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第四部:郊外の屋敷
小太刀の試し斬り
しおりを挟む不意に訪れたアスワンが去った後、なんだか姫様とシンシアさんが固まって脳が活動停止してる感じだけど、ここでじっとしていても手持ち無沙汰なので声を掛けた。
「じゃあ他の部屋も見てみましょうか?」
「え、ええ、そうでございますね。お願い致します」
なんか、声がうわずってるな姫様・・・小太刀をしっかりと胸に抱え込んでて歩きにくそうだけど?
昨日は行かなかった三階に上がってみたけど、予想通りに客用寝室なのか昔の勇者の家族の寝室なのか、似たような調度の部屋がずらりと並んでいるだけだった。
ここにも一応小さな談話室っぽい部屋や物置もある。
その奥の階段はさらに屋根裏部屋へと続いていたけど、姫様やエマーニュさんに屋根裏部屋を歩かせる気はしないので、今日もパスだ。
それにシンシアさんもアスワンに貰った寄せ木の小箱を両手でしっかりと胸の前に抱きかかえているので、つまづいて転びでもしたら目も当てられない。
「本当はアスワンに会ったらこの屋敷のことや以前の勇者のこととか色々聞こうと思ってたんだけどなあ...時間切れだったから仕方ないけど。でも、この屋敷の状態ってなんか中途半端だよな?」
「だよねー、アタシもこの屋敷は知らなかったから分かんないけどさー、なんか前の勇者の都合だか要望だか、そんなんじゃないかなー?」
「なのかなあ...これからここを拠点にするには、最低限の生活用品ぐらいは揃えないといけないし、明日はちょっと買い物にでも行くか?」
「ライノ殿、生活用品でございますか?!」
急に姫様の声が復活したので、ちょっと驚いた。
「ええ、さっきのダイニングルームじゃないですけど、お茶も出せない状態っていうか、住む為に必要なモノがなにも揃って無いですからね。ここは俺とパルミュナだけじゃ無くて、みんなにも自由に使って貰うつもりだし、色々と買い揃えないと」
「それでしたらお任せ下さいませ。ライノ殿とパルミュナちゃんが街で沢山の買い物をしたら目立ってしまうかもしれません」
「あ、そうか...」
「ですので別邸の備品を持ち込む事が妥当かと思います、または入れ替えを装って新しい備品を出入りの商人に納入させても良いでしょう」
「なるほど! じゃあ申し訳ないんですけど、その手配を姫様にお願いさせて下さい」
「かしこまりました。ちなみに、ライノ殿がこの屋敷に立ち入らせても良いと思ってらっしゃるのは、いまこの場にいる面々だけでございましょうか?」
「いや、姫様やみんなが転移魔法の存在を教えてもいいと思う人になら、ここに来て貰って構わないですよ。大事なことは、とにかくエルスカインにはこの屋敷と転移魔法の存在を悟られたくないってことなので、そこだけよく考えて貰えればいいです」
「それでは、ピクニックに連れて行ったメイドの三人とトレナをここに寄越して手入れをさせましょう。あの三人は当家のメイド達の中でも特に信頼できる者たちですから」
ああ、そう言えば三人の中には俺とパルミュナの部屋付になってくれているメイドさんの一人もいたな。
もちろんみんな、俺が勇者だと知っているポリノー村帰還組だ。
「なるほど、じゃあそれでお願いします。ここへは転移で来る方がいいと思いますけど、別邸から直接跳んで連れてきますか?」
「そうですね...ただ、別邸から急にトレナ達が姿を消すと不自然かと。一旦、馬車に乗せて牧場まで行かせ、そこからここに連れてきて頂くというのはいかがでございましょう?」
「牧場との間は自由に跳べるから大丈夫ですよ」
「では、トレナ達には、牧場のシャッセル兵団やライノ殿たちの居所を整備させるという名目に致します」
「分かりました。今日はこのまま会議室に戻りますけど、俺とパルミュナは借りてる部屋からもここへ跳べます。それに、シンシアさんも転移門が使えるようになったはずだから、後でパルミュナからやり方を聞いて下さい。ご自分の居所とかにもここに戻る転移門を用意しておけば、自由に行動できますからね」
「はい!」
「本当に、言葉に出来ないほど素晴らしいですわ!」
分かる。
俺もそう思うよ。
エルスカインのアドバンテージを一つ帳消しに出来たんだからね。
「そうだ姫様。その小太刀ですけど、使い方は分かりますか?」
「え? 使い方でございますか?」
姫様がきょとんとした顔をしている。
そりゃあ師範並みの腕前を持つ姫様にとって、いまさら二刀流小具足取術の為に作られた小太刀の『使い方』が分かるかと聞かれても、『あなたは一体何を言ってるんですか?』って感じだろう。
「あ、もちろん刀としてのと言う意味じゃ無くて、勇者の武具としてのって意味です。魔力を纏わせないと性能が出せないんで」
「左様でございましたか! 是非ともご指南下さいまし」
「ええ、一度コツを飲み込めば簡単です。今からちょっと庭に出てやってみましょうか?」
「はい、是非とも!」
またしてもみんなでゾロゾロと階段を降りて裏庭に出る。
何かいい的は無いかと見回すと、花壇の土留にでも使うつもりだったのか、切り揃えた丸太が何本も重ねて積んであった。
この丸太も本当は四百年前のモノなのかと妙な感慨にとらわれつつ、そこから一本を抜き取って立てかける。
「姫様、小太刀の一本を貸して貰えますか?」
「はい」
一本を姫様から受け取って抜いてみると、鈍い銀色の刀身を、薄らと陽炎のような魔力のゆらめきが覆っているのが見える。
間違いなく精霊の力で魔鍛されたオリカルクムだ。
ただ、俺のガオケルムと違って鞘の方には魔法陣みたいな仕掛けはないな。
まだ当時はパルミュナが手伝ってなかったぽいからかな?
