なろう380000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす

大森天呑

文字の大きさ
上 下
231 / 922
第三部:王都への道

傭兵団を雇う

しおりを挟む

姫様が言外に言いたいことも、なんとなく感じる。
この傭兵達を雇うのは、俺自身にとっても『兵を使う』ことの練習にもなるって事だろうね・・・

破邪同士は連携するけど、弟子はいても部下はいない。
なにより師匠たちだって指揮官じゃなくて、その場を一緒に闘う仲間だ。

・・・だから俺は『人を使う』という経験が皆無に等しい。

確かにそれは、シーベル城の庭で姫様から指摘を受けて以来、頭の中でモヤモヤしていることなんだよな。
いかに勇者と言えども一人きりで出来ることには限界が有るし、そもそもドラゴン・キャラバンって話になったこと自体、それが理由だ。

パルミュナと一緒に歩き始めた頃、どうして街に泊まらないかを説明したことがあったのを思い出す。
これも、実はそれと同じなんだな。
自分の指示で人を動かすことを『面倒』に思うって点で・・・

少し頭が混乱して考え込んでいると、エマーニュさんが傭兵達の一人に語りかけた。
「あら! あなたは怪我をしていらっしゃいますのね?」

確かに二の腕から血を流している兵士が一人いる。
だけど結界の中に入れたアサシンタイガーは一匹もいなかったはずだ。
ってことは刀傷か?

「や、すんません! 情けねえすけど、こりゃ自分が悪いんで!」
「ですが、かなりの血が...」
「さっき、アンスロープの人らが飛び込んできた時に、よく考えずに後ろに下がろうとして隣の奴の持ってた剣に自分から当たっちまったんで。ホント自分が悪いんで!」

「なんの結果であろうと怪我に違いはありませんわ」

エマーニュさんがずんずんと躊躇いも無くその兵士の前に近寄ると、兵士の方はビックリして固まった。
「動かないで下さいね?」
そう言って血を流している兵士の腕を取り、傷口に自分の右手をかざして目を瞑った。
エマーニュさんの手の平がほんのりと光る。

それでしばらくすると兵士の血は止まったようだ。
「傷口は塞ぎましたが、もしも傷から病を得ていたら、それは私には直せません。具合が悪いと感じたら必ず治癒士に診て貰って下さいませ」
「はっ、ありがとうございます!」
兵士が跪いてこうべを垂れた。

エマーニュさん中々やるなあ!
治療を受けた兵士が跪いたままで、離れていくエマーニュさんを大精霊でも見るような目で見送っているよ?
エマーニュさんは精霊じゃなくって普通のエルフだけどさ。

この傭兵たちの中にも目の奥に金色のリングが輝いてる奴がいたりしたら面白いのに・・・

さて、どうでもいい物思いはともかく傭兵たちの扱いは難題だ。

「姫様、仮に彼らが引き受けてくれたとして...確かにこちらの手札は増えるけど、いずれはリンスワルド家の手下てかだと知られる可能性が高いでしょう。ここを離れてしまえばギュンター卿の迷惑にはならないと思いますけど、伯爵家に良からぬ噂が立つことは防げないかもしれませんよ?」

「ライノ殿のお役に立つためならば、わたくしはリンスワルド家の名に傷が付くことなど微塵たりとも気にいたしません。必要あらば、家の名などいつでも捨て去る覚悟にございます」
「もちろん私もです」
「当然の覚悟ですわ!」

待って・・・シンシアさん、エマーニュさん、そこで同調しない!
「ライノ殿、騎士団の心情など慮っておもんばかって頂く必要はございませんぞ!」
ヴァーニル隊長まで・・・

なにそのプレッシャー。
姫様たちの台詞にギュンター卿がビックリして唖然としている。

「お気持ちは分かりました。ちょっとスライ達と相談させてください」
「かしこまりました。どうぞごゆるりと...ギュンター卿、わたくしどもは一旦屋敷に戻って、さきほどのお話をさせて頂きましょう」

ギュンター卿と一緒に屋敷に戻る姫様達を見送り、俺は不可解な表情のスライの方に向き直って尋ねた。

「スライ、今ここにいる傭兵達を俺に雇わせて貰うって事は出来るか?」
「それは、その、えーっとアレだ。正直言って内容による、かな。団によって考え方は違うだろうし...」
奥歯にものが挟まったような言い方になるのも仕方ないか。

「条件はギュンター卿の雇用契約と同じでいい。いや、もっと危険だから、上乗せがいるって言うなら相談に乗るけど」
「危険なのか?」
「ああ。どう危険かは説明しづらいけど、かなり危険な敵を相手にしてるんだ。さっきみたいな出来事が、いつまた起きるとも限らない」
「そうか...」
スライは、倒れている『犀』というらしいデカブツを見やった。
いかに勇猛な兵士でも、アレと闘えとか言われたら拒否するだろう。
更に、その周囲には多数のアサシンタイガーの屍。
一匹分は前半分が消し飛んでるけど。

