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第三部:王都への道

家紋入りのペンダント

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「随分と広いんですね。別邸と聞いて街中の屋敷をイメージしていたんで、ちょっと驚きましたよ」

馬車を降りた姫様にそう言うと、ニコリと微笑んで意外な返事が返ってきた。
「私が爵位を継ぐよりも大分前の話でございますが、以前はこの半分の敷地でございました」
「そうだったんですか。とても元が区切られてた敷地のようには見えないですよ?」

「敷地を接していたハルプ伯爵家が領地で色々とありまして財政的に厳しくなり、別邸を手放すという話になったので買い取らせて頂いたそうです。相場よりも少し多めの金額に致しましたので、大変喜んで頂けたとか」

「さすがですね。二軒分の敷地にして立て替えた訳ですか」

「いえ、館自体は建て替えておりません。ハルプ家の敷地だったところは、すべて奥の庭として使わせて頂いております」

絶句。
館の裏に広がるエリアが全部、リンスワルド家の敷地って事か?

「それはなんとも...俺一人なら畑を作って自給自足できそうな広さですね」
「さすがはライノ殿ですね、素晴らしいご見識ですわ! その通りでございます!」
「え?」
「奥の庭には池を作り、少しばかりの果樹を植えました。それに小さいですが畑もございますので、季節ごとの果実や新鮮な野菜、それに少々の魚や家禽の肉などをお客様の食卓に載せることが出来ます。外から毎日の食材を仕入れるだけで無く手元である程度まかなえますので、不意の来客の際にも心配が少ないのです」

もう一度絶句。

この、食べ物に関するリンスワルド家の強いこだわりは、一体何が発祥なのか? 
以前からそう言う采配をしてるって事は姫様個人の趣味では無くて、リンスワルド家の文化なんだろうけど。

・・・なんにしても呆気にとられる。

「ハルプ家の屋敷はさほど大きくありませんでしたので、取り壊さずに改装してお客様向けの離れに致しました。とは言え、実際にはほとんど活用しておりませんが」

なるほど。
これで人目さえ無ければ、本当にシャッセル兵団の三十人をリンスワルド家別邸の敷地内で寝泊まりさせても問題なかったんだろうけどね・・・

だけど、スライが言うように貴族の周囲には何処に誰の目が光っているか分からないし、そもそも貴族街の出入りには昼夜を問わず衛士が立っている門を通る必要がある。
どうやっても人の口に噂が上るのは避けられないのだから、不要なトラブルの元は避けるべきだろう。

そんなことを考えていると、トレナちゃんがなにかを持って近寄ってきた。

「姫様、ただいま王都の店よりこちらの品が届きました」
トレナちゃんが持ってきた薄い木箱を掲げて見せると、姫様はにこやかにそれを受け取り、俺に向けて示した。

「ご相談なのですが...今後のことを考えるとライノ殿にこれを身につけて頂くのも良いのでは無いかと愚考致しましたが、いかがでございましょう?」

そういって姫様が開いた箱には、磨いた魔石を元にしたと思われる綺麗なペンダントが収まっていた。
宝石のように透き通った魔石の中には、すっかり見慣れたリンスワルド家の家紋が気泡に閉じ込められているかのように浮かんでいて美しい。

「これはシーベル城で話題になった、『身に着けている者の位置を示すペンダント』でございます」
「あ、例の?」
「左様でございます。これがあれば、わたくしどもがいつでもライノ殿の元へ駆けつけられるようになります。急用の際など、王都中を探し回らずともすぐにいらっしゃる場所を見つけられますので」

家紋の入った探知魔法組み込み済みのペンダントか・・・

シーベル城でなんとなく気が付いたけど、恐らく、俺の父さんと母さんはこのペンダントを箱から出してエルスカインに位置を特定され、ブラディウルフを送り込まれて殺されたんだろう。
と言うことは、箱からペンダントを出したのは俺の誕生日よりもっと前で、父さんと母さんは手紙とペンダントを出した後、なにかを森に埋め戻しにでも行っていたのか?

