なろう380000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす

大森天呑

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第五部:魔力井戸と水路

Part-1:シンシアと竜 〜 再び大山脈へ

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アスワンやみんなとの話を終えた俺は、一人で地下室に降りて転移門の中心に立った。
ダンガの身体から流れ出た大量の血溜りは、すでに屋敷自体の持つ浄化作用で跡形も無く消えている。

転移で一番遠くに跳ぶとすれば例の高原の牧場だけど、俺にとって嫌な場所だという気持ちのことはさておき、あそこにはエルスカインの配下がすでに来ている可能性もある。

思い出すだけでも悔し涙が出そうになるけど、恐らく罠にされた転移門の向こう側に届いたのは中身のないパルミュナだけ・・・

俺が一緒じゃなかった以上は、エルスカインも罠の周囲の状況を確認しようとするはずだし、そうでなくても罠の存在が露呈した以上は、本番のドラゴン奪取の準備を急いで進めようとする可能性は高い。
いま鉢合わせする危険は避けた方がいいだろう。

その次に距離があるのは、あの襲撃現場だな。
四台の馬車と魔馬達を置き去りにしてしまったけど、どうなっているやら・・・

転移門の中心に立って襲撃場所を見つけ、そこに意識を合わせると周囲の情景が鮮明に浮かび上がってきた。
馬車はそのままか・・・
魔獣達が退散した後に、誰にも荒らされている様子が無いのは、果たしてこの街道を通った人が皆無だからなのか、それとも最初にパルミュナが馬車そのものに施しておいた害意を弾く結界が健在だからか・・・

魔馬達も殺されたり食べられたりしている様子は無く、あのまま深い眠りについているようだ。
エルスカインに操られてる魔獣達の狙いは俺たちだし、魔馬は例の魔法薬ですぐに眠らされたのが幸いして見過ごされたか。
ま、魔馬や俺たちの装備ごとき、エルスカインにとっての価値は路傍の石と変わらないだろう。

しかし毎度の事ながらエルスカインは攻めるも引くも即断即決だな。

すでに俺たちが転移術を使えることはバレた訳だけど、奴らには精霊魔法の転移門を利用する術も無ければ、細工をすることも出来ないだろう。
パルミュナの言うとおり、エルスカインに操れるホムンクルスの人数がそう多くないとすれば、戻ってくるかどうかも分からない俺たちを見張るために、ここに手下を一人張り付かせておくというのも馬鹿馬鹿しいし、かと言ってヒューン男爵家の配下じゃ俺たち相手には役に立たない。

そうなると、エルスカインの制御下にある魔獣達が標的を失った後もうろついているとは考えにくいな。
仮に周辺に隠れていても、俺一人ならどうとでも対応できるとは思うが・・・

ダラダラと自分に『安全なはずの理屈』を言い聞かせつつ、ともかく慎重に周囲を観察して、怪しい者の動きが全く無い事を確認して覚悟を決めた。
そのまま意識を集中させて襲撃現場に跳ぶ。

一瞬のズレの後、俺は向こう側の魔法陣の上に立っていた。

神経を研ぎ澄ませて周囲の様子を窺ってみるけど、すでに魔獣達は散らされているらしく、こちらに向けられた視線や魔法の気配は全く感じない。
潜んでいる人族の気配も無いし、複雑な罠を仕掛けるほどの時間はまだ経っていないはずだ。

ともかく、周囲の様子を一通り検分して怪しいモノが残されていないかを確認した後、魔馬達を眠らせている魔法薬の解除用薬を取り出して荷馬車を牽く魔馬に嗅がせた。
すぐに目を開けて立ち上がるけれど、転移や革袋への収納と同じでほとんど瞬時に眠らされているから、目覚め後の状況が掴めずに戸惑っている。
この魔馬が最後に見た光景は、きっと四方八方から駆け寄ってくる魔獣たちだったと思うから、あれは夢だったとでも思ってくれるだろうか?

いや無理か。

そこら中に俺たちが斬り捨てた魔獣の遺骸が転がってるんだった・・・
とにかく、恐慌を来して暴れたりしないでくれたならそれでいい。

一瞬、全部まとめて屋敷に連れ戻そうかという考えもよぎったけれど、魔力をごっそり消費した上に魔馬の世話をみんなに押しつけるだけになると思い直した。
それなら、革袋の中で時間の経過なしに過ごさせた方がいいだろう。
他の二頭立て馬車を牽く六頭の魔馬たちは覚醒させずに、念のための浄化だけを馬車ごとかけて革袋に収納し、まだかなり戸惑ってる感じの荷馬車、というか荷魔馬をなだすかして御者台に乗り込んだ。

距離的にはまる一日分を逆戻りした感じだけど致し方ないな。
それに今回は、あの牧場に寄らずにまっすぐに山の中腹を目指していくつもりだし、どこかでエルスカインの手の者に発見されて襲われたとしても、俺一人ならなんとでもなるだろう。

