なろう380000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす

大森天呑

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第四部:郊外の屋敷

変な訪問者

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パルミュナがなにかに気が付いたのは分かるけど、怪しいとか危なそうとかじゃなくて『変なの』とは一体何のことやら?
魔獣やホムンクルスのように本当に危険なものなら、パルミュナもこういう微妙な言い方はしないだろう。

「なんだよ、変なのってのは?」
「んー、害にはなれないけど邪魔とか面倒とかー」
「そういうのかよ...」
「たぶんー、すぐこっちに来ると思う」
「なら、とにかくこのまま待っていよう」

パルミュナは『害にならない』じゃなくて『なれない』と言った。

言い間違いじゃ無くて言葉通りだろうから、要するに向こうは俺たちを害する気満々でも、根本的にその力が欠落してるって事か。
大精霊の視点に基づいた表現を翻訳すると、特別な気配を何も感じない『ただの人族』ってところだろうな・・・
だったら俺たちに危害を加えることは不可能だ。
パルミュナのノンビリした様子からしても物理攻撃とかじゃ無さそうだし、それは確かに邪魔で面倒なだけの存在かも知れない。

そのまま待っていると、数人が廊下をそっと歩いてくる気配が伝わってきた。
鎧を着ている音もするから無音じゃ無いけど、あまり音を立てないように気遣ってるのは分かる。

もちろん、俺たちのいる個室の扉の前で来たんだけど、そこで立ち止まったまま動かない。
なんで入ってこようとしないのか・・・と考えて気が付いた。
この個室にはパルミュナが静音の結界を張っているから、扉の向こうには室内の話し声がはっきり聞こえてこないのだ。

さては、部屋に踏み込む前に聞き耳を立てて様子を窺うつもりが、話の内容が聞き取れなくて躊躇っているな?
そう考えてこちらが動かないでいると、とうとう意を決したのか、乱暴に扉を開けて一団が入ってきた。

貴族スタイルの男が一人、その従者らしいのが一人、護衛なんだろうけどヒューン男爵家の紋章を付けた騎士が三人の、総勢五名だ。

「我が輩はヒューン男爵家に連なるインメル家の当主にして、このドルトーヘンの街の代官代行、ダーフト・インメルである。本日、領外から出自の定かでは無い怪しい一団が逗留しているとの報告を受け、自ら検分に参った。直答を許すゆえ有り難く話すが良い」

代官じゃ無くて代官の代行?
いや、そもそも代官って領主の代行だよな。
『代官代行』だったら代行の代行じゃ無いか・・・いつぞやパルミュナがやった「侍女の代役の代役』に近いぞ。
それにインメル家当主と名乗ったと言うことは、ヒューン男爵家の人間じゃ無くてただの血縁で、しかも『連なる』ってことは傍流の親戚か。
血縁関係でドルトーヘンの役職を任せられているんだろうけど、なんか立場の表現が変だ。

偉そうな態度の割に爵位を名乗らなかったって事は、つまり爵位を持ってないんだろうし、爵位も持たない官吏が『直答を許す』って・・・キワモノとしか思えないオッサンだ。

これはパルミュナの言う通り、本当に『変なの』だな!

「わたくしどもは王都に本拠を置くシャッセル商会の者にございます。ダーフト・インメル殿と仰いましたか? 本日はどのようなご用件でございましょう?」
まず姫様が口火を切った。
俺も、こういう『変なの』との交渉相手は姫様が一番だと思いますからね。
お任せしました!

「ふん、シャッセル商会とな? その方の名はなんと申す?」
「レティシアにございます」
「他は?」
「エマーニュでございます」
「シンシアです」
「えっと、レミンと言います」
「俺は...」
「名はもういい! それよりも、その方らの来訪目的を聞かせて貰おうか」

単純に姫様からテーブルに座ってる順番に名乗っていったら、ダンガのところで区切りやがった。
このオッサン、大人の女性陣以外は興味が無いって事か?

「わたくしどもは事情がありまして、当家を出奔した血縁者の一人を探しております。この街を経由してレンツ、もしくは東のラモーレンの方に向かったという情報を得て、消息を辿る為にこちらにまかり越しました」

「ほう、探しておる者の名は?」
「スライ。スライ・グラニエ・ラクロワでございます。ただし、いまも本名を名乗っているかは分かりません」
「聞き覚えは無いな。特にこの街で事件にはなってなかろう」

人物の特徴すら聞かないのかオッサン・・・
スライの名前の最後に姫様が付け足したラクロワって姓は聞き覚えが無いけど、咄嗟の創作かな?
グラニエもラクロワも苗字っぽいけどエドヴァル系以外の名前は良く分からん。

「それは僥倖にございます」
「人捜しはどうでも良いが伝えねばならぬ事がある。このドルトーヘンは一定以上の規模の輸出入においては課税することになっておるが、その方らは市壁の入り口で徴税を受けていないであろう」
「通行に徴税があるとは初耳でございます。ミルシュラント公国内では大公陛下の命により、いかなる領主も通行税の類いを徴収することは禁じられていると思いますが?」