まあ、今さら真相は知る術も無いし、知ってどうなるってものでも無いな。

「ここへ来る途中で使者を走らせて制作依頼しておきました。ライノ殿にリンスワルド家の家紋を身につけて頂くなど恐れ多いとは承知しておりますが、家紋付きでなければ発注できませんでしたので、どうかお許し下さいませ」

これも二十年前には、まだ大っぴらに売られているような品じゃ無かったのかもしれない。
いやそもそも、身に着けている人に探知魔法のことが知らされていたかどうかさえも疑問だ。
家紋入りの美しいペンダントとして何食わぬ顔で渡しておき、後からこっそり居場所を探知する・・・そういう使い方をされていたような気もする。

それをまた俺が身につけるのも皮肉というか因果というか・・・

「やはりリンスワルド家の家紋を身につけるのははばかれますでしょうか? もちろん不要不急の際に探知するなど決して致しませんが...」

ペンダントを見つめながら黙り込んでいた俺に、姫様が急に不安そうな顔で尋ねてきた。

「あ、いやいや。そういうことじゃ無くって綺麗だなと思って見蕩れていただけです。これがあれば、広い王都で迷子になっても大丈夫ですね!」

殺された育ての両親の事を姫様に言っても仕方が無いと言うか、余計な気遣いをさせるだけだろうと思ったので適当に誤魔化す。

「お戯れを。ライノ殿の力をもってすれば、何処であろうと目的の場所を見つけ出せましょう。ですが、わたくしどもはそうは参りません」

「それはどうでしょうね? とにかく、俺はそのペンダントを身に着けておくことにします。俺を見つけたい時は遠慮無く探って下さい」

たぶん、迷子にはならないと思うけど・・・
まあ実際に姫様達と離れて行動する場合に、こちらの居場所を把握して貰えるのは何かと都合が良いだろうからね。

「ご理解賜り恐悦でございます。ですが、不要と思われた時にはいつでも路傍へ捨てて下さいませ」

++++++++++

すでにパルミュナも別邸に結界を張り終わり、シンシアさんも日常管理に携わっている常駐組の全員に宣誓魔法を掛け直している。

特にすることの無い俺たちは気ままに過ごすことになったんだけど・・・

ダンガたちはあまり『街』というものに興味が無さそうだ。
俺も王都は初めてだったからダンガたちに印象を聞いてみたら『もの凄く人が多いねー』だった。
まあ、チラリと人々の服装に言及したり、建物のことを面白がったりという、いつもの三者三様な違いあるにせよ、印象の主眼はやたらと人が多い場所だという以上でも無く以下でも無く・・・

それよりも居心地の良い別邸の裏庭でのんびり過ごしたいと言うし、そうなると何故かレビリスもそっちに付き合うって話になる。
なんでかは追求しないけど。
追求しないけど!

なので、パルミュナと二人で市街に出て散策することにした。

ブレーズさんに馬車で市街の中心まで送って貰い、そこから別邸に向けて逆に戻るコースを取りつつゆったりと歩いて行く。
リンスワルド家の別邸がある貴族街は当然として、本当の『市街地』を歩いていても綺麗な街だという印象自体はさほど変わらない。

「綺麗ねー!」
「同感だな。遍歴破邪の時にはあちこち見て回ったけど、これまでに見た中じゃあ、ダントツで一番綺麗な街だって思うよ」
「わかるー。道や建物の綺麗さもあるけどさー、やっぱ水が沢山あると雰囲気が良くなるのよねー」

パルミュナの言う通り、整然とした大通りが整備された街の中を縦横に水路が走り、建ち並ぶ家々の影を水面に映している。
この辺りの土地の特徴なのか、大理石と呼ばれてる、全体的に白っぽい石が多用された街並みと、澄んだ水の流れる水路の組み合わせが他の街に無い雰囲気を醸し出している。

しかも、この大きな街を飲み込んでいる平野部を流れている川と網の目のように広がった水路なのに、結構な水流がある。
姫様の説明によると、一本の川の上流に台地と大きな湖があり、そこから滝のような落差で王都に水が流れ込んでいるのだという。
そのために、水量も多くて勢いも強いらしい。

中心部を二本の大きな川が横切っているだけで無く、水路が多いと言うことはすなわち橋が多いってことで、ただの平地に街を作るよりも、人が増えるに従って色々と手間もお金も掛かったことだろう。

その代わり、王宮を取り囲む広大な貴族街がぐるりと壁で囲まれていることも併せて、これだけ多くの水路で区切られた街に攻め込んでくるのは大変なはずだ。
この平和な時代に言っても仕方ないかもしれないけどね。

広い分だけ、スライが言うようにどこからでも入り込むのは簡単だろうけど、仮に、二百年前のガルシリス辺境伯の叛乱計画が実行に移されていたとしても、辺境伯の手駒だけでこの広い都が制圧できたはずは無い。
転移門を通じて王都に放った魔獣によって市民達にパニックを引き起こし、その混乱に乗じることが頼りの計画だったことは確かだ。

ただ、それでも・・・

ルースランド王家は本当に兵を挙げてミルシュラントに攻め込んだりしただろうか?
ないだろうな・・・
いまにして考えれば辺境伯はただの捨て駒で、エルスカインの本当の狙いは別にあっただろうという気がする。

そんなことをつらつらと考えながら、俺とパルミュナは美しい街並みの中を歩き続けた。
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