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第五部:魔力井戸と水路
ドラゴンとコリガンの盟約
しおりを挟む「勇者さま」
「様付けはいらないよ? 呼びかけはライノでいいからね」
ストラさんと話し終わると、今度はラグマさんが声をかけてきた。
どうやら彼が一行のリーダー的な扱いらしい。
「は、失礼いたしましたライノ殿。改めて、此度は我々の同道をお許しくださり誠にありがとうございます。まさか、偉大なるドラゴンさまの御背に上がらせて頂ける日が来ようとは夢にも思いませんでした」
「そりゃ、俺だってドラゴンと一緒に旅をする日が来るなんて、つい最近まで思ってもいなかったからね」
「ええ、アプレイスさんと知り合えたからこそ、ですね!」
「確率から言うと逆だ」
「え?」
「ドラゴンは俺以外にもそこそこいるが、今の時代に勇者はライノだけだろ? 勇者に出会う方がよほど珍しいぞ」
「ああ、そういう意味か...」
「そうだ。俺にしてみれば逆に、ライノとシンシア殿に知り合えたからこそ、だな。勇者を背中に乗せるってのもドラゴンとしちゃあ、まずあり得ないことだぜ? って言うか、ドラゴン史上で俺が初かもしれん」
「違いない。これも縁の面白さだな」
「ですよね御兄様。でも私たちが出会ったドラゴンがアプレイスさんやエスメトリスさんでなかったら、絶対にこうなってはいなかったと思います」
「同感だ」
「私らコリガン族も、ドラゴンさまとの盟約が代々伝えられているとは言え実際にお目に掛かることはまずありません。おそらく、エンジュの森のコリガンでは我々が初めてでしょう」
「そうなんだ? でも、その割にはキャランさんもパリモさんも最初から全然アプレイスのことを怖がっていなかったよね。いくらその盟約とかが有っても、初めてドラゴンに会うとなったら怖く感じそうなものだけど」
「いえ、コリガンはドラゴンさまを信じておりますので」
「そうなのか...」
「納得できないかライノ? まあ無理もないよな」
「でも、どういう盟約なんですかアプレイスさん? 昨日は近づいてきたキャランさん達をすぐにコリガン族だって見抜きましたよね? コリガン族の方々がこんなにドラゴンを慕っていることも、よほどのことがあるのかなって...」
「そんな大層な話じゃ無いよシンシア殿」
「あの、もし差し支えなければ知りたいです。ドラゴン族やコリガン族の秘密とかでなければ...」
「いやいや全然...大昔ね、ある幼いドラゴンが大暴風のさなかに山際を飛んでいた時に、突然、雷に打たれたんだ」
「おおぅ...」
それはひどい。
「嵐を舐めてて結界も張ってなかったんだろうさ。で、そいつは雷に撃たれたショックでバランスを崩し、折からの突風を喰らって岩肌に激突した。まあドラゴンだから普通はそれでも死んだりしないだろうけど、運が悪いことにそのドラゴンは落ちる途中で崖に引っ掛かった。って言うか、翼が岩の亀裂に挟まったんだな」
「そこから飛び上がれなかったのか?」
「まだ子供だったから雷を受けた衝撃で息をのんで、咄嗟に無意味なブレスと共に魔力を放出しちまったんだ。で、雷で痺れた体を動かすことも出来ず、魔法を使うことも飛び上がることも出来ず八方塞がり」
「可哀想に...」
「そこに二発目の雷が直撃した」
「はあ? 雷が同じ奴に二回落ちたって言うのか? そんなこと」
「普通なら無い」
「だよなあ」
「その子供に二回続けて雷が落ちたのには理由があった。例の宝物集めさ」
「洞窟の宝をって奴か?」
「そうだ。そのちびドラゴンは山の洞窟で人間達の隠してた宝を見つけてたんだ。宝石類とかそんなのだな。で、きっと王冠とかネックレスとか、そう言うものがジャラジャラあったんだろう。それを面白半分にオモチャにして、王冠やネックレスを指輪のように爪にはめたりして得意がってたらしい」
「あっ、金属製品ってことか!」
「あたり。そのちびドラゴンが巣に持ち帰ろうと掴んでた宝物を雷が直撃したんだ。で、その衝撃で金や銀は瞬時に溶けて、ちびドラゴンの両手を鍍金やワニスのように覆った」
「そりゃひどい」
「二発目の雷で、そのちびドラゴンは両手が焼け焦げちまったけど、まだ金銀のワニスは体中にたっぷり飛び散ってるし、羽は岩の裂け目に食い込んでて動けない。魔力も枯渇寸前で、後一発、雷を受ければさすがに終わりだ...そこに、一部始終を近くで見ていた二人の狩人がやってきた」
「ひょっとして、それがコリガン族だったのか?」
「ああ。その狩人達は、嵐になったんで岩陰に避難してたんだけど、いきなり洞窟からちびドラゴンが飛び出してきたから用心して隠れていたらしい。でも、その幼いドラゴンが二回も雷を受けて死にかけているのを見て、憐れに思ったんだな。嵐の中を崖まで登っていって、力の弱い自分たちにも何か出来ることはないかと聞いたんだ」
