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第六部:いにしえの遺構
不可解な特権状
しおりを挟む「ところでフォブ殿、詮索するつもりはないのですが、そもそもエドヴァルへ向かわれるのはどうしてですかな? ヨーリントンに親族や知人がいらっしゃるとか?」
「いやあ大した話や無いんですけど、行商人仲間の間で面白い話を聞きましてな...本来、ミルシュラントとエドヴァル、ミルバルナの三国は商人の出入りが自由です。ですけどルースランドは、ミルシュラントとの荷物の出し入れに税を掛けておりますな」
「たしか特別な荷物だけ無税でしたか?」
「ええ。例えばルースランドに持ち込む小麦は無税で、ミルシュラントに持ち出す菜種油も無税とか、他にもいくつかありますな」
「ほお、最近は油が安くなってるというのは、そういうことも関係あるのでしょうかね?」
「でしょうな。ところがヨーリントンのにいる大商人が、自分のところの荷物を扱ってくれる行商人にはルースランド王家の出す特権状を渡すって話なんですわ。その特権状があれば、ミルシュラントとルースランドの間を何往復しようが無税だそうです」
「それは凄い。しかしなぜ、特権状を出すのがルースランドの商人ではなく無くエドヴァルの商人なのでしょうか? その特権状も元はルースランド王家が発行してるものですよね?」
私が商売事に疎いせいかもしれませんが、フォブ殿の話がいまひとつピンと来ません。
まあ、商売というのはややこしいものだと言うのは、これまでに散々聞いて参りましたが、国と国を跨がる話になると輪を掛けてサッパリですな。
「いや、そこがミソなんですわ。ルースランドの商人や王家が直接、ルースランドの商人だけにそんな免状を発行し始めたらミルシュラントと揉めますな」
フォブ殿が噛み砕くように説明してくれます。
「そやけど、エドヴァルにいる商人がミルシュラントとルースランドの両方の行商人に関税を免除する特権状を出す。それはミルシュラント側には何の関係も無いけど、ちゃーんとルースランドの王家が保障してそっち側の役人には通用する...となると、誰も文句を言えません」
「そういうものですか?」
「特権状を出す方も貰う方も、なんやら言い訳っちゅうか大義名分みたいなもんがいるってことでしょうなあ」
「なるほどね...しかしそんな特権状の存在が大々的に広まったら、そもそも非対称な関税を設けていること自体が問題になってしまう気もしますな」
「だから直接紹介のあった行商人にしか渡してないそうです。儂も知り合いの行商人に紹介状を書いて貰えまして、それを持ってエドヴァルに向かおうとしてたところだったんですわ」
「特権状を渡す相手を絞って、表だって問題にならないようにと言うことですか...それにしても、なぜ行商人限定で?」
「普通の商会なら、すぐ大商いをしたがるもんでしょう?」
「ああ、確かに」
「行商人なら荷馬車一台分の決まりですわ。しかもヨーリントンの商会にとっちゃあ自分ところの荷物をミルシュラントとルースランドに運ばせる足にもなるからでしょうなあ」
なにか釈然としないというか、ヨーリントンの商会というのは実は単にルースランド側の隠れ蓑なのでは無いか? という懸念も感じますが、私は決して行商、いや、そもそも商売の世界に詳しい訳ではありません。
彼らが『利がある』と思って行動するのならば、そこにはきっと『利』があるのでしょうが・・・
「まあ荷馬車一台の商いでも、仕入れ先と売り先がしっかりしてて目論見通りに商売できりゃあ金も貯まるでしょうよ。実際に、その特権状を手に入れた行商人の何人かはあっという間に金を貯めて行商から足を洗い、どっかの街で小さな街商人になったと聞きましたからな」
「それほどですか?」
「ええ。街で常設の露天商を開く免状が買えるなら、リリアの将来も少しゃあ安心できますからな。なんぼイザって時は走って逃げればええゆうても、そりゃあよっぽどの時ですわ」
「リリア嬢が店番をやるなら文字通りの看板娘さんですな。常連客が沢山付きそうな気がしますよ」
「ははっ。まあ、そうなってくれりゃあ儂もホッと出来るんですがのう」
行商途中に行き掛かりで助けたに過ぎない少女をしっかりと育てて、将来まで案じているフォブ殿の思いやりの深さは大変良く分かりますが、さきほどの特権状の話はどうも気になります。
なんという理由もないのですが、長年にわたって破邪として働いてきた上での勘というものでしょうか?
『あの裏に魔獣が潜んでいるかも知れない。あの影は魔物の幻惑かも知れない』・・・そういう勘を大切にしていなかったら、私はとっくの昔に命を落としていたことでしょう。
ただの勘ですから理由は説明できません。
ですが私は特権状の話の裏に、言うなれば『魔獣が潜んでいる』かのような匂いを嗅ぎ取ってしまった訳です。
しかしながら、説明できないことを見ず知らずの方にどう納得して頂けば良いものか・・・?
