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第六部:いにしえの遺構
闇エルフの血筋?
しおりを挟むそれから数日の後、オババ様の家で借りている部屋に籠もっていたシンシアが憔悴した様子で俺に報告に来た。
時々はパルレアも顔を出していたみたいだけど、あれ以降の解析はほとんどシンシア一人でやったらしい。
「随分疲れた様子だなシンシア。根を詰めさせて悪かったよ」
「いえ、御兄様のせいでは...わたしが自分の解析結果に自信を持てなくて、なんどもなんどもやり直してみたりしていたのです」
「そうだったのか...で、結論としてはなにか分かったかい?」
「分かったと思います」
「うん?」
なんだかシンシアらしくない、奥歯にものが挟まっているような口ぶりだ。
それになにか表情が暗い。
単に疲労が溜まったと言うだけではない雰囲気を纏わせているな・・・
「エルスカインが基準点にしている場所の、おおまかな位置は分かりました」
それって、吉報のはずだよね?
なのに暗い顔?
「なにか、予想外のことでもあったのかな?」
「その...転移の基準点はアルファニア王国の首都、ラファレリアです。何度も何度も計算方法を変えて解析してみました。でも答えは同じです。エルスカインの重要拠点はラファレリアの中心部にあります」
「なるほどな...」
シンシアが暗い顔をしている理由は分かった。
アルファニア王国はリンスワルド家の発祥の地であり、シンシアが魔道士学校で長く過ごした思い出の場所でもある。
そこにエルスカインが潜んでいるとなれば暗い表情にもなるだろう。
アスワンが最初に屋敷で大結界の絵図を見せてくれた時から、その中心部に北部ポルミサリア最大のエルフ国家であるアルファニアの首都ラファレリアが位置していることは分かっていたし、歴史が古く『魔力の濃い場所』としてなんの不思議もなかった。
いや、それどころか心の片隅では、この大結界の標的こそ中心に位置するラファレリアじゃないか? なんて思っていたくらいだ。
仮にエルスカインが『闇エルフ』と呼ばれていた、エルフ族の傍流の一派であるとするならば、その敵対者もエルフ族であることは想像に難くない。
それに世界戦争時代には、まだ人間族はそれほどの勢力もなくて単独種族で国家を建てるほどではなかったはずだからな。
何らかの意図があって、エルスカインは大結界を構築し、ラファレリアを中心にしたアルファニアの国土全域を攻撃しようとしている、というのは一番考えやすいシナリオだった。
大結界自体も術者を中心に周囲に広げるものではなく、捩じ曲げた奔流で区界を作り、その内側に投射するタイプの結界だという話だったしなあ。
だけどあの時にアスワンは、『大結界が攻撃用とは限らない』とも言っていた。
それがまさか投射型で、なおかつ自分たち自身を中心に置く結界だったとは・・・
もしもそうだとしたら、ラファレリアに潜んでいるエルスカインは、自分を中心に置いて何をしようとしているんだ?
幾つもの国を跨がるほど広い範囲で、何をどうするつもりなんだ?
そもそも僅かに残っている伝承では、闇エルフの陣営は世界戦争に敗北している。
だからこそ、彼らは呪い返しを受けてエルセリア族に変容した。
非道を行った魔法使い達だけでなく、国民から王家まで闇エルフの陣営が一人残らずエルセリアに変わって衰退の道を歩み始めてしまったと。
いまやエルセリアも、その成り立ちに直接の因縁を持つアンスロープも、共に繁栄とは対極にある。
むしろ両者とも、ゆっくりと姿を消しつつある種族と言っても過言じゃあない。
だけどパルレアは『呪い返しの辻褄が合わない』とも言っていた。
詳しく分かっていない太古の話とは言え、伝承ではアンスロープ化された奴隷の数よりも、エルセリアに変容した闇エルフの人数の方が多かったハズで、唯一考えられるシナリオは、非道の魔道士たちは自分が呪い返しを受けないように同胞たちを身代わりにして逃げた、という説だ。
呪いは、広く、薄く、全国民の上に降りかかったと・・・
そして姫様は、『エルスカイン』は変容したエルセリア族ではなく、同胞を身代わりにして逃げた闇エルフの魔法使い『そのもの達の系譜』ではないか? とも言っていた。
もしも・・・
もしもアルファニアの元になったエルフ国家を建立した人々が、『闇エルフの敵対者』ではなく、生き延びた『闇エルフの残党』だったとしたら?
