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第四部:郊外の屋敷
二人目の妹に
しおりを挟むどうやらシンシアさんが魔法学校時代の服を引っ張り出してきた理由は、単に心機一転で精霊魔法に取り組むっていう決意だけでは無くて、先日吐露した『自分が年相応の普通の女の子じゃない』っていう思いを引き摺っているっぽい。
そう考えると、急に馬車の動かし方をウェインスさんに習い始めたりしたのも、言わば彼女なりの『普通らしさ』への取り組みだったのかもしれないな。
「もちろん見えますよ。って言うか服に関係ないですよ」
「そうでしょうか?」
「白状すると俺も正直、シンシアさんが自分より年上かもしれないって考えてたんですよ。だってリンスワルド家に限らずエルフ族の見た目は年齢と一致してないものでしょう?」
「それはまあ」
「でも、俺が年上かも? って思った理由は見た目の雰囲気とかじゃなくて、才能と見識の凄さですからね。それが見た目年齢では想像できないほど凄かったって事です」
「でも、それこそ普通じゃないって思われてる気がして...」
「はい、シンシアさんは普通じゃないですね!」
俺がサックリそう答えると、シンシアさんが少し驚くというか怯えるような表情の陰りを見せたけど、それに気が付かないフリをして話を続ける。
「天才は普通にいないからこそ天才ですよ。アスワンだって『才能を誇るべきだ』って言ってたじゃないですか?」
「そうですけど、そうですけど...」
「俺だって、曲がりなりにも勇者だから普通じゃないですよ。パルミュナだって大精霊だし...いや大精霊としても普通じゃないかな?」
「ですけど、ライノ殿やパルミュナちゃんは普通では無いと言うよりも、特別な存在ということですよね?」
それを言うならシンシアさんも名高きリンスワルド伯爵家の爵位継承者、表向きは隠しているものの大公家の血を引くと言うか現大公陛下の一人娘で、しかも古の勇者の血を引く存在でさえある。
まあ誰が聞いても、『普通って何?』と言いたくなるような特別な生まれだろう。
「世間の感覚で言えば、伯爵家や子爵家の当主とか爵位継承者って言うのも特別な存在でしょう? 大公家の血を引いてるとか勇者の末裔であるって言うのも、少なくとも普通の人じゃないです」
「それは普通の基準次第では...」
「そうですよ。傭兵団のスライはダンガたちを初めて見た時に『普通じゃないアンスロープ』だと言いました。あまりにも大きくて強すぎるとね...それどころか一般人の目から見たら、平気で魔獣と闘う破邪だって普通の人じゃないしょう?」
俯いているシンシアさんの表情には心の内が浮かび上がっている。
たぶん、『それは分かってます、でも私が言いたいのはそういうことじゃ無いんです!』って感じかな?
「だから、このドラゴンキャラバンには誰の目から見ても『普通』なんて言える人は一人もいないって事です。もちろんシンシアさんも含めてね」
「それは...」
「だけどその普通じゃなさ、特別さは、その人の人間性って言うか人柄って言うか、『人としてのあり方』には関係ないでしょう?」
うつむき加減だったシンシアさんがハッとした表情でこちらを見た。
「俺の目から見れば、シンシアさんは何を着ていても年相応の優しくて可愛い女の子に見えますよ。...普通かどうかは関係ないんです」
「本当ですか?」
「もちろん。だって俺がシンシアさんを自分より年上かもしれないと思ったのは、言い換えればその能力の凄さで『見た目通りじゃないかもしれない』と思ったって事ですからね。いいですか、決してその逆じゃないんですよ?」
別の言い方をすれば、俺が深読みしすぎていただけだけどね。
「あ...」
「で、この前ようやくシンシアさんが見た目通りに若いって知ったんで、これからは変な気遣いせずに自然に接することが出来るなあって思ってたところでしたね」
勢い込んで一気に喋ってしまった気がするけど、シンシアさんに暗い気持ちになって欲しくなかったからね。
自分が普通か普通じゃないかなんて気にしなくても、素敵な可愛い女の子であるって事に変わりはないと分かって欲しかったんだ。
「そうだったんですね」
「だって大人の女性を子供扱いしたら失礼だし、もし本当に若かったらあまり負担を掛けるようなことを言えないし悩みますよ。分かりますか?」
「分かります、はい!」
シンシアさんの声がぱっと明るくなった気がする。
「そんなことを気遣って下さるところが本当にライノ殿らしいです!」
「また大袈裟な」
「いえ...でしたら...その、ライノ殿にお願いが...」
「承りました」
「ぷっ!」
俺が姫様の口調を真似してそう返すと、シンシアさんは吹きだした。
「ホントですよね?」
「本当ですとも」
「あの、これを告白するのはちょっと恥ずかしいんですけど...私ずっとずっと、パルミュナちゃんが羨ましくて仕方なかったんです!」
「え?」
「だって...その...こんな素敵な御兄様がいて!」
「はい?」
パルミュナの『御兄様』って俺だよね?
