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第三部:王都への道
傭兵団の情報
しおりを挟む「魔獣退治に傭兵団ですか? 破邪では無く?」
「ここ数年、領内でも大型の魔獣を見かける頻度が増えているのは事実です。特定の場所にまとまった数の魔獣が出没したときには騎士団や公国軍の衛士隊が対応に出ることは珍しくありません」
「でも、それは領主の判断があってこそ、でしょう? 領民が勝手に傭兵団を呼ぶなど考えられないですね」
「それが出来る立場と資金を持っているのが我が弟達ですな。次男のギュンターは自身の私有地周辺に関することであれば私兵を呼べる立場にありますし、資金も問題ないでしょう。まあ末弟のクルトは公国軍の指揮官ですから私兵を集めることなど普通ならあり得ませんが」
「それでも実行前に計画の上奏や、せめて報告はあるのでは?」
「もちろん普通ならあってしかるべきです。それがないから不穏だと判断した訳ですが...」
「それはごもっとも」
「目撃された傭兵団はどれも少人数でしたが、それが最近まとまって複数呼ばれている様子がある。そして、領内から出たという話はない。ここまで来れば、おおよその見当は付くというものです」
次男のギュンター・ラミング卿は、兄であるフランツ・ラミング卿の温情によってシーベル家資産の一部を相続しているため、経済的なゆとりは十分にあるはず、だそうだ。
しかし・・・
仮に自分の私有地である狩猟地に魔獣が大量に出現したとしても、それを自力で討伐する義務があるという訳じゃない。
だって、ポリノー村みたいに自前で魔獣を育ててたりしていたならともかくも、今うろついている魔獣達がどこから流れてきたかも定かじゃないからね。
他所から急に来たものである可能性も高いし、放っておけば別の場所に移動するかもしれない。
どっちにしたって、最終的には領主が対応すべき事柄だってことになる。
エマーニュさん・・・もとい、エイテュール子爵がフォーフェンの破邪衆に旧街道の調査依頼を出していたのだってそのためだし、明確な被害がないから討伐隊が出てなかっただけだ。
自前で傭兵団をいくつか雇って魔獣狩りをするなんてのは、かなり酔狂な部類に入るな。
本当にギュンター氏が『趣味としての狩り』を魔獣相手に行おうっていう、酔狂というか命知らずな貴族であるならともかく、単純な『自然災害対策』として傭兵を雇って魔獣狩りをするというのは考えにくい。
仮に私費で雇うとしても、普通は破邪達を呼ぶことになるだろうし。
「その雇われた連中が、道中でゲオルグ殿を襲うのではないかと心配されたのですね?」
「仰る通りです。私も以前ならそんなことは考えたくもなかった...いや考えもしなかったのですが、最近ギュンターの態度が妙に冷淡になりましてな。以前はしょっちゅう当家にも顔を出していたのに、今年に入ってからは一度も訪ねてきておりません」
俺と姫様は顔を見合わせた。
ずっと仲の良かった兄弟が急によそよそしくなって、敵対的な行動を取り始めた気配もある。
まさに、お家騒動の前触れそのものじゃないか!
