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第六部:いにしえの遺構
魔獣の経路を追跡?
しおりを挟む「アプレイス、いったんルマント村の方に戻って貰えるか? それで村の上空を東西に往復してみてくれ」
「了解だ!」
アプレイスが翼をぐいっと引き絞って身体の向きを変えた。
まるで氷の上を滑っていくようにスムーズに、なんの振動も感じさせずに、ただ周囲を流れる景色がぐるっと回って切り替わっていく。
相変わらず凄い飛行技術だ。
「パルレア、シンシアが井戸の転移門...の残骸をお前に教わった術で複写してただろ」
「うん」
「あれと同じようにして、ルマント村の景色を空から写し取ってくれないか?」
「ただの景色でいいの?」
「そうだ、村全体を空から見下ろした景色の写し絵が欲しいんだ。村や周囲の森全体がいっぺんに見渡せるのと、みんなの家が見分けられるくらい細かいヤツと、両方だ」
「はーい!」
「だったら、高さを変えて飛ぶか?」
「ああ、それがいいな」
結局、アプレイスに村の上空を三往復ほどして貰って、パルレアに望み通りの写し絵を取って貰うことが出来た。
最後の一往復の時には姿を現して、ゆっくりと高い場所を飛んで貰ったから噂作りにも丁度良かっただろう。
村に戻って、早速ダンガに相談する。
「なあダンガ、このパルレアの映し出している絵図を見て、分かったことがあったら教えて欲しいんだけどいいかな?」
「これって、空から見たルマント村なのか?」
「そうだよ。で、聞きたいことなんだけど、魔獣が押し寄せて来始めたのは南の森からだ。北側の山はいつも通りだってことで間違いないよな?」
「ああ。北の山は大人しいもんさ」
「だったら南の森だけ気にするとして、魔獣達が森の中の何処をどう通って村までやってきたか、なんとなくでも分かったりしないかな?」
「ええっ、この絵図を見てか?」
「うん」
「無茶言うなよライノ、絵図じゃ匂いも足跡も分からないよ」
「それは承知の上だ。でもほら、木々の茂り具合と影のつき具合で土地のでこぼこ感とか傾斜とかもなんとなく分かるだろ?」
「まあ、それはなんとなく...」
「魔獣達は別にルマント村を目指してやってきてる訳じゃないと思う。なにか結節点に生じてる不愉快さや恐ろしいものから逃げ出してきてるんだとすれば、そこから真っ直ぐ逃げてきて、たまたまルマント村にぶち当たったと、そう考えるのが自然じゃ無いかな?」
「うん、それは確かに」
「じゃあ、問題はどっちの方向からここまで逃げてきたかだ」
「ああそうか...」
ダンガは黙り込んで、じっと絵図に見入った。
「お兄ちゃん、手が疲れたー!」
コリガンサイズのパルレアだから、出来るだけ大きく絵図を映し出すために目一杯両手を広げた姿勢で保持している。
そりゃ疲れるよな・・・
この絵図を紙とか板に恒久的に転写する魔法でもあれば良いんだろうけど、そんなものは無い。
「ああ、すまんパルレア。もうちょっと我慢してくれ」
「うぅ...」
「ライノ、たぶん魔獣達は皆、こっちの方向から来てると思う」
そう言ってダンガが絵図の上から下へ指で一本の線を引く。
「南南東か?」
「そうだな。俺が以前に魔獣を仕留めた位置も考えると、南西の尾根筋は越えてない。魔獣達はおおよそ南南東から北北西向かって流れてきて、途中でルマント村に飛び出た、そんな感じだ」
「そっか!」
「もー、げんかーい!」
「ああ、ありがとうパルレア! すまなかったな」
「てへー」
だらりと手を下げたパルレアの頭を撫でて肩をさすってあげると、こっちを向いて、ちょっとだらしない感じの笑顔を見せた。
「パルレアとダンガのお陰で結節点の方向に見当が付いたよ。明日はまたアプレイスと一緒に村から南南東の方向へ真っ直ぐ飛んでみよう」
「よし、そうするか! あ、でもライノは、あのシンシア殿の方位の魔法陣を使えるのか?」
「ちゃんと教えて貰ったよ。まあ正直シンシアの方が遙かに精度が高い気がするけどな」
「それは較べちゃいけない」
「知ってる」
「アタシも教えて貰って使えるようになったからダイジョーブ。でもシンシアちゃんって、よく次々に思いつくよねー。もう大精霊を越えてるんだけど?」
「全くだ。ホント頼りになるよシンシア殿は」
「ねー!」
「いやいや、パルレアだって同じくらい頼りだぞ?」
「うん!」
