なろう380000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす

大森天呑

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第五部:魔力井戸と水路

転移してきたシンシア

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まじかシンシア! 一体全体どういうことなんだよ・・・

ここ数日は手紙箱の受け渡し場所としてしか認識していなかった転移門に立つ魔道士姿のシンシア。
目の前の状況に頭が混乱する。

「お、おいっ、シンシア、どうした?」
「御兄様、私も一緒に行きます!」

「えっ、なに言ってるんだシンシア! 今回のことで、どれだけ危険か良く分かっただろ?」
「はい。ですが聞いて下さい御兄様。今この時点では私の方が、保有できる魔力量は多いでしょう?」
「そうだけど! そうだけど、シンシアは戦闘向きじゃ無いだろ。この先は何処でどんな戦いになるか、俺にも分からないんだよ!」

覚悟が決まったせいなのか、それともエルスカインの手で捩じ曲げられている魔力の奔流に沿って移動し続けているせいなのか、ここ最近は俺自身の魔力量がどんどん高まっている自覚がある。
それでも今はまだシンシアや姫様のほうが上だってのも事実だけど、魔力量だけで戦闘力が決まる訳じゃあ無い。

「それも分かっています。ですが、アスワン様も私に精霊魔法を使える力を渡して下さる際に『エルスカインを倒す為に出来ることをやっておくべきだ』と仰いました。私自身も、いま自分が出来ることをやらずにはいられないんです!」

シンシアの表情からは、いつもの少しオドオドした様子が完全に消えている。
真剣に覚悟を決めてきたことは理解できるんだけど・・・

いや逆に俺には、シンシアの命を預かる覚悟があるのか?

「正直に言うよシンシア。この先に起きるかもしれないことから、俺は一人でお前を守り切る自信が無いんだよ...」
「はい。敵はエルスカインですから無理もないと思います。それにこれから一緒に会いに行く相手はドラゴンです」
「ならどうして?」
「ですが、私も御兄様と同じように防護結界も転移魔法も使うことが出来ます。それに限らず、二種類の精霊魔法のどちらか一つを私が受け持って、もう片方を御兄様が動かせば、二つの魔法を完全に同時に操ることも可能です!」

「う...」

ああ、二つの魔法を完全に同時に、か。
パルミュナもグリフォンを撃退した時にそのことを言っていたな・・・

思い起こせば、先日の襲撃時に最初から俺が一緒にいれば、全体を覆う防護結界を張ったままで、すぐに全員を屋敷に連れ戻すことも出来ただろう。
そうすればダンガが大怪我を負うことも無かった。

「それに...」
黙り込んだ俺に向かってシンシアが言いつのった。

「ここまで跳ぶのは屋敷の転移門に魔力を出して貰えましたが、この距離からでは、もう戻れないかもしれません。いえ、戻れないと思います」

あれから数日でそこまで遠ざかったとは思えないのだけど、確かに手紙箱の魔石消費量は日毎、加速度的に増えてきている。
そこから予想すると、ここからの帰還は恐らく俺にも厳しい。
シンシアの魔力量なら大丈夫かもしれないけど、さすがにそれを試させる訳にも行かないよな。

ん? 
ああ、そういうことか・・・

「なあシンシア。怒らないから正直に言ってくれ。ひょっとしたらお前、俺の進み具合を見てて、もう転移では屋敷に戻れなさそうっていう頃合いになるのを待ってから跳んできたのかな?」

「はい...すみません」

やっぱりね!
仮に俺が拒否しても送り返すことが不可能な、そのタイミングを絶妙に狙ってきたらしい。
こういうシンシアの行動は、紛うことなき『姫様の娘』って感じだよ。

「姫様にはちゃんと行き先を言ってきたかい?」
「はい。お母様も賛成して下さいました。いまは自分が為したいこと、成すべきだと思うことをする時だと」
「そうか...」
「ですが誤解しないで下さい御兄様! お母様は決して私を世界の為の犠牲にする覚悟で送り出したのではありません。お城で御兄様が仰った言葉の意味もちゃんと踏まえた上で、私の気持ちを尊重して送り出して下さったんです!」

そこまで言われたら是非も無い、か・・・

「分かった。シンシア」
「では...」
「前にも言ったけどもう一度言うよ。俺はお前たち...シンシアやパルミュナが本当に頼りなんだ。これからも力を貸してくれな?」
「はい、御兄様!」
シンシアが表情を輝かせた。

世界の為にじゃないって?

