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第四部:郊外の屋敷
ドルトーヘンの街
しおりを挟むその後キャラバンは大したトラブルに出会わないまま北東に向かって順調に進んで、十日後には無事にドルトーヘンの街に到着した。
ドルトーヘンは市壁に囲まれた古い街で、ミルシュラント公国成立の遙か前から存在しているそうだ。
その当時は周辺を支配していた王と言うか豪族と言うか、そういう地方領主の拠点で、西側の平野部と北東の山岳部および東側の森林地帯を結ぶ交通の要所として重要な位置を占めていたらしい。
「なんか暗いってゆーか、ものものしー雰囲気?」
「ここは両側を険しい山に挟まれてる谷間だからな。街そのものが、この街道にとっての門って言うか関所みたいな存在なんだよ」
「へー、街が門になってるんだ」
パルミュナの言う通り、いかにも威圧的な構えだ。
ドルトーヘンみたいな街造りは山地の古い国に多いタイプで、両側を山に挟まれた隘路に街が存在しているから、ここを通り抜けずに進もうとすれば遠回りして険しい山を越えるしかない。
小国同士が争っていた時代なら、無論そんな道は塞がれてドルトーヘンは要塞化されていただろう。
「街道が直接街のど真ん中を通り抜けてると言っても、その成り立ちがフォーフェンなんかとは根本的に違うんだよ。あっちは人通りに沿って街が育った感じだけど、ここは道を塞ぐよう街を造ってるからな」
「それって戦争のため?」
「軍事的にも防衛しやすい地勢だけど、通行税や入市税を取るにも絶好の立地だろ? なにしろ街道を真っ直ぐ進めば市壁の門に突き当たるし、高い崖に挟まれた左右に逃げ場は無いんだから」
「ここを通りたければ金を払えってさー、叛乱を起こしたどっかの辺境伯みたいだねー。そーすると、この街は『橋』みたいなもんかなー」
「お、パルミュナ上手いこと言うじゃないか...向こう側に行きたければソコを通るしか無いって意味じゃあ確かに橋だ。でも昔はそれが普通だったんだからな? むしろ世界の中じゃあミルシュラント公国が別格だよ」
「そっかー」
「とは言っても、地方領主達が通行税を取りまくってた時代なら、こういう街は取りっぱぐれの無い拠点だったろうけどな...今のミルシュラントみたいに平和な時代が長く続くと平地の狭さで発展できない街になっちまう」
「見るからに狭そー!」
「そう、もうこれ以上に街を大きく出来ない」
いまのドルトーヘンがまさにそんな感じで、言い方は悪いけど国全体の発展からちょっと取り残されている感じかな?
王都からそれほど離れていないと言える場所なのに、屋敷を出てからドルトーヘンに着くまで通り抜けてきた街道沿いにも、それほど大きな街はなかった。
リンスワルド領から北上してきた時の街道に較べても交通量が圧倒的に少ない。
あちらの街道でさえ、南北の本街道が繋がった後は交通量が減って寂れだしているって言われてたぐらいなのに、ここは更にその数分の一かな・・・
やっぱり北方の山地って言うのは人口も産業も少ないんだろうなあ。
++++++++++
さて、ドルトーヘンの街についたら早速スライの報告で確認していた『馬屋』を訪ねる。
長距離を走る乗合馬車は、時に馬屋のことを『駅』とも呼んでいて、乗客が乗り降りする拠点であると同時に、疲れた馬を交換して休ませるための施設でもある。
俺たちは乗合馬車のように馬を交換する必要は無いけど、飼い葉を仕入れたり、ちょっとした馬車の修理や蹄鉄の交換を頼んだりという程度には関わりを持つ必要があるだろう。
それに、地元や街道筋の情報を入手するのにも便利だ。
それともう一つ、大事な理由・・・
シャッセル兵団の斥候班からの情報を馬屋で受け取ることにしてあるんだよね。
旅の馬車が馬屋を訪ねるのは当然だし、自前の情報網を持たない小さな商会なんかは乗合馬車と馬屋を経由しての手紙のやり取りも多い。
そこに上手く乗っかって報告を受け取ろうって言う算段だ。
まずは新しい情報があるかを店先にいた小僧さんに確認してみる。
「王都のシャッセル商会のクライスって者だけど、俺たち宛の手紙がここに残されてないかな?」
「シャッセル商会さんですか? 番頭さんに確認しますんで、ちょっと待ってて下さい...」
「すまんが頼む」
大して待つ間もなく、今度は番頭さんらしき男性が巻いて封をした手紙を二つ持ってきた。
「こちらをお預かりしておりましたな。シャッセル商会のライノ・クライス様宛になっております。一通はここで直接預かったもので、二通目はレンツの街の馬屋からここに届けられたものです」
「ああ、それで間違いないです。受け渡しの符帳は分かっていますか?」
「ええ、もちろんです」
「じゃあ、『実家への報告』と『親族からの挨拶』を渡して下さい」
「はい、確かに確認しました」
『受け渡しの符帳』は、商会なんかが手紙をやり取りする時に、受取人を装った第三者に手紙を持ち去られないように、あらかじめ秘密の合い言葉を決めておくやり方だそうだけど、この前スライに貰った紙に書いてある言葉をそれに使う事になってる。
今回は『実家への報告』という合い言葉がそれ。
仮にシャッセル商会を名乗る人物が手紙を受け取りに来ても、この言葉を知らなかったら渡さない、という取り決めになっている。
しかも俺と斥候班だけが持ってる紙に書いてある言葉を順番に使っていくから、もしも誰かに報告書を横取りされたり、手違いで受け取り損ねたりしていた時にも気が付く事が出来るって訳だ。
簡単で、なかなか気の利いた方法だよね・・・スライは本当に色々なことを知ってる。
「それと、飼い葉の補充をお願いしたいんだけどいいですか?」
手紙を受け取ったついでに、番頭に飼い葉の追加も頼んでおく。
「もちろんでございます。それにしても立派な魔馬たちですな...この辺りでは少のうございますが、王都の方では多いですか?」
「正直、多くはないですね。この子達も本来は軍に売るはずだった魔馬を訳あって引き取ったそうですよ」
うん、完全に嘘って訳でも無いよね?
