なろう380000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす

大森天呑

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第四部:郊外の屋敷

ライノの妹の魂

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「ふむ...その牧場の罠に利用する魔力井戸は、近くを流れる奔流から吸い上げる魔力だけで足りるのか、それともレンツの魔力井戸が完成した後に連携させるつもりなのか...」

「分からないけど、それによってエルスカインがいつ行動するかが変わってくると思う。俺たちにとっては猶予の違いになるな」

「牧場側の魔力井戸とレンツの連動が必須なのかそうでないのかは、ドラゴンをおびき寄せるための魔力の放出量をどう見積もっているのか次第であろうが...いずれにしても国を跨がったあの菱形の大結界は、あちらこちらに杭や井戸を必要としておるようだし、レンツの主目的は罠よりもそちらであろう」

「まだ、大結界の最終的な目的は分からないままだけどね」

「うむ。しかし二頭のドラゴンが大山脈に飛んできたこと自体が、あの捩じ曲げられた奔流の流れに関係しているとすればだ、結界が完成した暁にもたらされる効果は生半なまなかなことではあるまいよ?」

「たぶん、完成されたら手遅れだろうと思う」
「恐らくそうだな」
「その前に俺一人で必ずエルスカインを倒すよ」

俺はパルミュナに頼りすぎていた。
いや、頼り切っていたな。
アイツが冗談で『アタシに依存してー』なんて言ったのを鼻で笑ったけど、実際は依存しっぱなしだったよ。
それは認めよう。

「なあアスワン、いまのパルミュナはちびっ子姿だろ。俺の革袋に中にいるよりも、いったん精霊界に戻した方がいいのかな? そうだったら連れ帰る役を引き受けてくれないか」

「それは二つの理由で勧められぬな。一つには、いまのパルミュナは革袋経由で現世に顕現していると言うことだ。戻すのには少々時間が掛かる。どの程度掛かるかはやってみないと分からぬし、一度始めたら途中では止められぬ」

「そう言えば革袋経由で顕現してる話は聞いたよ。相当ややこしいみたいだった」

「それに、ちび助共というのは定まった存在ではないのだ。精霊界に戻れば自由気ままに過ごせようが、言い換えれば自由気ままに過ごしてどこに行くやら分からぬ。儂でさえ二度と見つけられなくなるやもしれん」

「マジか? どっかに留まって貰うって訳に行かないのか?」
「いまのちび助状態では、パルミュナにどれほどの思考や知覚が出来るか分からぬからな...」
「そうなるのか...だったら革袋に居て貰った方が確実か」
「で有ろうな。まあ消えてはおらぬのだから、いずれ元の姿にも戻せよう」
「どうすれば戻せる?」
「いまの儂には力が足りぬ。ライノを勇者にする前であれば問題なかったが、いまの儂はまだ、ここに出てくるのがやっとという状態だ」
「他にもパルミュナを戻す方法はあるのか?」
「有るにはある。ただし膨大な魔力が必要だ」

その言葉を聞いて姫様とシンシアが口を開き掛けたが、その前にアスワンが言葉を繋いだ。

「痩せても枯れても大精霊だ。人の体に抱えられるような魔力では到底たらぬ。そんな魔力を抱え込んでも壊れぬ人の器は、まさにライノのような勇者だけであろう。いまはまだ、水瓶の底に一舐め分ほど溜めておるだけだがな」

え、いまの俺の魔力って、一口舐めたら枯渇する程度なの?
いやいや、これは量が少ないんじゃなくて器が桁外れに大きいんだ。
そう考えよう。

「肉体を持った存在として顕現するまで、ライノがパルミュナに魔力を注ぎ込み続けるのだ...顕現する際の姿を思い浮かべながらな。お前たちは十分に長く一緒に過ごした故に、その姿を固定しやすかろう。注ぎ込める魔力が多いほど成功の確率は高い」

「そうか...だったらとにかく俺が精進するしかないな。これから魔力量を増やす為に出来ることは全部やるさ」
「だがライノよ、お主の思いを満たそうとするなら、それほど時間の猶予はないのだぞ?」
「え、なんで?! それはどういう意味だよアスワン! パルミュナは革袋の中に居れば魔力も補給されて安全なんじゃないのか?」

「パルミュナは、な。パルミュナは安全だ。だがいま、お主の革袋の中におるのはパルミュナの存在だけではなかろう?」

「っ!...」

「うむ。パルミュナが取り込んでおった、かつてお主の妹だった者の魂だ...いまやちび助に成り果てたパルミュナが、そうそう長く抱えておられるものでもなかろうて...パルミュナ自身は消えはしないが、力の絶たれたお主の妹の魂は早晩、容れ物を失って消失するぞ」

「そういう...ことか...」

俺の妹だと言い張るパルミュナに対して、最初は『変な設定しやがって』と思っていたけど、なぜか、一緒に旅を続けるうちに段々と本当の妹のように感じ始めていた。
そして決定的だったのは岩塩採掘場での一件だ。
あの時は理由も分からないままに、俺の心の中でパルミュナははっきりと本物の妹になった。

やがて、俺の『勇者の魂』が過去に経験した事の印象が少しずつ鮮明になってくるに連れて、パルミュナがどうして俺の妹だと振る舞っているのか、そして俺も、どうしてそれを受け入れてパルミュナのことを本当の妹だと思うようになっていったのか、その理由が少しずつ飲み込めてきた。

