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第三部:王都への道
<閑話:ウィリアム公と銀の梟 -1>
しおりを挟むくそうっ、もはやこれまでか!
四方を囲む敵兵はざっと数百は下らず、どこにも退路は無い。
ゲルトリンク王国の恥知らず共め、『無用な戦避ける為にまず和平の議を』などと言って私を呼び寄せておきながら、いざ和睦の会談場所に指定された丘の上に来てみれば、そこにいるのはゲルトリンクの王と将たちどころか、本物の王冠を被り、主君の印である赤いマントを羽織った雑兵と、同じく騎士団長の鎧を着込んだ雑兵だけ・・・
文字通りの『囮』という奴だった。
敵を罠に嵌める為に、王の服を雑兵に着せてしまうなど、ゲルトリンク王室の奴らには、王家の誇り、騎士の誇り、将たる者の誇りは欠片もないのか?
この丘を会談場に指定した理由も今にして分かる。
一見、見通しが良く、互いに兵を大勢連れてくればすぐに分かる場所のように思えて、実はやつらの王城側は丘陵地帯の起伏がでこぼこと激しく、夜の内に起伏の影に兵を潜ませておくことが出来たからだ。
地の利をうまく取られたという処だが、北から進んできた我らの陣から見通すと、ただのなだらかな丘に見えてしまうのがとんでもない罠だった。
会談場に居並ぶ相手がゲルトリンクの王と将たちどころか、衣装を着せられただけの怯えきった雑兵だと気付いた時にはもう遅かった。
丘の影から回り込んだ敵兵達に囲まれ、退路を完全に断たれてしまったのだ。
こちらの手勢は、私の護衛に付いてきた十二名の騎士と親衛隊長、
それに作戦の指揮官である攻城部隊の部隊長だけ。
かれらが如何に手練れと言えども、この数を相手にすれば押しつぶされるのは時間の問題であろう。
遙か彼方の自陣からは、異変に気が付いた兵達が駆けつけようとしてくれているのが分かるが、とても間に合うまい。
そもそも、最前線にいたのはゲルトリンク城を攻め落とす為の攻城部隊だ。
和睦の申し入れに敬意を表して騎馬兵たちは後方へ下がらせ、残っているのは少数の親衛隊騎士のみ。
歩兵達がどんなに急いで駆けつけてきても、この距離の差は如何ともし難かろう。
こんな稚拙な罠にはまるとはなんとも口惜しい!
やはり、シルヴィアの忠告を聞いておけば良かった・・・
私の専属護衛騎士シルヴィアは、これが罠に違いないと散々口酸っぱく言っていた。
絶対に受けては駄目だと声を荒げるほどに。
とうとう親衛隊長と攻城戦部隊の部隊長が、『作戦に口を出す立場に無い護衛騎士風情が公の判断に異を唱えるとは何事だ』と烈火のごとく怒り、シルヴィアを随伴要員から外すと言い出してしまった。
無論シルヴィアはそれにも当然の如く異を唱えたが、怒り心頭に発した親衛隊長が『命令無視・前線での不服従』で軍議によって処罰するとまで言い出してしまった。
仕方が無い・・・私は場を収める為にシルヴィアに禁足を命じて親衛隊長と部隊長の顔を立て、後からそっとシルヴィアに『無事に戻るから心配するな』と伝えたのだった。
その結果がこれだ。
当の親衛隊長のアベルと攻城部隊長のイエリネクは私と一緒にここに来ている訳だから、私と一緒にあと少しの命だな。
いまは内心でシルヴィアの諌言を聞き入れなかったことを悔いているかもしれんが・・・
いや、そういう考え方をしてはいかんな。
シルヴィアの心からの諌言を退け、今日の和睦を受けると決めたのは、何をどう言おうが将である私の責任だ。
アベルやイエリネクらは、己が信ずる責務を自分たちなりに果たそうとしたに過ぎない。
つまり、私がここで死ぬことになったのは完全に自分の落ち度、という訳だ。
それを心に刻んだところで何か事態が好転するという訳でも無いが、誇りを持ったまま死ねる。
今朝のシルヴィアは心配そうな暗い顔だった。
最後にシルヴィアの笑顔を見れなかったのだけが残念だな。
私がよちよち歩きの幼い頃から馴染んだ笑顔だ。
あれから何年だ?
シルヴィアの美しい顔は今でも当時と全く変わらない。
最初は叔母のように暖かく、やがて姉のように頼もしく、そして・・・
いや、それは言わぬが花だな。
エルフ族というのは、なんとも罪作りな種族だぞ、シルヴィア?