じゃあ俺の為に、恐ろしく危険な状況に自ら飛び込んできてくれたって言うのか?

これからドラゴンに会いに行こうって言うのに、まるで一緒に遊びに行く約束を取り付けたみたいに嬉しそうな様子じゃ無いか?

パルミュナといい、シンシアといい・・・
ほんとうに俺の妹たちって・・・

だけど、嬉し涙は後に取っておこう。
シンシアと一緒にエルスカインを倒して、パルミュナとクレアを現世うつしよに呼び戻したときのために。

++++++++++

シンシアと並んで焚き火の前に座り、暖かいお茶を飲む。

単に自分の気分転換の為だけに熾した焚き火だったけど、こうなるとありがたい存在だ。
なんて言うか、こういう時はお互いに相手の顔を見ながら話すよりも、同じモノを眺めながら話す方が照れなくて済むんだよね・・・

「ところでシンシア、さっき言っていた『二つの魔法を完全に同時に』って話だけど、なにか気付いたことでもあったのか?」

「ええ、考えてみたんですけど...前にパルミュナ御姉様が、精霊魔法と違って人族の魔法は、『世の理を無理矢理に捩じ曲げる』って仰ってたんですよね。言わば乱暴な魔法だって」
「ああ。それは俺も最初に言われたな」
「同じようなことをやるにしても、精霊魔法に較べて人の魔法は魔力の消費も凄いし反動も大きいのは、それが理由なんでしょう?」

「らしいね...アレ? そう言われてみると、俺は勇者になってから人の魔法と精霊魔法を使い分けてないや」
「そうなんですか?」
「最初の頃はパルミュナがなんでも手伝ってくれてたし、自分で操れるようになってからは、それまで使ってた人としての魔法が必要無くなっちゃったからな...破邪の修業で身に着けてた魔法も、自分でも意識せずに精霊魔法でやれることに置き換えてた感じだ」

「それは精霊魔法の方が早くて楽で効率もいいんですから当然ですよね」

「でも魔法を使う時の発想が、つい人の魔法をベースに考えてて、ムダっていうか非効率って言うか...そんなのばっかりでな。後からしょっちゅう反省してる感じだけど」
「もちろん私だって、アスワン様に使えるようにして貰えたからこそ言える台詞なのですけれど...」
「でもシンシアは俺と違って自力のベースが大きいよ。で、ともかく何を思いついたんだ?」

シンシアが魔法の話題を始めたからには、なにか思いついたことか悩んでいることがあるに違いない。

「えーっとですね。私も御兄様も、精霊魔法が使えるようになったからと言って、人の魔法が使えなくなってはいないですよね?」

「うん、意識しなくなっただけだ」

「でも意識すれば使える訳ですから両方使えます。使い分けることが出来ます。人の魔法は消費魔力が大きいから無駄だって考えなければ、二種類の魔法を一人で同時に動かすことも出来るハズなんです」
「んん?」
「もちろん、精霊魔法と人の魔法は原理が違うと言っても魔法であることに変わりはありませんから、二つの魔法の詠唱を同時には出来ないです。だけど、無詠唱で動かせるモノや、最初に魔法陣を構築しておいて起動する時に魔力を流し込めばいいものだったら、人の魔法と精霊の魔法を完全に同時に起動することが出来るんじゃ無いかって思ったんです」

シンシアは本当に魔法の話題になると饒舌だな。
でもきっとこの姿が本来のシンシアで、アルファニアに留学している間は毎日がこんな風だったに違いない。

「言われてみると、そんな気もするけど...つまり?」
「精霊の魔法よりは弱くても、最低限の防護結界は人の魔法でも動かせますよね?」

ギュンター邸で『犀の魔物』に襲われた時、シンシアは咄嗟に人の魔法で防護結界を張った。
姫様からの魔力補給も有ってのこととは言え、ギュンター邸の前庭ほとんどを覆う巨大な防護結界を一人で構築して、あの鋼鉄のような巨獣の突進に耐えていたのだから大した物だ。
もしも、あれがシンシアじゃ無くてそこらの魔法使いだったら、最初の一撃で防護結界ごと吹き飛ばされていたんじゃないかな?

シンシアの言う『最低限』って、そんなレベルだけどね。
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