なろう380000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす

大森天呑

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第五部:魔力井戸と水路

魔力と蒸留酒

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うーん、アプレイスから聞かされたドラゴン族の知識で、話が道具の事から思わぬ方向に逸れたけど、奔流の魔力を汲み上げる道具ってのはなんとか実現できないものだろうか?

「話が戻るけど、奔流から魔力を汲み上げる方法って、なにか無いものかな?」

「俺に吸わせた後でバッサリやる以外でか?」
「そのネタはもういいから!」
「御兄様。さっき井戸から魔力を汲み上げるのに『釣瓶つるべ』を使うっていう言い方をされましたけど、仮にそんな道具があったとしても、汲み上げて吸収できる魔力量よりも、汲み上げる事に使う力のほうが多そうな気がしませんか?」

「あー...そうだな。天然の魔力って、なんて言うか『薄い』よな?」
「それだそれだ、さっき俺が言いたかったのは!」
たとえて言えば綺麗な清流や泉から湧き出てる水のようで、色も付いてないしサラサラしてる感じですね」
「だから透明で目に映らないって言うか、知覚できる人が少ないんだろうな。そして放っておくと蒸散してしまう」

そうだな、まさに水だ。
天然の魔力は何の色も濁りも無い、透き通った純粋な水みたいなもんだ。
だけどそれが魔獣・・・人族も含めて・・・の体内に取り込まれると、なにがしかの色が付いて次第に濃度の高いものに凝縮されていく。

あるいは、人の心から流れ出た憎悪や嫉妬、殺意と言った負の感情に触れると濁り始め、重く澱んだモノに変化してその場に溜まり始める。
それが進んで一定の密度を超えると、そこから『思念の魔物』が産まれたり、更にそれが散らされずに長い年月をずっと存在し続けると、やがては物理的な身体を持つ魔物に変化していったりもする。

魔力はなんにでもなる。

そして、魔獣が生きる為に必要不可欠なモノでもある。
その扱いの難しさが魔法を使える人族の少なさの理由でもあるけれど、同時に人族は他の魔獣と違って異なる複数の魔法を習得して使いこなしたり、シンシアのように優れた才能の持ち主は新しい魔法を産み出したりも出来る。

他の魔獣は産まれた時からその種の特有の魔法を使いこなせても、新しい魔法を習得すると言う事は難しいだろう。
あちらを立てればこちらが立たず、かな?

「えっと、透明な水みたいな...薄いものを身体の中に貯め込んで、濃く、密度を高めて...」
急にシンシアが俯いてブツブツ言い始めた。
「なんだシンシア?」
俺が声を掛けようとすると、シンシアは俯いたままサッと片手を上げて俺を制した。
シンシアにしては珍しい動作だ。

「そっか、『色』と『力』は関係ない。色はその生物の特性であって、力の強さじゃ無いと言う事...じゃあ色は不純物?...」

シンシアが考え事に集中しようとしてるんだって事は俺にも分かる。
ここは邪魔しないのが大切だろう。

「水のようだけど、水じゃ無い。透明だけど力を秘めている。色は生命の中に取り込まれて後から付くもの...魔力そのものは透明...純粋な力なら、どれほど濃くても透明さは損なわれない?...だったら...透明なまま濃く、煮詰めるとか...煮詰める? あっ!」

シンシアはそこまで言うと黙り込んで固まった。
しばらくそのまま動かない姿に俺が不安になって、そろそろ声を掛けてみようかと思い始めた頃、不意に顔を上げた。

「御兄様、試してみたい事があります」

「お、おう、なにかな?」
「御兄様は『蒸留酒』を口にされた事がありますか?」
「凄く値段が高いから人の奢りでしか飲んだ事無いけどね! 味はスッキリしているのにキツイ酒だよ」
「私は飲んだ事がありませんけれど、喉が焼けると聞きました」
「そりゃシンシアは飲んだ事無いだろうね。でも喉が焼けるってのは言い得て妙だな。ホントにそんな感覚だよ」

「ケチくさいなライノ。可愛い妹なんだろ? 高い酒ぐらい飲ませてやれよ」

「違うって。人族は若い時に強い酒を飲んじゃいけないんだよ。身体に悪いって言われてるんだ」
「えっ? シンシア殿って酒を飲めないほど若いのか?」
「シンシアはまだ十三歳だぞアプレイス? 食事時のワインやエールぐらいしか口にしないよ」

