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第三部:王都への道
ほのぼのした二人
しおりを挟むカルヴィノが牢に入れられ、とりあえず最悪の事態は避けられたと言うところでホールに戻ることにした。
「じゃあ姫様、シーベル卿、いったん下のホールに戻りましょうか? さっきの様子だと、今日のうちにカルヴィノを尋問するのは難しいかもしれません」
「その辺りはライノ殿のご判断にお任せしたいと思います。必要であれば出発を遅らせることも視野に入るかと」
王都にはできるだけ早く着きたいけど、色々悩ましいところだな。
++++++++++
そしてホールに戻った俺たちの目にまず飛び込んだのは、大きな丸テーブルに二人きりで並んで座り、互いを見つめ合っているサミュエル君とトレナちゃんだった。
なにこれ初々しい!
見ているこっちがときめきそうだぞ!
そっか、俺たちが食べかけの皿とグラスを残したままで席を立ってるから、後から誰も座れないよね。
白テーブルだから誰も話しかけてこれずに、二人っきりになってしまうのは仕方がない。
うん、仕方ない状況だったんだよ、サミュエル君、トレナちゃん!
むしろ、ちゃんと主のテーブルを守っていて偉いぞ。
などと心の中で勝手に盛り上がっていたら、俺たちに気が付いて慌てて立ち上がった二人を姫様がねぎらった。
「スタイン、トレナ、留守番ご苦労でした。食事は済ませましたか?」
「は、はい姫様。沢山頂きました」
「もうお腹いっぱいです。デザートがどれも凄く美味しかったです!」
いやトレナちゃん、その情報はいらないから。
「それはなによりです。美味しい甘いものがあるのは幸せですわね?」
「はい、姫様! 仰る通りです!」
その返事を聞いて姫様がニッコリと微笑んだ。
姫様に可愛がられてるなあ、トレナちゃん。
それに、この二人はさっき館の中で何が起こってたか知らないからな。
「良いですかスタイン。将来夫婦になって居を構えたら、妻には出来るだけ甘いものを用意して差し上げなさい。それが夫婦円満の秘訣です」
「えっ? ぁ、ははははい、かしこまりました!...」
急な無茶振りをされてサミュエル君が顔を真っ赤にしている。
姫様もこの二人のことは理解しているか・・・まあ当然だよな、四六時中、この二人が一緒にいる様子を見てるんだし。
「ほほう、こちらのお二方はそういう間柄で?」
「あ、いえ! そんな...」
すっかり上機嫌に戻ったシーベル子爵がさも面白そうに問いかけると、サミュエル君が慌てて否定しかけて、そして途中で固まった。
なぜなら横にいるトレナちゃんが驚いてサミュエル君を見上げたからだ。
「スタイン、あなたは騎士なのです。死と向き合うならば心残りを抱いて日々を生きてはなりません」
「申し訳ございません! 護衛隊に籍を置く騎士の身でありながら...」
「いいえ違います」
意外に姫様が強い口調でサミュエル君の懺悔を否定する。
「そのようなことは関係ありませんわ。人に恋心が生じる機会は、場所や立場など関係ないもの。そして昔から『人の恋路を邪魔するものは、魔馬に蹴られて月まで飛ぶが良い』と言われている通りです」
「姫様...」
お、サミュエル君とトレナちゃんの反応が綺麗にシンクロしたな。
うん、やっぱりこのカップルはいい組み合わせに違いない。
「わたくしは、二人がいつ婚約を宣言するか楽しみにしておりましたのに...あのポリノーの死地から無事に戻っても一向に動きがなく、そのまま、なんの知らせも聞かずに王都に向かうことになってしまい、少々残念に思っていたところでした」
サミュエル君とトレナちゃんが咄嗟にお互いの顔を見つめ合った。
二人の間に走る視線が雄弁に語り合っている。
「ひ、姫様。じ、実はこのサミュエル・スタイン、もしも姫様とヴァーニル隊長のお許しを得られるならば、こ、ここここにおりますトレナ嬢と婚約致したく...ど、ど、どうかご寛容頂きたくお願い申し上げます!」
よし、顔を引き攣らせながらも言い切った!
偉いぞサミュエル君!
「もちろん祝福致しますわ、スタイン、トレナ。貴方たちは本当にお似合いですもの」
「ありがとうございます姫様!!」
「ご祝福賜り感激です姫様!」
二人とも心の底から嬉しそうに、ぱーっと明るい表情になった。
ヴァーニル隊長もエマーニュさんも慈しみに満ちた眼で二人を見つめ、うんうん頷いている。
シンシアさんの表情はアレだ、『憧れ』とか『羨望』って奴だな・・・
心の内を声に出したら『いいなーっ!』って感じ?