引き取ったの俺だけど。
「左様でございましたか、どうりで立派な体躯で...ところで、皆様方もお泊まりになりますか?」
この馬屋は街道筋の広い場所にあるので、馬の為の大きな厩や簡易な修理を請け負う工房と共に、人間の為の宿も営業している。
御者達はもちろんだけど乗合馬車なんかで旅をする人も、どうせ次の目的地への乗合馬車もここから出る訳だから、この街自体に長居する用がないのなら、馬屋に泊まる方が面倒がないって訳だ。
だから、大きな街道で定期的に長距離の乗合馬車を走らせているような処だったら、旅人は馬屋に泊まりながら、ほとんど歩かずに延々と旅を続けることさえ出来る。
まあ、それなりにお金は掛かるけど。
「部屋が十分に空いているなら泊まりたいけど、混雑しているようなら不要です」
「今日はさほど混んでおりません。二人部屋が五つと、四人部屋が三つ空いております」
馬屋の番頭さんからすれば、こんな高級馬車を連ねてきた相手に、雑魚寝前提の大部屋や棺桶みたいな一人部屋は最初からカウント外だろう。
でも男性五人と女性五人だから、四人部屋を混ぜると組み合わせが微妙だ。
姫様は特別扱いを厭がるだろうからエマーニュさんと二人部屋にして、シンシアはレミンちゃんと一緒でいいかな?
ついでに、レミンちゃんから『普通の女の子』を学んで欲しい・・・なんて言うのは口に出来ない冗談だけど。
あとはダンガとアサム、レビリスとウェインスさん、俺とパルミュナっていう代わり映えのしない組み合わせだけど、こんなところで面白さを追求する必要は無いし。
「じゃあ...えっと、二人部屋を五つ借りたいですね。合計十人で。ついでに馬たちの手入れも頼みます」
「かしこまりました。では馬車を中庭の方へお入れ下さいませ」
広い中庭に馬車を乗り入れて一斉にみんなが降りると、周り中から注目を浴びた。
移動中でも馬車の周辺にはパルミュナの作った結界隠しの魔道具が動いているから、仮に魔力を感知できる人が周囲に居たとしても、俺たちの魔力量や精霊魔法の気配は感じ取れないはずだけど・・・
そりゃ無理もないよな。
魔馬に牽かせる二頭立ての乗用馬車を三台も連ねて、しかも荷馬車まで魔馬に牽かせているんだ。
とどめに、馬車から降りてきたのは見た目が人間族とエルフ族とアンスロープ族のうら若き美女が合わせて五人とくれば、これで男性陣の興味を惹かない方がどうかしている。
大金持ちな大商会あたりの一行に見えるだろうけど、どう考えても商談とか視察とか、そんなお仕事な雰囲気の面子じゃ無いし・・・
まあ、宿に泊まる以上は周囲の耳目を引くことは致し方ない。
どの道、俺たちもこの先はドラゴンの正確な居場所や関連情報を集めながら進んでいく上で、住民達との関わりをゼロには出来ないから『人知れず歩みを進める』と言うのは、そろそろ限界だからね。
エルスカインがドラゴン確保に動いているとすれば、これから大山脈に近づくに連れて危険度は増していって当然だ。
それでも、王都でのシャッセル兵団の動きやヴァーニル隊長達の陽動にも全く反応がないし、馬車の受け取りにも尾行は着かなかった。
ドルトーヘンまで、なんの妨害や襲撃も受けずに来れたと言う時点で、ドラゴンキャラバンの出発をエルスカインに探知されていなかったと考えても良さそうだ。
以前にパルミュナと王都を散歩しながら話したことだけど、エルスカインの目や耳となるホムンクルスや人族の手下は意外と少ない・・・つまり、エルスカインは『ただの偵察要員』にホムンクルスを充てるほどの人的余裕はないという推理は当たっているのかも知れない。
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