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第四部:郊外の屋敷
別邸にも離れを
しおりを挟む別邸から屋敷へと何度か荷運びをした上でパルミュナとも話したけど、やっぱり、みんなが屋敷に出入りする時に、周囲が見てても『不自然じゃ無い場所』が欲しい。
いま屋敷に来て貰っているトレナちゃんと三人のメイドさんたちは、公式には『牧場に住み込んでいる』という事になっているから頻繁に別邸に戻る必要は無いと思うけれど、俺とパルミュナはそういう訳にもいかない。
この先も、まだまだ別邸と屋敷を往復する必要は多いだろうし、レビリスやダンガたちだって同じだ。
牧場に行ってるフリをして屋敷にいる人が、また別邸に戻る必要がある時には、わざわざ牧場から数刻馬車に揺られていかなければならない訳で、なんとも無駄な話だもんな。
かと言って、上手い解決方法も思いつかず・・・
例によって晩餐の席で姫様に相談すると、またしてもとんでもない答えが返ってきた。
「奥の庭に離れを建てましょう」
「え?」
「南方大陸の貴族には、庭の一角に『茶の部屋』と呼ぶ小さな離れを建て、そこで屋敷の喧噪からあえて離れて心を休めつつ一日を過ごす、という文化があるのだそうでございます」
「茶の部屋、ですか?」
「はい、そこに籠もる事で日常を離れ、精神を穏やかに保つと」
「へぇー、知りませんでした。南方大陸はあちこち師匠と回りましたけど、貴族の家には縁が無かったですからね」
『茶の部屋』に籠もる習慣か・・・
実際は南方大陸の貴族って、そこでなにしてるんだろう?
まさか一日中、お茶を飲み続けてるとか無いよね?
お腹がたっぷんたっぷんになっちゃいそうだし。
「リンスワルド家でも、それを真似してみたいと思います。小さな離れでしたら、建てるのにそれほど日数は掛からないでしょう。北部山岳地帯への出発までに間に合うかは分かりませんが、恐らく先々も役立つ場面がでて参りましょう」
「なるほど、そこに籠もっている体にすれば、半日やそこら人前に出てこなくても不思議じゃないって事ですね?」
「はい、左様でございます」
「姫様、その茶の部屋って言うのはどんな家なんですか?」
おっと、ダンガがそういうのに興味を持つとは珍しいぞ。
それとも『離れ』って言葉に惹かれたのかな?
「わたくしも実際に見たことはございませんが、家と言うよりも『庵』と呼ぶ小屋のようなものだと聞きました。小さなカマドのある部屋と最低限の水回りで内装もごく質素に。むしろ質素にすることに趣があるのだそうです」
あえて質素というか簡潔にして過ごす場所ってことか・・・
なかなか面白い発想だな。
「椅子やテーブル、ベッドなどの家具も出来るだけ置かず、草で編んだラグを敷き詰めた部屋に座って、終日一人きりで静かに考え事をしたり書を読んだり...疲れたらそのまま横になって眠ると。周囲の人やモノに囚われずに、そういうシンプルな一日を過ごす事に意義があるそうです」
「なるほど、それはいいですね!」
「へー、アタシがいない方がいーんだ?」
「そうじゃなくって、静かに過ごすのがいいってことだぞ!」
「おんなじ意味じゃん?」
「自覚あるのかよ!」
俺とパルミュナのやり取りを見て姫様がクスクス笑っている。
まったくもう・・・
「パルミュナちゃんには、お兄様の元に素敵なお部屋があるのでしょう? そこで過ごすことと同じようなものだと思いますわ」
「あー、なるほどー」
姫様ナイスフォロー!
「なんだか、俺たちが使う狩猟小屋みたいだね。もちろん、中身は全然違うと思うけど」
「へえ、ダンガたちも狩猟小屋とか使うのか? ああいうのは村の狩人じゃ無くって、冬の間に毛皮集めをするような罠猟師のやることだと思ってたよ」
「ああいう人達とは使い方が違うけど、村から一日掛からないくらいの処に小さな小屋を建ててるんだ。村まで持って帰るのが大変な得物を捌いて燻したりするし、狩りの最中に天気が悪くなったら避難したり。すぐに止むと思ってた雨が何日も続くともうやることが無くなって、一日中じっと座って考え事をしてたりもするよ」
「兄さんに酷く怒られた時のアサムが逃げ込んで、泣いてたりもしてましたね」
「姉さん、そういうこと言わないでよ? 凄く昔のことだろ...」
「でもあの時って急にアサムの姿が見えなくなったから心配で心配で...結局、小屋の中で泣き疲れて寝てるのを見つけた時は本当に良かったと安心して私も大泣きして...だから、よく覚えていたの」
「心配させて悪かったって思ってるけどさあ...」
「ただ、今回の離れは考え方と申しますか『使い道の言い訳』を南方の貴族の文化から借りると言うだけでございます」
「本当の目的は転移が目立たぬようにですもんね」
「はい。ですから本来の茶の部屋よりは大きく、数人で一日過ごしていてもおかしくないくらいの大きさにしておく必要があるでしょう」
「それってさ、庭に別荘があるようなもんかな?」
「言われてみれば、そうだな」
「じゃあさ、実際の使い方は何人かで一緒に入って、しばらく出てこない...そんな感じかい?」
「他の人達から見れば、奥の庭の景色でも眺めながらのんびりしてるんだろうなあ、とでも思えればいいってとこだろう」
