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第三部:王都への道
ホムンクルスの危険性
しおりを挟む二人で中庭に戻ると、即席のテーブルについた一団がわいわいと楽しそうにやっていた。
サミュエル君とトレナちゃんの姿が見えないと思ったら、騎士団の同僚たちに囲まれている。
これはお祝い責めか?
それともみんなが狙っていたトレナちゃんを、目前でかっ攫っていった男を吊し上げてるのか・・・
なんて確かめるまでも無く、二人は集団の真ん中で最高に幸せそうな顔だ。
そりゃ、誰が見たってこの二人は時間の問題だっただろうし、むしろ姫様のように『さっさと決着付けろ!』とやきもきしていた人の方が多そうだよね。
中心部から幸せを溢れださせている集団を横目で見つつテーブルに着いた俺と姫様に、すっかりご機嫌なシーベル子爵が早速、滞在延長を持ちかけて来た。
「いかがでしょうクライス殿、姫君、なんとか滞在をもう一日延ばして頂くわけには参りませんかな?」
もう一日宴会やりたいとかですか?
いや、そうでなくてもカルヴィノの件があるから、俺自身も悩んでたところではあるからなあ・・・
「ライノ殿はいかが思われますか? 早く王都に入りたいのは山々ですが、あの男の事も若干気になります。秘密を聞き出せないにしても、処遇を決めた方が良いのではないかと」
そうなんだよ!
俺が何を悩んでいるかというと、どう尋問すればいいかじゃなくて、あの男をこのままシーベル子爵家の館の中に置いといていいのか?って事なんだ。
ハートリー村の村長さんは完全に遠くから操られていたし、たぶんお召し馬車の御者もそうだったろうと思う。
カルヴィノからモヤの気配は完全に消失してるとは言え、なにしろホムンクルスだ。
エルスカインが遠隔で操る技を持ってないとは言い切れないし、なにか良くない魔法の媒体とか触媒みたいなものとして利用される可能性だって否定できないだろう。
それを考えると、ここに置いてもおけないんだよなあ・・・
悩ましすぎる。
「パルミュナ、静音頼む」
「うん」
念のため、パルミュナに静音の結界を貼って貰ってから相談する。
「なあ、なにか人に目印を付けるような魔法はないかな?」
「目印って、なにそれー?」
「だからさあ、何処にいても目印を付けたヤツの居場所が分かるような、そんな方法だよ」
「んー、じゃあ遠見の魔法の一種だよねー? 出来るとは思うけど、そんなの考えたことなかったから、すぐには思いつかないかなー...」
「そっか、すぐには無理か...居場所が探知できるなら、いっそカルヴィノを放逐して泳がせるって手も使えると思ったんだけどな」
すると、シンシアさんがおずおずと手を上げた。
「あの、実は私がアルファニアで魔法使いの修行をしている際に知ったのですが、アルファニアで作られている魔石のペンダントが色々な国に輸出されていて大人気なんだそうです」
「それって、ひょっとして?」
「ええ、それを着けている人の居場所を、ペンダントとセットになっている地図の上で現すことが出来るものなんです」
「おお、そりゃ凄い!」
それを聞いてエマーニュさんも、ポンと手を打った。
「私も存じてますわ! とても高価であるにもかかわらず、ミルシュラントの貴族たちの間でも大人気だそうですの!」
「確かに貴族の保安対策とか、子供が迷子になるのを防ぐとかにはバッチリでしょうね」
「いえ、連れ合いが浮気していないか見張るのだそうです」
「ええぇっ...」
マジか! なにそれ怖い!
しかもエマーニュさんの薔薇のように美しい笑顔で言われると更に怖い。
「お兄ちゃん、アタシにも買ってー?」
「そんなしょっちゅうフラフラ出歩いて迷子になる気かお前は! って言うか、お前はどうせ俺の革袋に入ってるだろうが!」
「まーねー」
シーベル子爵は会話の意味が分かってないだろうけど、この際スルーだ。
「でもそれって、そこらに売ってるものじゃないでしょう?」
「はい。貴重品ですし、王都の商人でも無ければ扱わない品かと思います。ただ...私は、そのペンダントに術を込める方法を密かに習いましたので」
「そうなんですか!」
「くれぐれも内密に願います。私に教えて下さった方からも、門外不出の秘技であると念を押されておりますので」
アルファニアの貴重な輸出アイテムだろうし、その技を開発した魔法使いにしてみれば、まさに『飯の種』だろう。
「それにしても、よく教えて貰えましたね?」
「ええ、私がその方法にとても興味を持って、何日も何日も王宮の図書室に通って調べながら試行錯誤していたら、見かねて教えて下さいました。その術式を開発したのが、偶然、私も教えを受けていた王宮魔道士の一人だったんです」
「なるほど...」
あー、これはアレだ。
『破邪の挨拶』を教えて貰ったのと同じパターンだな。
ちょっと年配の男にしてみれば自分の娘にほだされるようなもので、とてもじゃないがシンシアさんの上目遣いに抵抗できないだろうからね。
俺は若いから大丈夫だけど・・・
でも魔道士姿のシンシアさん見てると、不思議とオヤツとか買ってあげたくなるよね!
