なろう380000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす

大森天呑

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第四部:郊外の屋敷

二手に分かれる?

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「みんなに相談なんですけど、この街でエルスカインがやろうとしてる事がなんであれ、やっぱりできるだけ早くドラゴンを探して会うことが最優先なのは変わらないと思います」

さほど多いとも言えないだろう山裾の住民達をエルスカインが追い払ったことには、それ相応の理由があるはずだ。
それにレビリスが推察したように、『ドラゴンを配下にするためには準備が必要』って事に繋がるとすれば、レンツの『魔力井戸』とも何か関係があるように思える。

俺の問いかけを聞いた姫様は、少し考え込むような表情を見せた後に口を開いた。

「そうですね...もしもこの街の方々に危険が迫っているとするならば放置したくはございませんが...」
「ですがお母様、それが具体的にどの程度の危機なのかが分かりません」
姫様の心情は理解できるけど、シンシアの言ってる事は理性的だ。

エルスカインがすでにこの地で暗躍している可能性はもちろん考えていたけれど、領主まで取り込んで街や地域全体を弄くるほど大っぴらに活動しているとは想像以上だった。
正直、ちょっと考えが甘かったな・・・

「そうですねわね。ただ魔獣で脅かされて街から追い出されるだけなのか、もっと酷い目に遭う可能性があるのか...」
「そこはなんとも言えないでしょうなあ」
「ウインスさんも俺も一人の破邪として、決してこの街の人々を捨て石にしたくはないと思ってるけどさ、じゃあこの街に留まっていたら何が出来るのかって言うと、今はそれも分からないって感じだなあ」

「...仰るとおりですわね。心配だと言って、いつまで居れば良いのか、ここに居てわたくしたちに何が出来るのか、何一つ明確ではございません」

「じゃあ、やっぱり明日にでも街を離れてまっすぐ山脈へ向かう、と言うことで良いですか?」
「...ではライノ殿、ここで二手に分かれては如何でしょう?」

「へ?」

「ライノ殿とパルミュナちゃんには大山脈へドラゴンを探しに行って頂き、わたくしどもはこの街の周辺に残ってエルスカインの様子を探るというのは如何でしょう?」
「俺たちだけ別行動ですか?」
「はい。山際の人々がこの街へ向けて逃げ出してきている今、ここから山に向かうコースは、山に向かって進めば進むほど人の流れに逆行して目立つ事になるかと思います」
「それはそうですが...」

「で有れば、ドラゴン探索に向かうのは最小限で最大限の力を向けるべきかと思います。お二方だけを危険に晒すことになってしまいますが...」

姫様の口ぶりは、まるで俺とパルミュナに危険な場所に行ってくれと頼んでいるかのようだけど実際は逆だ。
最後にドラゴンと対峙する時はともかく、エルスカインやヒューン男爵との戦いが起きる危険を考えたら、この近辺に残る方が遙かに危険性が高い。

「逆ですよね姫様?」
俺の一言で、姫様の視線が微かに揺れた。

「ここに残っていれば、いずれはヒューン男爵とその配下の騎士団の目に留まるでしょう。それはエルスカインの目に留まるのと同じ事です。そうなればここに居る姫様達がまず標的にされます。でも、俺とパルミュナはその隙に先へ進める...そういう算段じゃ有りませんか?」

「確かに、そういう面もあるかと存じます。ですが...自分から言い出しておきながら他人頼りな物言いで申し訳ありませんが、イザとなったらシンシアの転移魔法でお屋敷に逃げ戻ることも出来ますわ」

やっぱりか。
姫様はここで『陽動組』になるつもりだな。

「だったら、二手に分かれるのは良いとして、ここから先は俺とパルミュナに任せて、みんな一緒に屋敷に戻って待っていて下さい。それが一番安心できますよ」

「いえ、二つの理由で、このままレンツに残る方が良いと思います」
「それは?」
「まず、ここに居れば今後も斥候班からの情報を集めることが出来るという事があります。斥候班だけでは手紙箱は使えませんが、シンシアが一緒にいれば、斥候班からの最新情報をライノ殿に送り続けることが出来ますから」

「そうですけど、ひょっとしたら俺たちの方が斥候班を追い抜いてもっと山奥に入ってしまうかもしれませんよ?」

「はい、それは何処かの時点で必ずそうなるでしょう。ですので、むしろ二つ目の理由の方が大きいのですが、やはり転移魔法は切り札です。エルスカインが見ているかもしれない状況では、本当のギリギリまで表立って使うべきではないかと」

「それは...」
そうだけど・・・そうなんだけど・・・

「今、わたくしたちが転移で屋敷に戻ったら、必ず『あいつらはどこにどうやって消えたのだ?』という話になります。レンツとドルトーヘンの間は一本道で、どこにも抜け道はありません。もしもエルスカインの手の者が往来を見張っているとしたら、必ず不審に思われます」

「いや途中で消えたと言っても、きっと地元民の使う枝道に入ったんじゃないかって思うでしょう?」
「確かに、相手がエルスカインでなければ、誤魔化しようもあることでしょうが...」
「奴がこの土地に精通してるとは限りませんよ?」

