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第三部:王都への道
革袋とソファ
しおりを挟む嬉し涙で顔中をグシャグシャにした三人を落ち着かせる間、姫様にちょっと彼らの待遇を相談しておくことにする。
「姫様、俺の友人を大事に扱って下さるお気持ちはとても嬉しいんですが、さすがにこの待遇は緊張してしまうでしょう。もう少し気安い環境に移してあげられませんか?」
「そうですか...配慮が至らず申し訳ありません。本館はお好みではないとのお話を伺い、それ以外で良い客間というと、ここしか思い浮かばなかったので、つい」
「いえいえ、ご配慮は本当に有り難く。ただ、もっと気軽に過ごせる場所の方が良いかな、と思いまして」
「クライス殿のご友人をおもてなしする上で、丁度良い塩梅というのが分からなかったゆえ...かえって居心地悪くしてしまいましたか?」
「そんなことは無いんですけど...この先、ルマント村をリンスワルド領内に移転させて頂けるとしたら、彼らの一族は揃って姫様の領民になるわけですし、過分に客扱いなのも彼らの方が気が引けるでしょう」
「いえ、クライス殿。新たにいらっしゃるルマント村の方々は当地の領民としてしっかり保護いたしますが、こちらの御三方は、まずなによりもクライス殿のご友人にして大恩人。その方々を自分の臣民扱いするなどもっての他でございます。その点につきましては、新しいルマント村の建設後も態度を変えるつもりはございません」
あー、姫様の言い分も分かるなあ・・・
それに、『ゲスト扱いのランクを適度に落とせ』と言うのも、ホスト側としては限りなく判断しづらい事だもんね。
『適度に』って具体的になにさ? ってことだよな。
意図的に俺との差を付けるってのも変な話だし、逆に姫様に無用な気遣いをさせ過ぎることになるのも良くないか。
「わかりました姫様。慣れないことゆえ無粋なことを言って申し訳ありません...と言うわけで、ダンガ、レミンちゃん、アサム」
「うん」
「慣れてくれ」
「え?」
「まあ、今後も姫様はダンガたちに対して、勇者の仲間であることを第一に接して下さるって言う話だ。それを拒否するのは、それこそ人として無粋だろう?」
「え、あ、そ、そう、なのかな?」
「そそそそ、そうなんですね?」
「そうだよ。だから自分たちの気持ちを切り替えて、ここでのんびりと羽を伸ばして寛ぐ立場なんだと思うようにしてくれ。その方が、せっかくの姫様のお気持ちに応えることになるし、俺も三人も姫様も、互いに余計な気を遣わなくてすむんだ」
もしも俺が勇者じゃなかったら伯爵様相手にどの口が言うんだ? ってセリフだが、それを言い出すとキリがないし、いよいよダンガたちが居づらくなってしまうし・・・
ここはぐっと飲み込んで場に合わせよう。
「わ、分かった。ライノが言うなら、そうするよ」
「はい、慣れるように努力します」
「すぐには出来ないかもしれないけど、頑張るから」
「なんて言うか、ホント三人とも生真面目だよなあ...」
俺がそう言うと姫様はにっこりと微笑んだ。
「さすがにクライス殿がご友人と認めている方々ですもの。みなさんが人格者であることは、お話ししてすぐに分かりましたわ!」
とりあえずダンガたち三人は『賓客待遇に慣れるように努力する』という不思議な結論で無理矢理合意させた感じになったけど、俺としてもその着地点は有り難い。
だって、俺にしても友人であるダンガたちと自分への対応とにあからさまな差があるのは気持ちよくはないし、かと言って俺が「使用人部屋で寝泊まりします」なんて言い出したら、姫様はオロオロし始めそうだからね。
「ところで...もうしばらくしましたら夕餉の準備が整うと思うのですが、皆様も晩餐にご同席頂けますか? それとも、もし、お疲れのようでしたら、この離れに食事を運ばせますが、いかがいたしましょう?」
姫様がダンガたちに気を遣ってくれるのは有り難い。
「あ、あ、で、出来れば、その、こっちで食べたいかと...」
「かしこまりました。ポリノー村から屋敷に来るまでの間も、ずっと隊列の周囲を警護して下さったことは存じております。さぞやお疲れでございましょう...それではこちらに食事を運ばせますので、ゆっくりお寛ぎ下さいませ」
「ありがとうございます!」
「クライス殿と妹君はどうなされますか?」
