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第六部:いにしえの遺構
村づくりを始めよう
しおりを挟む「あの、あの、フォブさん、口を挟んでごめんなさい。あのでも、きっと誤解があると思うんです」
「誤解ゆうと?」
「アンスロープ族が昔の経緯を根に持ってエルセリア族を嫌ってるとか憎んでるとか、そういうのはハッキリ誤解です。俺たちも...兄妹だけじゃ無くて村の長老とかとも、そう言う話をしたことありますけど、エルセリア族だからって嫌うアンスロープなんて聞いたことないです」
「ほ、そうなんかい?」
「そうですよ」
「いやでも、昔の恨み話があるんやろ?」
「どっちも同族で固まって暮らしがちだし、アンスロープとエルセリアとの交流が少ないから、大昔の伝説を持ち出して勝手にそう言う話のネタにされてるだけなんです。だって他の人族から見れば十把一絡げに『獣人族』でしょう? 今じゃアンスロープとエルセリアの違いを知らない人だって大勢いますよ」
「んん、まあ、そんなもんと言えば、そんなもんなんかのう...?」
「だからリリアちゃんがエルセリアでも...いや、そうじゃなくてリリアちゃん以外のエルセリアでも、嫌われるとか村に来るなと言われるとか、そんなことは絶対にありません。むしろ獣人族と呼ばれる者同士で仲良くしようって思うくらいですよ」
「そうなんか...」
先ほど、ここを村づくりの場所として定めた時と同じ光がアサム殿の目に浮かびました。
「俺は、このノイルマント村をいい村にしたいです。それにフォブさんとリリアちゃんがここに住んでくれるんなら、どんなことがあっても二人を守ります。俺の最優先にします。だって、村は村人全員で作るものだけど、フォブさんとリリアちゃんは俺自身が最初にこの村に呼んだ人になるんだから」
アサム殿はまだ若いですが、しっかりとした志を秘めています。
そして、人との出会いと絆を大切にするという心構えがあります。
将来、アサム殿が取り仕切る村になるならば、きっと誰にとっても住みやすい場所になることでしょう。
「フォブ...?」
「リリアや、きっと新しい村は忙しいし大変やぞ? 何から何まで自分でやらんといかんからな?」
「うん...」
「頑張れるか?」
「頑張る!」
「そうか...なら儂らもノイルマント村に住まわせて貰おうかの?」
「うんっ!」
リリア嬢がフォブさんに身体を擦り寄せました。
恐らく人間形態だったらフォブ殿に抱きついてたのだろうと思いますが、いまは白豹の姿ですからそういう訳にもいきません。
甘える姿は猫のようですが、このサイズでのし掛かられたらフォブ殿は後ろに倒れてしまうでしょう。
「ありがとうフォブさん!」
アサム殿も心の底から嬉しそうですね。
巨大な尻尾が豪快に振られています。
「なんの、礼を言うのはこっちの方やからね。それに、住まわせて貰うっちゅうても自分らの食い扶持くらいは自分らで稼がんといかんから、そこは色々と相談させて貰いましょう」
「フォブ殿、手段は色々とありますから、ご心配は無用ですとも」
「だよね!」
アサム殿が狼顔にも関わらずニコニコした笑顔を見せています。
狼顔でも意外と表情豊かです。
まあ私としても、ホッとした気分ですな。
そんな我々の様子をニコニコと見ていたローザック殿が、話の区切りに素晴らしい話を持ちかけてきました。
「早速ですがウェインス殿、長丁場でお手伝いすることも考慮して、幕営資材や食料なども積んだ馬車を何台か連れてきております。手前の農家で新鮮な野菜なども仕入れておりますし当面の生活物資として活用して頂けるかと」
「おお、それは有り難いですな」
「いまは荷馬車達を森の外に待たせておりますが、ここに連れてきても宜しいですかな? そして出来れば我々もここで幕営をさせて頂ければと思います」
「もちろんですともローザック殿!」
「ではそのように。馬車にはワインとエールも少しばかり積んでおりますので」
そう言ってローザック殿は悪戯っぽく笑いました。
決して、こんな状況を予感していた訳ではないのでしょうけれど、私とアサム殿の荷馬車では酒などロクに積んでいるはずが無いという読み、いや、心遣いですね。
無論その夜は、騎士団を交えての大宴会になりましたとも。
++++++++++
「しっかし、どっから手を付ければいいもんかのう...」
翌朝、少ししかめ面をしたフォブ殿が湖を眺めながら呟きました。
しかめ面をしている理由は今後の作業方針について悩んでいるからでは無く、昨夜ローザック殿が持ち込まれたワインとエールが美味しすぎると言って、酔い潰れるまで飲んでいたからですが。
