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第五部:魔力井戸と水路
モリエール男爵
しおりを挟むたまにチラチラとこちらを振り返る四人の騎士の後に続いて荷馬車を走らせること数刻、田舎道を平野へむけて下って行くにしたがって周囲の景色が絵に描いたような田園風景に変わってきた。
ルマント村は広々とはしていながらも、あくまでも『山あいの里』という土地だったけど、ここは一段下がった平野部への橋渡しという地勢だ。
平野部の田園のど真ん中に領主の屋敷が建っているというのは防衛的に考え辛いから、モリエール男爵の屋敷はこの道を抜けきる手前にあるんじゃ無いだろうか?
平野の向こう側に建ってると遠いなあとも思ったけれどそれは杞憂で、視界が開けて一刻ほどで、期待通りに貴族風の屋敷が見えてきた。
田舎の貴族と言えども、一応は自前の騎士団を抱えているだけあって、屋敷自体と敷地の大きさもそれなりの規模だ。
王都の貴族屋敷と較べるのは可哀想だけど、ギュンター邸の狩猟地別荘よりはデカい。
ま、なんにしても日帰りできる距離で良かったよ。
騎士の一人が屋敷の前庭に入る門のところに立っている衛兵と言葉を交わし、俺の荷馬車も誰何されずにそのまま通された。
アプレイスはすでに不可視の結界を張って姿を隠している。
前庭の端に荷馬車を停めて俺が御者台から降りると、レビリスとレミンちゃんも続けて荷台から降りてくる。
それを見て一番威張っていた騎士の一人がビックリした表情で固まった。
村では誰も乗り込む様子が無かったからな。
「その者らは?」
「レミン嬢と、その夫だ」
「なんだと!」
「なに驚いてるんだ。レミン嬢を連れて来いって言ったのはお前たちだろう? 乗り込んだときに気が付かなかったのか?」
この四人の騎士達は、すでに俺の中では盗賊と同じ位置づけなので、嘘をつくことに良心の呵責は無いからね。
もちろん、いつ乗り込んだのか気が付いてるはずが無いけど、人というのは慌てると状況判断が正常に出来なくなるのだ。
俺がそうだから分かる。
「そ、そうであったか? いや、あの時の口ぶりで、てっきり来ないものと」
「そうか?」
パニックしたのか、アプレイスが消えていることにも考えが至ってないな。
こういう時は、相手に細かなことを考えさせないに限る。
「まあとにかく会いに来たんだから、会った方がいいだろ?」
「うむ、では屋敷の中へ入るが良い」
「入るのは構わないが、先に俺たちのことを男爵に伝えた方がいいぞ? 『ミルシュラント公国臣民のレビリス・タウンドが妻のレミン・タウンドを連れて顔見せに来た』とな」
「妻だと?」
「そうだ。レミン嬢は結婚してタウンド氏の妻になっているからな」
「ばかな」
「事実だ。すでにレミン嬢もミルシュラント公国の臣民だから、あまり荒っぽいことは考えない方がいいぞ?」
一瞬、騎士が眉を吊り上げたけど、さすがに剣を抜く根性は無いようだ。
「結婚したから故郷へ報告に戻って来たんだ。ついでに男爵にも顔見せに来たって言うことだから、とにかくそれを伝えてくれ。俺たちは男爵の返答があるまでここで待つよ」
「何故だ?」
「俺たちはミルバルナ王国の国民でも、ましてやこのモリエール男爵領の領民でも無いからだ。政治的な決め事として、外国の貴族の屋敷内に招待されずに踏み込む訳にはいかない」
まあ、こういう建前は一般的なものだけどね。
即興で考えた今回のプランでとにかく死傷者を出さない・・・
まあ怪我人くらいは我慢して貰うけど死者を出さないためには、出来ればモリエール男爵とやらを外におびき出した方が簡単だからな。
「見知らぬ人物を勝手に屋敷内に入らせたら、むしろ怒られるのはお前たちじゃ無いかと思うぞ」
「う、うむ。ではレミン嬢だけ先に」
そうしたらレミンちゃんを屋敷に引き入れた後に『お前たちは帰れ』という返事が戻ってくるのは目に見えている。
防護結界があるから危険は無いけど、単純に段取りが面倒だ。
「そんなことが出来る訳無いだろう? ここで待ってるから早く伝えてきてくれ」
「分かった、ここから動くなよ? 良いな?」
「モリエール男爵の顔を見るまで帰る気は無いから大丈夫だ。とにかく『ミルシュラント公国のレビリス・タウンドが妻のレミン・タウンドと一緒に来た』と伝えてくれ」
「あい分かった。ここで待っておれ」
一番威張っている騎士は、他の三人の騎士を俺たちの側に残して館の中へと入っていった。
すぐに屋敷の中から騎士やら衛兵やらがワラワラと出てくる。
うん、予想通り。
俺たちを逃がさないようにというつもりかぐるりと取り囲むけど、それ以上はなにもしてこない。
男爵の目的はレミンちゃんだから、万が一にも乱闘になって怪我をさせる訳にはいかないという考えかな?
