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第四部:郊外の屋敷
ジュリアス卿へのお願い事
しおりを挟む「ああ、それは助かりますね。情報源や物資の仕入れ先は多い方がいいですから...ただ、あまり大勢の人間がドラゴンの事を聞き回って、地元の人間に訝しまれるような状況になるのは避けたいです」
「承知した。情報は刻一刻と変わるゆえ、奥地に行かれるようなら大森林に一番近い街にも密かに物資の準備をさせよう」
確かにそうだ。
姫様達の行動も考えると選択肢は多い方がいい。
「情報の漏洩を防ぐ為、これらの手配はすべて通常の命令系統を通さずに勅命にて行うとしよう。我にも直属の情報員はいるのでな」
「それは流行り言葉の収集係でございましょう?」
「えっ、流行り言葉?」
「茶化すなよレティ、お前がグリフォンに襲撃された事だって、ちゃんと掴んでおったろう?」
「そうでしたわね。冗談はともかく、エルスカインは気を抜けない相手です。ジュリア自身も『勇者と手を組んだ』ということが知られると、これまで以上に狙われる可能性もあります。くれぐれも用心して下さいね?」
「うむ、それは承知している」
ドラゴンキャラバン自体に関する話はこのくらいで良いとして、俺自身には、どうしてもジュリアス卿に頼んでおきたい事がもう一つあった。
これは絶対に外せない。
「ジュリアス卿、一つ追加でお願い事が」
「もちろん伺う」
「負ける気はありませんが相手はドラゴンです。なにが起きるかは分からない。もしも俺たちが戻らなかった時には、ミルバルナのルマント村の面倒を見てやって貰えませんか?」
「ライノ、それは...」
「ダンガ、これは必要なお願いだ。逆に言えば俺は、それぐらい危険なところにみんなを連れて行こうとしてるんだよ」
「でも、それは俺たちが自分から」
「分かってるよダンガ。その気持ちは本当に嬉しいし、ありがたいと思ってる。だからこそ、俺は自分の責任を果たしたいんだ」
「うけたまわったライノ殿。無事に戻られる事は露とも疑わないが、なんであれ、ダンガ殿らの故郷、ルマント村に残っておられる一族に関する心配は一切無用だ」
ジュリアス卿は、なんとも温和な表情を見せて言った。
その口調の柔らかさが、ダンガ兄妹への心遣いの深さを示している気がして嬉しい。
「ありがとうございます!」
「感謝します!」
「本当にありがとうございます!」
「なに、礼など不要だ、我らは皆友人同士。互いに屋根の修理は手伝うものと決まっている」
「それでも、その気持ちにはありがとうと言わせて下さい」
「うむ...ところで無事にドラゴンとの交渉が成立した場合、ライノ殿はそのまま王都に戻ってこられるのか?」
「帰りは問題ないですよ。魔力を失うような羽目に陥ってでもいなければ、転移門でここに戻れますからね。まあ、距離が離れすぎると厳しいかもしれませんけど、それは現地まで行ってみないとなんとも言えません」
「なるほど!...ふむ...ライノ殿...」
「はい?」
「う、うむ...いや、何でもない」
「そうですか?」
「気にされずに結構」
「でも、なにか思う事があったら、なんでも言って貰った方が嬉しいですけどね?」
「いやしかし、これはエルスカイン対策とは直接関係のない事で、我の個人的な思いに基づくことゆえ...」
「試しに言ってみて下さいよ。友人でしょう?」
「かたじけない...少々恥ずかしい事なのだが、パルミュナ殿にこの転移門を王宮内に恒常的に設置して頂く事は出来ないものだろうかと、つい思ってしまってな...但し、決してミルシュラント公国の利を狙っての事ではない」
「では?」
「なんというか、転移門があれば我も時々この屋敷に邪魔をしたり、その...リンスワルド別邸にシンシアやレティの顔を見に行ったり出来るのではないかと思ってな」
「ああ、気持ちは分かるんですけど、この転移門を動かす事自体、精霊魔法を会得していないとムリなんですよ」
「なるほど、そういうことであれば、如何ともし難いか」
いきなりションボリしたなジュリアス卿・・・
「だけど王宮内に転移門を常設しておいて良ければ、時には俺たちが迎えに行く事は出来ます。それに、俺たちの方だってジュリアス卿に相談事がある時に転移門があればすぐに行動出来るかもしれませんからね」
「では、迷惑でなければぜひお願いしたいと思う。その時はいつでもレティを通じて親書を貰えれば問題ないし、ごく偶にでも構わない...」
だけど、そのやり取りを黙って見ていたシンシアさんが、意を決したように口を開いた。
「あの...お父様。私は先日、大精霊アスワン様から精霊魔法を使う為の力を授かりました。だから、その、きっと転移魔法もなんとか...時々ですが、お父様に顔を見せに王宮に顔を出すように致します」
「シンシアまことかっ?!」
「ジュリア、シンシアが...」
「分かっておる、分かっておるとも! そうかシンシア、偶には顔を見せに来てくれるか! うん、だが無理はせぬようにな? 魔力を使い果たして具合を悪くするなどと言う事にならぬよう気をつけてな? いつでも待っておるぞ!」
ジュリアス卿、いきなりすっごくいい笑顔になった。
もう完全に大公じゃなくって『お父さん』の顔!