それはパルミュナが、『かつて俺の妹だった者の魂』を、その内に取り込んでいたからだ。
その状態で顕現したパルミュナは、文字通り『半分』が俺の妹になっていた。
岩塩採掘場での一件は、本来のパルミュナ自身と取り込まれていた魂が完全にシンクロした瞬間だったのだと、後になって腑に落ちた。

「儂は退屈だと騒ぐパルミュナに向かって『なにかに興味を持て』と言った。すると、なぜかパルミュナが興味を持ったのはお主でな...あやつは儂が探ったお主の故郷にふらりと出かけていき、そこで偶然、生まれ落ちることも出来ず、しかし、また輪廻の円環に戻っていくことも出来ずに理の狭間ことわりのはざまを彷徨っていた魂を見つけたのだ」

「それが俺の...昔の俺にとっての、妹の魂だったのか」

「そうだ。かつてお主の妹だった者の魂は、その思いの強さと深さ故に円環を巡る時を超えて、再びお主の家族として生まれ落ちようとしていた。肉としての血の繋がりは浅いが、それでも一つの家族として、お主の妹としてな」

「あの時...母さんのお腹に...」

息が詰まった。
うまく言葉が出ない。
いや・・・何を言えばいいのか分からない。

それは、かつて俺の妹であり、そして今生こんじょうで再び俺の家族として産まれてくるはずの魂だった。

記憶とも呼べない過去の印象が脳裏を駆け巡る。

「クレア...」

自分でも気付かないままに、その名前が俺の口からこぼれ出た。
いまの俺ではない、古き時代に俺の魂が共に過ごした家族の名前。
最愛の妹。
見知らぬ人々を庇ってドラゴンに殺されてしまった俺の妹。

その『ライムールの悪竜』を倒して俺は仇を取った。
だけど、仇を取っても死んだ家族が蘇る訳じゃない・・・俺の心に空いた穴が埋まることはなかった。

「パルミュナは純粋な優しさで...その果てぬ思いを手助けするつもりでクレアだった者の魂を自らの内に取り込み、お主と同道することを選んだ」

「いまは分かるよ。その時にパルミュナが何を思ったか...」

「すまぬなライノよ...儂もパルミュナのしでかしたことに、すぐには気づけなかった。そして、気づいた後もこれを黙っていたのはお主の目を曇らせたくないという儂の自分勝手だ。どうかパルミュナを悪く思わんでやってくれんか? 今回のことのせきは儂だけにある」

「...悪くなんか思う訳ないだろ? パルミュナは...時を超えて、また俺を妹に会わせてくれたんだ...もうパルミュナも本当の俺の妹なんだよ」

パルミュナ、そしてクレア・・・どちらも俺の妹だ。
ポリノー村で改めて『妹として』再会して以来、ドラゴンに会う為に今日までずっと三人で一緒に旅をしてきたんだからな・・・

ああ、そうだ、ドラゴンだ!
濃密な魔力の塊と言っていいドラゴンなら、あるいは?

「なあアスワン、ドラゴンを倒せば魔力が噴出するだろうし、それはグリフォンや犀の魔獣なんかの比じゃないはずだ。俺はそれを自分の中に取り込むことが出来るかな?」
「出来るかもしれぬ。以前のお主は出来た。儂らのように奔流そのものから魔力を引き出すこともな」
「だったら、その魔力を元に存在を練り上げてパルミュナを顕現させることも?」

「恐らくパルミュナだけであれば問題は無い。だがクレアも同時に掬い上げるのは、言うなれば二つの魂を同時に一つの肉体に宿らせるようなことでもある。可能ではあるが困難であろう。パルミュナだけの場合と較べて余分に必要になる魔力がどの程度か、儂にもなんとも言えぬ」

「アスワンが可能だと言うならそれで十分だ」

「...このままドラゴンの元へ行くのか、ライノよ?」

「ああ。だけどドラゴンを殺しに行く訳じゃないよ。目的はあくまでも対話してエルスカインの危険性を理解して貰うこと、その甘言に乗らないようにして貰うことだからな。それにパルミュナを元に戻すための魔力は、エルスカインの操っている奔流の水路や魔力井戸でなんとかなるかもしれない」

「うむ、このポリミサリアを保つ為にはそれも必須であろう。折角なのでこれを持っていくと良い。間に合ったのは偶然だがな」

そう言うアスワンの手には、短い刀が現れていた。
俺のガオケルムより短くて、姫様の貰った前勇者の小太刀と似ている。

「それは?」
「ライノも二刀流を学んだのであろう? お主の場合は同じ長さの打刀を二本持つよりも、大刀と小刀の組み合わせの方が良かろうと思ってオリカルクムを脇差に仕立てた」
「ワキザシ?」
「少し短い刀のことだ。お主の刀と同じかたちと造りで長さが短いゆえ、状況によって使い分けると良い」

俺はアスワンの手からガオケルムをそのままコンパクトにしたような脇差を受け取って革袋に収納した。

「そうか...ありがとうアスワン、心強いよ。もしもドラゴンがエルスカインに支配されたとしても、俺が絶対に倒すから安心してくれ」

「うむ。頼んだ」

そうだとも。
お前たちの為なら、俺は何度だって竜を倒してみせる。
どんなに大きなドラゴンが立ちはだかろうと、お前たちを元気な姿に戻す為に勝ってみせるさ。
俺の覚悟は決まったよ。

だから待っててくれ、パルミュナ、クレア・・・
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