それは酷すぎる想像ではあるけれど、ラファレリアにエルスカインの拠点があることには、なんの不思議もなくなるな・・・
「シンシア、お前がなにを憂慮しているか、なんとなく俺にも分かる気がするんだよ?」
「はい...」
もしも自分が・・・
そしてアルファニアの貴族や王族の血筋が・・・
闇エルフの直系かもしれないという可能性に思い至ったら、そりゃ憂鬱な気分にもなるだろう。
「でも、俺は違うと思う」
「そうでしょうか?」
「シンシアも知っての通り、世界戦争について『当時の人々の手』で文字に書き残されている情報はなにも無い。理由は分からないけど、すべての記録が後世の伝承だし、その内容もバラバラだ」
「ええ、それは...」
「まあ仮の話として聞いてくれ。仮にリンスワルド家が闇エルフの血を引いていたとしても、なにも関係ない。いまの俺たちはエルスカインを討伐する側なんだしな。それに先祖が誰だろうが出自が何処だろうがシンシアは俺の妹だ」
「御兄様!」
目に涙を溜めてシンシアが駆け寄ってくると、勢いよく俺に抱きついた。
うんうん、俺はいつだってシンシアの味方だよ。
「この前シンシアは『自分の心は常に俺と共にある』って言ってくれたよな。なら俺もそっくり同じ言葉を返そう。俺の心は常にシンシアと共にある」
「御兄様ーっ!」
ダダ泣きしながらしがみついてくるシンシアの頭を撫でる。
「俺たち兄妹の絆は誰にも分かつことが出来ないんだ。俺も、シンシアも、パルミュナも、クレアも、俺たち家族は誰にも分かてないし、俺たちは誰にも負けない。エルスカインの根源がなにかなんて気にする必要も無い。なぜなら、エルスカインの未来は『俺たちの手で滅ぼされる』ことに決まってるからだ」
「はい! そうですよね御兄様!」
「そーよ! アタシ達兄妹で、絶対にエルスカインに勝つんだからー!」
「えっ?!」
「え?」
「御姉様、いつからそこにいたんですか?!」
「ぇっ?」
「いつからって...シンシアが部屋に入ってきた時から、パルレアはずっと俺の肩に乗ってたぞ?」
「え...き、気付いてませんでした...」
「マジか」
どんだけ俯いてたんだよシンシア!
俺の顔まで目線を上げてなかったのか・・・
今日の俺は借りてる家の中に籠もってたから、パルレアもピクシーサイズで寛いでいたのだ。
「ひっどーい!」
「わー、ごめんなさい御姉様っ!」
「いーけどー」
「まあとにかく...あまり悩むなシンシア。アルファニアの王家や貴族が闇エルフの血筋かもしれない可能性もゼロとは言えない。だけど、それはエルフの血を引く者にとっては誰だって同じなんだ。それこそ勇者と言われてる俺でさえな」
「そんな...」
「マジだよシンシア。リンスワルド家とレスティーユ家を通じて俺とシンシアに血縁があるってことは、俺とシンシアには共通の祖先がいるって事なんだから」
「それはそうですけど...」
「仮に世界戦争が二千年前だとして、エルフが四十年ごとに新しい子供を産んでいったとしたら、二千年で何世代が経ってる?」
「四十九世代です」
細かいなシンシア!
そりゃ、初代から数えて何世代『過ぎた』かって質問なら、その方が正しい答えなんだろうけど・・・
「そうだな。まあ約五十世代の間、血を半分に分け続けていったら最初の祖先の血は五十世代めの子供にどの位引き継がれてる?」
「えっと....正確には分かりませんけど、五百兆分の一以下とか?」
「えー、なにその数ー!」
なんでそれを即答できるんだよシンシア!
『計算できないくらい少し』とか『無いに等しい』って言わせたかっただけなのに・・・そんな桁数は俺も知らないからね?
「実際にはアルファニア貴族同士の結婚も多かっただろうから、それほど薄まるかは別の話だけど、具体的な数字はともかく存在を気にしても仕方がないくらいに少ないのは確かだ。大きな池に垂らした一滴のワインよりも薄い。前に俺とシンシアの血の繋がりのことをアプレイスと話しただろ?」
「ええ」
「あの時、先祖を辿れば水のように薄い血縁関係だって言ったけど、それでも五十世代前の先祖に較べれば何十倍も濃い」
「そうですね...」
「それに、基準点がラファレリアを指している理由は他にもいくつか考えられるだろう?」
「エルスカインが『何』を考えて結節点を作っているのかがはっきりしません。ただ、魔力の濃い場所と言うだけではない理由があると思いますけど...魔力の濃い場所だと言うだけなら、古い都市を選ぶ必要は無いと思いますから」
「単にラファレリアは、その中で中心にあるってだけかも知れないぞ? いまの俺たちには計り知れない理由で、大結界の中心に転移の基準点を置く必要があるのかもしれない」
「そうですね!」
「それかシンシアちゃんと同じ発想だったりしてー」
「どういうことでしょう?」
「手の込んだ偽装とかー?」
「おおぅ、それも無いとは言い切れんな!」
「もしそうだったら、私はエルスカインの技術を見破れずに騙されたっていう事になりますから悔しいですけど、それも無いとは言えないです...」
まあシンシアの葛藤は分かる。
それって事象としては安心出来る結果だけど、自分のプライドというか努力の成果が否定されるって点では残念だからな。
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