「それだけでもすごい度胸だ」
「だな。だけどドラゴンの子供は、自分がもう助からないと覚悟を決めていた。嵐はひどくなる一方だし、いつ次の雷が落ちてくるかも分からない...」
「きついな」
「で、ちびドラゴンは、洞窟に宝があったことと、二つの山脈を越えた先に自分の親が住んでいることを狩人に教えた。それで、洞窟の中に残っている宝物を報酬にして、自分がここで死ぬだろうってことを親に告げに行ってくれないかと頼んだんだよ」
「アプレイス、そのチビの覚悟も相当なものだと思うよ...」
「まあガキだと言ってもドラゴンだからな?」
「ごもっとも」
「コリガンの狩人は相談して、一人がここに残ってちびドラゴンを助けられないか頑張ってみる、そして、もう一人が山を越えて親ドラゴンを呼びに行こうってことにした。コリガンの狩人は嵐の中を走り出して、そのまま二つの山脈を一週間かけて走り抜け、親ドラゴンの元へたどり着いた」
「凄い...」
「報せを聞いた親ドラゴンは驚いたけど、とにかく自分を訪ねてきたコリガンの狩人を背に乗せて飛び立ったんだ。親ドラゴンの翼なら、狩人が一週間掛かった山も半日かからず飛び抜ける。だけど、親ドラゴンが現場に着いたときには、ちびドラゴンは三発目の雷を受けたのか、すでに息絶えていた」
「可哀想に...」
「そして、その場に残った方のコリガンの狩人も死んでいた。手には刃の溶けた山刀が握られていたそうだ」
「どういうことだそれ?」
「その狩人はちびドラゴンがこれ以上の雷撃を浴びないように、鱗にへばりついた金銀の鍍金をこそげ落とそうとしていたのさ。足下には、そうやってそぎ落とした欠片が沢山落ちていたそうだけど、結局その途中でちびドラゴンと一緒に雷を浴びてしまったってことだな」
「そういうことか...最後まで諦めずに頑張ったんだな...」
「親ドラゴンは落胆して泣いたけど、狩人に約束は守ると伝えて、洞窟の宝物はすべて持って行けと言った。そして息子の死を伝えてくれた礼に、どこへでも運んでやろうと言ったんだ。でも、コリガンの狩人は洞窟の宝を受け取らなかった」
「え、何でだよ?」
「コリガンの狩人は『幼いドラゴンの死を糧にするつもりはない』と親ドラゴンに答えたんだ」
「どういう意味だ?」
「ちびドラゴンが雷撃に遭ってなかったら、その狩人達は洞窟に入ったりせずに這々の体で山から逃げ降りてただろうな。だからドラゴンの子供の悲劇と引き換えにして金銀を得ることなど、狩人の誇りにかけて断じて出来ないと言ったのさ。
自分は助けを求めて山を走ったのであって、死を告げに行ったんじゃないと。それに狩人はちびドラゴンを助けようとして仲間を失ったことの文句も言わなかった。それは自分たちが決めたことだと」
「そうか...」
「それを聞いた親ドラゴンは洞窟に息子の遺骸を運び込むと入り口を崩し、宝物ごと埋めて墓にした。そしてコリガン族を自分たちドラゴン族と同じ、誇り高い勇気ある種族だと認めたんだ」
そんな壮絶な出来事があったとは・・・
「うん、俺にも分かるよアプレイス。その勇気と献身は種族を超えて賞賛されるべきものだと思う」
「親ドラゴンは狩人を村まで運び、息子を助けようとして命を落とした狩人と、一週間走り続けて報せに来てくれた狩人に感謝して、これからはいつでもコリガン族を助けると村人達に約束したんだ。そして、この盟約はギャザリングを通じてすべてのドラゴンに広がり、受け入れられた。それ以来、ドラゴンがコリガン族だと分かってる相手を襲う事は無い...前にギャザリングで裁きの対象になるドラゴンの行いに、『無意味に森を焼く』ってのがあると話しただろ? あれは、その森の中にコリガンが住んでいる可能性も踏まえているんだよ」
「そういう謂われがあったんだな!」
コリガン族の若者達にもアプレイスの話は聞こえていたはずだけど、誰一人として口を挟んでこない。
彼らの中では代々語り継がれている話なのだろう。
アプレイスが、背中の箱に腰掛けている六人をチラリと見やった。
コリガン族を知らない人から見れば、長閑なピクニック帰りの少年少女のようにも思える彼ら彼女らは、自分たちの故郷を守るために命を捨てる覚悟でここにいる。
「だから知られている限り、初めてドラゴンの背に乗った人族はコリガンだ。以来、ドラゴンはコリガン族を乗せることに躊躇いを感じない。この勇気ある者達を運ぶことは、ドラゴン族の誇りだ」
アプレイスはそう言って視線を前に戻すと大きく一羽搏きする。
じっと聞き入っていたシンシアの目には大粒の涙が浮かび、夕焼け空を取り込んでオレンジ色に輝いていた。
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