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第三部:王都への道
森の傭兵達
しおりを挟む男は何気ない風を装って片手を剣にかけたまま尋ねてきた。
「アンタはラミングさんの家のものかい?」
「いや違う。ちょっと所以があって立ち寄っただけだ。ま、バルテルさんが肉を届けるついでだがね」
「ほう? 何か俺たちに用事でも?」
「あんたたちの顔を見ておく必要があってね。もう一つ、ついでに言うと、出立準備をして館に集まってくれっていうギュンター卿からの伝言もあるけど、まずは顔を見ることが優先だな」
「で、俺の顔を見て傭兵ってのがどんな奴か分かって納得か?」
「いや、ここにいる全員の顔を見たい」
「なんでだ?」
「謀略を防ぐためさ」
「話が分からねえな。俺を揶揄ってるのか?」
そう言って、男は少しだけ凄んだ顔をして見せる。
脅しと言うほどでもない、本気か冗談が区別しにくいレベルの表情だ。
「揶揄っちゃいないさ。それがここに来た理由だ。『橋』に行く面子の顔は全部見ておく必要があるからな」
「ふーん...アンタが何者かは知らねえが、バルテルと一緒に来たし、ラミングさんと親しいのは本当だろう。だが、なんで俺たちの顔検分をする必要があるんだ?」
「誰も死なせないため、かな?」
「はあぁ?」
「平たく言うと、敵の内通者が紛れ込んでる可能性があるってことだよ。でもそれは可能性ってだけで、そうと決まった訳じゃない。だから確認する必要があるんだ」
傭兵の男は懸念を顔に浮かべた。
「分かんねえな。見ただけで区別が付くなら、紛れ込んでるのが何処の誰かも知ってるってことだろう?」
どうやら俺を値踏みするために出てきていることから見ても、戦闘力だけの男ではないらしい。
「いや? 経緯があって顔を見れば分かる。だけど名前も所属も知らん。わざわざ俺がここに来た理由はそいつが紛れ込んでるかどうかを見るためだ」
「そうなのか?」
「俺が見ないと分からないからな...信用できないなら待っててやるから、ギュンター卿のところへ走って聞きに行ってきなよ」
嘘ではない。
説明を端折ってはいるが、嘘ではないからセーフだ。
「じゃあ、そうさせて貰おう」
「了解だ。バルテルさん、俺はここで待ってますから先に肉を届けてやって下さい」
「承知しましたが、皆さん出立されるんだったら、いま肉を渡してもお困りでしょう?」
「あ。そうですよね! 気付かなくてすみません」
本気でうっかりしていた。
「いやいや大丈夫です。儂がこの先の小屋で塩漬けして燻しておきましょう。もし皆さんが戻ってこられたら燻製肉でお渡しできますし、しばらくは保存も効きますから問題ありません」
「じゃあ、お願いします」
俺がそう言って御者台から降りると、傭兵の男はちょっとだけ顔をしかめて言った。
「...分かったよ。こっちも別に雇い主側の人間と揉める気はねえさ。一応の用心って奴だ」
俺の反応を試しただけか。
「それはいいさ。すまないけど、ここに全員集めてくれるか?」
「野営地は森の中に散らばってるから、少し時間が掛かるぞ?」
「構わないよ。ここで待ってる...もし、いるはずなのに消えたとか出てこない奴がいたら、あんたが俺に教えてくれ。そいつが内通者の可能性が高いからな」
「それもそうか。よし、分かった」
「どのみち、その足でギュンター卿の屋敷へ行くことになるだろ? どうせなら出立準備もして集まった方が手間を省けると思うぜ?」
出立準備と言っておけば全員招集することを不審に思われないからね。
「橋へ出撃する時はラミングさんかオットーの直接の指示がないと駄目だが、準備して屋敷に集まるだけなら別に構わんさ」
「じゃあ頼む。俺はここで待ってるよ」
傭兵の男は俺に軽く手を振ると、森の奥へと歩いて行った。
身のこなしというか足運びを見た感じでは、かなりの手練れだろうと感じたけど、どうも飄々とした感じで、俺のイメージにある『百戦錬磨の傭兵』という強面とはちょっと違う感じだな。
++++++++++
草地に仰向けに寝転んで空を流れていく雲を眺める。
長閑な日だ。
さっきホムンクルスとやり合ったなんて思えないくらい長閑。
でもさすがに直射日光の下に寝転んでるのは暑いし眩しい。
あっという間に、昼寝をするなら涼やかな木陰の方が嬉しい季節になったなあ。
半刻以上もそうやってノンビリ空を眺めていると、森の奥からザワザワと大勢の人が近づいてくる気配がする。
ようやく集まったか・・・
そのまま待つことしばし、先ほどバルテルさんが肉を届けに行った道の先から、こちらに向かって一列に進んでくる荷馬車が見えてきた。
