なろう380000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす

大森天呑

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第三部:王都への道

カルヴィノの宿命

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「うるさいっ! それでも長く生きられるだろう? いい暮らしだって出来るじゃないか!」

「なら、お前はルースランドの王族並みにエルスカインの役に立てるって言うのか?」
「どういう意味だ?」
「お前も知ってるかもしれないけど、ルースランドの王族は二百年以上も前からホムンクルスになってる。つまり何世代かの間、体を作り替えて貰ってこっそり入れ替わってるって訳だな」

「だ、だからなんだ...」

あ、これも知らなかったのかな?
エルスカインは本当に必要最低限のことしか教えないんだろう。

「王族を奴隷にすれば国を支配したのと同じだ。手下になった王を何百年も延命させてやる価値もある。お前はどうだカルヴィノ?」
「そ、そりゃ...」
「ゲオルグ君の謀殺が失敗してシーベル城を追われた後も奴らの役に立てるのか? 人と同じように老いていくお前を繰り返し若返らせて延命させるのと、必要な時にまた新しいホムンクルスを見繕うのと、どっちが楽だと思う?」

カルヴィノが押し黙った。
わずかに手が震えている。

「お前は生き続ける限りエルスカインの奴隷なんだ。どんなにエルスカインに尽くそうが延命させて貰える保証はないし、一度死んだ人間は生き返らない。それが、お前の選んだ道の真実なんだよ」

「あ、ぁ、ぁぁぁぁぁ...」

別にカルヴィノをいたぶりたくてこんなことを言ってる訳じゃない。

俺も人のことは言えないけど、それでもカルヴィノは馬鹿な男だと思う。
何も考えず、目の前にぶら下げられた餌に飛びついた男だ。
それが『永遠の隷属』という毒の入った肉だとも気付かずに。

「チクショウっ! だったらさっさと殺せよ!」
カルヴィノが絶望した目で俺を睨んだ。

「なあカルヴィノ、俺にはホムンクルスの体をどうのこうのできるような魔法の技術は無い。それに、お前がエルスカインの謀りごとについて何も喋れないことも理解してる。だけどな...お前はまだ自分の魂を持ってるだろ?」

「それがどうしたって言うんだよ! 苦しまずに死なせてくれるってか? それで魂が解放されるってんだろ?!」

「そうじゃないよ。お前が自分の立場を理解してエルスカインの悪事に荷担するのを止めるなら、俺はこの場でお前を見逃す」

「なん...だと...?」

「大丈夫だって保証はないんだ。お前の体が錬成される時にエルスカインがどんな魔法をかけてるかも分からんしな。だけど、言っちゃあ悪いがダメで元々だろ? お前が二度とエルスカインの元に戻らず、奴らの指示も聞かず、ミルシュラントから離れる、そう約束するなら俺はお前を殺さずに見逃す」

「だけど俺は結局死ぬんじゃないのか?」

「そうかもな。出奔しゅっぽんしたことを裏切りと見做されたら、すぐに殺されるかもしれない。この土地を出た途端にでもな」

「だったら今、お前に殺されるのと何が違うってんだ!」

「ひょっとしたら、エルスカインはお前の出奔にしばらく気が付かないかもしれない。それに気が付いても捨て置くかもしれない。どうでもいい手駒だと。そうしたら、お前はそのホムンクルスの体の寿命が来るまでは、何処か遠くで生きていくことが出来る。それがいつまでかは誰にも分からん」

「くそ、くそっ、くそっ、くそぅ!!!」

カルヴィノは俯いたまま罵る。
だけど、さっきのような罵声ではなく呟くように力の無い声だ。

俺は甘いのかな?
きっと甘いんだろう・・・
だけど、コイツにはまだ人の魂がある。

オットーは魂を持たないニセモノのホムンクルスだったから、カルヴィノと違って自分の心は持ってない。
それは、夢とか希望とか恋とか、まあ悪い方では憎しみとか嫉妬とかもあるけれど、どちらにしても魂に由来する、人の心の動きだ。
ニセモノのホムンクルスは人と同じように考えて振る舞うことが出来るけれど、内側から発する心の動きがなく、表面的に模倣しているだけに過ぎないという。

カルヴィノもホムンクルスではあるけれど、まだ人の心と自分の意志は残っている。

「ただし、お前の居場所を知る魔法はかけさせて貰うぞ」
「そ、それで、それだけで...俺を逃がしてくれるのか?」
「ああ。お前が俺たちやミルシュラントに害をもたらそうとしないことと、二度とこの国に近寄らないってことを約束するならな」

カルヴィノはしばらく俯いて黙り込んだ。
悩んでいるのだろう。
自分の離反をエルスカインにさとられるのかどうか、それでも捨て置いて貰えるのかどうか・・・
だけど、否と言うのなら、やっぱりカルヴィノはここで殺すしかない。

「...わかった。ああ、分かったよ、約束する。俺はどこか遠くに行って暮らしてみる」
「そうしろ。ダメで元々だ。今ここで俺に殺されるよりはチャンスがあるだろ」
「そうだ、そうだよな...」
「じゃあ目を瞑れ。居場所を探知する魔法を掛ける」