他にいないよね?
「本当は私も、姉妹が欲しかったです。でもリンスワルド家の血からしても、他の貴族家のように沢山の子供を作るというのはあまり適切ではありません」
「娘しか生まれないから、ですね?」
「はい。それに生まれつき魔力が強いせいか、幼少期に病気などで死んだ子供もほとんどいないそうです。なので、私もお母様も一人っ子です。叔母様の...エイテュール家を立てたのは特例なんです」
無理もない。
娘しか埋めない家系を闇雲に増やしたくないというリンスワルド一族の思いは強いものがあるんだろう。
それに見た目でつい忘れそうになるけどリンスワルド家は長命なエルフ族なんだよな・・・言い方は悪いけど、一人っきりの世継ぎの子供が事故や病気で亡くなったとしても、それから二人目、三人目を産み育てる時間的余裕は十分にあるはずだ。
「仮にお父様とお母様が二人目を産んで下さったとしても、それは妹です。いえ、妹が嫌だって事ではないんですけれど...パルミュナちゃんを見てると、御兄様がいると言う事が眩しくて羨ましくて...」
「そうだったんですか。こんな不肖の兄でも、端から見るとよく見えるものですかねえ?」
「不肖だなんて、絶対にそんなことありません!」
「あ、まあ、ありがとうございます」
「本当です! それで、その、なんて言いますか...その...私の兄になって下さいませんか?!」
「は?」
ちょっと待って。
シンシアさんは言ったい何を言ってるんだ?
「えっと、俺が兄ですか?」
「そうです!」
「俺がシンシアさんの兄になると?」
「はい、だからこれからはパルミュナちゃんを呼ぶ時みたいに、私もシンシアと呼び捨てにして下さい」
「いーじゃん!! アタシもシンシアちゃんに妹になって欲しーし!」
「えぇっ」
急に右横からパルミュナの声がしてビックリした。
コイツ、わざと気配を絶って俺に近づいていたのか!
と言う事は、つまり俺とシンシアさんの話をずっと聞いていたって事だな。
・・・いや、そもそもパルミュナはずっと前から、そう言うシンシアさんの気持ちを知っていたんだろう。
先日のニヤニヤ顔はそれがあってのことか・・・でも俺の何処がカッコ良かったのかはさっぱり分からないけど。
「マジかパルミュナ?」
「マジー!」
「ライノ殿がお兄さんで、パルミュナちゃんがお姉さんで...私、そうなりたいんです!」
「いや、俺は光栄ですけど、そんな事言ったら姫様に怒られますよ?」
「あら、とんでもありませんわ」
今度は左後方から突然、姫様の声がした。
振り向くと久しぶりに見る姫様のニヤついた表情・・・パルミュナめ、姫様の気配もわざと遮断してたな!
「なっ、姫様まで...」
「ライノ殿にシンシアの兄になって頂けるなんて、こんな光栄な事はありません。そしてパルミュナちゃんと姉妹に...素敵ですわね!」
「いいんですか?」
「これはリンスワルド家とは関係なく、シンシアという一人の少女の願望です。是非かなえてあげて下さいまし」
そこまで言われると、無碍に出来るはずがないよね。
それに、もちろんシンシアさんの事は嫌いではない、と言うか、とても好ましい。
よし、気持ちを切り替える!
「わかった...こんなだらしない兄ですまないな。でも俺はパルミュナとシンシアが頼りなんだ。二人とも俺の自慢の妹で自慢の姉妹だよ。これからも力を貸してくれよな?」
「はい御兄様!」
「まかせてー! アタシ達は仲良し姉妹だからーっ!」
「ですよねパルミュナ御姉様!」
シンシアさんが感極まったような声で返事をしてくれるのがくすぐったいような気持ちだ。
それに続くパルミュナのいつも通り間延びした返事も妙に嬉しい。
これでシンシアさん、もとい、シンシアの憂鬱が少し晴れてくれるようなら、お兄ちゃん冥利に尽きるってもんだね!
パルミュナも心の底から嬉しそうだし。
「あ、そう言えばシンシアが俺の妹って事は、姫様は...」
「なにか問題でも?」
「なんでもありません!」
うん・・・いまの姫様の声ってパルミュナのアイスドラゴンボイスとはまた違う雰囲気だったけど、一瞬、背筋がゾワッとしたのは気のせいかな!
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