「はい。人目を遮ることさえ出来れば良いのですから、家屋自体も簡潔な造りで問題ないかと思います」
「ですね。外から見えなきゃいいだけで、実際にそこで過ごす訳じゃ無いですから」
「では明日にでも、すぐに手配をさせますわ」
++++++++++
翌日、奥の庭のどの辺りに『茶の部屋』を建てるのがいいか決めようと言うことになって、レビリスやダンガたちと庭に出た。
全員ちょっと手持ち無沙汰だから、声を掛けるとすぐに付いてくるね。
広い庭だと言っても、そんなに悩むほど選択の余地がある訳でも無く、敷地の外から見えない場所で本館から出来るだけ離れた場所、という基準ですぐに決まった。
なんとなく、茶の部屋が出来たらどんな感じになるんだろうと、その場に座り込んで庭の池を眺めていたらレビリスが話しかけてきた。
「なあライノ、前回みたいなピクニックはいいんだけどさ、本当にドラゴンを探しに行くときには、乗ってく馬車をどうするか考えた方がいいんじゃないか?」
「馬車については姫様が準備を進めてるそうだぞ。今乗ってる馬車は陽動用にして、俺たちはこれまで使ってない別の馬車で王都を出る予定だ」
「いや、それは聞いたさ。そうじゃなくって御者をどうするかだよ?」
「ああ、それか...御者は俺とレビリスとダンガたちでやるしか無いかなって考えてたよ」
「なら俺も同じくさ。ブレーズさんや他の御者さん達を連れて行っても、どっかのタイミングで足手まといになる。防護結界で守ればいいのかもしれないけどさ、最低限、少しは自分の身を自分で守れる人にすべきだろ?」
「でないとギリギリの状況で危うい、よな」
「ああ。それになんて言うかさ...自分から行きたいって思ってる人以外は、出来るだけ連れて行かない方がいいと思うのさ」
そうだな。
レビリスのいう意味は分かる。
姫様達はみんな、自分の命をかける覚悟でいてくれる。
ダンガ兄妹とレビリスも同じだ。
だけど、それ以外の人達・・・それが例え騎士であろうと・・・平たく言えば義務感で同行しようとする人達を連れて行っても、本人にとっては『巻き込まれる』って以外の何物でもないよな・・・
「それにひょっとしたらさ、途中で馬車を捨てるって可能性だって無いとは言えないよな?」
「最後は山歩きになる可能性が高いかもしれんな。まあ、その場合は俺一人で登ってみんなには麓で待ってて貰うとかだろうけど」
「却下ー!」
「無茶言うなパルミュナ。誰かがみんなを守らなきゃいけないんだ」
「そーだけどさー...シンシアちゃんだって精霊魔法が使えるようになったし...」
「期待はしたいけど無理強いは出来ないさ。彼女なら俺なんかより断然早く習得するとは思うけどな」
俺が熱魔法を使えるようになるまで随分掛かったけど、基礎のあるシンシアさんならあっという間じゃ無いだろうか?
なんというか、そもそもの下地が違うって感じだし。
「シンシアさんがどのくらい精霊魔法を使えるかは分かんないけどさ、最後はドラゴンと対峙することを考えたらさ、ライノもパルミュナちゃんも出来るだけ魔力は温存しといた方がいいだろ?」
「そうなんだよな。実際そこは悩ましいところだ」
「結局、何人で最後まで行くことになるのか、それ次第かもしれないけどさ」
日頃、常に姫様の近くにいるヴァーニル隊長とサミュエル君は、陽動部隊として別邸に残って貰うか、時期を見てリンスワルド領に戻って貰うしか無いだろうね。
あの二人が全く姿を見せないとなったら、エルスカインも何かおかしいと勘づくかもしれないし・・・
そう考えると、ヴァーニル隊長がどんなメンバーを検討していたかはともかく、俺としてはドラゴンキャラバンの最終メンバーは、俺、パルミュナ、姫様、エマーニュさん、シンシアさん、レビリス、ダンガ、アサム、レミンちゃんの合計九人だけに絞るのが妥当だと思う。
魔獣と闘わせるのは厳しい護衛騎士をわざわざ連れて行くのは気が進まないし、トレナちゃんを始め、メイドさんや家僕の人達は危険過ぎるから言うまでもない。
そうなると姫様達には、しばらくの間は『自分の面倒を自分で見る』という貴族にあるまじき生活を強いることになるけど、これも如何ともし難いよな・・・
三人とも、朝に顔を洗う水を自分で汲んだ経験すら、これまでの人生で一度もないだろうけどね。
「ダンガたちは馬車を扱えるから三人で交代しながら自分たちの馬車を動かせばいいしさ、姫様達の馬車は俺が御者をやる。で、ライノには悪いけどパルミュナちゃんを乗せた馬車を動かして貰う感じかな?」
「馬車三台で、その辺りの組み合わせが妥当かな?...じゃあ俺は荷馬車役だな」
「え? 姫様が用意しているのってさ、普通の乗用馬車じゃ無いのか?」
「いや、そう言う意味じゃ無くて、必需品は出来るだけ俺の革袋に仕舞って持ち歩くことになるって意味だ」
「ああ、なるほどね! その手が使えるのか...勇者ってホントに便利だよな!」
「だろ?」
まあコレは勇者の力って言うよりも、単純にアスワン謹製革袋の能力が規格外ってだけだけどね。
出来れば、一家に一つ革袋が欲しいよな?
って言うか仮に将来、平穏に勇者業を引退して全ての力を大精霊に返す日が来たとしても、この革袋は持ってていいよって言って貰えないかな・・・
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