それにしても、シンシアさんってやっぱり優しいなあ・・・
なんだかんだ言っても、自分に会えないと分かって落ち込む父親を見かねて声を掛けるなんて。
この前は、あんなに必死で自分が転移門を使える事は事を伏せておこうなんて言ってたのに。
そんな事を思っていると、ジュリアス卿とシンシアさんのやり取りを微笑ましく見ていたレビリスがおもむろに口を開いた。
「なあライノ、思ったんだけどさ?」
「なんだレビリス?」
「北部大山脈でシュバリスマークとアルファニアとの国境近くって言うとさ、それこそサランディスから真っ直ぐ南下した辺りじゃないのか?」
サランディスか・・・
アスワンとパルミュナが造った絵図で、奔流の四角形において北側の頂点だった場所だ。
「そうだな、あの辺りから南下するのが山脈自体を越える最短コースだろうな。まあドラゴンみたいに飛んで山と森を越えられるなら...って話だけど」
「そこを実際に通り抜けてきた人がいるよな? しかも徒歩で」
「え?...あ、あぁっウェインスさんか!」
「当たり。あの人は故郷のサランディスから真っ直ぐ南下して山越えしたって言ってたから、たぶん、そのあたりを歩いて越えてる」
「そうか...そう言われてみるとそうなんだな...それにしてもウェインスさんって、本当にもの凄いところを通り抜けてきたんだな!」
「だよな。だからウェインスさんは実際にその辺りを歩いてさ、森林地帯や山脈の現地の様子を知ってる人って事になる訳だろ?」
「確かにそうだな、貴重な情報源かもしれないぞ」
「いやそうじゃなくってさ、いっそ連れてっちゃったらどうだろう?」
「え、ウェインスさんをドラゴンキャラバンに誘うのか? そりゃ、いくら何でも無茶だろう?」
「そうかなあ。俺は結構乗ってくるんじゃないかって思うけどさ」
「さすがに危険すぎるだろ?」
「防護結界は必要だろうけど、代わりに御者役も増える。他人頼りで悪いけどさ、イザって時にライノとパルミュナちゃん、それにダンガたちにも闘って貰う事になるとしたらさ、馬車を動かせる人間がもう一人は欲しいだろ」
「うーん、それもそうか...姫様とシンシアさんには防御の方でフルに動いて貰うかもしれないもんなあ」
かと言ってエマーニュさんに御者をやって貰うって言うのは無いな。
ビジュアル的にも想像がつかん。
彼女の場合は轡を引いて指示を出すんじゃなくて、優しく魔馬を諭して自分から動いて貰うとか、そんな雰囲気になりそう・・・
「まあダメ元でもさ、聞くだけ聞いて見たらいいんじゃないか? ウェインスさんなら信用できるだろ?」
「そうだな...二人で行って、話だけでもしてみるか!」
「ああ、そうしよう」
確かにレビリスの言う通り、頼りになる破邪で、北部大山脈の知識と経験があって、間違いなく信頼できる人だ。
防護結界は、ヴァーニル隊長が残る事を考えたらまだまだゆとりがあるし、シンシアさんも今後は自由に結界を使えるようになるはずだから、人数が増えることに問題は無い。
うん、これはアリかもしれない!
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