なろう380000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす

大森天呑

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第三部:王都への道

子爵家の城へ

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領境を越えてから三日目の午後、シーベル子爵家騎士団に随伴されて領主である子爵の城に到着した。
シルヴァンさんの説明によると、是非とも今夜は晩餐に出席して館に泊まって欲しいという子爵からのお願いに応えることにしたのだという。

ただ、そっちは姫様方に全面的にお任せして、俺たち庶民系一同は揃って辞退させて頂くことにした。
だって、貴族の本式な晩餐会なんて対応できるわけ無いもの。
俺たちの素性に興味を持たれても困るだけだし、そこは姫様も笑顔で納得だ。

むしろ気を遣って参加するか聞いてきたってだけだろうからね。

++++++++++

領境まで出迎えに来てくれた騎士団を絢爛豪華だと思ったけど、お城でのお出迎えは遙かにそれ以上だった。

「凄いねー、なんかキラキラしてるよー」
「光ってるよなあ騎士団。あんな豪華な甲冑、戦闘でがっつり傷でも付いたら自分が軽い怪我するよりもショックを受けそう」

何かの式典や政治会談に参加するとでも言うならともかく、ただ領地を通過するだけの相手をここまで大々的に歓迎してるのを見れば、シルヴァンさんが言うように『シーベル卿は姫様のファン』っていうのが誰の目にも明らかだろうな。
と言うかシーベル子爵自身、きっと隠す気ないよな。
むしろ『姫様のご機嫌伺いに全力投入してます!』ってアピールしてる感じだ。

晩餐会の話が出たときに、姫様が苦笑していた理由が良く分かる。

「あー見てみて! あそこに楽団もいるよー」
「へえ、凄いな。演奏付でお出迎えか」
「リンスワルド家とは、ぜーんぜん雰囲気が違うねー」
「並んでる騎士たちも見栄え重視って言うか、みんな儀仗兵みたいな感じだよな」

でも姫様がシーベル子爵の騎士団を『精鋭』と褒めたのは、あからさまなお世辞という訳でも無さそうに思える。
隊列に随伴している騎士たちの立ち振る舞いもちゃんとしてたし、身のこなしからもそれなりに動ける人たちだろう。
ただ・・・『見た目』に主君の豪華趣味が色濃く反映されてるってことなのかもしれないね。

「ねえ、アタシたちって領地を通り抜けるだけよねー?」
「別にシーベル子爵に会う用事なんて聞いてないから、本当にただの挨拶なんだろ。あれだよ、近所づきあいって奴だよ」
「ふーん、領地が隣同士だからかー」
「そういうこったな」
「人って色々めんどーだよね?」
「人と暮らすなら周りと上手くやっていく努力は必要だよ。それを面倒だって考えるようになると、俺みたいに森や野原で眠る日々を過ごすことになっちまう」
「それもそっかー」
「そんなもんだ」

出発してまだ四日目なんだけど? とは俺も思うがな・・・
さすがに無いとは思うけど、もしも行く先々に姫様のファンがいてこんなの繰り返してたら、いったい王都に着くのはいつになるやら、だ。

馬車の窓から大袈裟な出迎えの様子を眺めていたら、館の正面玄関の前で隊列が停まった。
姫様とエマーニュさん、それにシンシアさんがお召し馬車から降りたところに、出迎えに来ているシーベル子爵が歩いて行くのが見える。
主の方から出向くのか・・・
いやでも伯爵の方が爵位は上だからこれでいいのかな?
貴族の決め事は良く分からん。

向かい合って少し言葉を交わした後、子爵がエスコートする感じで三人が館の中へと入っていった。
もちろんヴァーニル隊長や護衛隊の騎士たちも少し遅れて後に続く。
でもなあ、たぶんその辺りにいる人々の中で一番強いのが、姫様たち三人だと思うんだけどね?