まあ、本人はそんなことなど露ほども気付いておるまいが・・・
敵兵達が迫ってきたな。
そろそろ覚悟を決める時か。
「ウィリアム様!!!」
遠くからシルヴィアの声が聞こえる。
恋しさあまりの幻聴か? 私もとんだ腑抜けだな。
「ウィリアム様、ウィリアム様!!」
幻聴では無かった。
声のする方を見ると、シルヴィアが空から落ちてくるところだ。
どういうことだ!
そのまま地面に落ちたシルヴィアは、何度も大きく弾んでから、抱えていた大きな薙刀を杖にして立ち上がった。
「ど、どうしたシルヴィア!、いったいどういうことだ?!」
「お助けに参りましたウィリアム様!」
「馬鹿を言うな、ここからどうやって逃げ出す? いや、どうやってここまで飛んできた? 魔法か?」
「自分に防護の魔法を掛けて攻城用の投石器で打ち込んで貰いました。最後は風の魔法で距離を伸ばしてなんとか。さすがイエネリク殿の部下、狙いの正確さは驚くほどです」
「なにを悠長なことを言っているのだ! わざわざ死にに来てどうする!」
「ウィリアム様を無事にお戻しするまで死ぬつもりはございません」
「いやしかし...」
「何があろうと私の後ろから離れないで下さい。血路を開きます」
「待てシルヴィア、徒歩で突っ込むつもりか!」
「さすがに馬までは飛ばせませんでしたので」
「ならば私の馬に一緒に乗れ、その方が互いに安全だ」
シルヴィアを諭す。
互いに悩んでいる暇は無い。
「かしこまりました。では私を前に。敵を避けずに一気に突入します」
シルヴィアが私の馬に跨がった。
私も大急ぎでシルヴィアの後ろに上がる。
思えば小さな子供の頃は、よくこうやって一緒の馬に乗って遠乗りに出たものだったな。
これが最後の、輪廻の円環への遠乗りにならなければ良いが・・・
いや、シルヴィアと一緒なら本望で有ろう。
なにも悔いは無い。
「アベル殿、イエネリク殿、閣下の後ろを頼みます」
「お、おお、承知した!」
さすがの猛者であるアベルとイエネリクも、シルヴィアの行動に度肝を抜かれているな。
「参ります!」
そう言うと同時にシルヴィアと騎士達が押し寄せてくる敵兵達に向かって突撃する。
私は無我夢中でその腰にしがみついた。
++++++++++
長く美しい銀の髪が私の顔を撫でる。
光の加減によっては、シルヴィアが着込んでいる磨き上げた甲冑よりも輝いて見えるほどだ。
シルヴィアが大きなグレイブを恐ろしいスピードで振り回すたびに、押し寄せてくる敵兵達の波が砕け散る。
この細い体の何処にそんな膂力が秘められているのか、昔から不思議だったな。
彼女を最初に『銀の梟』と呼び始めたのがどの部隊の連中だったか定かでは無い。
公爵家直属の者だけが着用できる磨き上げた白銀の鎧を着込み、美しい豊かな銀髪をなびかせて戦場に白馬を駆る様子は、まるで絵画から抜け出てきた伝説の女騎士のようだった。
日頃のシルヴィアは決して猛々しくは無く、いつも静かで、大人しく私の後ろに佇んでいる。
だがいったん求められれば深く秘めた知恵を発露させ、猛禽のように敵を追った。
知恵者のイメージから『梟』とは良く言ったものだと、心の内で感心したものだったが。
しかしゲルトリンクの連中め、一気にカタを付けようと密集して押し寄せてきたせいで、同士討ちを恐れて弓が撃てぬ。
集団を抜け出た時には後ろから射かけられるかもしれぬが、その時は私が喜んでシルヴィアの盾になろうぞ。
押し寄せる敵兵の荒波を蹴散らして駆け抜けるシルヴィア。
彼女の振るグレイブの煌めきと共に敵兵の波が幾たび砕け散ったか。
やがて、その向こうに緑の丘が見えてきた。
まさか、本当にあの軍勢を突破できるとは!
後ろを守ってくれているアベルとイエネリクは健在なようだが、両脇の防波堤となってくれた勇敢な護衛騎士達も残るは数騎。
彼らには本当に申し訳ないことをした。
彼らの死は私の責任だ。
いや、まだ抜けきってはいないぞ!
そんなことを後悔するのは無事に陣に戻れてからだ!
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