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第四部:郊外の屋敷
偽装ピクニックに出発
しおりを挟む日頃から視察旅行慣れしてるリンスワルド家は、一旦方針が決まると姫様から家臣一同まで揃って行動が早い。
談話室でピクニックに行くことを決めた翌々日には準備が整っていた。
いつもの中心メンバー十人の他は最低限の人数に抑えたけれど、今回は正々堂々と言うか、むしろデモンストレーション的な感じの行動なのでコソコソする必要は無く、人数を絞った理由はイザというときに俺とパルミュナが守りやすいように、というだけだ。
今のところ精霊の防護結界を移植している相手はパルミュナが五人で、俺はダンガ兄妹の三人だけ。
まだ全然増やせると思うし増やしたい処なんだけど、守る方に費やす魔力が大きくなるって事は、闘う方に使える魔力が減るって事でもある。
相手の命が掛かっているから、どこまで大丈夫かなんて実験する訳にも行かないし、パルミュナの言う通り、『依存するようになってから使えなくなる』のが一番怖いからなあ・・・
で、今日の移動は姫様の白い馬車とダンガ兄妹用の大型馬車、それに俺とパルミュナのいつもの馬車に、トレナちゃんの他に三人のメイドの女性が乗ったお付きの馬車の四台だけ。
日帰り予定なので幕営用品はナシだ。
護衛はヴァーニル隊長とサミュエル君、それにシルヴァンさん。
それでも『家族でランチボックスを手に出かける』という庶民的なピクニックのイメージとは桁違いだけどね。
ギュンター卿やクルト卿も誘ってみてはどうかという意見も出たけど、それはむしろ、何か予想外の事件があった時に『巻き込む』事になる可能性が高いので見送った。
「なあレビリス、これくらいなら物々しさもないし、ホントにプライベートな道行きだって思えるよな?」
「ライノ、言っちゃあ悪いけどこれをカジュアルだって感じるのはさ、十分にリンスワルド流に毒されてるぞ?」
「え、そうか?」
「当たり前だろ。例え貴族でも、こんな豪華な馬車を何台も持ってる方が珍しいさ。それに騎士団の護衛が三人も付いてて物々しくないってさぁ...ライノはもう庶民派勇者じゃないよな?」
「うっ...」
「最後にパルミュナちゃんと野宿したのはいつさ? そろそろ野宿の技術とか忘れ始めてんじゃ無いの?」
もう止めてレビリス!
破邪としてのアイデンティティが!
俺の体から魔力が抜け落ちていきそうだから!
しかしレビリスの言う通り、ここ最近は贅沢に慣れきってるよな。
せっかくフォーフェンで新調した鍋のセットも、最後に使ったのはダンガたちと南の森を歩いた時で最後だし・・・
パルミュナに食べさせるジャムの種類を心配してるどころじゃないか。
北部山脈に向かった時には、また野宿の日々になる可能性は高いから、その時になってまごつかないようにだけは心しておこう。
++++++++++
『以前に比べれば』コンパクトな隊列で別邸を出発した一行は、すぐに貴族街を抜けて王都の縁までやってきた。
王都は城のある二本の川の合流点から西向きに広がっているから、北東に進む場合はすぐに王都の中心から離れることになり、南東に公国軍の基地や練兵場を横目で見ながら川沿いに進んでいけば、自然と田園地帯に入っていく。
のんびりしたペースで数刻進み続け、昼前には『リンスワルド牧場』に到着した。
もちろん、俺も実際に見るのは初めて。
と言うか、姫様でさえ使者の見聞と書類上の話だけで購入を決めているので今回が初見だ。
考えてみれば一目として現物を見ることもなく、こんな巨額の買い物をするって恐ろしいな・・・
貴族同士の信用問題とかもあるから騙されたりはしないんだろうけど。
今回は先触れを走らせたりはしていないので、俺たちの訪問を予定していなかったスライ達は訓練の真っ最中だった。
姫様の馬車は目立つから訓練中の傭兵達もすぐに気が付いたようだ。
牧場の敷地に沿って走る馬車の窓を開け、声を掛けて手を振ると、馬に乗ったスライが馬車の脇までやってきた。
「おう、さっそく見に来てくれたか!」
「まあ、ちょっとしたピクニックみたいなもんさ」
「ボス、ピクニックってぇのは眺めのいい場所とか居心地いい水辺とかで楽しむもんだぜ? 兵達の訓練を見ながらって、どんなピクニックだよ?」
「まあ、牧場だって広々してて眺めは綺麗だし、この草っ原は居心地よさそうじゃ無いか。ここの青空の下で昼飯としゃれ込むのもオツなもんだと思うけどな?」
「そうか? まあ俺としちゃあ地面には座らねえことをオススメするけどな。色んなモンが落ちてっから姫様が上に座っちまうと大変だろ?」
あー、牧場だもんね・・・
牛やら馬やら羊やら、いろいろな家畜たちが出したものがそこら中に転がっていて当然だ。
姫様やエマーニュさんのドレスにそんなものがベチャッと付いたりしたら目も当てられないよ。
浄化が出来る出来ないでは無く、気分の問題として。
ポリノー村を片付けた時のようにシンシアさんが一気に浄化できればいいのだろうけど、茂った草の中に転がってるものだけを排除するって出来るのかな?
