なろう380000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす

大森天呑

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第四部:郊外の屋敷

<閑話:シンシアの選択>

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私たちのドラゴンキャラバンを襲った、あの凄まじい襲撃とパルミュナ御姉様の一件の後、御兄様が一人きりで再び大山脈に向けて旅立ちました。

御兄様からは、出来るだけ人目に付くことを避けて王都にも戻らないようにと言われていますし、差し当たってするべき事もなにも無い状況・・・
御兄様がいないと何一つ出来ないというのも情けなく思いますが、いまは仕方ありません。

アスワン様の屋敷では全員が自分の個室をあてがって貰っているので、とりあえず私も私室に引っ込みました。
実は精霊魔法での結界の張り方について少し考えていたこともあったので、その参考に、図書室にずらりと並んでいる沢山の本の中から、ずっと読みたかった魔法関係の本をいくつか持ち込んで調べることにしたのです。

御兄様が出立して以来、お屋敷にいるみんなも特にすることはなく、少々ざわついた心持ちのまま日々を過ごしています。

レビリス殿とウェインス殿は、 ちょくちょくアサム殿を交えてカードゲームのようなモノを楽しむことで気を紛らわせているようですね。

お母様もほとんどの時間を私室で伯爵家としての職務に充てられていますが、本城と別邸とお父様との間では手紙箱がひっきりなしに行き来していて、トレナさんが『二階と地下室の間の往復で足が鍛えられますね』と笑っているほど・・・手紙箱が役に立っているのは私としては嬉しい限りですけれど。

ダンガ殿は回復を受けた後、しばらくして目を覚まされましたが、まだよく動けません。
叔母様も心配なようで、ひっきりなしにダンガ殿の部屋を訪れてレミンさんと話しています。
あれ以来、ダンガ殿の身の回りのお世話をしたり、お食事を枕元に運んだりすることはすべて叔母様が引き受けてしまうので、トレナさん達がダンガ殿のお部屋に足を踏み込む機会がなくなってしまったほどです。

レミンさんすら、叔母様に世話係の主導を譲りつつある状態・・・

私もお母様も決して口にはしませんが、やはりあの襲撃の際につまづいて転んでしまった叔母様を守ろうとしてダンガ殿が瀕死の重傷を負ったことを、叔母様はいたく気にしていらっしゃるのでしょう。

そんな中で、いまの私は自分がこの屋敷にいることに落ち着かない思いを感じています。

ドラゴンキャラバンの旅をしていた時は片時も緊張が消えなかったのに、こうして安全な場所に座っていると、まるであの旅が楽しい夢だったようにも思えてきます。
怖かったのに、楽しかったんです。

自分自身をしっかりと振り返り、自分の心の奥底を感じ取ることが出来て・・・そして御兄様、御姉様と呼べる人を持つことも出来ました。
こう言ってしまうと不謹慎なようですけれど、あの数週間の旅は私にとって掛け替えのない日々をもたらしてくれたんです。

++++++++++

数日後、わたしはみんなが寝静まった頃を見計らって、一人で地下室に降りていきました。

毎晩、御兄様から送られてくる手紙箱には、まだ、それほど差し迫った様子は見られません。
それよりも私にとって気になっているのは、手紙箱のやり取りに必要な魔石の量がどんどん上がってきていること。
距離だけの問題とは思えないのですが、手紙箱の往復の様子から推測すると、恐らく御兄様の保有魔力量ではここに戻ってくることも難しくなりつつあるように思えます。

これ以上経つと屋敷への帰還は元より、手紙箱のやり取りさえ困難になってしまうかも・・・そうなってしまったら、御兄様はムダに転移門を開いたりはしないでしょう。

チャンスは今夜しか有りません。
ダイニングテーブルの上には、お母様に宛てた手紙を置いてきました。

覚悟を決め、身の回りのものを詰め込んだ頭陀袋を担いで転移魔法陣の中心に近づいた時です。
地下室のドアが開く音がしました。
ビックリして振り返ると、お母様が立っています。

「あ...」
「ライノ殿の元へ行くのですか?」
「あ、えっと...その...はい。そうです!」

お母様には本音で話すことにしました。
もう私は、ここで自分を曲げることも誤魔化すことも出来ません。
だって私は御兄様の妹になったのですから。

「きっとそうでは無いかと思っていましたわ。ライノ殿との手紙箱のやり取りの時は必ずここで様子を観察していましたからね」

お母様には、しっかり見透かされていました・・・
王宮に役職を持つ貴族の方々から『リンスワルドの知恵の花』と呼ばれているのは、やはり伊達ではありません。

「...シンシア、もしもわたくしが我が儘を言って同道せず、ライノ殿とパルミュナちゃんの二人だけでレンツの先に向かっていたら、パルミュナちゃんが罠にはまって、あのような姿になってしまうことも無かったと思いますか?」

