なろう380000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす

大森天呑

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第五部:魔力井戸と水路

不思議な青年

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翌朝、思っていたよりもスッキリとした気分で目を覚ますと、離れたところにある大岩の上から、見知らぬ若い男がこちらを眺めていた。

え?・・・マジか!

こんな男が近寄ってきた気配は全く感じなかったぞ?
いや、いまも感じていない・・・
幻影の類いなのか?・・・

違うな。
俺とその男は明らかに目を合わせている。
それに、男が少し足を動かした時に小さな石粒が足下から転がり落ちて、この無表情な若い男が実体を持っていることを示していた。

勇者に対して気配を絶ったまま近づける存在だ。
だけど大精霊でも無く、いわんや並の人族でも無く、こんなところまで俺を追ってくる相手はエルスカインの他にいない。

くそっ、ドラゴンの居場所まであと少しだって言うのに!
ついにご対面か・・・よりにもよってこんなところで、シンシアと一緒の時に。

「...お前がエルスカイン本人か? それともお前もただの手下なのか?」

「は? えるす...誰だそりゃ?」
「違うのか?」
「だから誰だよ、そのエルスなんとかってのは、つーか、お前はそいつに会う為にここに来たのか?」
「いや違う」
「ったく訳わかんねー奴だな。いきなり変なこと口走りやがって」

乱暴というかぞんざいな口ぶりの男だけど、エルスカインの配下では無いのか?
だったら、なぜこんなところにいるのか?
いや、そもそも俺に気配を感じさせないって何者なんだ・・・

「お前、勇者だろ?」

呆気にとられている俺を余所に、男は少し目をしかめるような表情を見せるとぶっきらぼうに言い放った。

「分かるのか!?」
いきなり自分の正体を言い当てられて動揺する。

「気配で分かる。精霊の匂いがしてるからな。つーかその、大精霊の気配を近くに感じたからワザワザ見に来たんだが、アタリだったな!」
「あんたは?...」
「俺か? 俺の名はアプレイス。見ての通り...じゃ無いな。だけどここは狭いからこの姿のままでいい。たぶん、お前が探しに来たドラゴンだ」

「なっ!」

自分が『ドラゴン』だと言った目の前の男はさして気負う風でも無く、闘志や殺気をみなぎらせる訳でも無く、淡々と静かだ。
着ている服も戦士のように荒々しいものでは無く、取り立てて飾り気の無い地味な貴族というところ。
まあ、パルミュナやアスワンと同じように魔力で紡いだ服なんだろうけど。

「ここは狭いからもうちょい上がろうぜ? この尾根の付け根辺りまで登れば広い場所があるから、そこが丁度いいだろ」
「丁度いいって、なにがだ?」
「あん? お前は俺と戦いに来たんだろ? 勇者がドラゴン目指して勇んで来るって言えば、名を上げたい馬鹿に決まってるからな! 違うって言うのか?」
「ああ、違う」
「は? まさかお前、勇者のくせに怖じ気づいたんじゃ無いだろうな?」

男がそう言ってぐっと俺を睨み付けると、瞬間、周囲に凄まじい殺気が吹き抜けた。
だが、その殺気は男から湧き上がると言うよりも、通り過ぎる一陣の風のように鮮烈な気配だ。
恐怖は感じない。

その時、シンシアが気配で目を覚ましたらしく帆布の下から声を出した。
「御兄様、いまのは独り言ですか...」
そう言いつつシンシアは帆布と毛布を押しやりながら身を起こして、俺の視線が明後日の方向へ向いていることに気が付き、その視線の先を追って硬直した。

「そ、その人は!...」
「ドラゴンだそうだ」
「どドラゴンっ!...」

さすがに肝の据わっているシンシアも驚きの声を上げた。
その姿を見たアプレイスが眉を僅かに動かす。

「おいおい、『おにいさま』って事はアンタの妹かい? まさか妹連れで戦いに来るとは酔狂にもほどがあるぜ」
「だから戦いに来たんじゃ無いと言ってるだろ?」
「じゃあ何しに来たよ? おはようお嬢ちゃん。俺はアプレイスだ」

「あ...わ...私、私はシンシアと言います!」

「シンシアか、綺麗な名前だな...ともかく、人がドラゴンに会いに来る理由なんて、戦う意外に無いだろ?」
「そうでも無い。俺達はドラゴン族というのは話が通じる相手だと思ってる。だから話し合いに来た」
「話し合い? 人族から相談されるような事は身に覚えが無いな」
「今は無くても、これから生じるんだよ」

「訳わからん...と言うか人族の事情なんぞどうでもいい。まあ、戦う気になったら尾根の付け根まで上がってこい。嫌ならこのまま山を降りろ。そっちの可愛いお嬢ちゃんに免じて今回は見逃してやる」