「そうでは無く、エルスカインは自分自身が転移魔法の使い手なのですよ。忽然と消えた不審な一行が転移魔法を使ったのでは、と想像するのは自明でございませんか?」

「そうかもしれませんけど姫様、それは姫様達の命を危険に晒してまで守るほどの秘密じゃないですよ」
「そうでしょうか? わたくしは転移魔法がエルスカインの不意を突く為の切り札の一つだと考えております。せめてライノ殿がドラゴンと対峙する直前までは伏せておきたいかと」

「じゃあ、わざと道端に馬車を捨てて転移するとか?」

馬車の値段を考えると半年前の俺だったら、とても口に出来たセリフじゃないな。
それもスライが目を見張った高級馬車を三台も・・・

「それは構わないのですが、もしも追ってきた者がいたとすれば、普通は『他の馬車に乗り換えた』のだと考えるだけです。まさか、こんな田舎で馬車を捨てて歩いて森に入ったとは考えられないでしょう」
「それでも良いのでは?」
「そうなれば、明らかに目的地があって支援者がいる怪しい存在ということが確定致しますし、その逃げた痕跡を辿れないとなれば尚更です。エルスカインがそれを知れば、単純に『馬車を捨てて転移した』と考えるだけでしょう」

「うーん...そうかなあ」

「すぐにリンスワルド家のものだとバレないとしても、街道の途中で消えた一行が怪しまれることは間違いありません。それは、無用にエルスカインに警戒態勢をとらせることになってしまいます。むしろ、そのせいで勇者の一行だと勘づかれることになりかねませんわ」

それは姫様の言うとおりなんだけど、リスクが大きすぎる気がする。
俺とパルミュナじゃなくて他の八人の、だ。
もちろん、いよいよドラゴンに会うタイミングでは俺だけ別行動になるつもりだったけど、こういう状況で離れるのは予定外だよ。

「姫様。すいません、やっぱり却下ですね。みんなの危険が大きすぎます。俺は、ここにいる誰かを囮や煙幕にして前に進もうとは思わないし、むしろ最初に犠牲になるのは俺じゃないと嫌です」
「それとアタシー!」
「そこは置いとけ。とにかく、そこまで大袈裟に考えなくていいと思いますよ。このまま山に向かっても転移で屋敷に戻っても、誰か見張ってる奴がいるなら勇者の居る一行だとバレるリスクは大差ないってことです」

「そうでしょうか?」

「そうですよ。なので、俺の考える選択肢は二つですね。このままみんなで山に向かう...正確に言うと転移で屋敷に戻れるギリギリまでは、みんな一緒に行動する。あるいは、この街を出たところで俺とパルミュナ以外のみんなには屋敷に戻って貰う。そのどちらかです」

俺がそう言うと、それまで俺と姫様のやり取りを黙ってみていたレビリスが口を開いた。

「姫様、陽動しようって考えも分かるけどさ、もしも犀やグリフォンみたいなのがまた出てきたら、さすがにダンガたちに相手をして貰うのも無理だよ。どのみちライノが居ないとどうしようもない」
「はい、それはさすがに」
「だったらさ、間を取ってこうするのはどうかな? ライノとパルミュナちゃんは荷馬車で先行して、残りの俺たちは一日ほど間を空けて後を追う。これなら目立つのは高級馬車三台を連ねてる方さ」

「そうかな? 結局は馬屋の人達にバレバレじゃないかな?」

「いやあ、破邪同士が道の途中で出会って目的地まで同道するってのは不思議じゃないだろ? それにドルトーヘンの街でもウェインスさんが俺たちより先に荷馬車で宿を出てるし、俺も数刻遅れてこの街に入ってるんだ。どっちで見てた人が居ても、必ずしも同じ一行だとは確信持てないよ」
「うーん...」
「俺もライノもウェインスさんも破邪の装いだろ。御者が途中で入れ替わってるなんて、通りすがりの人に見分けなんか付きゃしないさ」

言われてみると確かにそうか・・・レビリス案が現実的な妥協点かも。

「一日程度の距離を離れるだけなら、まだしばらくは転移でお互いに行き来できるだろ? ホントに危険だとなれば転移で合流するなり、俺たちだけ屋敷に戻るなりすればいいさ。問題なければ、ライノ達は知らんふりしてこっそり進めばいいんだ」

姫様達も顔を見た事がないというヒューン男爵がすでにエルスカインの配下に下っているという前提で考えれば、俺とパルミュナの行動は出来るだけ目立たない方がいい。
まあ、もしもここにスライがいたら『ボス達の言う目立たないって言うのはなぁ・・・』と説教されそうだけど、ソレはそれ、コレはこれ。

「斥候班と落ち合うのも、ライノよりは雇い主の姫様達の方が自然さ。それに最新情報はさっき姫様が言ったように、お互い手紙箱経由で伝えあえばいいだろ?」

「そうですね。それに緊急の場合は私と御兄様、御姉様との間では指通信も使えますから咄嗟の時にも相談し合えると思います」
シンシアがレビリスの意見を肯定した。

「おおぅ、クライスファミリーにはその手もあるんだったね!」

クライスファミリーって・・・
間違ってないんだけどさ。
レビリスにそういうまとめられ方をするとなんだか微妙。

まあ姫様達側にシンシアがいる限り、防護結界も転移魔法も使える。
イザとなったらとっとと逃げて貰うってことでいいか。
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