これはまあ嘘というか、すでにシンシアさんが掛けている魔法だけど、わざわざ教える必要は無いし、魔法は実際に機能してるからセーフだ。

一応、俺は魔法を掛けている振りだけをしておいた。

「よし、これでいい。明日からお前の居場所を見張って、ミルシュラントから離れていくかどうかを調べる。一カ所に留まり続けたり、ルースランドに向かっていることが分かったら、その時点でお前を殺す」
「わかった...」
「それに、これでお前は俺との約束も反故ほごに出来ない。この先お前が奴らに関係のある場所へ赴けば、それを俺に教えることになる。つまり、それだけでエルスカインへの裏切り行為になるから、もう二度と奴らに近寄れんだろう」

「そうなるのか...」
「敵の居場所を知らせてくるってのは、立派な内通者だぜ?」

言い訳をすると、俺にとってカルヴィノを放逐するのは憐憫による甘さだけじゃあない。
例えホムンクルスじゃない真っ当な人間でも、俺たちに敵意を持って向かってくる奴なら相手をする覚悟は出来てるし、さっきの傭兵達だって、もしも敵に回ってたら俺は躊躇無く倒すつもりだったんだ。

しかし、ホムンクルスという存在の危険性は、まだ謎のままだ。
身近に置いておけばいつどんな『危険物』に様変わりするのか予測も付かない。

だから、エルスカインから引き離した状態で、ホムンクルスを遠くに放逐できるのなら、それも一つの解決策だろう。
先々、エルスカインの放ったホムンクルスが他にも出てくるだろうし、その時どういう対応が出来るのか、可能性だけでも知っておきたいからな。

言い方は悪いけど、カルヴィノにはその実験台になって貰うという意味もある。

++++++++++

一転して大人しくなったカルヴィノと一緒に狩猟番の小屋を出て、彼がシーベル城からここまで乗ってきた馬車に乗り込んだ。
まさか、二度もこの男と一緒に馬車に乗り込むことがあるとは、ホント未来のことは分からないな・・・

屋敷の方向に馬車を出した後カルヴィノは一言も喋らないけど、こちらとしてもその方が気楽だ。
下手に喋られてもエルスカインのことは口に出来ないだけだし、企みについて聞けないなら話すべき事柄もないからね。

「お前は、屋敷の前を通らずに狩猟地から出る道を知ってるか?」
しばらく走った後、カルヴィノに聞いて見た。

「ここに来たのは久しぶりだが...たしか、屋敷の手前の林で北に折れれば街道に抜けられたはずだ」
「じゃあ、そっちの方に行け。屋敷に近寄って傭兵達やギュンター卿と顔を合わせても面倒だ」
「分かった」

会話はそれで終わり。
また沈黙を載せたまま馬車は走り続けて、風通しの良い林の手前まで戻ってきた。

「ここだな。そっちの枝道を行けば街道に出られる」
「よし止めろ」
馬車を止めさせて御者台から降りた。
「俺は屋敷に戻る」
「この馬車に乗っていっていいのか?」
「ああ、できるだけ早く、出来るだけ遠くにな」

「わかってる...あんたが俺の居場所を魔法で調べて見つけられなかった時は、もう俺が死んでるってことだよな?」
「そういうことだろうな」
「ちくしょう...でも...なんで見逃してくれるんだ?」
「ホムンクルスが離反しても生き続けられるかどうか知りたい」
「...そんなものか」

「答えなくてもいいけど、お前がシーベル城で姫様を襲おうとしたのは衝動だろ? ホムンクルスを錬成した時に、そういう条件付けが他にも埋め込まれてるかもしれない」

カルヴィノが不安そうな表情を浮かべる。
あの時は、自分でも自分の行動が御しきれなかったのだろうか?

「それはエルスカイン以外の誰にも分からないし、精神に作用する魔法の影響を減らすなら、出来るだけ距離を取る以外に手っ取り早い方法は無い」
「ああ」
「こんどから旨い話に乗る前によく考えろ。それと、これを持ってけ」
革袋から金貨を二枚抜き出して投げ渡した。

「餞別だ。エルスカインからは出来るだけ離れておいた方が安全だろうから、南に行ってミレーナあたりで馬車を売って南方大陸にでも渡るといい。東に行くと、ボルドラスから先は命がけの冒険旅行になっちまうからな」

「そうだな...わかった。考えてみるよ」
「ああ、そうしてくれ」

この男とは二度、一緒に馬車に乗り、二度、馬車で去って行く背中を見送ることになった。
もし三度目に会うことがあれば、その時は殺すしかないんだろうな。

「...一年前に妹が死んだんだ」

不意にカルヴィノが予期せぬことを言った。
だが、出てきた言葉はそれで終わりだ。
続きはない。
口に出来ないのかもしれない。
そのままカルヴィノは黙って馬車を枝道に入らせていく。
見通しの良い林だけど、小径が起伏に沿って曲がりくねっているせいで、すぐに馬車の姿が木陰に見え隠れし始める。

「知ってたよ...」

俺は遠ざかるカルヴィノの背中にそう呟いて、屋敷へと向かった。
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