「取り敢えず、馬は無事に手に入ったみたいだな」
「お、聞いてなかったかい?」
「いや、なにをだ?」
「この牧場は酪農だけじゃ無くって軍用馬も育成してたんだぜ。さすがに三十頭揃えるってワケにゃあ行かなかったけど、いい軍用馬が十数頭ばかし手に入ったし魔馬も七頭いる」
「魔馬もいるのか、そりゃ凄い!」
「ただ、魔馬に乗ると他の馬とのペースがズレちまうから、いまのところ使い道が無いってのが勿体ねえところだけどな」
「あー、やっぱりそういうもんか?」
「魔馬を普通の馬だと思っちゃいけねえよ。値段に見合う価値はあるけど数が少ないし、軍勢の全員にあてがうなんてムリだから、大勢が一緒に動く軍隊じゃ、どうしても使いどころが限られちまうんだ」
「なるほど」
「まあ偵察とか連絡とか、そういう単騎や少人数で動く役目には最適だけどな」
遊撃班のケネスさんはフォーフェンから一昼夜、襲撃現場の街道まで魔馬を飛ばしてきたんだよな。
確かに連絡兵とか偵察にはぴったりだろう。
カッコいいし。
「そんな訳でな、この牧場の管理を請け負ってる男の口利きで、いま王都の商会に追加の軍馬を手配して貰えるように頼んでる。そいつが届きゃあ、シャッセル兵団は騎馬の傭兵として売り出せるってワケだ」
「騎兵傭兵団か、なんか贅沢でいいな」
「いまのは冗談で言ったんだよ。そんなの普通はいねえぜ?」
「まあそうか」
「戦争でも無いのに誰が雇うんだよ? 馬や装備の購入費用まで考えたら、よほどの上客を掴まねえと割に合わねえ...相手もそんな金をかけるなら一時雇いの傭兵なんかじゃなくって正規兵を増やすさ」
軍用馬は体格も値段も、そこらで荷馬車を牽かせてる馬とは訳が違う。
下手をしたら貴族家の馬車を牽いてる馬ともいい勝負の値段だろう。
「馬が全員分揃うまでは乗り慣れてねえ奴の訓練から優先してやってる。特にいまは弓兵達だな。この前、ボスに仕入れて貰った新型の弩なら馬の上でもなんとか装填できんだが、使いこなすにゃあ練度が必要だからな」
「あー、アレか。使い物になりそうか?」
「多分大丈夫だ。威力はちょっと落ちるけど馬の上なら速射できる方が大切だろうからな。故障は怖いが、それこそ戦場でも無きゃ大丈夫だろ」
「正直、俺は食料調達用の細い鳥撃ち弓しか扱ったことが無いから分からないんだけど、普通のでかい弓...ロングボウだっけ? ああいうのを使うよりもクロスボウの方がいいのか?」
「ロングボウとか、あの手の強い弓は、ずっとそれを使い続けてる奴じゃねえと手に負えねえんだよ」
「難しいんだな...」
「それこそ東の平原の蛮族みてえに、子供がヨチヨチ歩き始めたら馬に乗せて弓を持たせるって暮らしで育ってきた奴ならいいけどな。普通の軍隊でもロングボウを扱わせる奴には才能と長い訓練の両方がいるんだ」
先日、牧場に向かうシャッセル兵団と別れる前に、スライと相談していくつか新しい装備を仕入れたんだけど、その一つが新式のクロスボウで、長いレバーを何度か引いて弦を絞れる仕組みになってる。
これなら、馬の上でもなんとか扱えるんじゃ無いかってことで発注してみたんだけど、上手くいきそうで良かった。
パルミュナの部屋用のラグとカーテンとブランケットを買ったのは、あくまでもそうした装備調達の『ついで』だ。
パルミュナのインテリアを買う言い訳に兵団装備の新調を考えた訳じゃないからね?
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