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第四部:郊外の屋敷
荷馬車で北東の森へ
しおりを挟む心地よい風の通る草原でのランチは想像していたよりもいい感じというか、ただの言い訳以上に楽しかったけれど、王都へ戻る時間も考えると早めに出ておいても悪くはないだろう。
「姫様、そろそろ俺とパルミュナはこっそり抜け出そうかと思います」
「承知致しました。わたくしどもも十分にのんびりと羽を伸ばせましたし、皆で一緒に兵舎まで戻りましょう」
「じゃあお願いします」
「従業員達の住んでいる場所には、私が精霊の結界を張ってみようと思います」
「うん、もうシンシアちゃんなら絶対にだいじょーぶよ!」
手早くトレナちゃん達が後片付けをしていくが、毎度の事ながら仕事が早いというか手際がいいというか・・・
最後に椅子とテーブルがパタパタと畳まれて馬車の荷台に積み込まれると、あっという間に出発準備が整った。
スライの寄越した見張り役に手を振って戻ると合図し、臨時兵舎に向かう。
ここからアスワンの用意してくれた屋敷に行くには、スライ達がギュンター邸から乗ってきた荷馬車の一つを使うつもりだ。
荷馬車は俺が買い取る約束になってるけど、今のところ兵団として使う当てがある訳でも無い。
なので、ここから俺とパルミュナは荷馬車に乗ってアスワンの指定する場所まで行き、往きに乗ってきた馬車にはレビリス一人が乗って別邸に戻って貰うって段取りにしてある。
例え別邸への出入りをエルスカインの手下が見張っていたとしても、玄関口に着いてからの乗り降りまで外の道から見えないから、往きと同じ馬車が揃って戻ってきたことしか分からないだろう。
見かけ上は全員で牧場へとピクニックに出かけて、シャッセル兵団の閲兵を済ませて何事も無く戻ってきた・・・と。
そういうストーリーだな。
++++++++++
隊列が臨時兵舎に横付けするまでの間に、俺とパルミュナは馬車の中で手早く着替えをすませておいた。
姫様がどういう伝手を使って入手したのかは知らないけど、俺は田舎の狩人っぽい服装でパルミュナの方は村娘風。
綺麗に浄化されているけど、新品じゃ無いってところがむしろいい。
二人とも最近は貴族っぽい服ばかり着ていたからなんだか新鮮だし、こういうダボッとした庶民の服は心が落ち着くよね・・・
破邪の装いじゃないのがちょっと残念だけど、正体を隠すのが目的なんだから、これは仕方が無いか。
「上に着てる服は安物の田舎娘風なのに、その下に隠れてる肌着は絹製のチュールレース入り超高級品! こーゆーのっていいよねーっ!」
「そうか? まあ人に見せるもんでも無し、正体がバレなきゃなんでもいいだろ」
「えー、このギャップが面白いのになー!」
「よくわからん...」
俺もパルミュナも最近着てる服は、外から中まで一式まるっと姫様に用意して貰ってる服ばかりだからな・・・『やたら高価そう』という以上の感想がない。
着替えた俺とパルミュナが馬車を出ると、入れ替わりにレビリスが入ってくる。
「じゃあレビリス、一人で退屈だろうが頼んだ」
「おう、腹も一杯だし昼寝でもしてるさ」
「そうしてくれ。上手くいけば夜には屋敷で合流できるはずだ」
「了解だライノ」
二人でそそくさと兵舎の中に入り、馬上から周囲を監視しているヴァーニル隊長に手を振って合図した。
ヴァーニル隊長が出発の声を掛けると、ゆっくりと馬車が動き出す。
この後はさっきの建物の方へ戻ってシンシアさんが精霊の結界を張ったら今日の行事はお終いだ。
みんなが別邸に戻るのは夕方近くになるだろう。
ちなみに、スライへのちょっとした頼み事って言うのは、偵察というか調査というか、北部大山脈へ向かう道程についてだ。
「ボス、その斥候って言うのはつまり、道のりの様子を調べて報告するって理解でいいのか?」
「ああ、明確に敵が何処にいるってものでもないし、それよりも普通に旅する行程で出会うトラブルを出来るだけ減らしたいからな」
「トラブルになるもんかな?」
「リンスワルド家の紋章を入れてない馬車で動くつもりなんだ。姫様達もいつもの服装じゃ無くて金持ちの旅装みたいな感じにするだろうな」
「ふーん...なら、大きな商会の娘さん達って感じに見えんじゃねえのかな?」
「見た目はそんな感じだと思う」
「そもそもよ、馬車を何台も連ねて貧乏旅行のフリは無理だろう?」
「仕方ないよ。固まって行動しないと危険だからな」
「そうだなあ...見るからに金持ちでワケありな正体不明の一行、しかも貴族の紋章は立ててねえってなると、興味本位で絡んでくる馬鹿貴族やカモと勘違いする阿呆も出ないとは限らねえか」
「そういうことだ。ドラゴンの居場所はまだ正確に分からないけど、街道筋の情報だけでも手に入れておきたいんだ」
「だとすると街や集落の様子を調べるのと、街道の噂を集めて、野盗が出てないかとか、そこの領主がどんな奴かとか、そういう情報をまとめるってえのが中心になるのか?」
「それと、あとは寝泊まりだな。できるだけ宿を使わずに幕営で動くつもりだから、馬車を停めて安心して夜明かしの出来る場所の候補は出来るだけ知っておきたい。知らない場所で夜中に馬車を進めたくないしな」
「そりゃ絶対に止めとけ」
「ああ。だから、正体不明な集団が出来るだけ村や街の宿の世話にならずに、穏便に目立たず旅を続けるにはって...そういう目線で役立つ情報を集めて欲しい」