数台の荷馬車に分乗してるから全員の姿は見えないけど、銘々が鎧や防具を身につけて武器を手にしているようだ。
その装備のバラバラさ加減というか、統一感が全くないところが在野の傭兵団らしさを醸し出しているな。
一行が草地に入ったところで、俺を出迎えた男が先頭の荷馬車から後ろを向いて声を掛けた。
「よし、みんな降りてこっちに並んでくれ! 出撃前に、全員この人に顔を覚えて貰わなきゃならねえそうだ」
荷馬車から降りてくる姿を近くで見れば、手入れの行き届いた装備や身のこなしから、盗賊なんかのならず者やゴロツキとは全く違うことが一目で分かる。
それが三十人も揃うとさすがに圧巻だ。
オットーのホムンクルスとギュンター卿がどういう伝手や経路を使って集めたのかは知らないけど、強者揃いの雰囲気があるし。
傭兵達はゾロゾロと馬車を降り、草地に広がって並びながらぶつくさ言っている。
「なんだ、同士討ちの予防ってか?」
「一緒に来るならよお、俺らの邪魔にならんようにしてくれよお!」
「おい大丈夫なのか、素人じゃねえだろうな?」
まあ、ひとこと言いたい気持ちは分かる。
面倒くさいよね。
と言うか、最初に会った男はみんなに対して『内通者の顔検分』ということは言わずに、出撃前の顔合わせだと告げたのか。
やっぱり心得てるな。
複数の傭兵団の連合だから、この男はリーダーと言うよりは調整役みたいな感じなんだろうか?
俺に向かって微かにニヤリとしながら言う。
「よお、全員揃ったぞ。森の中で迷子になった奴も腹を壊して動けなくなった奴もいねえ。ここに来た時と同じ数だ」
「そうか、そいつはありがたいな」
居並ぶ強面の面々には、モヤがくっ付いてる奴もいなければホムンクルスの気配もない。
橋の近くには『本当に襲撃する』役の魔法使いがいたはずだから、その時にまとめて口封じか乗っ取りをやるつもりだったのかな・・・
「で、このままラミングさんの屋敷まで行けばいいのか?」
「そうだな...森の中に装備を残したりしてるか?」
「いや。出撃前提で準備したから何も残しちゃいねえよ」
後ろに荷物だけ積んだ荷馬車もついてきているから、野営装備やなんかの大荷物はその中か。
「この荷馬車はあんた達がこの狩猟地まで乗ってきた物か?」
ふと気になったので尋ねてみた。
「俺たちは輜重隊が付いてるような大きな団じゃねえよ。ここに集まるまではみんなバラバラで、歩いたり馬車を雇ったり色々だな。この馬車はオットーが用意してくれてたもんだ」
「そうか」
馬車自体に不穏なモノが仕込まれている気配も無さそうだ。
オットーが少人数の傭兵団を複数集めたのも意図的だな。
大きな傭兵団を雇うのは目立ちすぎるし、当然、途中で他所の領地を越えてくる段階でも検分が入るだろう。
数人ならそこまで目立たないから見逃されるけど、宿に泊まったり馬車を雇ったりしてれば地元の人達は気が付く。
結果として、不穏な噂が一人歩きするって寸法か。
不穏さの演出とは、オットーって本当に賢いな・・・この場合は、元にした人物が優秀だったんだろうけど。
「ところでバルテルさんは何処に?」
後ろにバルテルさんの荷馬車はなかった。
「ああ、バルテルなら狩猟番の小屋にいる家僕の男を呼びに行ったぜ?」
「家僕? ずっとここにいたのか?」
「二日ほど前からかな? オットーからこっちの世話係に寄越されたって話だったが」
大正解だ。
カルヴィノはオットーを頼ってギュンター邸に逃げ込み、見つからないように森の奥に匿われたってところか。
しかし、バルテルさんを先に行かせたのは失敗だったな。
てっきり傭兵達と一緒にここに戻ってくると思ってたんだけど、一人でカルヴィノに会いに行ったなら、彼に危険が及ぶ可能性もある。
「分かった。じゃあ、みんなは屋敷の方に向かってくれ。そこでギュンター卿から説明がある」
「アンタは一緒に行かねえのか?」
「先に行っててくれ。俺はバルテルさんと家僕の男を連れ戻してから行く」
「そうか...この道をまっすぐ行けば小屋に突き当たるよ」
「ところで家僕の男は名乗ってたか?」
「いや、聞いてねえな。って言うか、顔も一回しか見てねえよ」
「そっか。まあ会えば分かる。じゃあ屋敷に移動してくれ」
「おうよ」
年季の入ったベテラン達っていうのは結構クールなモノらしく、『いざ出陣!』ってことなのに、あんまり血気盛んな様子じゃないのが面白い。
屋敷に向かって静かに移動し始めた傭兵達を見送り、俺は一人で森の奥へと小径を進んで行った。
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