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第五部:魔力井戸と水路
四人のダメ騎士
しおりを挟む「あなた方。この御方への無礼な態度はそろそろ慎んだ方が良いですな。あなた方自身のためになりません」
一向に埒が明かない馬上の騎士に対して俺が口を開く前に、シルヴァンさんが静かに告げた。
あれ?
ひょっとしてシルヴァンさん、ちょっと怒ってる?
慌ててサミュエル君に目をやると、彼の顔は仮面のように冷ややかだった。
これはかなり怒ってるな。
騎士団の中でも冷静沈着で通っている二人がこれほど怒っているのは、無礼云々と言うよりも、この四人が『騎士としてあるまじき』人物達だと感じているからだろう。
きっと『貴様らが騎士を名乗るな!』みたいな感じ?
単に四人への脅しのつもりで『斬り捨てていい』なんて物騒なセリフを口にしたけど、後ワンプッシュなにかあったら、ホントにこの四人の首が瞬時に地面に転がりそうだ。
ちょっとブレーキを掛けておいた方がいいかも。
「まあ身内の意見を聞いてきますから、そこで大人しく待ってて下さい。さすがに理解したとは思うけど、あなた方の腕前じゃあ二十人がかりでもこの二人には勝てないですよ? いいですね?」
四人は騎馬だから本当は圧倒的に有利なはずだけど、守るのが一カ所だけでこの力量差なら、そんな優位性は無いも同然。
とりあえず警告はした。
これでも馬鹿なことをやらかすようなら、それはもう馬鹿な騎士達と、馬鹿な騎士団を育ててるモリエール男爵とやらの責任だよ・・・だってこいつら、人として盗賊と同じレベルだもん。
室内に戻ってみると水を打ったように静かだった。
もちろんアンスロープの聴力だもの、外に出た俺と四人の騎士達のやり取りが聞こえていない訳が無いからね。
ダンガは苦虫を噛み潰したような表情だし、レミンちゃんもちょっと不安げにレビリスに寄り添ってる。
「聞こえてただろダンガ? ちょっと説明を頼む」
「ああ、ここの領主のモリエール男爵が以前からレミンに良からぬ目を向けていてな。自分の屋敷に連れ去ろうとしてたんだ」
「ありがちな話だな。聞くまでも無い感じだけど悪徳領主なんだろ?」
「俺はそう思ってる」
今回の一番大きなトラブル要因はタイミングだ。
俺にしてみれば遅すぎる出発だったけど、普通の距離感からすれば早すぎる到着だ。
つまり、ジュリアス卿とミルバルナ王室との間のやり取りも不十分だし、ひょっとしたらミルバルナ王室からモリエール男爵への指示が、まだ届いていない可能性もある。
「ライノはどう思う?」
「俺がかい?」
「ライノがモリエール男爵にどんな対応をするとしても、言うまでも無く俺たちは従うよ」
「ルマント村に迷惑を掛けたくは無いけど、だからと言って『はい、そうですか』とモリエール男爵とやらにレミンちゃんを差し出すなんてあり得ない。俺はどんな状況だろうが親友であるダンガとレミンちゃんとレビリスを守り抜くよ」
俺的にはルマント村に迷惑が掛からない決着であればそれが一番良いのだけど、なにより第一優先はレミンちゃんだ。
なんであれダンガ兄妹とレビリスの幸福が最優先だからな。
レビリス自身も今は『余所者』としての空気を読んで口を閉ざしているけど、レミンちゃんに害の及ぶ話になったら命懸けになるに決まってる。
とは言え、具体的にどう行動するかが問題だな・・・
なにしろ、リンスワルド伯爵家の使者として公式に訪問しているという体もある。
これでミルシュラントとミルバルナの外交問題になったりはしないだろうけど、姫様やジュリアス卿にはちょっと迷惑を掛けちゃうかも?
「えっと、エマーニュさんはどう思いますか?」
「わたくしはいかなる時でも臣下としてライノ殿のお考えに従うのみです。ダンガさまもライノ殿に従うおつもりなれば、もとより他の選択肢は存在いたしませんわ」
あー、エマーニュさんったら、ここでそういうことを言う?