「俺たちは、ダンガたちと違って馬車の中で座っていただけですから平気ですよ。俺もパルミュナも服はこれしか持ってないしマナーも全く知らないのですが、姫様さえよろしければ是非ご一緒に」
ここは姫様と同席しとくべきだろうな。
パルミュナとも、もう少し打ち解けて貰いたいし。
「ありがとうございます。それでは準備が整い次第、お声がけいたします」
「分かりました。じゃあ、よろしくおねがいします」
と言いつつ、俺と並んで座っている三人掛けソファの上で、徐々にくねっとお行儀悪い姿勢になりつつあるパルミュナを叱る。
「ほら、もうちょっとお行儀良く! 伯爵様のお屋敷だぞ?」
「はーい」
ちょっとだけ姿勢を正して座り直したパルミュナが、突然訳の分からないことを言い出した。
「お兄ちゃん、このソファが欲しいー!」
「はっ? なにを言ってるんだお前は」
「だってこのソファー、すっごく座り心地がいいのー!」
「いや欲しいったってどうすんだ? 王都の屋敷に置きたいのか? だったら王都に着いてから店に注文した方がいいだろ」
それを聞いた姫様が口を挟んできた。
「よろしければ、わたくしの方で運ぶものを手配して王都までお送りいたしますが? これと同じソファをお作りすればよろしいでしょうか?」
「いや、そんな申しわけ...」
と断りかけたらパルミュナが食いついた。
「コレ、これそのものを貰うのでもいいの?」
「もちろんでございますが、これと同じソファを新しくお作りするので無くてもよろしいのでしょうか?」
「うん、これがいい!」
「でしたら、ぜひお受け取り下さいませ」
まあいいか・・・
ここは素直に貰っておいた方が姫様も気分がいいだろうし。
「送り先を教えて頂ければ、すぐに輸送を手配いたします」
「ううん、大丈夫ー!」
大丈夫って...ソレ、つまり俺に運べって意味だよな?
この面子の前でパルミュナが出入りしてるんだからいいけど。
「あー、アレか? 中に入れとく気か?」
「そー」
「いいけど邪魔にならないか? いや、なるわけないか」
「うん、じゃあ中で受け取るからアタシの後に入れてねー」
パルミュナはそう言うと、さっさと自分から革袋の中に消えた。
「わがまま言ってすみません。じゃあ、このソファを頂戴します」
ソファに手を掛け、革袋の中に収納するイメージを浮かべると、するっと吸い込まれるようにソファが革袋に入り込む。
さすがに目前ではっきりとその様子を見て姫様が息を飲んだ。
ダンガたち三人も革袋の出し入れは散々見ているのだが、さすがパルミュナ自身や大きな家具が消失するさまには目を見張る。
「すごい技ですのね...古代の魔法には、空間を操る術式も色々とあったと聞いてはおりましたが...」
「ぶっちゃけ、エルスカインの転移魔法もその一つでしょうね。彼の秘密は、なんとか探り出していかなきゃならないと思いますが」
「そうですわね...あの襲撃に使われた転移魔法もそうですが、こうして目の前ではっきりと見せられると、話に伝わる様々な古代の魔法が誇張や創作では無く、ただ失われただけなのだと理解できます」
中には、使い方一つでは危険なものも沢山あっただろう。
それ自体が、アンスロープたちが生み出された古代の世界戦争の原因になったものなのか、あるいは終わらせたものなのかは分からないが。
「お兄ちゃーん、ソファの脇に置いてある丸テーブルも欲しい!」
革袋の中からパルミュナの声が響いた。
姫様の方を伺うと、にっこりと微笑んで頷かれたので、これも遠慮無く頂戴することにする。
「ほら、受け取れ」
ソファの脇に置いてあった、小さな可愛い丸テーブルを掴んで、革袋に送り込んだ。
「姫様ありがとー!」
「とんでもございません、だいせ、ん、パルミュナさん。喜んで頂ければ幸いですわ。なんでもご入り用のものがあれば、ぜひ仰って下さいませ」
「ホントー?」
「もちろんですわ。この屋敷の中にも他に気に入ったものがあれば、ご自由にお持ち下さいね」
「わー、ありがとー姫様! じゃあ、あとねー、さっきのお部屋で使ってたティーセットも欲しー!」
「ほどほどにな、パルミュナ。あんまり甘やかすと増長するんで、姫様もそのくらいで」
「増長とかひっどーい!」
「しないと約束できるか?」
返事が無い。
まるで空っぽの革袋のようだ。
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