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第四部:郊外の屋敷
準備は万端?
しおりを挟むまあ『部分的な身体的特徴』でバレる云々は置いといて、とにかくバレたらエマーニュさんは瞬殺だ。
恐らく俺と一緒の姫様よりも先に標的にされるだろう。
姫様もそれは良く理解していた。
「影武者が『エイテュール子爵』だと露呈したら必ず狙われますよ? 場合によってはわたくしよりも先に」
フローラシア・エイテュール子爵が_まだ_直接に狙われていないのは、すでに二百年前にガルシリス城への仕込みを終わっていたからだ。
旧街道の不穏な出来事は、言うなれば再起動に伴う活動に過ぎない。
パルミュナがあの辺りの奔流を吹き飛ばしたことでガルシリス城がいったん意味の無い存在になってしまったから良いようなものの、そうでなければ、すぐにも狙われる立場だったろう。
「姫様の言う通りだと思いますよエマーニュさん。エルスカインは周りの人々を苦しめて罠を張ります。奴はまだ、エマーニュさんのホムンクルスを『もう造れない』ということは知らないんですから」
「ええ、ですからエルスカインは今でもチャンスさえあればあなたを殺して体を手に入れようとしてくると、そう考えるべきでございましょう」
それに別邸に押し掛けてくるだろう客人達も問題だ。
全部おしなべて面会謝絶というのも無理があるし、目立つ馬車のせいで居留守も使えないからね。
エマーニュさんじゃ対応できないから、王宮の居所に籠もっているフリをするのが安全なんだけど、まったく動きがないと『王都にいますよアピール』が弱くなってしまう・・・
「分かりました御姉様、ライノ殿。影武者役は諦めます」
++++++++++
結局、まだ距離が離れない間は時々転移で戻って、姫様がデモンストレーション的に客人に対応する。
そして『新規事業の監督』のために、頻繁にリンスワルド牧場に出向くという言い訳で別邸にいない時間を増やし、それも厳しくなってきたら王宮に籠もって体調不良という建前にしようって話になった。
とにかく北部大山脈へ向かいつつ王都にいるフリをし、俺とパルミュナから離れる時間は最小限に、っていうのが基本方針だな。
どれほど長くエルスカインの目を眩ましていられるかは、残った人達の陽動に掛かっている。
ヴァーニル隊長とサミュエル君は姫様を象徴する『白いお召し馬車』と行動を共にして貰い、たまに別邸と王宮を行き来することで、さも姫様が王都にいるかのように振る舞って貰う。
影武者なしで『囮』をやって貰う心苦しさはあるけど、二人はその危険を承知の上で引き受けてくれている。
どちらも馬車の乗り降りは部外者から見えない場所だし、キャラバンの距離が離れすぎない間は、シンシアさんの転移魔法で別邸や王宮に戻ったりもして貰えるから誤魔化せるだろうという判断。
それと人数を最小限にする為に、ドラゴンキャラバンには従者やメイドの人達は誰も連れて行かない。
トレナちゃん達は全員、手紙番を兼ねて屋敷に居残りだ。
苦労を掛けるという点では前にも姫様とは話し合っているけれど、今回の旅路では姫様達に日常とはまるで違う不便な生活を送って貰う必要がある。
つまり庶民にとっては当たり前だけど貴族にとっては常識外れな『自分のことは自分で』と言う、恐らくこれまでの人生で未経験なことに取り組んで貰わなきゃ行けない。
加えて言えば、庶民側の女性は大精霊のパルミュナとアンスロープ族のレミンちゃんだ。
エルフの貴族女性の習慣とか好みとか分かる訳も無い。
出来ないことを無理にして貰うつもりも無いけど、俺たちは姫様達三人の世話をどうやって焼けばいいかなんて想像も付かないからね。
姫様達は口を揃えて『大丈夫です、問題ありません』とは言ってくれるけれど、そこはそれ・・・実際に旅をして初めて分かることも沢山出てくるだろうな。
例えば、日々の食事はどうするのか? なんてのも単純だけど面倒な問題だ。
俺という『歩く食料庫』が一緒にいるとしても、道中のすべての食事を調理済みで用意して持ち歩くというのは現実的じゃあない。
それに、もしドラゴンの間近から俺が別行動することになるとしたら、残りのメンバーは急に困ることにもなるからね。
日常生活的なことを普通にこなせるスタイルじゃないと、長旅は辛くなるだろう。
とは言え、姫様、シンシアさん、エマーニュさんの三人は本格的な調理の経験がほとんどゼロ。
村にいた頃のダンガとアサムはレミンちゃんに頼りきりで、自分たちでやってたのは狩った獲物の肉を炙ったり塩漬けしたり燻製したり・・・捌くのや保存食作りは得意だけど料理の方は心許ない、と。