++++++++++

それからの数日、俺は山腹へ向けて馬車を走らせ続けた。

今回は、あの高原の牧場近くを通らないコースを選んだけど、元の街道に合流する頃にはすっかり道も細くなり、急勾配も増えてきて山あいの道の様相を帯びつつある。
むしろ、ここまで登っても平気で馬車が走れる道だということ自体が、この街道がかつては山を越えてシュバリスマークへと繋がっていたことの証左だという気もするな。

今日も日暮れまで荷馬車を走らせて、辺りの景色が赤みを帯びてきた頃に丁度良い感じの空き地を見つけた。
地面も平らで馬車を停めたままにしておける・・・つまり、毎回収納したり出したりしなくて済むし、道よりも少し低い位置になるから目に付きにくい。
もっとも、今日もここまで誰にも会わなかったし、果たしてエルスカインの手下以外の者が通ることがあるのか微妙だけどね。

馬車の収納には大きな問題が一つあって、革袋の中ではパルミュナの部屋以外は時間の経過が無いから、馬車と一緒に収納された馬たちは収納した瞬間から出すまでの間に全く休んでいない状態になる。
こちらが夜の間ぐうすか眠っていても、革袋の中の馬にとっては一瞬の休憩も無く朝が来て歩かされることになる訳で、そんなのはもちろん無理。
なので馬車を一晩収納しておくには馬を索具から放さないとならず面倒なのだ。

魔馬に水を飲ませてから飼い葉と魔石を食べさせ、革袋からカラッカラに乾いている薪を一束取り出して焚き火を熾した。

とりあえず習慣的に焚き火を熾してみるものの、どうも独りきりだと料理をしようという気になれない。
幸い、革袋の中にはそのままでも食べられるモノが唸るほど入っているから不便は無いけどね・・・

こうなってみると、『革袋に料理を沢山持っていこー!』と言っていたパルミュナの意見が正解だったな。

揺れる炎を眺めながらパンとエールと炙り肉で簡単な食事を済ませ、ほとんどルーティン作業になっている手紙箱のやり取りをする。
みんなの安全の為とは言っても、有無を言わせず、ほとんど振り切るようにして一人で屋敷を出てきてしまったから、ちょっとだけ心苦しい。
少しでも安心して貰う為に、せめて出来る間は手紙箱での状況報告をやることにしていたけど、内容は毎日ほぼ変わらない簡潔なやり取りだけ・・・と言うか、お互いにそれほど書くことが無いって感じだけど。

いつも通りに転移門を開き、ジュリアス卿から貰った地図と照らし合わせたおおよその位置と、今日のところも平穏だったことを記して屋敷に送る。
大抵、姫様からの返事にも大したことは書いておらず、本城や別邸、シャッセル兵団でも事件は無く平和だという報告と、『十分にお気を付け下さい』そして『ご武運をお祈りします』という主旨の締め言葉が書いてあるだけだ。

まあ、何も起きてなければ報告すべき事も無いからね。
みんなには何事も無く平穏が一番。

ここ数日は、随分と久しぶりに独りきりで夜を過ごしていて少し寂しい。
以前だったら・・・ただの遍歴破邪の時代だったら気にもしないというか、それが当たり前って事だったんだけどな。
いや、そもそも俺の場合は独りでいること自体が寂しいなんてのは無かったよな?

つまり、今はただパルミュナが横にいないことが寂しい。

気が付くと、ほとんど無意識に革袋に手を突っ込んでパルミュナの部屋を探っていた。
ちびっ子パルミュナが、ちゃんとソファの上にいることを確認して安堵する。
まあこのソファは、パルミュナも一目惚れというか一座りで惚れ込んで姫様にねだったほど気に入っていたからな。
いま居心地良く感じて貰えてるのなら、あの時に半ば強引に貰っておいて本当に良かった。

とにかく話し相手のパルミュナもいないし、夕食も革袋に入っていた料理でさっと済ませてしまったので暇だ。

後はこのところ日課になっている『石つぶて』を飛ばす技の改良版を練習して色々と工夫を重ねる。
これは先日の襲撃の反省で、グリフォンとか犀とか、そういう『一体一体が強い敵』のことだけじゃなくて、『ひたすら数の多い敵』に対処することもちゃんと考えておかないと駄目だと思ったから。

俺自身が加速してどんなに早く動いたとしても、完全に時間を停める方法でも無い限り、ガオケルムで斬って回るには限界があるっていうことも痛感したし、言い換えると広い戦場で戦うにはどうすればいいかって話でもある。

これまでは一人とか少人数で動いて、襲ってきた敵を撃退するみたいな発想が根底にあったんだけど、いずれエルスカインと全面対決することになったら、そうも言っていられなくなるだろう。
例えばジュリアス卿と話したように、もしもエルスカインが王都中に沢山の魔獣を一気に放ったとしたら、俺はどんな風に行動できるだろうか・・・
いまはまだ想像も付かないというか、自分に対処できそうな気はしないけど、街や大勢の人々を守るって言うのは、恐らくそういうことなんだろうとも思う。

そんなことを漠然と考えながら、ひたすら石つぶての改良版を練習していると、背後で転移門が稼働する気配がした。

姫様からの追伸でも来たのかな?・・・
なんの件だろう?

そう思ってのんびりと振り返ると、なぜか転移門の上には魔道士姿のシンシアが立っていた。
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