お母様の言いたいことは分かります。
今回、エルスカインの目を逃れて大人しくこの屋敷に籠もっておらず、みなでドラゴンキャラバンに同道したのはお母様の主導だから・・・
それに叔母様とは違う意味で、ダンガ殿の大怪我にも責任を感じているのでしょう。

・・・でも、それは私も同罪なのです。

「それは...正直分かりません。御兄様は後ろを付いてくる私たちを案じて調べておこうと思ったのかもしれませんし、それとは関係なくエルスカインの企みを探る為に牧場を訪れたかもしれません。ただ...」

「ただ?」

「御兄様は私たちが撤退の機を逸することを、とても心配してらっしゃいました。それで私に『危険を感じたら自分の判断でみんなを連れて転移しろ』と、そう仰っていたんです」
「そうだったのですか...」
「だから、御兄様から警告を受けるまで屋敷に帰還しようとしなかったのは、私の判断ミスでもあると思います」

「それは違います。二手に分かれてエルスカインの気を引こうとしたのは私の浅慮せんりょ。家族である貴女やエマーニュだけで無く、ダンガ殿や皆まで道連れにしてしまったのはわたくしの責任です」

「お母様、いまは責任を論じる時では無いと思います。それに幸い誰も命を失っていません。いずれはパルミュナちゃんも元に戻せると、アスワン様も仰っていましたし」
「そうですね...ただ、わたくしが想像していたよりも困難な状況になってしまったことは事実です。わたくしたちが王都にいるフリをしていたデモンストレーションも上手く行っていたと思っていましたのに...」

「ですが御兄様は、そもそもエルスカインが私たちを待ち構えていたとは思っていらっしゃらなかったですよ? 奔流を捩じ曲げた大魔法陣のために以前からヒューン男爵領に細工を施していたエルスカインの足下へ、そうとは知らずに私たちが飛び込んでしまっただけだと」

「...そうかもしれませんが、パルミュナちゃんが弱まり、ライノ殿がお一人で危険な場所に赴かれていることに変わりは有りませんわ」
「それはまあ、確かに...」
「みんなでドラゴンを探しに行こうと決めたあの時、わたくしは勇者様から『世界を救う為に大切な家族を見捨てるようなことは決してしないでくれ』と言われていたのですから」

恐らく、お母様が仰りたいであろうことは分かります。
それにお母様が心の底から私を愛してくださっていること、もう、危険な目に遭わせたくは無いと思ってらっしゃることも十分に分かっています。

「だからシンシア、これは世界の為になどというわたくしの妄言ではありません。ただ一人の母親として貴女の生き方に助言をさせて下さい」

でも私は・・・それでも・・・

「いまは迷わず貴女の思うことをおやりなさい。為したいことを、そして成すべきだと信じることを」

「えっ!?」

「わたくしは、貴女がライノ殿の足手まといになるとは思っていません。それに、いかにライノ殿が勇者様と言えども限界がないという訳でもありません...アスワン様のご助力で精霊魔法を扱う力を身につけ、パルミュナちゃんからも魔法の天才とお墨付きを得た貴女であれば、きっとライノ殿のお役に立てる場面があるはずだと思います」

「良いのですか? お母様...」

「パルミュナちゃんの顕現が上手く行った後で周囲の人も守らなければならないとすれば、ライノ殿お一人では厳しい状況も有り得ます」

驚いたことに、お母様は私と全く同じ事を考えていました!

「お母様!」

嬉しくて、思わず駆けよってお母様に抱きついてしまいました。

「はい。実は御兄様と一緒に取り組んでみたいことが幾つかあるんです!」
「きっとそうだろうと思っていましたわ。でもシンシア、くれぐれも気を付けて下さいね」
「承知しています」
「もしも本当に危険だと思ったら、貴女がライノ殿を連れて逃げるのですよ。きっとライノ殿はどんな状況になっても引かないでしょうから」

「はい!」

さすがお母様、全部お見通しですね。
お母様には『銀の梟』なんて二つ名よりも、『知恵の花』という表現の方が絶対に似合っていると思います!
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