なろう380000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす

大森天呑

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第三部:王都への道

銀の梟の由来

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姫様は手にしていたワイングラスをテーブルに置いて話を続けた。

「ここにいる者の間では問題なく話題に出来ますが、クライス殿にお話ししたとおり、あの事故では影武者のご夫妻が大怪我をいたしました」

「ずっと以前に亡くなられていたご両親を演じていたんですよね?」

「はい。対外的には、彼らが私の両親つまりリンスワルド伯爵として認知されていました。とは言え、それはわたくしの身の安全を図るためではなく、あくまでもエルフである私の、その...実年齢と見た目の差、と申しますか...人間族基準で見た時の不自然さを和らげるつもりの行いでした。いま思い返せば浅はかな考えだったとしか申せませんが」

「そんなことはないでしょう? ハーフエルフである俺自身も、自分がどちらに近いのか良く分からないですけど、自分の血筋を知る以前は、エルフ族のことを自分とは遠い存在だと思い込んでいましたよ」

「やはり、そんなものでしょうか?」
「そんなものですよ。姫様も『人は、自分とかけ離れた存在を畏怖する』と仰ってましたけど、俺はそれに納得しましたね」

「お兄ちゃんは最初から、全っぜんアタシたちのこと怖がってなかったけどねー」
「いや、精霊だと知る前は、お前に会った時に自分が死んだと思ったって言っただろ?」
「それはアタシを魔物扱いしてたからでしょー!」
「精霊と魔物は真逆な存在だけど、どっちにしても人に近いとは言えないじゃないか?」

「ぶー! ひっどーい」

おお、なんだかとても久しぶりに見る気がするパルミュナの『頬っぺた膨らまし顔』だな。
ちょっと嬉しいぞ。
いまはテーブルに着いてるから腰に手を当てた決めポーズが見れないのが残念だ。

「まあ、とにかく...僭越ですけど、姫様の考えは間違ってなかったんじゃないかなって思います。たまたまエルスカインって存在が関わったから、あんなことが起こったと言うだけですよ」

「ありがとうございます。わたくしは自分の考え方が誤っていたのではないかと、あの日以来ずっと悩んでおりました。いまのクライス殿のお言葉で、少し心が軽くなったように思えます」

「大袈裟ですよ。それよりも、なぜあの事故とこの料理に関連が?」

「私があの馬車に乗っていなかった理由が、その調理人なのです。あの日、彼が新しい味付けの開発に成功した料理がありまして、是非試食して欲しいという話になりました」

「...試食、ですか?」

ええっと・・・
それって普通なら、使用人が伯爵様の予定に口を出せるような用件じゃないよね?

「しかも出発する日の朝になって、偶然、とても新鮮で良い素材が入ったから是非わたくしたちに食べて欲しいと。それはもう見ていて微笑ましくなるほどのはしゃぎようでしたわ」

「それで予定を変えられたのですか?」
俺が怪訝な表情をしていたのだろう。
姫様は言葉を続けた。

「もちろん、わたくしは彼の才能を認めておりましたし、彼がそこまで熱中しているほどならば、それだけのことはあるだろうと...実はその味付けが、最初にお出しした生ハムのカナッペにも使っている卵のソースなのですが、確かにその価値はありましたわ」

「なるほど...」
さすが食に拘るリンスワルド家。

「養魚場はあくまで身内のことですし、式典云々といった大袈裟なものでは無いという思いがあって、あの夫婦にお任せすることにしました」

確かにこういう行事は実際になにかを検分するよりも、現場で働く人々のモチベーションを鼓舞することが第一目的だろう。
身代わりの顔見せで十分に用が足りる、と言うか、この場合は逆に影武者のご夫婦の方が適役なぐらいだから、妥当な判断だと思う。

「ところが、思ってもみなかったあの事件です。彼は影武者の夫婦からもとても可愛がられていたこともあって、余計にショックだったらしく...自分が我が儘を言って私たちの予定を変えてしまった責任を感じたと申しますか、若くして筆頭料理人になれたことで調子に乗り過ぎていたと反省したらしく、暇を願い出てきました」

「むしろ逆に、偶然でも姫様を救ったように思ってもおかしくないのでは?」

「彼は専属料理人として、私の魔力がとても強いことは知っていましたので」
ああ、そっか。
毒味とか色々あるもんね。

「それに二重の偶然がありまして...まず、対外的には養魚場の視察は最初から伯爵夫妻、つまりあの夫婦が行くことになっていて、私が行くのはサプライズでした」

「サプライズですか?」
どういう意味だろう?

