なろう380000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす

大森天呑

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第五部:魔力井戸と水路

ドラゴンの習癖?

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それからシンシアはさっそく結界隠しの魔道具を改造し始めた。
俺はひたすら革袋から魔道具の材料と、食事やお茶やお菓子をシンシアに供給する役に徹する。

攻撃用の熱魔法を付与した魔力収集装置を造る事はともかく、精霊の気配を遮断するというのはかなり難しそうに思えたのだけど、さすがはシンシア。
大量の魔銀と結界隠しの魔道具を消費しつつも、夜通し作業して翌朝には完成させてしまった。
アプレイスと一緒にコリガンの里人にも確認して貰ったけれど、見事に精霊の気配を遮断できているようだ。

「お疲れ様シンシア。牧場には深夜過ぎに着くように、ここを出るのは夕方頃にしようと思うから、それまでゆっくり寝ていてくれな」
「はい御兄様。さすがにボーッとしてきました」
「これからぐっすり眠れたら、深夜に目が冴えるだろうからむしろ丁度いいよ」
「そうですね!」

すこしフラフラしているシンシアを隣の続き部屋に寝かせて、俺とアプレイスは物音で寝付きの邪魔をしないようにいったん外に出る事にした。
俺の方は勇者の体力ブーストで少々の徹夜くらいなんともないし、アプレイスも天下のドラゴンだから問題ないだろう。

「ドラゴンも眠気って感じたりするのか?」

「そりゃもちろん。ただ、人族みたいに毎日眠らないと身体を壊す、みたいなことは無いな。その代わりに深く眠りにつくと何年も眠ったままになるって事はある」

「そういう長い睡眠をとる時っていうのは、凄く疲れたり傷ついたりした時に回復するためなのか?」
「いやあ、どっちかっていうと退屈、だな」
「退屈?」
「ああ。魔力の豊富な場所を見つけて、しばらく動き回る必要も無ければする事もない。むしろ特にしたい事も無い。そういう時は只じっとしていればいいけど退屈だろう?」
「そりゃまあ確かに」

「だから退屈しのぎに眠るのさ。目が覚めた時には魔力も十分だし、なにかをやりたい気分になってるもんだ」

意図的に冬眠するみたいなもんかな?

「なるほど...なんか羨ましいな。そういうことが出来るって」

大山脈の東側に降り立ったドラゴン・・・つまりエスメトリスの事だけど、活動的な目撃情報がなにも無くて、ひょっとして山の上で長い眠りにつこうとしているのでは? と考えた事もあったな。
まさか静かに過ごしたいから、人が怖がって近づかないようにあえて自分の姿を晒していたとは思いも付かなかった。

「そういう風に深く眠っている時って、襲われたりしたら危険じゃないのか?」

「どうだろうな...ほかのドラゴンが近づけば気がつくと思うし、聞いた話だとギャザリングの意思が伝わったときも目を覚ますらしい。ただ、もっと小さな生き物の気配...例えば普通の人族とか、そういうのが来ても気付かないことはあるかもしれん」

「人族のお伽話には眠り込んでるドラゴンの足下から宝物ほうもつを奪って逃げ出した、なんて逸話があったりするからな」
「宝をため込むドラゴンか? 光るものが好きって言うのは俺も分かるから、いないとはいわないけど、積極的に集めて回るやつなんざいないと思うぜ?」
「そういうもんか?」
「大体、人族のお宝って宝石とか金貨とか小さいだろ? ドラゴンの体じゃ持つのも大変だ」
「おおっ、言われてみれば!」
「まあ人の姿をとるか魔法を使えばいいし、沢山有るなら箱ごと運べばいいんだけど、そんな面倒なことまでやって集めるやつが、そうそういるとは思えん」

「じゃあなんで、ドラゴンがお宝を集めたり守ったりしてるって話が広まったんだろうな?」
「うーん、俺たちって眠るときは地面に剥き出しでうずくまってるんじゃなくて、洞窟とか穴蔵の中に入りたいって感覚があるんだ。まあ防衛本能みたいなもんだろうけど」
「そりゃ人族だって同じだな」
「しかも岩穴の奥とかは、奔流から滲み出してきた魔力が溜まりやすい。そういう場所で濃いめの魔力にたっぷり浸かって眠るってのは快適だ」

奔流自体は地面も空も地下もへったくれもなく流れているんだけど、確かに窪んだ地形や深い穴なんかには、滲み出た天然の魔力が溜まりやすい。
リンスワルド領の岩塩採掘抗や離れの井戸跡しかり、レンツの古井戸しかり。
山の洞窟だって似たようなものだろう。

「でもそういう岩穴ってのは人族も使いたがるんだよ。特にドワーフ族の連中なんかはね。それに人間族なんかもそういう場所に宝を隠したりとかしたがる」
「あー...」
「で、そこに後からドラゴンが入っていくとだ?」
「揉めるな!」
「まあ大抵は人族が逃げ出すだろ? 挙げ句にドラゴンに宝を奪われただの、どこそこの洞窟ではドラゴンが宝を集めて守っているだの、そういう尾ひれが付くようになるってわけだ」

「なるほどなあ...納得したよ」

「人間族は寿命が短いから、数十年もたてば本当のことを覚えてる奴なんかいなくなるし、逆にドワーフ族なんかはしつこく根に持ってずっと恨み言を伝え続ける。どっちにしてもドラゴンは悪者にされるのさ」
「それで宝の番人扱いか」
「まあな。ただ時々はホントに番人みたいになっちまうドラゴンもいるらしい。キラキラ光るものに囲まれてるうちにおかしくなっちまうんだろ」