「刀身を纏っている魔力が見えますか姫様」
「はい、まるで刀自身から陽炎が立ち上っているようでございます」
やっぱり姫様にはハッキリと見えている。
「じゃあ姫様もそれを抜いてみて下さい」
「かしこまりました」
姫様が小太刀を抜くけれど、その刀身は魔力を纏っていなかった。
うーん、俺がやったのを見たから意図は理解したはず、と言うか、魔力を乗せようとはしてみたはずだ。
明らかに姫様の表情ががっかりしてるのが分かる。
あ、ひょっとして・・・
姫様はきっと、シンシアさんに魔力を補充していたようなイメージで小太刀に魔力を渡そうとしたに違いない。
そうじゃない。
刀はあくまでも自分の手の延長なんだ。
俺の場合は最初から無意識に魔力を刀身に纏わせられたけど、逆に最初はそれが自分で見えてなかったからな。
最初から見えてる姫様なら、すぐにやれるはずだ。
「姫様、刀は道具です。相棒だけど道具です。他人に魔力を分け与えるのとは違って、単に自分の手の延長なんです。だから魔力を渡すんじゃ無くて載せるんです。魔道具の指輪やペンダントを使うのと同じですよ」
「なるほど、承知致しました!」
姫様はいったん小太刀を鞘に収め直し、深く深呼吸をしてから再び刀身を抜く。
鈍い銀色に輝く刀身は、陽炎のような魔力の揺らめきを湛えていた。
「すぐにやれましたね姫様。さすがですよ」
「いえ、ご指導の賜でございます」
俺の指導っていうのは『魔力を渡すんじゃ無くって載せてね?』って言っただけなんだけど?
まあいいか。
「一応、イザって言う時に慌てないように、魔鍛オリカルクムの切れ味は知っておいて下さい」
そう言って立てかけておいた丸太の前に行き、その上端に小太刀の刃を水平に走らせる。
見た目上で、丸太にはなんの変化も無い。
みんなも刃が丸太に触れたとは思えなかったせいか、俺の行為がなんだったのか分からないみたいだ。
俺は小太刀を鞘に収めると、丸太の天辺に手をやって、そこから皿のように薄い丸太の輪切りを手に取った。
「こんな感じです」
「ええぇっ!」
むしろ姫様以外がどよめく。
「姫様も、これを斬ってみて下さい」
「ですが、わたくしにはとても...」
ちょっと姫様もたじろいでいるか。
「いや、無理に力を込める必要はないし、切り裂くつもりじゃなくていいんです」
「わたくしの腕前で大丈夫でしょうか?」
魔力の話は置いといて、純粋に姫様の腕前でダメだったら、騎士団のほとんどの人がダメだと思いますよ?
ヴァーニル隊長とシルヴァンさん以外は厳しいんじゃ無いかな?
「えっと...逆に、この丸太を柔らかな雪を固めた棒か何かだと思って刃を当ててみるのがいいですね。これは魔力で鍛造されたオリカルクムだから、刃こぼれなんか絶対しませんよ」
俺にそう言われて姫様はおずおずと丸太に近づいた。
小太刀を片手で体の脇に構え、一拍、呼吸を整えると丸太に向けて水平に振り抜く。
刃が一閃した後、姫様の胸から上のあたりで丸太がズリっと滑り落ちた。
やった姫様もみんなと一緒に息を飲んでる。
「...強く力は入れませんでした。手には、およそなにも抵抗を感じませんでした。それなのに...」
「魔鍛オリカルクムに魔力を纏わせたからこそ、ですよ。姫様は元から魔力もずば抜けてるし扱いに長けているから、いますぐ鋼でも両断できるんじゃないかなって思います」
「そうなのですか?」
「ええ。それに魔鍛オリカルクムの切れ味は物理だけじゃ無いですからね。斬りたい対象をしっかりと把握していれば刀身が触れてなくても太刀筋の先にあるものを斬ったり、普通なら刃物では斬れない思念の魔物さえ斬ることが出来ます」
「あー、そう言えばライノはガルシリス城でさ、あの黒いモヤを斬ってたよなあ!」
「そう言えばあったな、そんなこと」
「さすがは名高き大精霊アスワン様の鍛えられた刀、ひとえに敬服でございます」
「まあ、アスワンは『道具』を作るのが好きなんですよ。だから、その小太刀も仕舞い込まずに使ってあげて下さい」
「かしこまりました。肝に銘じ、必ずやお役に立てて見せます」
相変わらず姫様の物言いって、ちょっと大袈裟だよね・・・
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