「じゅ、じゅうさんさいっ!...見た目の話じゃ無くて産まれてからの年月なのか? エルフのサバじゃなくて実年齢でか!?」

「そうですよアプレイスさん。サバってなんですか? 私は今年で十三歳です!」
「そんな若いとは...」
アプレイスが絶句する。
チラチラとこちらを振り向いたり真っ直ぐ前を向いたり挙動不審になった。

「ともかく。蒸留酒が喉にきついお酒なのは、ワインやエールと違って、そういう元になったお酒を何度も火に掛けて、熱で『酒精』を取り出して集めていくからなのだそうです」
「酒精?」
「はい、お酒がお酒である所以ゆえんそのもの...味や香りには関係なくて、お酒を飲むと酔ってしまう原因になると言われている成分です。子供が飲むと身体に悪いと言われてるのも酒精のせいだと」
「そうなのか」

それを聞いたアプレイスが興味深そうにこちらに視線を向ける。

「じゃあシンシア殿、その酒精とやらが入ってない酒を造れば、どんだけ飲んでも酔わないって事か?」
「そんな酒を造ってどうするんだよアプレイス、飲む意味が無いだろ?」

「まああれだ。昔のドラゴンには人族に酒を飲まされて、いい気分に酔っ払って眠ったところを斃されたってのもいるからな?」
「アプレイス、お前ひょっとして酒に弱いのか?」
「な、何を言ってるんだライノは。そんな訳があるはず無いじゃ無いだろうかとか思わ無いのか? 失礼な!」

なんだよその無い無い尽くしは・・・
要するにアプレイスは酒に弱いんだな。

「えっと話を戻すと、蒸留酒がきついのは元になった弱いお酒を蒸留という作業で煮詰めていくからです。ただし、蒸留は普通に煮詰めるのとは逆なんです」
「逆っていうのは?」
「シチューやソースを煮詰める時は、弱い熱で水分を蒸発させていくのだそうです。そうすると水気が抜けて、最後は鍋の中にドロリとした濃いものが残ると聞きました」

いやいや蒸留はともかく、シチューの煮詰め方が伝聞の知識って、やっぱりシンシアは俺と一緒に料理を習う必要があるぞ。
いまは、それどころじゃ無いけど。

「まあそうだな...」
「ですが蒸留は逆に、元になったお酒を煮る事で酒精を蒸発させます」
「蒸発させたら消えちゃうんじゃないのか?」
「そうですね」
「じゃあ工夫があるんだな?」

「そのままではアプレイスさんの言う通り空に消えていきます。だから注ぎ口の付いた蓋をして煮るんです。そうすると、元のお酒から蒸発して空気に溶け込もうとした酒精が冷たい蓋に触れて凝固し、純粋な酒精となって注ぎ口から出てくる...という仕組みなんだそうです。実際は本で読んだ事しかありませんけど」

「...そうかシンシア、何かの手段で奔流の薄い魔力を煮詰めて、じゃなくて蒸留することが出来たら、純粋な濃い魔力を集められるかも知れないって事だな!」

「そうです、そうです!」
「フーム、面白いな...絶対にドラゴンからは出てこない発想だ」
「って言うか、シンシアだからな?」
「きっとそうなんだろうな」
「えっと、とにかく...奔流の魔力を直接取り込むのでは無く、清涼なままで濃縮できれば時間を掛けずに取り込む事が出来るようになったりしないかと...」

「もし出来たら凄いな。で、その肝心の『魔力の蒸留』を実現する魔法か魔道具か、なにか方法は思いつきそうか?」
「はい」
「マジか!」
「咄嗟の思いつきですから、上手く行くかどうかは本当に分かりません。だけど試してみたいです」
「分かった、どうすればいい?」
「まず蒸留の考え方自体が正しいかどうか、屋敷に戻る前に何処かで確認してみましょう。...ねえアプレイスさん、空から眺めて、出来るだけ奔流が濃く地表に湧き出ていて、しかも周囲に人気が無い、そういう場所は見つけられませんか?」

「任せてくれシンシア殿、すぐに探すよ!」
アプレイスがそう言って、景気づけのように大きく羽ばたいた。

シンシアは不確かな事を口にしたがらないタイプだ。
その点では、同じ妹とは言えパルミュナやクレアとは反対で、むしろアスワンに近い性格だと言ってもいい。

そのシンシアが『出来るかも知れない』と言うなら可能性は高い。
もちろん、実現出来なかったからと言ってガッカリしたりはしないけど、俄然希望が沸いてきたぞ。
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