「この先は戦場ってことか」
「正直その通りだ。ただし不法や不義はない」

意外なようだけど、『ちゃんとした傭兵団』っていうのは、金を積まれたからと言って道理のない仕事は引き受けない。
もっと分かりやすく言うと、終わった後に犯罪者扱いされて逃げ隠れしなきゃいけなくなるような仕事は普通受けない。
今回の件も依頼人がちゃんとした貴族家で、襲撃ではなく襲撃の阻止・・・言い方を変えれば『能動的防衛措置』って奴だから引き受けてる。

もちろん本当の戦争なら負けた時は大急ぎで戦場から逃げ出すけど、それは犯罪者として追われるのとは意味が違う。
どんな決着が付こうと生き延びれたら大手を振って次の仕事を引き受けられる、そういう仕事しか引き受けない。
そうでなきゃ傭兵団が長々と存続できるはず無いからね。

いかに荒くれ者の集まりでも、傭兵団は盗賊みたいな非合法集団じゃないってことだ。

少なくとも人目に付くところでは・・・

「ああいうのが出てきた時は俺達が相手をするけど、それでも襲われる危険はある。他にもどんな危険が潜んでるか分からない」
「うん...で、具体的にはどんな仕事をすればいいんだ?」
「斥候って言うか、隊列に先回りして様子を調べて貰ったり、色々と手配して貰ったり、かな。団ごとにバラバラに動いて貰えば少人数だから目立たないだろうって思惑もある」
「なるほど。雇用期間は?」

隊列が王都に着くまでだと、そこですぐに噂が広まる可能性がある。
彼らには無駄働きして貰う結果になるかもしれないけど、俺たちを探そうとする連中の目眩ましも考慮して、少し長めに考えて貰った方がいいか・・・

「まず二ヶ月かな。延長するかどうかは互いに協議の上って感じだ」
「分かった。最後に一つ、いいかな?」
「ああ」

「ライノって本当に何者なんだ? ただの破邪があんなバケモノを相手に出来るか? とても普通じゃないアンスロープ達を手下にしてるし、それに誰が見たって、伯爵家の姫様も騎士達もギュンター卿も、揃ってアンタに半端じゃない敬意を払ってるのがまる分かりだ」

「アンスロープの三人は手下じゃなくって友人だよ。それに悪いけど、俺が何者かを教えるのは宣誓魔法で秘密保持を誓って貰った後になるんだ」
「それも込みの仕事って事か」
「そうだね。つまり本気で危険な仕事になるかもしれないし、いったん動き出したら途中では抜けづらい。不安なら今ここで拒否して貰った方がいい」

「伸るか反るか、だな」
スライは、ニヤリと顔をしかめると後ろを向いた。

「みんな聞いてたよな! 金はたっぷり貰えるし二ヶ月は退屈しねえ。だが命が惜しい奴はいますぐ馬車に乗れ。死んでもこの先の話を聞きてえって奴だけそのまま残ってくれ」

きっとスライには自明のことだったんだろうけど、動く兵士は一人もいなかった。

++++++++++

シンシアさんに三十人まとめて魂への宣誓魔法を掛けて貰うのはさすがに忍びないのでパルミュナにお願いしたけど、一気に三十人への宣誓魔法は圧巻だ。
地面に浮き出た魔法陣の光のリングが三十個重なって一斉に光る。

一応ちゃんと見ていたけど、宣誓を誤魔化そうとかすり抜けようとする奴は一人もおらず、無事に掛け終わった。
もちろん、秘密保持と背信行為の禁止だけで無くて、ホムンクルス化を防ぐ事も含めた魂への宣誓だ。
彼らが見えないところでエルスカインの手に堕ちてホムンクルス化されたりしたら堪ったもんじゃ無いからな。

「はーい、これでしゅーりょー!」

傭兵達と一緒に宣誓魔法を受けるあいだ跪いていたスライが、立ち上がりながらパルミュナに声を掛ける。

「魔法使いのエルフ嬢ちゃんは、さっきライノのことをお兄ちゃんって呼んでたけど、兄妹なのかい?」
「そーよー!」
「すげえ兄妹だなぁ...」

俺と一緒にアンスロープの背に乗ってデカブツに突っ込んで行ったんだから、まあ普通じゃ無いって思うよね?