「ふん、むろん通行税など取ってはおらぬわ。だが街ごとの入市税および事業税は領主の裁量に任されておる故、このドルトーヘンが課している輸出入への課税は合法である」

モノは言い様だなオッサン!!!
街道が街のど真ん中を通り抜けているんだから、『街への出入りに課税する』っていうなら事実上は通行税と変わらないぞ。
ジュリアス卿が、そんな暴挙を許しているとは思えないんだけど・・・

「無論、これは輸出入される品物に対しての課税であり通行税などでは無い故、人頭に掛けることは無い。あくまでも物品が対象だ」
「しかしインメル殿、わたくしどもはドルトーヘンでの商売を行うつもりはございませんが?」
「そうで有れば、街を出る時に税収証書を提示すれば納税した金は返還される。まあ、若干の手数料は負担して貰うがな」
「左様でございますか」
「ただし、徴収した税を返還する際には持ち込んだ物品と持ち出す物品がきちんと揃っているかを確認しなければならぬ。その確認作業には人手と日数が掛かる故、納税時に三日、街を出る時の返還手続きには一週間を見て貰おう」

「一週間? 街を出ると決めてから一週間でございますか?」

「街を出る時ではなく、街を出てから一週間だ。でなければ完全に持ち出したと証明できないであろう? 物品の確認作業が終わるまでは、街の外で野宿するなり街道筋の村の宿屋に泊まるなりして、こちらの手続きが済む一週間後に返還金を受け取りに来れば良いだけの話だ」

つまり金の回収は『諦めろ』と言いたい訳だな。

しかし不思議なのは、こんなややこしいというか悪辣な税制を執行しているんだったら、斥候班からの報告にも一言ぐらい触れてあって良さそうなモノだってことだな。
斥候班は荷馬車に乗って移動していたハズだけど、少人数だったから見逃されて輸出入税に気が付かなかったのか?

「インメル殿、わたくしどもも商人の端くれ。王都と行き交う街の税制については一通り存じております。しかしながら、ドルトーヘンの街にそのような輸出入税が存在するとはかつて耳にしたことがございません。もちろん税が必要ならお支払い致しますが、まず公布の内容をご教示頂けますか?」

一瞬、オッサンの顔が引き攣ったが、従者へ顔を向けると横柄に顎をしゃくった。
すぐに従者が巻物を取り出して、そこに書かれている内容を読み上げ始めるが、まあ、おおよそは今オッサンが喋っていたような事柄だな。

「ドルトーヘンの街は現在、経済的な危機にあるゆえに、急遽このような税制を執り行う仕儀となった。よもや異論が通るなどとは思わぬ事だ」
「いつから公布されたのでございましょう?」
「緊急につき、物品の輸出入税に関しては本日より公布、発効となった。執行期限は街の経済状態に左右される為に未定であるが、その判断は我が輩に一任されておる」

姫様の顔にピシッとなにかが走ったような気がするけど、一瞬後には変わらず柔らかな笑みを浮かべて問答に戻った。

「ではインメル殿。その新たな税制がすでに発効済みと致しまして、課税対象となる積み荷の確認に三日が必要な理由とは?」

「なにしろ急なことゆえに、こちらも体制が整っていない。荷物の検査は半日有れば済もうが、すでに待ち行列が長いのだ。よって順番が来るまでは馬車だけで無く全員にこの馬屋から出ることを禁じる。こっそりと高額な積み荷を懐に入れて市中に持ち出すような不正があってはならんからな!」

「そのような...」
「ただし、例外はある!」
「は?」
「細かな手続きを嫌う者の為に税率表を定めておる。馬車の種類と数などによって一律に支払額を定めておるので、それに従っても良い。恐らく納税額は積み荷を確認する場合よりも割高になるが、手間は省ける」
「その場合の返還は?」
「荷物を確認してないのに返還のある訳が無かろう? その方らがドルトーヘンに持ち込んだ全ての積み荷は市中で販売されたという扱いになる。もちろん馬車や馬も含めてだ」

「馬車自体に課税するのでございますか?」

「高い馬車と馬を持ち込んで売り捌き、安い馬車と馬に買い換えて利ざやを得てから街を去るというのは良くある方法だ。こちらとしては確認していないのだから、そう言う方法も取られると見越しておかねばならぬからな!」

あー、もう見え見えだ。
これは完全にこのオッサンの悪巧みだね。

シャッセル商会なんて聞いたことも無い名前の商会だし、どうせ弱小と踏んで金をたかりに来たんだろうけど、適当な権威を振りかざせば逆らえまいとでも思ってるのか・・・

これこそまさにスライの言っていた『興味本位で絡んでくる馬鹿貴族やカモと勘違いする阿呆』の見本らしい。
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