大人用の椅子に深く腰掛けて、ニコニコしながら足をパタパタさせているパルレアが可愛い。
半分がクレアだということを差し引いても、ピクシーとして顕現してからは以前にも増して大精霊らしさが吹き飛んでいるようにも感じる・・・
でも勇者では無く一人の兄としては、可愛ければそれで無問題なのである。
++++++++++
翌日、今度は村から飛び立った後に、真っ直ぐ南南東に向かって貰った。
もちろん不可視の結界は張っているけど、どこでエルスカインの『なにか』にぶつかるかは分からないからアプレイスにも用心して貰い、少しでも魔力の溜まっている場所を見つけたら真上を飛ばずに迂回してくれと頼んでおいた。
前方をアプレイス、右舷を俺、左舷をパルレアという形で観察する方向を分担しながら飛ぶ。
「ライノの読みだと、結節点そのものはどの位遠い?」
「そうだな...エンジュの森は地形に沿って魔獣たちの移動経路が絞り込まれていたから、井戸からの距離の割に密度が高かったと思うんだ」
「うん、それはあるな」
「ここは全体としては高い山や深い谷に遮られてない大森林だ。結節点から逃げ出した魔獣達は四方八方に散らばっていくんじゃ無いか? そうだとすると、ルマント村に辿り着く魔獣の数は、実はそう多くないと思うんだ」
「うーん、もしも大森林の魔獣達がエンジュの森みたいにまとまって押し寄せてきてたら、ルマント村もこんなもんじゃ無い大騒ぎだったはずか...森から出て来たのも日にちを空けてポツポツという感じからすると、それなりの距離はあるだろうな」
「俺もそう思うな」
「じゃあ、まず半日飛ぶ位を目安にしてみるか。半日真っ直ぐに飛んでなにも見つからなかったら、明日はもっと足を伸ばしてみよう」
「ああ、それで頼むよ」
眼下には大森林の『深緑色の樹の海』が見渡す限りに広がっている。
こうやって空の高い位置から見下ろすと、まるで、すぐにも開拓できそうな平らな森に見えるけど、木々の下に隠れている地面は凄まじいでこぼこで真っ直ぐに進むことさえ難しい。
なんと言うか、大きな岩をゴロゴロと転がして敷き詰めたような大地なんだよね。
森の木々は、その上に積もった薄い土に根を張っているから、背も低くて細くて捻じ曲がっているような歪なカタチのものが多い。
エンジュのように背の高い巨木が鬱蒼と立ち並んでいる普通の森と違い、木々の生え方自体が迷路のように入り組んでいて、人が立ち入ることを拒んでいるようだ。
昔、遍歴修行の最中に通った場所はもっと西の端の方だったけど、それでも至る所に岩の隙間の深い穴や亀裂が口を開けていて、注意深く歩かないと足を折りかねない難所だった。
こんな森を平然と駆け回って狩りが出来るのは、アンスロープ族くらいのモノかな・・・ピクシー族なら木々の隙間を飛び抜けられるから大丈夫だろうけど、コリガン族の場合は樹上の空間が確保できなくて動きづらそうだし。
++++++++++
数刻ほど飛び続けてそろそろ腹が減ったと感じてきた頃、パルレアが声を上げた。
「ねぇー、あのヘンなの何かなー?」
「ん?」
声につられて左側に目をやると、遙か彼方にポツポツと黒い点が見える。
前方を注視していたアプレイスには気づけなかっただろう距離だな。
「山? というより岩かな?」
「岩よねー」
「岩だな。距離と見えてる大きさから言うと大岩の群落って感じだな。どうするライノ、近寄ってみるか?」
「群落って、まるで岩が地面から生えてるみたいな言い方だな」
「いや実際にそうだろう?」
「まあ植物じゃあ無いけど、生えてるっちゃあ生えてると言えるか...どうして、あの辺りだけ岩が顔を出してるんだろう?」
「アノ周辺だけ土地が盛り上がってるとかかなー?」
「それだったら、周囲の木も一緒に高くなるだろう。周りの地面の高さは変わらずに、大岩が転がってるというか地面から突き出てるというか」
「転がってるものなのか、地面に埋まってるものなのかは、近づいてみないと分からんな。で、どうする?」
「とりあえず近寄って様子を見てみよう。なんか分からないけど気になる」
「了解だライノ」
アプレイスがスッと身体を傾けて、一瞬だけ地平線を斜めにする。
身体を水平に戻した時には、遙か前方に黒い点が固まっている場所が見えていた。
まるで緑の海に、小さな異物が浮いているみたいだ。
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