姫様が物憂げな表情になってシーベル子爵に声を掛ける。
「シーベル卿、大変申し上げにくいことですが...」
「いえ姫様。私も昨日の出来事で薄々感じておりました。そしてこの地図が示す地域...恐らくギュンターはすでにホムンクルスになっているか、エルスカインに操られているか、そんなところでございましょうな」
その場を重たい空気が覆い尽くす。
しかし、その沈黙を破ったのは意外にもシンシアさんだった。
「シーベル卿、その可能性は高いと思います。しかし、まだそうと決まった訳ではありません。カルヴィノが本当にギュンター卿の屋敷へと逃げ込んだのか、それとも、なにか別の企みがあってその地へ向かったのか...傭兵団のこともそうですが、確かめてみるまではなんとも言えません」
「おお、確かに仰る通りでしょう。ここで憂いているよりも、まずはギュンターがどうなっているか、あるいはその真意を確かめてみることが先決ですな」
姫様がそれを引き取った。
「シーベル卿、わたくしどもはこの城を出立した後、ギュンター・ラミング卿の居所へと立ち寄ってみましょう。もはや事はシーベル家の事情ではなくエルスカインとの戦いなのです」
「痛み入ります。では早速、私も出立の準備をさせましょう」
「いえ、シーベル卿はここに残られた方が良いと思いますわ。まずゲオルグ殿の安全が第一ですので。カルヴィノが去り、パルミュナちゃんの結界がご子息の部屋に置かれたと言っても、城内に敵の手のものが残っていない保証はありません」
「ふむ...しかし、本当にギュンターがエルスカインに寝返っていたとすれば、カルヴィノから報告を受けていることも考えなければなりますまい。姫様方が突然ギュンターを訪ねるのは危険ですぞ?」
姫様の答えは簡潔だった。
「カルヴィノがその地に行ったと言うことには理由があるはず。それがギュンター殿と関係あろうとなかろうと突き止める必要があります。危険だから触れないという訳に参りません」
「つまりはカルヴィノの意図ですか...姫様にその確認をお任せするのは大変心苦しいのですが...」
「構いませんシーベル卿、我らは盟友です。それに、わたくしどもにはライノ殿とパルミュナちゃんが一緒にいて下さります」
「皆様に感謝致します」
「ともあれ、カルヴィノは己が正体が露見したことで泡を食ってギュンター卿あるいはそこにいる誰かに庇護を求めに行ったのか、それとも以前からのエルスカインの計画していた行動の一部なのかですね」
「姫様、俺がカルヴィノを騙して牢から脱出させた時、アイツは、自分以外にもエルスカインの手下がいるって事を当然のように捉えてましたね。それが、この城の中にいるのかギュンター殿の処にいるかは別として、ですけど」
「であれば、仲間がいるという前提で向かったと考えるべきですわね。昨日パルミュナちゃんが仰ったように、今いる使用人達は、みな一度ゲオルグ殿の部屋に入らせた方が良いでしょう。それも出来るだけまとめて」
「もちろん、明日にでも行うつもりです。それに今後新たに雇う使用人はゲオルグの部屋で面接を行うか、いっそ隣を応接間に設えてしまおうかとも思います」
「そうですわね。それがよろしいかと思います。ところで...その、昨日こちらを訪問して以来、一度もシーベル家の魔道士の方を見かけておりませんが、なにか事情でも?」
姫様からそう尋ねられた途端に、シーベル子爵は気まずそうな表情を見せた。
ワケありかな・・・
「全員部屋に籠もっております。と申しますか籠もらせております。禁足処分ということですな...リンスワルド家の客人が全員出立されるまでは魔道士たちに部屋から出ることを禁じました」
「なにかご事情がおありかとは思いますが、それは今回の件とは無関係なのでしょうか?」
「その...姫様やシンシア殿に憤慨されても当然の話ではあるのですが...当家の魔道士の三人が密談していたことが発覚したしまして...」
「密談?」
「なんと申しますか...シンシア殿が大変美しい方であることは有名でして」
「はい?」
「三人でシンシア殿に魔法勝負を挑んでみようと相談していたようです。それを家令が小耳に挟んで報告が上がりました」
「左様でございましたか...」
実を言うとシンシアさんが美少女だと言うことは関係なく、この手の話は希にある。
騎士達が腕比べの立ち会いが好きなように、魔法使いや魔道士たちにも腕比べをしたがるものが時々いるのだ。
ただ、魔法の効果は使い方や状況によって千差万別だから、今日の演武大会のようにルールさえしっかり決めれば順位を付けられるというものでも無いし、較べること自体に意味がないというケースが多い。
いやそれ以前に、爵位的に上位に当たる伯爵家の筆頭魔道士に対して、子爵家の魔道士が自分から勝負を挑むというのがかなり無礼だからな。
シーベル子爵が口ごもるのも無理はないと言える。
ただ、子爵家お抱えの魔道士ってのも、魔法使い達の基準で言えばトップクラスのエリートだ。
リンスワルド家の筆頭魔道士が年齢不詳のエルフ美少女という噂を聞いて、どんなもんだか確かめてみたくなった、というところだろう。
魔法使い達の常識が世間の常識と少しズレてるってのは、それ自体が世間の常識のようなものだしね・・・
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