「でも兄妹ってことはライノもエルフ族なのか? 耳先丸いけど」
「ああ、俺はハーフエルフだ」
「なるほどね。じゃあ、さっき結界を張ってくれた魔道士見習いの嬢ちゃんも、あんたの妹だったりするのかい? あんなちっこいのに、すっげえ魔力だったな?」

「あー、彼女はシンシア・ジットレインさんって言うエルフで、リンスワルド伯爵家の筆頭魔道士だ。迂闊なことを言うと燃やされて灰も残らないからな?」
「失礼した...いまのは内緒で頼む」
「分かってるさ」

「で、本題だ」
「うん?」
「ライノの正体だよ」
「そうだな、約束だし、全員残ってくれたしな」
「有ったり前だろ。こんな面白そうな話に食いつかねえ奴は堅気の傭兵じゃないぜ!」
「そんなもんか?」
「傭兵なんてのはそんなもんよ」

『カタギの傭兵』って言う言葉は説得力があるような無いような・・・

「じゃ、これは絶対に秘密な?」
「おう、承知した」
「俺は勇者なんだ」
「はあ?」
「破邪だったのは本当だ。ちょっと経緯があってな、大精霊から力を借りて勇者になった。いまは訳あって姫様を守りつつ、王都に向かってる最中だ」
「いや、ちょっと待ってくれ」
「うん」
「ライノが勇者様だって言うのか?」
「様付けなんかいらないだろ。お互い呼び捨てなんだし」
「いやでもなあ、一応は敬意ってものがあるじゃねえか?」

本当に飄々と言うかサバサバした男だな。

「良く言うぜ、タメ口でいいだろ? 別に」
「まあ、ライノがそう言うならなぁ」
「と言うか、全然騒がないな」
「なにをだ?」
「本当か!とか、嘘だろ!とか、証拠を見せろ!とか」
「疑問の余地ねえよ...目の前でアレを瞬殺した男だぞ?」

犀の魔獣を指差しながら言うが、むしろここまで態度が変わらないのは嬉しい。

「しかし、まさか勇者様に雇われるとはな...はっはっはっ、傭兵として生きてきてこんな面白い事はねえよ! 今日まで生き延びた甲斐があったってもんだぜ」

「そいつはどうも」

明日から、いや、まずは今夜からか。
スライ達にどう行動してもらうか考えないとな・・・
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

世界最強で始める異世界生活〜最強とは頼んだけど、災害レベルまでとは言ってない!〜

ワキヤク
ファンタジー
 その日、春埼暁人は死んだ。トラックに轢かれかけた子供を庇ったのが原因だった。  そんな彼の自己犠牲精神は世界を創造し、見守る『創造神』の心を動かす。  創造神の力で剣と魔法の世界へと転生を果たした暁人。本人の『願い』と創造神の『粋な計らい』の影響で凄まじい力を手にしたが、彼の力は世界を救うどころか世界を滅ぼしかねないものだった。  普通に歩いても地割れが起き、彼が戦おうものなら瞬く間にその場所は更地と化す。  魔法もスキルも無効化吸収し、自分のものにもできる。  まさしく『最強』としての力を得た暁人だが、等の本人からすれば手に余る力だった。  制御の難しいその力のせいで、文字通り『歩く災害』となった暁人。彼は平穏な異世界生活を送ることができるのか……。  これは、やがてその世界で最強の英雄と呼ばれる男の物語。

レオナルド・ダ・オースティン 〜魔剣使いの若き英雄〜

優陽 yûhi
ファンタジー
じいちゃん、ばあちゃんと呼ぶ、剣神と大賢者に育てられ、 戦闘力、魔法、知能共、規格外の能力を持つ12歳の少年。 本来、精神を支配され、身体を乗っ取られると言う危うい魔剣を使いこなし、 皆に可愛がられ愛される性格にも拘らず、 剣と魔法で、容赦も遠慮も無い傍若無人の戦いを繰り広げる。 彼の名前はレオナルド。出生は謎に包まれている。

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

異世界でリサイクルショップ!俺の高価買取り!

理太郎
ファンタジー
坂木 新はリサイクルショップの店員だ。 ある日、買い取りで査定に不満を持った客に恨みを持たれてしまう。 仕事帰りに襲われて、気が付くと見知らぬ世界のベッドの上だった。

2回目チート人生、まじですか

ゆめ
ファンタジー
☆☆☆☆☆ ある普通の田舎に住んでいる一之瀬 蒼涼はある日異世界に勇者として召喚された!!!しかもクラスで! わっは!!!テンプレ!!!! じゃない!!!!なんで〝また!?〟 実は蒼涼は前世にも1回勇者として全く同じ世界へと召喚されていたのだ。 その時はしっかり魔王退治? しましたよ!! でもね 辛かった!!チートあったけどいろんな意味で辛かった!大変だったんだぞ!! ということで2回目のチート人生。 勇者じゃなく自由に生きます?

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。 彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。 最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。 一種の童話感覚で物語は語られます。 童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

初めての異世界転生

藤井 サトル
ファンタジー
その日、幸村 大地(ゆきむら だいち)は女神に選ばれた。 女神とのやり取りの末、大地は女神の手によって異世界へと転生する。その身には女神にいくつもの能力を授かって。 まさにファンタジーの世界へ来た大地は聖女を始めにいろんな人に出会い、出会い金を稼いだり、稼いだ金が直ぐに消えたり、路上で寝たり、チート能力を振るったりと、たぶん楽しく世界を謳歌する。 このお話は【転生者】大地と【聖女】リリア。そこに女神成分をひとつまみが合わさった異世界騒動物語である。

処理中です...