「当主夫妻が見学に来るとなったら、現場の方々の準備に力が入るでしょう? ところが馬車から降りてきたのはわたくし一人、となったら、一気に気が抜けませんか?」

「いや、それはなんとも...むしろ俺だったら余計に緊張してしまいそうですけどね」
「えーっ! お兄ちゃん鼻の下を伸ばし過ぎーっ」
「うるさいよ、お前は」

「あらそんな!...いえその...とにかく言い方は悪いのですが、最初に当主夫妻が来ると脅かしておいて、実際は娘の方だけが気軽な感じで姿を見せれば、現場の方々も肩の力が抜けるというか、つまり、あまり畏まらずに何でも話してくれるのでは無いか、そういう狙いもあったのです」

ああ、なるほど。
さすがリンスワルド家というか、この姫様らしい深慮遠謀だな。
いい意味で、だけどね。

「だからこそ、エルスカインは罠を張ったのだと思います。まだあの時点では伯爵夫妻が影武者で、本当の伯爵がわたくしであるということは、それこそミルシュラントの貴族でさえも事実を知る方はごく一部でしたし、彼らにも知られていなかったと思います」

「では間違って狙われたのでは無く、意図せずエルスカインの狙い通りの罠に飛び込んでしまったと?」

「そうなりますわ。養魚場の橋の罠は事故に見せかけるために、それなりに時間をかけて用意したものだと思います。予定通りわたくしが馬車に乗っていれば、襲撃を防げないまでもわたくし自身は怪我もしなかったでしょうし、無論、あの夫婦に大怪我をさせることも無かったであろうと」

「なんだかややこしいですね...エルスカインは狙い通りと考えて狙いを外していた。姫様は偶然、罠を避けることになったけれど、身代わりの夫婦に怪我をさせてしまったことで悔いが残ったと」

「ええ、端的に言ってそういうことです。とは言え結果論ですし、もちろん料理人の彼に責任はないと慰留したのですが...しかし決意は固く、加えて、自身の反省を含めて市井の人々を相手に色々な料理を食べて貰うことで修行を積みたいと、そう言われてしまっては断りようがありません」

いやいやいや。
それを拒否せずに許す姫様の寛大さが凄いと思いますよ?

「それで、ここを辞してあの宿屋にですか? 理由はともあれ、凄い転身ですね」

「彼の意志がとても強いことは分かりましたので、自分が納得いく修行が出来たら是非また戻ってきて欲しいと、その条件で、あの宿屋を買い取って彼らに渡したのです」

「宿屋ごと買い与えたんですか!? 凄いな...あ、だから食堂の名前じゃ無くて宿屋の名前自体が『銀の梟』なんですね?」

「そういうことでございます。ただ、彼らは宿の経営自体には興味が無いと言うことで、宿屋では元々働いていた方々を、そのまま再雇用しております」

うん?
さっきから『彼ら』っていう表現が混じってるな。
「では、その調理人の彼は食堂の台所だけを?」

「はい。それに、彼と一緒にここを出た妹の方が給仕を手伝っているそうです。彼女も調理人である兄と一緒にこの屋敷に来て、ずっと給仕係として働いて貰っていたのです」

ああっ、そういうことなの!
なんか、どうでもいいことだけど謎が解けた気分。
あの超絶に仕事の出来る給仕の娘さんは、天才調理人の妹で、しかも伯爵家のダイニングルームで鍛えられていた人だったと・・・
そりゃあ店の賑わい含めて色々と納得だな。

「そもそも『銀の梟』というのは、大公陛下に叙爵された当家の初代伯爵の二つ名だったのです」
「そうでしたか...でも銀の梟とはユニークですね」

「アルファニアを出てミルシュラントに移り住んだ初代様は、その知恵と魔法で大公陛下を様々な場面でお助けし、やがて、銀色の髪と知恵者のイメージから『銀の梟』と呼ばれるようになったのだそうです」

「凄いですね。しかし、それを店の名前に使わせたんですか?」

家紋や名前そのものでは無いと言え、トレードマークになるほどの貴族の二つ名を宿屋の名前に使わせて貰えるなんて、滅多なことではないはずだ。
と言うか、どこまでもフリーダムなリンスワルド家の振る舞いに、公国の紋章官が泡を吹いてそう。

「あの者の創り出す料理には、その価値があると信じておりますので。いまは市井で修行中ですが、いずれは王都で宮廷料理人として名を馳せてもおかしくない才能です。いまはまだ秘密にしておりますが、宿屋そのものは伯爵家の経営ですし、名乗るに相応しいかと存じます」

いや凄い。
そこまでの高評価か・・・

確かに料理とエールで初っぱなからフォーフェンの街が好印象で始まったのは、間違いなく銀の梟亭のお陰だ。
まあ、少しはイチゴジャムと銅鍋の力もあるけどね。
それにしても、フォーフェンであの宿を選んだのは熟考の上とはいえ偶然だし、もしもパルミュナが一言なにか希望を言っていれば、別の宿を選んでいたかもしれない。

ホント、出会いってのはどこに転がっているか分からないものだ。

「確かに銀の梟亭で出たのは凄い料理ばかりでしたね。初めて食べたものも多くて、あの店に出会ったことで、俺もパルミュナも一気にフォーフェンという街のファンになった気がしますよ」

「光栄ですわ! いつか、あの者たちにクライス殿と妹君が料理を褒めて下さっていたことを伝えられる日が来たら、是非教えてあげたいと思います」

「恐縮ですよ。ところで銀の梟亭の名前と、この鱒料理の由来は分かりましたが...この際、ついでだから伺ってしまいますが、橋で何があったのか詳しく教えて頂けませんか?」

俺が勢いに任せてそう言うと、姫様は、それを予見していたように静かに頷いた。
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