なろう380000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす

大森天呑

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第四部:郊外の屋敷

領内調査のいきさつ

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「さきほど兄上が、『最近平穏とは言い難かった』と仰った理由はフランツ兄さんの手紙で分かりました。ただ、私の耳に入っていたのは全くの別件です...失礼ながらリンスワルド伯爵様の領内で不穏な動きがある、という情報がありまして」

「ならばクルトは姫様が襲撃される予兆を掴んでいたのか?」

「いえ、我々の耳に入っていたのはそういう事ではありません。それならばすぐにも伯爵様にお知らせが入ったことでしょう。この春からリンスワルド領内で村人が立て続けに森で消えたという噂があったのです」

ん?
それって、もしかして・・・

「もちろん伯爵家にもお問い合わせいたしましたが、そのような話は特にないとのお返事でしたし、駐在の衛士隊にも行方不明者の届け出はありませんでした。しかし、たまたま、魔獣使いと呼ばれる存在の活動が活発化しているという別の情報が入ってきたこともあって、治安部隊の隊員を調査に行かせたのです」

間違いないな。
調査に行った治安部隊の隊員とはケネスさん達のことだ。
でも遊撃班は、領地を跨がった犯罪や貴族家の不正に対応するのが主要任務じゃ無かったっけ?

「リンスワルド伯爵様の領地は旧ガルシリス家の支配地であるキャプラ公領地と繋がり、そしてキャプラ公領地はルースランドと国境を接する地域です...特に、伯爵様の領地に西側から流入してくる輩や不穏な話についてはしっかり調査するようにと、以前から大公陛下に指示されておりましたので」

「そうだったのかクルト...」

なるほど。
きっと大公陛下がリンスワルド領については気にかけておくように指示していたのは、姫様やシンシアさん達に少しでも危険を近づけさせまいとする気持ちからだろう。
ギュンター卿はその辺りの細かな経緯までは知らないからな。

「また、キャプラ公領地の旧街道地域でも不穏な噂が住人たちの口に上っていた事がエイテュール長官から報告されております。それらの事を鑑みて調査を命じました」
「で、その調査の結果はどうだったのだクルトよ?」

「人が森で消えたという事に関して現地調査ではなにも証拠はありませんでした。森に怪しい奴らが潜んでいるんじゃないか、そういう噂は地元に流れていたそうですが、それを言っていたのは森の集落の人間だけで、街道沿いの住民達はほとんど知らない話でした」

「しかし、実際に姫様は襲撃された訳だろう?」

「ですので、その襲撃の報告を受けて、やはり『魔獣使い』が公国内での活動を再開しているということを確信したのです」
「すでに大公家と公国軍がエルスカインのことを掴んでいたとは知らなかった。それ自体は良かったと言えるが...」

「フランツ兄さんの手紙にも書いてありましたが、やはりエルスカインというのが魔獣使いの名前だったのですね」
「その辺りの情報は断片的か?」
「ええ、正体もはっきり分かっていません」

「クルト殿、伺ってもよろしいでしょうか?」
「はい、なんでしょう伯爵様?」

「先ほどクルト殿は、エルスカインが『公国内での活動を再開した』と仰いましたわ。つまり、以前にも活動していた事をご存じなのですね?」

「その通りです。くれぐれも内密にお願いしますが...以前に大公家専属の治癒士が乗る馬車に、不審な魔法薬が仕掛けられているのが発見されるという事件がありました。当番だった御者は発覚後に自殺してしまい、その魔法薬の詳しい効果は不明なままです」

その件か・・・治安部隊の指揮官なら知っていて当然だろう。

「恐らくそれは、スズメバチを呼び寄せて獰猛にさせる為の薬でございましょう」
「何故それを?!」
クルト卿がぎょっとした顔をした。
極秘事項の細部について知っているように語る人がいれば驚くよね。

「当家でも同じ事がありましたので...二年前に、表向きはリンスワルド伯爵夫妻、つまり私の両親として振る舞っていた影武者のご夫婦が視察中の事故で大怪我を負ったことはご存じでしょうか?」
「ええ、まあ」
「その馬車には恐らく魔法薬が仕掛けられていて、養魚場へ渡る橋の上でスズメバチの大群に襲われました。その混乱の中で馬車が橋から川へ落とされたのです」
「なんですと!」
「その事件の後、御者は自殺を図りました。偶然発見されて一命を取り留めたのですがすぐに辞職し、その後の消息は不明です」

「事故ではなく...魔獣使いの襲撃であったと?」

「明瞭な証拠はありませんでしたので、事故として処理するほかありませんでした。しかし、その関係で当家の魔道士も一斉に辞任する運びになり、臨時で大公陛下が王家の魔道士殿を派遣して下さいましたが」
「あれは、そういうことだったのですか...」
「当時、証拠はございませんでしたが」
「しかし...リンスワルド家では、魔獣使いの仕業だと考えていらっしゃる...」
「左様でございます」