俗に言う『二日酔い』というヤツですな。
「こんな広い土地を、それも大公家様の狩猟地をまるまる新しい村にするとか、ちょっと想像がつきませんわ」
「この狩猟地を全部使えば三千人程度は自給自足できる村が作れそうですけど、いきなりそんな大きな村を作る訳ではありませんからね。少しづつ進めていけば良いと思いますよ」
「凄い話ですなあ...ホントは聞いたら駄目な事かも知れんけど...アサム君やウェインスさんは、実はお貴族様だったりするんかのう?」
「いやまさか。私もアサム殿も普通の庶民ですよ。更に言うなら二人ともミルシュラントの生まれでさえ有りません。私は北のシュバリスマーク出身ですし、アサム殿は南のミルバルナです。考えてみれば二人でミルシュラントを挟んで南北に正反対というのも面白いですな」
「そうでしたか...そやけど、わざわざ騎士様達が手伝いにいらして、なんや大公陛下の勅書がうんたらとか...ただの移民の村づくりなんかなこれ?」
「まあそれは我々自身では無く、偶然、関わりを持った方々が凄いと言うだけなのです。一緒に過ごしていれば、いずれ納得がいくと思いますよ?」
「そんなもんですかのう」
「ええ、そういうものですとも」
「ま、儂は日々の暮らしが成りとうて、リリアの将来に不安が無くなりゃあそれでええんですけどね」
「まったく問題ないでしょう」
「ウェインスさんがそう言うて下さるなら心強いですわ」
「もう私たち自身は、所用を別としてここから移動する必要がありません。フォーフェンとの連絡や調整はローザック殿の部下が引き受けて下さるそうですし、ここで村づくりに集中できます。フォブ殿にも色々とお手伝い頂ければと思います」
「ほんなら、まずは水場の整地でしょうな。アサム君はこの湖の周りには手を付けずに、丘の向こうを村の中心にしたいと言うてましたから」
「いやいや、そういう大規模作業は越してきたルマント村の方々自身にお任せしましょう。フォブ殿には、当面必要な資材の手配をお願いできればと」
騎士団のローザック殿は『どんな作業でも!』と仰いますが、まさか本当に騎士殿たちに土木作業をさせる訳にも行きません。
騎士が領民のためにと自ら汗を流すことと、命ぜられて作業を行うのは全く異なることですからね。
協議の結果、騎士殿たちには当面の滞在のために、近隣の街や村から食料や建築資材などの調達手配を行って貰うことになりました。
それからフォーフェンとの連絡です。
手紙箱の存在は今のところリンスワルド家の極秘事項なので、騎士団の前で買物リストのやり取りに使う訳には行きません。
そこでローザック殿が命じて、フォーフェンとの間を定期的に見習い従騎士の方が往復して下さることになりました。
そうなるとフォブ殿には商人としての知識と経験を活用していただき、資材調達を担当して貰うのが良さそうです。
「資材ですか?」
「開拓作業には沢山の道具が必要になります。仮住まいの小屋だけでも数十軒は建てることになるでしょうし、その後は森の伐採作業に自給できるだけの畑の耕起、しっかりした住居や設備の建築と、一通りの村づくりだけでも二年や三年で終わることではありませんからね」
「そやなあ...いま馬車に積んどる道具や釘なんかはあっという間に使い果たすでしょうな」
「ええ、ですのでフォーフェン近郊でそれらを仕入れてここで私たちに販売して頂ければ良いのでは?」
「ほう、それはええ話ですな!」
「まず、いまフォブ殿の馬車に積んでいる荷は一切合切をご希望の値段で買い取りますから、ここに全部降ろして、フォーフェン近郊で新しく仕入れられると良いでしょう。恐らく、しばらくの間は何を仕入れてもムダになるモノなど一つも無いと思います」
「本当にええんですか?」
「もちろんです。本格的に村づくりが始まれば、恐らく使い道の無い金物など存在しないでしょう。当面の村探しと準備にかかる費用は私とアサム殿に一任されておりますので」
「そらまあ、なんとも有り難いことです」
フォブ殿はビックリしつつ喜んでくれましたが、なにしろ当座どころか、普通なら年単位で旅を続けられそうな金額を預かっていますからね。
恐らく姫様達は、調査に掛かる『当座の費用』の範疇として長期間で何人か雇うくらいはもちろんのこと、馬車を買い換えるとか買い足すとか、はたまた拠点用に家屋の一つも借り上げるとか、そういう事も視野に入れているのだと思えますな。
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