大変難しい案件ですな。
「フォブ殿、無礼を承知で大変立ち入ったことを伺いたいのですが、ご容赦頂けないでしょうか?」
「なんですか、また改まって?」
「ヨーリントンへ向かう理由は、その特権状を手に入れるため...だけなのですよね?」
「まあそうですな。知り合いの一人も居る訳でなし」
「で、特権状を手に入れたい理由はリリア嬢の将来を案じて、街商人に鞍替えする資金を溜める為、と?」
「ええ、その通りですわ」
「ではフォブ殿。エドヴァルへ向かうのは少し延期しませんか?」
「は? そらまたどうしてですかの?」
「街商人になる手立ては他にもあるからです。そして恐らく、私の考えている方法は、ルースランド交易の特権状を手に入れてヨーリントンの商会のために働くよりも簡単で確実です」
「...さっき、アサム君が言っとった新しい村で鍛冶をやるって話ですか?」
「それも一案ではありますが...」
「いや、話としては良いもんだと思います。ただ、ご承知の通りリリアが居りますからな。アサム君がどんなにリリアを歓迎だと言ってくれたとしても、アンスロープだけの村にエルセリアの娘っ子を住まわせる訳にはいかんでしょう」
「仰る意味は良く分かります。ですので、それは案の一つです。私が思った方法はもっと別のやり方ですよ」
「そらまたどんな?」
「例えばフォーフェンで街商人になるとか」
「あんな大きな街で! いくら何でも無茶振りが過ぎますな。そらまあ二~三十年前のフォーフェンなら儂みたいなもんでも潜り込む余地があったとは思いますが、住む家も持たん儂らがいきなり行って商売させて貰えるハズ無いですわ」
「私を信用するのは難しいと思いますが、出来ると思います」
「いやいやウェインスさんとアサム君は命の恩人やから、逆に信用せんなんて事がありえんですよ? そやけど、どうすれば仰るように出来るのかが想像もつかんちゅうところですわ」
「であれば、決めるのは納得がいってからで結構ですよ。決して無理強いするつもりはありませんので」
「いやあ、そらそんな事が出来りゃあ言うこと無いんやけど...」
私はともかく、アサム殿が望めば姫様もエマーニュさんも、場合によっては大公陛下も全力でバックアップして下さるでしょう。
フォーフェンにそこそこの構えの店を一軒建てるくらいは容易いことのように思えます。
が・・・それは私がクライスさんたちのご関係を知っているからこそ思えること。
全く見ず知らずの人には説明できませんし、仮に説明しても信じるはずがありませんね。
「フォブ殿、私はここしばらくフォーフェンの破邪衆寄り合い所でまとめ役をやってきました。街の重鎮達にも顔が利きますし、リンスワルド伯爵家と公領地のエイテュール長官からも勅命を賜って紋章入りのペンダントを預けて頂ける立場です。フォブ殿がすぐ街商人に成れるように、しかるべき筋にご紹介して話を通すくらいのことは出来ると思いますよ」
しかるべき筋もなにも、姫様に相談すればあっという間に店を持てそうですけど、それはいまの時点では言わぬが花でしょう。
「ほんまですか?!」
「はい。何かの縁で知り合えたのです。アサム殿の村への勧誘は脇に置いておいて、エドヴァルへ向かうのはフォーフェンで店を構えられるかどうか、見極めてからにしませんか?」
「なら...そういうことなら、是非とも頼みます!」
「良かった。では、とりあえず一緒にアンスロープの村探しを手伝って貰えませんか? 行商人を長く続けてこられた経験で気付くことも沢山あるでしょう」
「そうですな...まあ商売に関することなら」
「是非。もちろん村探しをお手伝い頂いている間はフォブ殿とリリア嬢の給金を保証致します」
「そこまでやって頂けるんですかの?!」
「新しい村の場所探しが、それぐらい大切なことなのだと考えて下さい。我々と一緒にいれば、追々理由も分かって頂けると思います」
「そうですか...それはまあ、なんとも有りがたい話で...あんじょうよろしくお願いします」
「こちらこそ」
流れでフォブ殿に行商での平均的な稼ぎを伺ってみたところ、かなり控えめな数字が返ってきました。
その稼ぎで仕入れと日々の暮らしを賄いつつ、フォーフェンの市場に店を出す資金を貯めるのは、確かに少々時間が掛かるでしょう。
ですので、私の独断で村探しにお付き合い頂く給金はかなり多めにさせて頂きましたが、それでも姫様とクライスさんからお預かりした『当座の活動費』からすれば微々たるものなのです。
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