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第三部:王都への道
宣誓魔法と裏切り者
しおりを挟むシンシアさんが姫様の言葉を補足した。
「ただ、ポリノー村でパルミュナさんからご伝授頂いた魂への宣誓魔法ほど強い力は、私たちのような普通の魔道士が掛けるものには期待できないと思います」
「そうなんですか?」
「ええ、効果の持続期間も、あえて『無期限』としない限りは術者の力量で変化します。そしてご存じの通り、いくつかの特例を除いて無期限の宣誓を掛けるのは多くの国で違法です」
存じませんでした!
でも、まあそれはいいや。
やっぱり俺の推理では、御者こそが実行犯だな。
「御者はどうですか?」
ストレートに聞いてみた。
「もちろん、彼も怪しまれる立場です。橋からは無傷で戻りましたし、立場的にも馬車に細工をするのに最適ですから。ですが宣誓魔法を受けていてなお裏切ったというのであれば、彼に宣誓魔法を掛けた筆頭魔道士も裏切っていたはずですわ」
「しかも帰還後に自殺未遂をやりましたからなあ...未遂と言ってもほとんど危険な状態で、発見があと少し遅かったら手遅れだったろうと治癒士も言っておりました」
うーん・・・
俺は、ふと思い立ってパルミュナに聞いてみる。
「なあパルミュナ、仮にハートリー村の村長さんが宣誓魔法を受けてたとして、効いてたと思うか?」
「あー、そー言われてみると、どーなんだろ?...ふつーの宣誓魔法だと、本人の意識が完全に抑え込まれていたら無効な可能性はあったかも。ただそれって、あの村長さんや山賊おじさん達みたいに、完全に体ごと乗っ取られてた場合ねー」
「完全に乗っ取られた状態では、魂に掛けてない宣誓は効かなかった可能性があると...すると姫様、さっき話したガルシリス城の出来事と同じ状態だったら、御者も操られていた可能性があるって事になりますね」
「つまり、馬車に魔法薬を仕込んだのは御者なのですか?」
「スズメバチを引き寄せた魔法薬もそうですし、魔道士たちの乗った馬車に魔力を遮断する細工を施したのも彼でしょう」
「となると、彼が事故の後に自殺未遂を引き起こしたことさえも、操られてやったことだと?」
いつもながらヴァーニル隊長は、なかなか鋭い。
「むしろ橋から生還したことが偶然で、口封じのために自殺を仕向けられたんじゃないかと。彼はその後、どうなったんですか?」
「治癒士に回復を受けてなんとか一命を取り留めたんですが、もう二度と手綱を握れないと言い張りまして、すぐに辞職しましたな」
その先の想像を俺が口にする前に、パルミュナが喋った。
「んー、多分だけど、その人はもう死んでると思う。あの山賊のおじさんたちも体がボロボロになってたわけだしさー、そんなに長くは生きらせられないんじゃないかなーって思うの」
「ああ、なるほどな。山賊になった破邪もハートリー村の村長さんも、浄化できなかったらそのまま衰弱死してた可能性があるのか」
「そんな感じー、だって心の支配だけじゃなくて肉体も乗っ取ってるって感じだし、エルスカインにしてみれば死体を動かしてるようなもんじゃないかなー?」
酷いな。
まさしく、ホムンクルスと同じようなモノ扱いか・・・
「むしろ治癒士に回復を受けたから延命できたってことか?」
「だねー」
「そうなると、彼も馬車と一緒に橋から落ちて死ぬはずだったのが、偶然振り落とされて生き延びてしまった。だから衰弱して不審死するまえに自殺するよう仕向けられたって可能性が高いな」
「なんと...恐ろしい相手だ...」
ヴァーニル隊長のうなり声が一段と渋い。
「その、山賊化した破邪たちやハートリー村の村長に取り憑いてた『モヤのような魔物』というのが、エルスカインの創り出したものだということは確定でしょうなあ」
「ですね。人工的に思念の魔物みたいな存在を創り出して、それを使ってホムンクルスだけでなく、生きている人間でさえもある程度は操れる...今後は、それも念頭に対策を考えるべきでしょう」
「しかしクライス殿、可能性として宣誓魔法を掛けていても操られる者が出てくるかもしれないとすれば、これはかなり難儀なことでは?」
「えーっとねー、この前アタシがやったやり方でシンシアちゃんがかけ直せば大丈夫だと思う、それと、アタシもお兄ちゃんも、魔物に取り憑かれてる人は一目で見分けられるから」