「ふーむ...伯爵様、やはりこれらの出来事は繋がっているとしか考えられません。治癒士の馬車への不審な仕掛けが発見され、御者が自殺するに至った後、王宮では徹底的な防護策が取られました。今は、ほぼすべての役務が当番制となり、誰か一人だけが継続して受け持つものはほとんどありません」

「それは誰かがこっそり良からぬことを出来ないように?」

「そうです。例は悪いがフランツ兄さんのところでもゲオルグ君の従僕を交代制にしていれば、付け入られる隙が生まれなかったかもしれません」
「それは、うちの家令のオットーの件も同じだな」
「今回、自分が最も驚いたのは『ホムンクルス』という存在です。歴史上の知識として名前を聞いたことはありましたが、まさか現存する魔法だったとは...」

「わたくしの知る限り、ホムンクルスを操れる者はエルスカイン以外には知られておりません。エルスカインと闘うならば、味方の顔をした敵の操り人形であるホムンクルスの存在を、必ず考慮に入れておかなければならないでしょう」

「しかしクルトは、と言うよりも大公家は、かな...どうやってエルスカインの存在に辿り着いたのだ?」
「...ちなみに兄上は、二百年前のガルシリス辺境伯の叛乱事件のことを詳しくご存じでしょうか?」

おぉっ、今度は、これが出てきたか!

だけど、クルト卿はまだレビリスと一緒に行った城跡での出来事を知らないはずだよな。
治安部隊の指揮官として知っているのは、破邪衆寄り合い所からエイテュール長官に提出された表向きの報告内容だけだろう。

「私とお前は、同じ家庭教師から貴族家の歴史を習っておるのだぞ?」

「そうでした...二百年前のガルシリス辺境伯の叛乱計画は未然に阻止されてガルシリス家は断絶、その領地は大公家の所有するキャプラ公領地となりましたが、あの叛乱計画は『魔獣使い』と呼ばれる秘密結社がルースランド王家と組み、ガルシリス辺境伯をそそのかしたものだという話があるのです」

「ルースランド王家と?」

「ええ。古い話なので真偽のほどは確認できませんが、大公家にはそう伝わっています。最終的にガルシリス辺境伯はルースランド軍と歩調を合わせて王都に攻め込み、大公陛下を討ち取るつもりだったと」
「それが、裏の歴史という訳かクルト?」
「そうです。当時はまだ対立姿勢だったルースランドと辺境伯を結びつけたのが、その『魔獣使い』だったというわけです」

「ばかな。如何にルースランド軍と手を組んでいようと、王都まで辿り付けた訳が無い。かように大々的に行軍すればすぐに察知され、途中で撃破されたに決まっておる」
「そこで『魔獣使い』です。王都に魔獣を放って混乱を引き起こし、それに乗じて攻め入る算段だったと言われています」

ギュンター卿は一瞬、驚きに目を剥いたけれど、すぐに表情を元に戻して静かに言った。

「クルトよ。以前の私であれば、そんな話は馬鹿馬鹿しいと一笑に付したであろう。だが、今はそれが本当に起こりえたと信じられる。むしろ、先に辺境伯が討ち取られていなければ、王都は魔獣の災厄に見舞われていたであろうな」
「兄上がそう思われる理由は?」

ギュンター卿はチラリと姫様に目をやったが、姫様が和やかに頷くのを見ると、ホッとした表情で話を続けた。

「私自身も、エルスカインの操る魔獣達に殺されかけたからだ」
「なっ!」
「狩猟地で起きたオットーのホムンクルスの件は、ゲオルグ君の謀殺が失敗に終わっただけではない。謀りごとが露呈した後、起死回生を図ったエルスカインが信じられないほどの魔獣を送り込んできた。幸い、クライス殿が仕留めて下さったが...そうでなければ私も妻も、そして姫様方も、あの場で殺されていたであろう」

「そんな...」

「アレは幻覚などではないぞ。この世にあんなものがいるとは思いもしなかった。恐ろしいものだ。もしも王都に数頭の魔獣が放たれておれば、それだけで大混乱が巻き起こったであろうと断言できる。公国軍もルースランド軍の迎撃にどれほどの手勢を割けたことやら」

「なるほど...しかし...是非とも一つ教えて頂きたい」

クルト卿はそう言って俺の方を見た。

「クライス殿は何者なのでしょうか? 爵位名をお名乗りにならなかったので、失礼ながら伯爵様のやんごとなきご友人がお忍びで、ということだろうと考えておりましたが...三頭のグリフォンを討伐して伯爵様を救い、先日はわが兄も魔獣の襲撃からお救い下さったのですね?」

もちろん、いまさら隠す気は無いけれど、素直に言っても信じて貰えるかどうかは別だよな・・・
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