「ボスや姫様の言う『目立たない』って言葉は、どうも俺たちと意味が違ってんじゃねえかって前から思ってるけどな?」
「とは言ってもなあ...いきなり姫様達を荷馬車で旅させるって訳にも行かないよ」
「だなあ...食糧とか資材の補給は?」
「そうだな、食糧とかは俺の収納魔法で革袋にしこたま詰め込んでくつもりだ。でも馬屋とか、現地の何処でどんな補給が出来るかって情報は欲しい。宿もイザって時は頼るかもしれない」
「これから夏だし、山あいでも食い物を買うのに不自由はしねえだろ。それより、持てるんなら道具類や着替えでも持っていきなよ。田舎に行くと値の張る物の方が調達しにくいぜ?」
「それもそうか。後は治癒院のある場所を知っておきたいかな。エマーニュさんは怪我は治せるけど病気には手が出せないらしいんだ」
「分かったよボス。情報の受け渡し方法は考えさせてくれ。出来るだけ無駄の無い方法にしよう」
「うん、頼んだ」
++++++++++
その後、俺とパルミュナは姫様達が牧場からかなり遠ざかった頃を見計らって荷馬車に乗り込んだ。
シャッセル兵団の誰かに御者をやって貰って、そのまま荷馬車を牧場に戻すことも考えたけど、万が一・・・特に俺の問題で・・・転移門が上手く使えなかった時には、またトボトボと牧場まで戻らなくてはいけないんだよね。
そう考えると、転移門を使えることが確認できるまで荷馬車はキープしておきたい。
まあ、屋敷に一台くらい荷馬車があってもいいだろうし、馬の世話が出来ないようなら放してしまえばいい。
賢ければ勝手に牧場に戻るだろうし、途中で野良馬を見つけた誰かが手に入れたとしてもそれはそれ、だな。
さておき、ぱっと見では村の男と娘というか牧場の従業員に見えるはずの俺たちは、荷馬車を牧場から出して北へと向かった。
「北の森へはどのくらい掛かるの?」
「姫様に教えて貰った感じだと、馬車ならここから半日も掛からなさそうだけどな。森に入ってから屋敷がすぐに見つかるかどうかにもよるけど」
「きっと行けば分かるよー」
「そんなもんかな? パルミュナだって一度も行ったこと無いんだろ?」
「ないよー。だけど精霊が誂えてるんだからさー、近くに行けば雰囲気で分かるでしょ?」
「アスワンは近くに行けば自ずと分かるって言ってたけど、そういう意味か...あと、普通の人には見えないように結界を張ってあるって言ってた。周囲の人は誰も屋敷があることを知らないし、踏み込んでもこれないんだとよ」
「隠れ家にぴったりよねー!」
「隠れ家って...悪いことしてる訳じゃ無いんだから他に言いようがあるだろ。極悪大精霊の自覚でもあるのか?」
「ぶーっ!」
はい、今日の頬っぺた膨らまし頂きました。
「まあ...エルスカインの件を綺麗さっぱり片付けて、後はその屋敷でお前と一緒にのんびり暮らしながら、転移門を使って奔流の乱れを刈って回るなんて生活が出来たら本当に理想なんだけどな?」
「きっと、そうなるよ?」
「ああ、絶対にそうしよう」
俺が勇者であろうと無かろうと、修行を積んだ一人の破邪としてもエルスカインには絶対に負けたくないからな。
例えドラゴンとの交渉が上手くいかなくても、命が尽きるまでエルスカインと戦い続ける覚悟だよ。
++++++++++
陽射しは眩しいけど、御者台の上に座っていると涼しい風が心地よい。
例によってパルミュナとの下らないバカ話をよもやまと開かせつつ、のんびりと午後の田舎道に馬車を進ませていく。
レビリスからは『そろそろ野営技術を忘れ始めてるんじゃ無いか?』なんて揶揄われたけど、もしまたパルミュナと二人で旅して回る事になったら、歩き旅もいいけど荷馬車でのんびりって言うのも悪くないな、なんてことを思い浮かべてしまった。
簡易だけど幌の付いた荷馬車なら、雨が降っても荷台で眠れるしね。
リンスワルド牧場を出てしばらくの間は、色々な畑と小さな牧場が交互に出てくるような平坦な田舎の風景だったけれど、恐らく行程の半分を超えた辺りから道の両脇に木々が増えてきた。
そのまましばらく進むと人の住むエリアを越えたらしく、両脇は鬱蒼とした森に変わってくる。
この道をひたすら進めば、またどこかの田舎町に続いているらしいけど、今回は途中で森の中へと入り込む道に折れる必要がある。
その手前に目印になる楡の大木があって、そこを通り過ぎたところにある枝道は普通の人々には『見えない』ようになってるはずなんだが・・・
「あー!」
「おー...」
うん、分かる。
楡の大木の向こうに本当は道があるけど、道がないように思える。
自分でも何を言っているか分からないけど、実際にそんな感じだ。
「これかな?」
「これだよねー。こんなあからさまな結界張ってるのって、他に理由はないだろーし」
「よし、行ってみよう」
手綱を引いてその枝道に入らせようとすると、馬が一瞬たじろいだ。
もしも言葉が使えてたら『えっ、ホントにこっちに行くの?』とか喋った感じだろうな。
どうやら人だけでは無く、馬の感覚でも困惑させられているらしい。
ただ、恐怖とか不快感とか、そういう要素は微塵もないので、一度そちらに足を向けると、後はなんと言うことも無く進んでいく。
エルスカインがガルシリス城の地下に掛けていた人払いの結界とは大違いだな。
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