いや、いかんな。
俺もちょっと神経質になってるぞ・・・

エマーニュさんも言っていたように、ミルシュラントでは領主同士のいさかいがほとんど無いそうだし、リンスワルド家とシーベル家は長年良好な関係を築いているそうだから、特に用心が必要な相手の懐に踏み込むわけじゃあないんだよな。
それに姫様たちには精霊の防護結界もあるんだから、以前のようにエルスカインの操る暗殺者や魔物を恐れる必要も無い。

警戒を怠らないことは必要だけど、かと言って疑心暗鬼になってしまうと注意が散漫になって、もっと大事なことを見逃してしまいかねないからね・・・気をつけようっと。

++++++++++

姫様とそのサポートの一団が館の中に吸い込まれると、隊列はまた動き出した。
残りの騎士たちや家僕とかメイドの方々は、たぶん裏口から入る段取りなのだろう。
もちろん、俺たちもそっちのグループだ。

「姫様とは別行動なの?」
「この大所帯だからな。全員で館に入ったら...そりゃ入れるだろうけど迎える側も大変すぎるだろ?」
「確かにー!」
「なにしろ馬車の数が多いし、それはつまり馬の数も多いって事だから、飼い葉やら飲み水やらの世話をするだけでも大変だよ。館の厩舎に収めるわけにも行かないだろうから、家僕たちは野営と同様に外庭に天幕を張らせて貰って過ごすんじゃないかな」

パルミュナはちょっと首をかしげると、俺の方を見上げて聞いてきた。

「ねー、シーベル子爵の家臣や今日呼ばれてるお客さんの中にさー、こそっとエルスカインの息が掛かってる奴が紛れ込んでるって可能性はー?」
「そりゃあるだろ。というか無いはずないぞ、ってぐらいだな」
「お隣さんだもんねー。一つや二つは仕込んでるよねー!」

「だろうな...でもシンシアさんやヴァーニル隊長もいるし、四人には防護結界もある。それに魔獣の群ならともかく、並の相手なら姫様は自分で自分を守れるだろ? 信用しなきゃ」
「そっかー」
「ああ、朝から晩まで俺たちが横について回らなきゃ守れないようだったら、そもそもリンスワルド領は守り切れない。ドラゴンを探しに行くどころの話じゃないよ」

「分かったー。アタシたちは馬車の中でも天幕でもいーもんね!」
「って言うか、むしろその方が気が楽だな」

飯さえちゃんと貰えるならむしろその方が気楽でいい・・・

と、思っていたのだが甘かった。

隊列の停まった広い前庭で幕営の準備が始まりだした頃、以前に名前を聞いたことのあるトレナというメイドさんと若い騎士が尋ねてきた。
ポリノー村でもそうだったけど、どうやら外に出たときには、この二人がメッセンジャーの役をやるコンビになってるらしい。

「クライス様、姫様からのご相談を言付かっておりますが、お聞き頂けますでしょうか?」
「ええ、なんでしょう?」

「実は今夜の晩餐ですが、シーベル子爵様が気を利かせて正式な晩餐会ではなく、ビュッフェ形式の夜会にしたのだそうです」
「ビュッフェ? えっと、まさか自分で好きな料理を選んで取って食べるって言う、あれですか?」
「さようでございます」

流行に目ざとい金持ち連中のあいだで、そういう気軽な食事会というかパーティーを開くのが流行ってると聞いたことがあるな。
でもさすがに貴族がやるのは無理がないか?
姫様たちが自分で皿をもって料理を取りに行くの? 
・・・いや、ないだろ。

俺が怪訝な顔をしているのを見て取ったのか、メイドさんが付け加えた。

「もちろん、姫様や来賓の方がお手を汚される必要はございません。子爵家の給仕係や、私たちのような従者がそれぞれの主に代わり、ご要望にあった料理をお届けしますので」
「なるほど...」
ああ、そりゃそうだ。
ビュッフェと言っても、給仕係に要望して食べたいものを選んでこさせるって感じか。
「で、そのビュッフェがなにか?」

「はい、姫様は是非ともクライス様ご一同にも同席して頂きたいと仰っております。テーブルに席次などなく、みなで集まって過ごせるから心労はないと。また、テーブルで食事をしているのも、離れて誰かと歓談するのも自由なので、いつでも好きなときに退出できるそうです」

おっと。
それならば俺たちにも気苦労はないだろうって事で声を掛けてきてくれたのか?