奥の方にはアンスロープっぽい従者も数人見える。
なんとも険悪な空気の中でしばらく待っていると、やがて俺たちを囲む人垣の向こうがざわついてきた。
そして人垣が左右に割れて、中央を歩いてくる尊大な態度の・・・少年が一人。
えっ、少年?
ええええぇっ!!!
この少年がモリエール男爵なのか?
青年と言うには若いし、ホントにもう成人してるのかな?
貧相な魔道士とでっぷり太った護衛騎士を従えている少年は、ズンズンと俺たちの前まで歩いてくると、騎士達の一歩前に出てふんぞり返った。
「うむ、ルマント村のレミンよ、よく来たな。今日からお前はこの館で暮らすが良い。他の者らは咎めぬゆえ帰っても良いぞ」
なにもしてない相手に『咎めぬ』って・・・度量の大きいところを見せたつもりなのか?
こっちとしては目の前の光景にちょっと毒気を抜かれた感がある。
こんな少年が年上のレミンちゃんを見初めて妾にしようと企んでたのか?
マジかよ。
少年は俺たちを睥睨してから、肩に座っているパルレアに目を留めた。
パルレアは姿を隠しておく気がまったく無かったらしい。
「ふむ、その肩に乗せているピクシーの娘は貴様の奴隷か? 面白い。それも我が輩への献上品としてレミンと共に置いてゆくが良い。追ってルマント村にはなにがしかの便宜を図ってやろう」
こいつの品性はともかく、ピクシー族の存在は知ってるのか。
さすが南部大森林の間際に住んでいるだけはあるな。
しかし確認もせずにパルレアを『奴隷』だと言い切ったのは、有無を言わせずモノ扱いして俺に献上させるためだろう。
幾ら若いとは言え、『人』を『品』と言い切る輩に遠慮は無用だな。
「なにか誤解があるようだが、すでにレミン嬢はここにいるタウンド氏とミルシュラント公国において結婚している。男爵殿は外国民の人妻をここに留めてなんとするおつもりかな?」
少年男爵は、音がしそうな程ギロリと俺を睨めつけた。
「そも、貴様は何者だ?」
「俺の名はライノ・クライス。レミン嬢の夫であるタウンド氏の友人だ」
「夫だと? ふざけた茶番を口にしおって! 貴様ら、すでに夫婦だとでも言えば我が輩にレミンを差し出さずに済むとでも考えたか? 全くもって小賢しい!」
「夫婦なのは事実だ」
「それがどうした? 我が輩はレミンの結婚など許した覚えは無い。首を刎ねられたくなかったらレミンとピクシーを置いて早々に立ち去れ」
あらら。
見た目は少年でも、口ぶりはしっかり悪徳領主のそれだ。
むしろ、ワガママ全開で純粋培養された金持ちの子供が、そのまま土地の最高権力を握ってしまったというところかもしれない。
それにもう、しっかりパルレアもターゲットになってるし・・・
これはどうしたものか。
「夫とやらも早う去れ。立ち去らぬならばルマント村にも責が及ぶぞ?」
ルマント村を人質にすればレミンちゃんが折れる、という読みだな。
典型的な・・・芝居の登場人物にしたら、むしろありきたり過ぎると観客からブーイングを受けそうな悪徳領主だ。
「レミン嬢から手を引く気は無いと言うことか?」
「我が輩は立ち去れと言ったぞ。貴様がもう一言喋ったら首を刎ねる」
その言葉を聞き、周囲の騎士がザラリと音を立てて剣を抜いた。
やっぱダメか。
まあ、騎士達の態度から見て、こうなるとは予想してたけどさ・・・
こんな少年が相手とは予想外だよ。
「モリエール男爵、少し落ち着いて話し合うべきじゃ無いのか?」
「此奴の首を刎ねよ!」
即座にモリエール男爵が叫んだ。
おぉぅ、宣言通りに躊躇なしか・・・悪い意味で思い切りがいいな!
それに俺たちが『外国の貴族家』由来の人物だとかって、全く考慮しないのかね?
でもレミンちゃんとレビリスは、俺たちには一欠片の危険も及ばないと知ってるから微動だにしない。
それにしても、このモリエール男爵って少年は性根が腐っていると言うだけじゃ無くて、少々癇癪持ちが過ぎる人物な気がするよ。
剣を抜いた一人の騎士が俺たちの方に踏み込んでこようと動いた。
誤ってレミンちゃんに剣を当てないように、俺だけを自分の方へ引っ張り出すつもりだったんだろうけど、もちろん防護結界があるから俺たちには近寄れない。
なんだか結界に阻まれたままモゴモゴ動いていて間抜けな感じだ。
それを見た魔道士が結界を破るつもりなのか、なんかゴニョゴニョ呪文らしきモノを口にしてるけど意味は無いぞ?
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