位置の変化ですよね」
「うんうん」
いや、ちょっと真意が掴めてないのが本音だけど、シンシアの話を途切らせたくないから生返事をして誤魔化す。
「跳躍門の転移では、飛ぶ直前の転移門の位置は『静止している』と見做します。ですから、跳躍が終わった瞬間には、元々の速度は消えて静止しているのと同じ状態になるんです。走りながらや落ちながら跳躍しても、その姿勢で静かに立っている状態で次の跳躍位置に出現します」
ぶっちゃけ、『ですから』の一言で省略された部分の理屈がさっぱり分からないんだけど、多分それの説明を求めたらシンシアを小一時間束縛してしまう事になるだろうな。
もちろん俺が思いつく程度の事をシンシアが考慮してないはずは無いって分かってるけど、それにしても凄いなあシンシアは。
「なるほどね。俺はいつもシンシアの成果を聞いてる時に、『なるほど』と『凄いな』の二つしか言えなくなってる気がするよ...」
「そんなことは無いです御兄様。だって御兄様の方が私より何倍も色々な事を知っていますし」
「まあそれは知識とか博学って言うよりも単なる経験値だからね」
「それが凄いんです」
「ともかく...例えばシンシアが空の上でアプレイスの背中から地表に跳んでも酷い事になったりはしないって理解でいいんだよな?」
「ええ、地表ピッタリじゃ無くて少し浮かんだ場所に跳躍してしまった場合には、そこから落ち始める事になりますけど、少しくらいなら防護結界で守られますから大丈夫だと思います」
「うん、緊急脱出の時はそれで十分だろうね。それに跳躍する度に落ちる速度が消えるんなら、シンシアだって空中を進んでいけるんじゃ無いのか?」
それこそ『沈む前に足を出して水の上を走り続ける』って理屈だな。
「行けるか行けないかと言えば行けると思いますけど、ソレで進みたくはないですね。だって本当に空に浮かんでられる訳じゃ無いんですから、毎回、落ち続けているんですよ?」
「落ちては浮かび落ちては浮かび?」
「その繰り返しで、上下にジグサグに進んでいく感じでしょうね」
「ちょっと気持ち悪くなりそうだ」
「ですよね...」
しかし・・・転移を使った行動の自由度がここまで上がると、もう後戻りはしたくなくなるよなあ。
いつか勇者を引退して全ての力をアスワンに返す時が来たとしたら泣きたくなるかもね。
それでも俺の矜持として返上するけどさ。
ともかく、それはエルスカインに勝ってから考えれば良い事だ。
いまはシンシアの能力も借りて、いかにエルスカインと戦っていくかに全力投入していくしか無いのだから。
++++++++++
改良型の不可視結界と併せて、全く新しい跳躍門の魔法もシンシアの手で完成したことで、ルースランド共和国にあるエルダンの調査に向かう準備が整った。
本来、破邪としての俺はほとんどの国において『往来の自由』が保証されているけど、いまはミルシュラント公国にどっぷりとサポートされている身だ。
だから調査って言うと聞こえがいいけど、本当は他国への侵入というか諜報活動だよね・・・まあ相手がエルスカイン本人もしくは、その息が掛かってる可能性大だから良心の呵責を感じることは微塵も無いけどさ。
現地での行動を予想し、俺とパルレアによる『侵入組』とアプレイスとシンシアによる『待機組』の間で、緊急時の脱出方法や指通信が使えない場合の対応など細々とした段取りを固めたら、もう後はアプレイスの翼で乗り込むだけ・・・
なんだけど・・・
その段取りを決める中でアプレイスがさっきから拘っているのは、俺とパルレアがエルダン城に侵入した後で、残ったアプレイスとシンシアがどこで待機してるかって話だ。
それはエルダン城に侵入する前に『どこまで近くアプレイスに運んで貰うか?』ってことも含まれている。
「でもライノは、まだエルダンに行った事が無いんだろう?」
「ああ、ルースランドってのは昔から外国の破邪衆の間では評判の悪い国でな。実は一度も踏み込んだ事が無いんだよ」
「だったら尚更だ。知らない土地で戦闘になるにしても、すぐ脱出するにしても、近くにいないと咄嗟に動けないぞ?」
「それはそうなんだけどな...」
俺としてはアプレイスとシンシアにはミルシュラントとの国境より手前に留まって貰い、パルレアと二人だけで国境を越えてエルダン城に向かうつもりだったんだけど、それにアプレイスとシンシアが二人揃って反対しているのだ。
さて、どう説得したものか・・・
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