集会所にいるみんなが、急に戸惑った様子になった。
姫様の名代と思って軽く聞いた俺が悪かったかも知れないけど、今のエマーニュさんの口ぶりで、ついさっきまで単なるダンガの友人と認識していた俺の立ち位置が突然見えなくなったんだろう。
いま村人達の顔に浮かんでいる表情というか、俺に向けられている視線を屈託なく言葉にすると『アイツって何者なの?』だ。
「...分かりました。ならモリエール男爵には徹底抗戦したいな。それでもいいかいダンガ?」
「ああ、ライノが俺たちのボスだ」
「だからボスってのはちが...まあ今はいいか。とにかく移転が終わるまでの間、このルマント村の敷地には男爵家の奴らは一歩も入らせないし、村人には指一本も触れさせない。場合によっては、逆に男爵家を潰す事もありうる。俺たちにはそれが出来るからな」
俺たちの会話を聞いている村人達が目を丸くしているけど、それは実際に可能な事なのだし、あえて自信に満ちた発言をしたのは、みんなに少しでも安心して貰うためだ。
「俺たちはこれからどうすればいい?」
「いや、気にせずに移転の準備を進めてくれ。ダンガもレビリスも、むしろモリエール男爵の存在は気にしないでくれていい。そっちは俺とアプレイスで片付けるからオババ様にも迷惑は掛けないつもりだ」
「うん、頼んだよライノ」
「任せろ。シンシアはここで村を守ってくれ」
「かしこまりました」
「パルレアも手伝ってくれな」
「うん!」
シンシアが『御兄様』と言わずに他人行儀というか部下っぽい返答を返してきたことに驚いたけど、これは魔道士ポジションを守って空気を読んだってヤツだな。
さすがはシンシア、頭の回転が速い。
++++++++++
ダンガ達との話を終えて外に出ると、シルヴァンさんとサミュエル君が僅かな隙も無い構えで戸口を守っていた。
ちょっと腕に覚えのある武者が見れば、生きてこの二人の間を突っ切れないことは明白だ。
それに対峙し続けている四人の騎士は、馬上で固まったままで冷や汗を流し始めている。
『一寸でも先に動いたらやられる!』とか、そういう感じかな?
まあ当たらずといえども遠からず・・・
さすがに動いただけで斬ったりはしないだろうけど、さっきの俺の発言も、これ以上の強権を匂わせたら命の保証はないぞって意味だもんね。
「さて男爵家の騎士さん。レミン嬢の身内と話してきましたが、レミン嬢をモリエール男爵に引き渡すことは絶対に有り得ません。諦めて下さい」
「貴様正気か!」
「さっき言ったでしょう? 俺達にとってはモリエール男爵なんて恐れる相手じゃ無いんです。もちろん男爵は憤慨するでしょうけど、このルマント村の土地にも、村人にも、指一本触れさせる気はありません」
「我らを敵に回して、そんなことが可能だと?」
「当然です。戦力が違いすぎる。モリエール男爵とやらは一人でミルシュラント公国と戦争を始める気ですか? そうなったらミルバルナ王室だって男爵を庇ってはくれませんよ?」
「まさか...」
「本当ですよ。まあ、ただのメッセンジャーに過ぎないあなた方が、そんな話を男爵の元に持ち帰っても信用されずに叱責されるだけでしょう。なので、俺がこの足で男爵に会いに行きます」
「し、しかしご当主様のご予定も...」
「そんなことは俺にはどうでもいい。それとも、いま俺が言ったことを自分たちで伝えに戻りますか? あなた方がここから持ち帰れるモノは、いまの俺の言葉だけですよ?」
「ぐ...」
騎士の態度から見るに、主君である男爵も独善的で傲慢な男だと思える。
自分の意に沿わぬ情報を持ち帰ってきた家臣にはきつく当たり散らすタイプじゃないかって気がするんだよね。
だけど俺を連れて帰れば『聞きたくない話』を持ち込んだのは俺であって、この四人じゃ無くなるから男爵からの叱責の度合いは大きく違うだろうな。
「ならば致し方あるまい、我らに同道することを許そう」
なんとか偉そうな態度を貫こうとする騎士の言葉に、シルヴァンさんの眉が少し上がった気がするけど、特に教育的指導を口にはしないようだ。
「じゃあ行くか...荷馬車でいいよなアプレイス?」
「ああ、それがいい」
「クライス様、であれば我らの馬をお使いになっては?」
「いやあ、迂闊にアプレイスが跨がったら、馬が心臓発作を起こすかも知れませんよ?」
「有り得る話ですな!」
そう言ってシルヴァンさんがニヤリと笑った。
と言うか、そもそもアプレイスって馬に乗ったことないって言ってたよな・・・
「これからシンシアとパルレアが害意を弾く結界を張って村全体を守ります。お二方には、女性陣みんなの警護をお願いできますか?」
「かしこまりましたクライス様」
「お任せ下さいませ」
実際にはトレナちゃん達まで含めて全員が防護メダルを身に着けているから、騎士姿のシルヴァンさんとサミュエル君の警護は、デモンストレーション的な意味合いが強い。
でも内情を知らない村人達にとっては、こういう『目に見える安心感』というのが必要なものだからね。
「じゃ、行ってきますね!」
最初にシルヴァンさんにあしらわれていた騎士の剣を拾ってやり、アプレイスと一緒に荷馬車の御者台に乗り込むと、騎士達も馬を村外に向けた。
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