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第六部:いにしえの遺構
行商人さんから聞いた噂
しおりを挟むジュリアス卿と姫様がシンシアの開いた転移門から立ち去ると、入れ替わりのようにシンシアが戻って来た。
「あれ、お父様とお母様は?」
「王宮に戻ったよ。命令書と売り買い証書をすぐに作らせてくれるって言ってたから、すまないけど後で取りに行ってくれないか? 俺はジュリアス卿の私室に跳ぶのはちょっと気が引ける」
「分からなくもないです...ついでに転移メダルも回収してきますね」
「ああ頼むよ」
収納魔法と転移が使えるシンシアって、ホントに便利な存在だ。
俺もテレーズさんやトレナちゃんからすれば、こういう存在に見えたんだろうなあ・・・
いまはその気持ちが分かるよ。
「じゃあライノ、馬車がここに運び込まれたら、いよいよ移転開始って事でいいのかな?」
「ああ、転移メダルの追加に目処が立ったら、まずオババ様や長老さん達に話して、それから『全村集会』って奴をまたやろうぜ」
「了解だよライノ」
「ただ、ダンガの叙爵の話は移転が終わるまで秘密にしておこうな。でないとエマーニュさんの正体もバラすことになっちゃうからね」
「出来れば、オババ様にはずっと秘密にしておきたい...」
「そんなこと出来るか! ダンガはこの先リストレスで暮らすんだぞ?」
「それは分かってるけどさあ...」
「ノイルマント村の領主が正体不明って訳にもいかないし、ダンガが領主だと分かればみんな安心できるだろ? それに...」
『超』の文字が付くほど隠し事が下手なくせに何を言うやらだ。
「ダンガがエイテュール・リンスワルド家に婿入りしても、ここは子爵家の領地とは別に男爵個人の領地って扱いになる。もしも自分が領主でいる事に不安が出てくるようなら、アサムかレミンちゃんに男爵位と領主の座を譲ることだって出来るんだ。弟妹なんだから継承権はあるよ」
「おおっ、そうか! 譲れるんだな!」
なんで嬉しそうなんだよダンガ・・・
「いや兄貴、そういうのは俺には向いてないな!」
「わ、わたしも、タウンド夫人になるので無理です兄さん!」
アサムとレミンちゃんが即答で拒否だ。
がんばれダンガ。
++++++++++
それから村づくりというか、どんな村の配置にしていきたいかというアサムの熱弁を聞いていると、すこしだけリンスワルド養魚場のバルテルさんを思い出した。
将来、誰かが村の見学に来たら、きっとアサムは半日ばかり喋り通しで村中を案内した挙げ句に『ざっとこんな感じだけど?』と、軽く言うに違いない。
アサムがここまで雄弁になるとは、俺もちょっとビックリだよ。
そんな解説を楽しく聞きつつノイルマント村の景色を眺めていると、西の森側から一台の荷馬車が上がってくるのが見えた。
「あ、フォブさんが戻ってきたね!」
「フォブさんってリリアちゃんのおじいちゃん?で、この場所を見つけるのを手伝ってくれた行商人の人かい?」
「うん、いまはフォーフェンでの資材調達を受け持って貰ってるんだ」
「そっか。じゃあローザックさんやウェインスさんと一緒に、簡易住居の事とかも一緒に聞いて貰った方がいいな。どうせ転移門のことは話すんだから」
「そうだね!」
湖の岸辺に降りていくと、騎士の人達が積んできた資材を荷馬車から降ろすところだった。
その陣頭指揮を執っているローザックさんも呼んで、さっきの馬車搬入計画を相談することにする。
「先ほどは腰を抜かすかと思いました...」
「まあ転移門が使えるから良くあることですよ。以前からジュリアス卿は夕餉や食後エールを一杯やるためだけに、ちょくちょく俺たちの屋敷に顔を出してましたからね!」
「いやはや。クライス様にしてみればどうと言うことも無いのでございましょうが、我々のような民には雲の上の方ですからな」
「それは表向きの話って言うことで」
「ええ、承知しております」
そこへ積み上げた資材を確認していた初老の男性がこちらにやってきた。
この人が行商人のフォブさんか・・・
頭に獣の耳が付いてないってことはエルセリア族じゃ無いよな?