言わないけど。
「ほっほう、これはめでたいですな、是非とも祝わせて頂かないと!」
「ねーお兄ちゃんお兄ちゃん、こーゆーのってステキよねー!」
シーベル子爵も気分良さそうだし、思いがけない急で甘い展開にパルミュナもテンションが高いな。
あのホムンクルス騒ぎの後にこの流れとはビックリですよ・・・
++++++++++
まだ皿の上に少し食べ残していた料理もすっかり冷めてしまっているけど、俺やパルミュナはともかく姫様たちはどうするかな? と考えていたら、さっきからご機嫌なシーベル子爵が場所替えを提案してきた。
「どうでしょうかな? そろそろ外でやっております当家とリンスワルド家騎士団との懇親会も盛り上がっている頃でしょう。みなで顔を出してみませんかな?」
「あら、それは楽しそうですわ。是非ご一緒いたしましょう」
と、姫様の一声で、またしても全員ゾロゾロと連れ立ってホールを出ると、中庭へと赴いた。
沢山の魔石ランプで煌々と照らされた広い中庭には、そこかしこに篝火が焚かれて、野趣溢れる雰囲気作りがなされている。
館に近い側には、大きな市や祭りの日のように料理や飲み物を供する屋台が並び、双方の騎士や従者たちが混沌と混じり合って思い思いに過ごしていた。
どうやら屋台で料理を作ったり飲み物をサーブしたりしている人々は子爵家の家人たちが中心らしいが、みな楽しそうだ。
うん、これは、やってる側もお祭り気分だね。
あちこちから笑い声も聞こえてくるし、行きがけに見た豚の丸焼きもいい感じにこなれていて美味そうだ。
「あ、お兄ちゃん、あっちで串焼きやってるよー!」
そんな村祭りの子供みたいな反応しなくても・・・
パルミュナの指差す方を見ると、炭火を熾した鉄の台の上に網が置かれ、串に刺した色々な食材が所狭しと並べらて炙られていた。
しかも肉でも魚でも野菜でも、好きなものを言えば組み合わせて焼いてくれるらしい。
なるほど、あれは美味しそうだな。
飲み物も大樽がいくつも置かれてるし、これって近隣の村からありったけの食料を買い漁ったんじゃないだろうか?
まあシーベル子爵の人柄からすると、領民の生活を圧迫するような強権的なことはやらなさそうだから、そこは大丈夫だと思うけど・・・リンスワルドの姫君のためなら羽目を外す可能性も若干?
懇親会という建前に相応しく、両家の騎士たちも家僕たちも屈託なく混じり合って飲んで食べて、歓談しているようだ。
シーベル家の騎士たちにとってはお客様だし、リンスワルド家の騎士たちも王都への行脚は大公陛下への上奏が目的だと思ってるから、半分パレード気分みたいなものだしね。
ハルトマン氏と数人の騎士が、庭に出た俺たちの姿を認めて慌ててやってきたが、シーベル子爵は手を振ってそれを押し留めた。
「よい。リンスワルド家の姫君も賛同して下さったので本日は無礼講である。我らのことは気にせず、両家の友情と連携を高めよ」
シーベル子爵が大声で宣言したので、少しホッとした空気が流れる。
「はっ、御意にございます」
ちらちらと様子を窺っていた人々も、安心して飲み食い歓談に戻った。
そこにカルヴィノを牢まで連れて行った執事のボーマン氏が数人の家人と一緒に戻って来てテーブルをセットさせ始めた。
どうやら、この一団専用の場所を用意してくれるようだ。
なんとはなしにその様子を眺めていると、急に姫様が俺の方を向いて問いかけてきた。
「良い夕暮れですねライノ殿、少し庭を散歩致しませんか?」
いきなり姫様にそう言われて吃驚するが、平静を装って頷く。
「もちろんご一緒しましょう」
「アタシ、あっちで串焼き食べてるねー!」
パルミュナはそう言って屋台の方に向かっていった。
これは、姫様の様子になにか感じて気を利かしてくれたな?
エマーニュさんやヴァーニル隊長もパルミュナと共に串焼きを見に行くことにしたようだ。
中庭から蔦に囲まれたアーチをくぐって庭園の方に向かうと、両脇の様々な植物が丁寧に刈り込まれた小径が続いている。
少し歩くだけで中庭の喧噪が遠ざかり、驚くほど静かな空間で姫様と二人きりになった。
周囲に不穏な気配は・・・無いな。
「それにしても意外でしたね。姫様がここであの二人に婚約発表をけしかけるなんて」
話の糸口を上手く掴めず、俺がなんとなく頭に浮かんだことを告げると、姫様は、ほんの少しだけ物憂げな表情を浮かべた。
「実は、あの二人はコーネリアスの選んだ『王都の先』に伴う人選のリストに入っているのです」
ドラゴンキャラバンのメンバーって事か。
「そのこと自体は当然と言えましょう。スタインはあの若さで私の護衛騎士の一人に選ばれました。もちろん歴代最年少です。騎士団の中では一番コーネリアスが目を掛けている者だと言って良いでしょうね」
「そりゃ凄いな。出来そうな青年だとは思いましたけど」
「ええ。それにトレナもああ見えて優秀です。少しおっちょこちょいに見えますが、実は不得手がなくて、いざ腰を据えて取り組むと遺漏がありません」
「それって、ベストカップル賞じゃないですか!」
姫様は少し微笑んだ。
「そうですわね...だからこそ、あの二人には悔いのない人生を歩んで欲しいのです。やり残しのないように...」
ああ、そういうことか。
姫様の言わんとすることは分かる。
ドラゴンキャラバンは、俺たち自身がどう思っていようが端から見れば自殺行為だ。
「コーネリアスには悪いのですが、あの二人は王都を出るときには屋敷に帰らせるつもりです。だから、私自身のやり残しも無いように、今日は少し我が儘を言ってみました。どうしてもあの二人には直接、私の口から婚約を祝福してあげたかったので」
「そうだったんですね・・・」
なるほどね。
姫様ってなんというか、どこまでも優しく嫋やかな人だな。
そして、底知れない強さを持ち合わせてもいる。
「ところで姫様、俺に話したいことってなんですか?」
この姫様だ。
ロマンチックな話だけで終わる訳がないよね?
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