中身は伯爵家令嬢の爵位継承者だけどさ。
「ですが、カルヴィノにペンダントを着けさせておくのは難しいのではありませんか? それに探知魔法のペンダントは悪用を防ぐ為に一つずつ家紋入りでオーダーすると聞いておりますが」
姫様が真っ当な疑問を提示した。
なるほど、カルヴィノがリンスワルド家の家紋入りペンダントなんか付ける道理は無い。
なにか上手い方法を考えないと、すぐに捨てられて終わりだろうな。
それに・・・
探知魔法の組み込まれている家紋入りペンダントか・・・ちょっと嫌なことを思い出すというか、連想してしまった。
「ペンダントにしているのは商売のためなんです。魔石に術式を組み込んでおけば、ペンダントを着けている人間が魔力を供給しなくてもしばらく動かせますし、誰が着けていても機能するから、単独で売り買いできる商品になります」
「じゃあ、その魔法を応用してカルヴィノ自身に目印を付けることも?」
「上手くいく保証はありませんが、試みる価値はあると思います」
「念のため聞きますけど、秘伝の術を使っても大丈夫ですか? バレるとシンシアさんの身が危ないとかだったら諦めます」
俺がそう言うと、シンシアさんは少し微笑んだ。
「事情が事情ですし、それを商売にしようというわけでもありません。きっと、あの王宮魔道士の方もお許し下さるかと思います」
これはグッドニュースかもしれない。
もし上手くいけば、カルヴィノに関する懸念を払拭できる可能性がある。
「その術の準備に掛かる時間はどのくらいです?」
「まず、必要な範囲の地図を手に入れなければなりません。あまり広いと反応があやふやになり、正確な場所が追えなくなります」
「どの位の精度で?」
「そうですね...注ぎ込む魔力量によって変わりますし、使い手の技量も反映されますが...上手くいった場合、フォーフェンぐらいの範囲であれば『どの家にいるか』まで特定できます」
「そりゃ凄い!」
むしろ『怖い』とも言えるが・・・
妾宅に入り浸っていたりしたら瞬殺だな。
「リンスワルド領全体だったら『どの街や村にいるか』...仮にミルシュラント公国全体とすれば『どこの土地にいるか』ぐらいまでボンヤリしたものになります。それより広くなれば『どの地方にいるか』...極端に離れてしまった場合は『生きているか死んでいるか』ぐらいになっていくでしょう」
「十分ですよ。ここから逃げた後に何処へ向かうか分かればいいので」
「ただし、最初に追う範囲を決めておかないといけません。使う地図とペンダントの一組で術式を組み込みますから」
「じゃあ対象はミルシュラント公国全体ですね。最低限、カルヴィノがここに舞い戻ったり、リンスワルド領に入り込んだりとかしないように見張れれば大丈夫ですよ」
「では、公国の地図は当家にあるものをお渡ししましょう。大きさは...そうですな...このぐらいですが、よろしいでしょうか?」
シーベル子爵がそう言いながら手で地図の大きさを示した。
「はい、十分ですね」
「カルヴィノへの施術というか仕込みというか、それにはどのくらい?」
「本人が意識を失っている間に気づかれにくい場所...背中とか足裏とか、そういう場所に術式を埋め込んでしまうのが良いと思います。それ自体はすぐに終わります」
「あ、つまりペンダント側は単なるマーカーとか識別子みたいな?」
「そうです、そうです! むしろ地図に組み込む方の、探知する側の術式が大変なんです」
「マーカーの方は体に埋め込んでしまえば、勝手に本人の体から魔力が供給されるってわけですか?」
「そうなります。ただ、ホムンクルスでも上手くいくかは試した前例がありません」
「そこは、たぶん大丈夫な気がしますよ。そもそもホムンクルスって魔力で生きてるような体ですからね」
「すると、カルヴィノが弱っている今のうちにやってしまった方がいいかもしれませんな。さきほどボーマンが牢に放り込んだ時には、すぐに意識を失ったと言っておりました」
「まあ、目覚めてたとしても、また俺が結界で押し込めますが...ボーマン氏に一緒に来て貰った方がいいですね」
「いえ、わたしがご案内しましょう」
「では、牢までご同伴願えますかシーベル卿」
「かしこまりましたぞ」
「シンシアさん、地図の方に術式を仕込むのは大変なんですよね?」
「正直、それなりに時間は掛かると思います。たぶん一晩ほど見て頂ければ大丈夫だろうと思いますけど...」
「若い女性が徹夜は良くないですね。姫様、やはりここはシーベル卿のご厚意に甘えて、もう一泊すると言うことでどうでしょう?」
「むろん異存はございません」
「カルヴィノのことはさておき、それは嬉しいですな。さっそく準備に掛からせましょう」
「ですが、なにか延泊の言い訳が必要ではございませんか?」
「無論のこと考えておりますとも! むしろ姫君方が明日もいらっしゃるとなったので、密かに考えていたことが実現できるというものです!」
「左様でございますか。ならばお任せしたく存じます」
「ありがとうございます。では...」
姫様の返事に頷いたシーベル子爵はおもむろに立ち上がると、中庭全体に向けて大声で宣言した。
「シーベル家のものもリンスワルド家のお客人も、しばし耳を傾けられよ。このたび、レティシア姫の護衛隊騎士であるスタイン殿と、同じく姫君の従者であるトレナ嬢が婚約される仕儀となった。非常にめでたいことである!」
おおっ、サミュエル君とトレナちゃんが急に自分たちのことを口にされたのでビックリして固まっている。
二人揃って大口開けたまま呆然としてるのが可愛い。
「よって明日は若い二人のために婚約式を執り行い、これを記念して騎士団による演武大会を行おうと思う。両家共に、腕に覚えのあるもの、我こそはと思うものは、是非とも参加されよっ!」
「うおおおおぅっ!!!!」
騎士たちの歓声が凄い・・・中庭を揺るがす勢いだ。
やっぱり騎士になる方々ってのは破邪とは真逆だね、色々な意味で。
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