さっきパルミュナにも言ったように、エルスカインの手のものが一人もいないなんて希望的観測はしてないのだけれど・・・

ありきたりな晩餐会なら料理に毒を入れるとか無意味だし、誰かがいきなり襲いかかるってのも難しいだろう。
数人程度の刺客で姫様やシンシアさんに勝てるとか思えないし、もしそんなことがあっても姫様たちなら大丈夫だと考えていた訳だけど、これが晩餐会じゃなくて宴会ってなるとどうなのか?

普通の晩餐会と違って人の出入りや入れ替わりが激しいというか、不穏な動きが目立ちにくいパーティー形式となると、ちょっとだけ不安もあるな・・・

防護結界に頼りすぎるのも良くないかな?

前言撤回だ。
一応、ハートリー村の村長さんや姿を消したリンスワルド家の御者のように、エルスカインの放った思念の魔物に乗っ取られてるような人物がいないかどうかだけでもチェックしておこう。

「パルミュナ、今夜は並んでる御馳走の中から、自分の好きなモノを好きなだけ取って食べていいってスタイルの食事会だそうだ。行くよな?」
「行くーっ!」
「よし!」

一応、レビリスとダンガたちにも声を掛けてみたが、あまり気が進まない様子だ・・・当然だな。

ま、俺とパルミュナが参加すれば保安的にも義理的にも問題は無いだろうし、仮になにかあっても、この館の中でダンガたちに狼姿で駆け回って貰うことにはならないはずだ。

ついでなので、若い騎士さんの名前を聞いておこう。
屋敷に着いてからは、特に顔を合わせる機会もなかったからな。

「そう言えばポリノー村では、名前を伺ってませんでしたね?」
「はっ! 自分は護衛隊所属騎士のサミュエル・スタインと申します。名乗らせて頂き大変光栄です!」
「サミュエルさんとトレナさん、今後もどうぞよろしく」
前回トレナさんの苗字は聞いていなかったから、それに合わせて騎士の方も名前で呼ぶことにする。

「もったいなきお言葉を頂戴し、誠に光栄であります!」
「はい。身に余るお言葉でございます」

「ですがクライス様、わたくしめにさん付けは不要にございますので、サミュエルと呼び捨てにして頂ければと存じます」
「えっと、それはちょっと呼びづらいからサミュエル殿で?」
「敬称は不要にございます」
「う...じゃあ親しくサミュエル君と呼ばせて貰っても?」
「光栄です!」

この二人は俺が勇者だってことを知ってるから、若干こういう態度が出てくるのも仕方ないよな。

「俺とパルミュナで参加しますから姫様にそう伝えて下さい。もし、レビリスやダンガ兄妹も一緒の方が良ければ教えて下さいと」
「かしこまりました」
「段取りはどうなりますか?」
「いま姫様は子爵様とご歓談中です。クライス様もこれからそちらに同席されるか、あるいは子爵様側の準備が出来ましたらお声がけがあると思いますので、その時にお知らせに参りますが?」

絶対に『ご歓談中』の貴族集団の中に俺たちの居場所なんてあるわけないぞ。

「じゃあ、特に姫様のご要望がなければ後で呼びに来て下さい」
「かしこまりました」

二人は礼をすると揃って館の中へ戻っていった。
うーん、単に『そういう役回り』の若い二人なんだろうけど、ああやって並んで歩いてる後ろ姿は、まるでたま逢瀬おうせを楽しむ恋人同士みたいだなあ。

見ていてなごむわ・・・
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