パルミュナは料理が得意じゃ無いと言ってたし、恐らくその通りだろう。
と言うか、大精霊が料理の経験豊富だったら逆に驚く。
レビリスは破邪とは言え、フォーフェンの近場を中心に仕事をしていた男なので、それほど野営料理の経験が豊富とは言えないらしい。
平たく言えば俺と同じで、野外での食事は乾燥肉でスープを作ったり腸詰めを囓って終わり。
かと言ってレミンちゃんに負荷を掛けすぎるのも気が進まないから、みんなには味の方は諦めて貰って俺とレビリスも分担しようと考えていた。
しかし、ここで思わぬ伏兵の登場・・・
「料理ですか? そう大したものは出来ませんが、一人暮らしが長かったので簡単なモノなら一通り作れます。では私とレミンさんで料理係をやりましょうか?」
「いいんですかウェインスさん?」
「もちろん構いません。味の方はあまり期待しないで頂きたいですがね...」
「いや俺とレビリスも手伝いますけど、二人とも簡単なモノしか作ったことが無いもんで味付けには自信が無いですよ。絶対にウェインスさんの方が上手だと思います」
「そこは誰がどうやっても姫様方が日頃から口にしてらっしゃったような料理にはなりますまい。諦めて頂きましょう」
「ですね!」
料理当番の件はこれで一段落。
それから、移動中の設定についても決めておかないと・・・
「姫様、ちょっとご相談が」
「承りました」
「出ましたね、その台詞。お願いしますよ?」
「あら、少しはドキドキできるお話しでしょうか?」
「そんなことはありませんけど...今更ながらで呆れられるかもしれませんけど、一時的に立場を仮のものに変えて欲しいんです」
「立場でございますか?」
「ええ、キャラバンがあまり目立たないように、姫様達も貴族らしくない服装にされると先日仰っていましたが...」
「はい。日頃着ているような服は止めまして、街娘...と言うには少々無理がございますが、大商会の娘程度には見えるようなドレスを誂えてございます」
「で、そうなると僕ら全員の『仮の役割』を決めておいた方が良いんじゃ無いかと思うんですよ」
「なるほど、旅の最中はその役割になりきって過ごすと」
「エマーニュさんが侍女を演じてるように、ですかね? みんな、あまり違和感の無い仮の立場を名乗れるようにしておいた方が、旅の途中で地元の人と接する時にやりやすいと思うんで...」
「仰る通りでございますね」
「俺とレビリスとウェインスさんは破邪のままでいいと思います。北方では魔獣が出ると聞いたので用心を兼ねて案内役に雇われたって理由で通るでしょうから。あと、パルミュナは適当に姫様達の従者って言うか小間使い役でも演じて貰えばいいと思いますけど?」
「かしこまりました。先日は素晴らしい振る舞いで侍女の役を演じて下さいましたし、その上小間使い役までやって頂けるなんて、貴族冥利に尽きますわ」
貴族冥利って・・・
どこがどう素晴らしい振る舞いだったのかは分からないけど、パルミュナ大丈夫かな?
まあ、一回だけだけど侍女役やってるしな・・・
大丈夫だろう、きっと。
「ダンガ殿たちはいかがなさいますか?」
「姫様やエマーニュさんが大商会の令嬢だとすれば、その護衛って扱いでも良いんじゃ無いかと。破邪が対人相手の用心棒をやらないことは知ってる人も多いから盗賊対策の護衛は別にいる方が自然ですし...どうですかね?」
「そうでございますね...暇を持て余した商会の娘達が物見遊山をしているとでも言うことにすれば、明瞭な目的地がなくとも言い訳になるかもしれません」
「目的の方はシャッセル兵団の斥候達は『人捜し』と言う名目で動いてますから、その設定に乗っかるのがいいでしょうね」
「人捜しでございますか?」
「ええ、王都の大商会が『訳あって出奔した親族を探している』という理由です。で、傭兵達を雇ってあちこち調べさせ、雇い主の姫様達はその足取りを追ってるとかって感じですけど」
「なるほど...家の中の不祥事であれば、内密に動こうとしている事にも言い訳が立ちますわ」
「じゃあ、そう言う方向で話を固めましょう。ちなみに斥候班が『探してる』ことになってる男は架空の存在ですけど、人物はシャッセル兵団のスライがモデルなんで、もし説明する必要が出てきたら彼の容姿を思い浮かべて下さい」
俺がそう言うと姫様はクスッと小さく笑った。
「良家の四男坊が冒険に憧れ、出奔して諸国を放浪した挙げ句に傭兵になる...いかにもありそうな話だと思いますわ」
ん、四男坊?
スライはそんなこと言ってたっけ?
さておき・・・ようやくドラゴンキャラバンに出発だ。
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