確かに魔力の濃い場所で欲望とか執着とかに包まれて何十年も過ごしていれば、自分自身が濁った魔力の淀みを作り出して魔物化してしまうってことだって、無いとは言い切れない。

「ずっと持ち続けてても仕方ないって言うか、人族の宝物なんて使い道がないだろうになあ」
「そこはドラゴンじゃなくてグリフォンだって同じだ。集め始めるときりがないし、やがてはそれ自体への執着が生まれる。そうなったら、そいつは、その場所で滅びるんだ」

「滅びるのかよ!?」

「洞窟で宝物を守ってたドラゴンや鳥頭が、人族に酒を飲まされて眠らされてる内に宝を盗まれただの殺されただのって話もあるだろ? あれはそういうことさ。人族の執念を甘く見ちゃだめだな...まあ滅多には殺されないとしても、そいつはもう宝の側を離れられなくなる。その穴ぼこから永遠に出られなくなる。それは死んでるのと同じだよ」

「もう洞窟から動くことも外の世界を再び見ることもなく、いつか宝目当ての誰かに殺されるまで、か...」

「そういうことだ。つまり執着ってのは『緩慢な死』なのさ」

その場所で何かを守って動けなくなったときから、そいつは、いつかやってくる死をただ待つだけの存在になっていると言うことか。
それがドラゴンやグリフォンだけの陥る罠だとは思えない。
むしろ、人族こそが陥りそうな気がするよ・・・

それにしても人の姿をとっているときのアプレイスは、びっくりするほど賢人に見える。

竜の姿の時もそれはそれで雄々しく飄々として楽しい奴だから、どちらが良いとも一概には言えないけどね。
でも、昨夜の気配の件でコリガン族に協力してもらう作戦なんか、俺とシンシアだけだったら思いつくこともなく、そのまま牧場に突入していたかもしれない。

++++++++++

益体やくたいもないことを話しながらアプレイスと一緒に里の道・・・というか、頂上が見えないほど育った沢山の大樹の間に張り渡された渡り廊下や、ロープで編んだ橋を辿って目的もなく歩いて回っていると、一人の小さな少女が俺たちの前にやってきた。

「いだいなるドラゴンさま。ドラゴンさまと勇者さまのお力で、わたしたちが里を出て行かなくても良くなると聞きました。わたしたちをお救いくださってほんとうにありがとうございます」

里の女性は里長さとおさをはじめ全員が見た目は少女だけど、この少女は背も低くて見るからに幼い。
話しぶりも本当に子供っぽいし、見た目相応の年齢なんだろうな。

「うむ。しかし取り組むのはこれからだ。我や勇者兄妹に礼を言ってくれるなら、それは成功してからの方が良いな」
「母さまは、いだいなるドラゴンさまが、この里のためにお力を貸してくださることがありがたいのだと言ってました。だから、ありがとうございます!」

「そうか...お前の母さまには、我も勇者兄妹も里人と共に力を尽くすつもりだと伝えてくれ」
「はい! つたえます!」
「お前の母さまも狩人なのか?」
「はい、狩人でした」
「でした? もう辞めたのか」
「だいぶ前から体のぐあいが悪くなって、外に出られなくなったんです」
「そうだったか」
「だから、もし里を捨ててどこか遠くに行かなくちゃいけなくなったときには、母さまはわたしと一緒に行けないかもしれないって...それで...」

そこで少女は言い淀んだ。
外を出歩けなくなったほどの病人を抱えて、魔獣の闊歩する森を抜けるのは厳しい。
ましてやコリガン族の強みは俊敏さだ。
重さを操る魔法で老人や病人を背負っていくことは出来るだろうけど、あてどもない長い旅で、背負われている方の体力や、なによりも心が保つかどうかは、また別の話だからな。

ダンガ達とは違って、誰かを斥候に出して新たな定住先を探すような時間的余裕はない。
すでに斥候を出してはいるかもしれないけど、昨日の里長の口ぶりではすでに人手が足りてなさそうだし、どのみち一ヶ月か二ヶ月の後には、全員揃ってここを出て行かなくてはならないかもしれないのだ。

きっと少女の母親は、自分がここに残ることを覚悟しているのだろう。

「大丈夫だ」
そう言ってアプレイスが少女の前にしゃがみ込んだ。

「大丈夫だ。俺たちが絶対になんとかする。だから母さまにはこう言っておいで。『偉大なるドラゴンが、その誇りにかけてこの里を守ると約束した』とね?」
「はいっ!」
少女がキラキラと顔を輝かせる。
「ありがとうございます、いだいなるドラゴンさま! 母さまに伝えてきます!」

そう言って少女は一目散に走り去っていく。
しかしあんな小さな子供でも足が速いんだな!
木々の間を走り抜ける様子は本当にリスのようだ。

少女の後ろ姿を見送ったアプレイスが、立ち上がって俺の方を振り向いた。

「すまんなライノ、勝手に約束して...でもな」
「いいのさ」

アプレイスが続けようとした言葉を遮る。

「俺も同じ気持ちだからね。勇者の役目は敵を倒すことじゃなくて、誰かを救うために頑張ることだ。そう思うだろう? 竜の勇者も」
「良く言うぜ」

アプレイスは苦笑してみせるけど、嫌そうな表情じゃ無いね。
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