アプレイスと名乗った男はそう言って大岩の上に立ち上がると、崖下に身を躍らせるかのように背後に向けて勢いよくジャンプした。
同時に凄まじい魔力が周囲に吹きすさぶ。
本物の風では無いのに、風力や砂埃を感じて咄嗟に目を瞑りたくなるほどだ。

次の瞬間、山肌から少し離れた空中には巨大なドラゴンが浮かんでいた。
黒光りする鋼のような鱗に覆われた体躯に、すらりとした首筋と長い尾、背中に生える巨大な翼は蝙蝠の羽のように滑らかでスマートだ。

まさに伝説の絵画に描かれていそうなドラゴン。

「どちらでもいいけどサッサと支度しろよ。陽が高くなるまでここでグズグズしてるようなら焼き尽くすぞ?」

ドラゴンは先ほどの男と同じ声でそう言うと、翼を一羽搏はばたきし、空に向けて飛び上がった。

++++++++++

「驚いたよ。やっぱりシンシアってドラゴンの基準で見ても可愛いんだな!」

「御兄様、感心するのはそこですか?」
「そこだけじゃ無いけど、それも感心したことの一つだからな?」
「もう!」
「とにかく思っていたより早く、簡単にドラゴンに会えたんだ。俺にとっては僥倖ぎょうこうって奴だよ」
「でも、あの...アプレイスさんは戦う気でいましたよね?」 

「そうかな? そうかも知れないけど、そうとも言い切れないよ」
「えっと...」
「目が覚めたらアイツが目の前にいてなあ...最初はエルスカイン本人でも登場したのかと思ってビックリしたよ。何しろ近づかれるまで、全く気配を感じなかったんだから」

「きっと人の形を取る時に魔力を抑え込んだんじゃないかって気がします。人の小さな身体に収める為に...たぶんそれが、御姉様と一緒に作った結界隠しの魔道具と同じような効果を発揮したんじゃ無いかなって?」

「なるほど! シンシアの魔力感覚ってホント鋭いな」

「大袈裟です御兄様。でも、アプレイスさんの魔力の波動って言うか波紋はもう分かりましたから、きっと次は気が付くと思いますよ」
「ああ、そう言えばパルミュナも最初にシンシアが姫様の娘だって気付いた時は、魔力の波動が同じだからって言ってたなあ...俺はあんまり気にしたことが無かったからピンと来なかったけど」

「そうでしたね。あの時はビックリしましたけど、いまは私にもだいぶ分かるようになりました」

「で、アプレイスが意図的に忍び寄ったんじゃ無いとしたら、アイツはなにをしにここまで降りてきたと思う?」
「あ! そうですよね。先に私たちの気配に気が付いていたのなら、寝込みを襲うことだって出来たはずですよね...」
「だろ?」
「そう考えると...アプレイスさんが私たちを威圧するつもりだったなら、ドラゴンの姿のままで現れていたはず。人の姿を取っていたのは、私たちと会話をする為だったと思います」

「俺もそう感じたんだ。少なくともアイツは視界に入った奴を問答無用で焼き殺すようなドラゴンじゃ無い」

そんなのは古今東西、ライムールの悪竜ぐらいかも知れないけど・・・

「ええ、それに心底から人が嫌いならば、相手の姿を真似るはずがありませんね。あのドラゴンが人族の基準で良い存在か悪い存在かは分かりませんけれど、決して人を憎んだり蔑んだりはしていない気がします」
「うん。戦うことになる可能性はあるかも知れない。だけど、全く話が通じない相手じゃないってだけでも、ここまで登ってきた甲斐があるよ」

「そうですね...じゃあ、尾根の上まで登っていきましょう」

「シンシア、改めて聞くけど、やっぱり一緒に来る気かい?」
「御兄様は、私の意思を尊重して下さいますか? それとも私はやっぱり足手まといな庇護対象でしょうか?」
「足手まといだなんて思ったことは一度もないな。ただ以前は、俺にもしもの事があってもシンシアとパルミュナが生きててくれれば後はなんとかなる、そういう風に思ってたんだよ...」

「御兄様それは...」

「でも、シンシアが『出来ることはやっておくべきだ』って言っただろ? それは勝つチャンスを増やすって事だ。もう俺は『自分が負けてもシンシアに託せば』っていう後ろ向きな考えをするのは止めた。たとえ相手がドラゴンだろうと、シンシアと一緒のほうが勝ち目は増える。だからシンシアは家族で、一緒にエルスカインと戦うパートナーだ」

「はい! もちろん御兄様と一緒に参ります」

「ありがとう。もしもドラゴンと戦うことになった場合、俺達にまず必要なのはブレスを防ぐことだけど、それにはシンシアの力が欲しいからな」

「任せて下さい」

「ただ、繰り返すけど相手はドラゴンだ。俺たちの話を聞いてどう反応するか、人の常識や尺度じゃ測れない。だからシンシア、不測のことが起きたら俺のことは気にせずに自分の判断で動いてくれ。きっとその方がいいと思うからね?」
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