「みんな、こちらが行商人でリリアちゃんの保護者のフォブさん。フォブさんの情報が無かったら、俺たちはこの場所に至らなかったと思う」
「まことに申し訳ございません...」
「あ、いや! それはエマーニュさんが気にされることじゃないですっ!」
何気ないつもりだったセリフに、いきなりエマーニュさんが頭を下げたので、アサムが慌てている。
「そうだよ。キャプラ公領地は広いんだし」
「だよな。まず公領地で探すって事の言い出しっぺで、そもそも所有者のジュリアス卿が思い出してなかったんだからさ!」
「まったくだ」
フォブさんという方は、目の前のやり取りの意味が良く分からないようできょとんとしているけど、まあ当然だよね。
「じゃあフォブさん、仲間達を紹介するね!」
「は、はい。金物の行商人をやっとるフォブと申しますで、あんじょうよろしくお願いしますです」
見慣れぬ人間がザラッと並んだのでフォブさんはかなり緊張している様子だ。
エマーニュさんとか明らかに貴族女性だし、みんなもそこそこ良い服を着ているもんな。
それでも、アサムが全員を一通り紹介し終わった時には、それなりに朗らかな様子になっていた。
ちなみに俺は、単に『ダンガ兄妹の大恩人』的なポジション。
立ち話もなんだとウェインスさんとローザックさんが気を利かせて、丸太を切ったスツールを並べてくれた。
「こんな太い丸太を切れるようなノコギリまで、わざわざ騎士団で持ち込んでくれたんですか?」
「いえクライス様、フォブ殿の扱い商品だった大鋸を使わせて頂きました。樵や大工、鍛冶仕事の道具に関しては最初から一通り揃っていたので助かりましたよ」
樵や大工や鍛冶仕事を騎士団にやらせた訳か。
そう言えば、丸太小屋を建てたって言ってたもんな・・・
まあ本人達が納得してるならいいんだけどね。
「私の部下達はみな若いですからね。むしろフォーフェンの分隊にいる時よりも生き生きして楽しんでますよ」
俺の表情を読んだのか、ローザックさんが急いで付け足した。
「それなら有り難いですよ...ところでフォブさんは金物の行商をされてたんですね。リンスワルド領なんかも回られてたんですか?」
「左様でござります。ミルシュラント全体を半年かけて回る感じでしたな。経路を変えて年に二回りとか...もっとも寒いのが苦手なもんやで、冬の間は南側ばかり回っとりましたけど」
「私とアサム殿がここより西の村に行った時に、偶然出会いましてね。そこでお声掛けしたのです」
「お声掛けどころか、ウェインスさんとアサム君は儂とリリアの命の恩人やからね。足を向けて寝られんですわ!」
「え?」
吃驚した俺に、フォブさんはアサム達と出会った経緯を説明してくれた。
そういう出来事があったのか・・・何気に怖い話だ。
「その上、こんな有り難い仕事まで世話して貰った挙げ句に新しい村に住んでええって、そらもう恩に着とりますよ。仮にあの盗賊共に襲われんかったとしても、あのまんまエドヴァルに向かってたらどうなってたやら...」
「へぇ、ミルシュラントからエドヴァルでの行商に鞍替えしようってところでしたか?」
「いや、そうゆう訳やありませんで...最近、行商人仲間で噂になっとる仕事がありましてなぁ、儂も知り合いの伝手で紹介して貰えることになったんで、その特権状を貰いにヨーリントンに向かうところだったんですわ」
「特権状?」
「はあ。ヨーリントンの商会が、ミルシュラントとの交易でルースランド側の税金を免除する特権状を出しとりましてな」
「いや、なんでエドヴァルの商会がルースランドの特権状を?」
「そこは政治絡みや無いかと...」
フォブさんの説明を詳しく聞いても、どうもピンと来ない。
俺が怪訝な顔をしていたのか、ウェインスさんも補足してくれた。
「クライスさん、私もフォブ殿からその話を聞いた時に不思議に思ったのですよ。ルースランド王家が保証する特権状をヨーリントンの商会がミルシュラントの行商人に出す...フォブ殿の話を聞くと理由は分かるような気もしますが、どうも腑に落ちなかったのです」
「うーん、ルースランド王家が特権を保障するなら、第三国で発行したものは知らないで通すってのは無理がありますよね?」
「そう思います。ミルシュラント側にとっては商いの規模に関係なく、不愉快な話でしょう」
「不愉快だけど阻止は出来ないし、だからと言って行商レベルなら対抗手段を執るほど大掛かりな交易では無い、と?」
「と言うことらしいですが...」
ウェインスさんはポリノー村で村人達を騙した行商人や、パルミュナの張った『害意を弾く結界』でルースランドの方に追い返された行商人のことも、俺たちから聞いた話でしか知らないんだけど、抜群の『勘』で怪しさを感じ取ったってところかもしれない。
恐らくフォブさんの話が直接エルスカインに結びつくかどうかは判然としなかったから、先入観を持たせないために事前に言わなかったんだろうな・・・
ウェインスさんって、本当に何から何まで、気遣いの出来る人だ。
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