「はい。あの魂への宣誓魔法に関しては術式そのものをご伝授頂きましたので、なんとか使っていけると思います。私が精霊魔法そのものを理解している訳ではないので、ただの猿真似に過ぎませんが...」
「そーんな事ないって! ひょっとしたらシンシアちゃんなら自分の力で精霊魔法を組めるようになるかもしれないから、これから色々教えてあげるねー!」
「はい! ありがとうございます! 是非お願いします!」
パルミュナからそう言われて、シンシアさんがパーッと顔を輝かせた。
綺麗なドレス姿でもやっぱり中身は魔道士だ、新しい魔法を知ることが出来るかもしれないとなると、俄然前向きになるんだな。
「ホムンクルスや取り憑かれた者が俺たちの目に入ればすぐに分かるし、さっきパルミュナが言ったように、いったん取り憑かせた相手は長生きできなさそうです。何か企むにしても、ギリギリのタイミングまで待つでしょうね」
「承知致しましたクライス殿。まずは先だっての妹君のご忠告に従って、これから順次シンシアに家人へ宣誓魔法をかけ直して貰いましょう」
「ただし、馬車を橋から叩き落としたのは御者ではなく、別の魔法使いが現地に潜んでいたか、魔法陣が仕組まれていたと思いますけどね。それがなにかまでは分かりません」
馬が暴れて『結果的に』馬車が橋から落ちた・・・あのエルスカインが、そんな不確かな方法をとるわけが無いのだ。
いまはそう確信できる。
「橋の時も、近くにポリノー村のような転移魔法陣が仕込まれていたのですかな?」
「いや、そこは昨日、姫様が仰ったとおりで、エルスカインは伯爵夫妻に関しては、ただ事故に見せかけて殺せば良かった。その後で爵位を継承した姫様を改めて殺害し、ホムンクルスと入れ替えれば計画完了だったと思いますね」
「しかし、公にはまだ伯爵夫妻は療養中という事になっておりますなあ。あの二人が改めて狙われる危険性は?」
「今回、姫様ご自身が襲われたのは、もう、そのご夫妻が影武者であるとバレた証拠でしょう。療養から復帰するという話にでもなれば狙われるでしょうけど、現状ならエルスカインも興味がないのでは?」
俺がむしろ気になるのは、エルスカインがホムンクルス化のターゲットを姫様からエイテュール子爵に切り替える可能性だ。
仮にエイテュール子爵を掌中に収められれば、姫様というかリンスワルド領への攻撃は一層簡単になりそうだからね。
「姫様、それよりも俺としては、当面の話としてエイテュール子爵がホムンクルス化の標的にされる可能性が低くないように思えるんですよ。そっちの方が心配ですね」
「なるほど、それはクライス殿の仰るとおりかもしれません」
「ポリノー村に設置してあった転移魔法陣を使ってリンスワルド伯爵の『身体』を手に入れようとしていた計画がおじゃんになった段階で、エルスカインは自分の計画が露呈したと認識したはずです」
「クライス殿、それはつまり、今後は襲撃を事故に見せかける意味がなくなったと言うことですかな?」
ヴァーニル隊長としては、敵の攻め方がどう変化するかが、最大の懸案だな。
「そうなりますね。今回の襲撃が失敗した結果として、今後エルスカインが別の攻め方をしてくることを考えた方がいいでしょう」
「...うむ、確かに攻める相手の周囲から埋めていく、というのは十分に考えられることですなあ」
「不穏な話で恐縮ですけど、もしもエイテュール子爵が操られて敵に回ったら、姫様としては如何ともし難いんじゃないかと思いますからね」
それを聞くと、姫様は俺に向けて深く頷いた。
「分かりましたクライス殿。そういうことでしたら、この先はエイテュール子爵も交えて話した方がよろしいかと思います」
「えっ?」
そう言うと、姫様は何事もないかのように、斜め後ろを向いてエマーニュさんに話しかけた。
「エイテュール子爵にも、この場へ参加して頂きましょう」
「かしこまりました」
そう指示されたエマーニュさんは驚くこともなく、平然と椅子から立ち上がった。
つまり、いま現在、密かに子爵もこの屋敷に来ているのか?
と言うか、元々俺たちが来る前からここにいたのか?
どういうことか、さっぱり分からんぞ・・・
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