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第二部:伯爵と魔獣の森
グリフォンと転移門
しおりを挟む扉をノックする音からすると、かなり慌てている様子だ。
俺が扉を開けに行くと、騎士の一人が立っていた。
「はい?」
「夜半に申し訳ありませんクライス殿。隊長からの指示なのですが、どうやら柵に入れてあるスパインボアたちが騒めき始めているらしく、クライス殿に見て貰った方が良いのではと言う話でして」
「分かりました。すぐに行きます」
急いで三人と一緒に柵のところに駆けつけてみると、確かにスパインボアたちが騒ぎだしてと言うか、怒り狂い始めていた。
明らかな興奮状態になっているし、『柵の中から出たくなくなる』という結界が無かったら、とうの昔に外に飛び出していただろう。
これって魔石を補給して結界を強化してなかったら、危なかったかも知れないな。
だけど、それにしても変だぞ・・・
結界は効いているはずなのに、なんで急に凶暴になり始めてるんだ?
そのくせ、柵から外に出ようとはしてない。
いざとなったら斬るしか無いかと、腰の革袋に収納してあるガオケルムに手を伸ばした時、スパインボアたちのざわめく地面の下から、何かの気配が立ち上りつつあることに気づいた。
魔力か?
しかし、柵の結界から魔力が漏れ出している気配は無いし、恐らく普通の人間には気づけないレベルだ。
俺が次の行動を決めかねて逡巡している間に、立ち上る魔力は一層濃密になり、同時に地面そのものも薄らと光を放ち始めた。
なんだこれ?
何かは分からないが、ヤバいものに違いは無いはずだ。
「襲撃だ! 隊長に知らせろ!」
そう騎士たちに叫んで、広場に走らせる。
「アサム、お前も行って知らせてくれ!」
「分かった!」
たぶん、鎧を着込んで走る騎士より百倍くらい速いよな。
それに騎士たちには、とにかく姫様の護衛に力を割いて欲しい。
そうしている間にも、最初はボンヤリとしていた地面の輝きは強さを増していく。
やがて、はっきりとした光の線が浮かび上がり、地面の下に隠されていたらしい魔法陣が光を放ち始めた。
別の魔法陣を地面の下に作ってあったのか?
ああ、そうか! そうだよね!
魔石で魔力を供給していた柵の結界は、スパインボアを『外に出さずに大人しくさせておく』ためだけの存在だ。
百匹のスパインボアを『養っていた』魔力の供給は、あんな魔石程度でどうにかなるはずないのだ。
根本的に見過ごしていた。
スパインボアを育てていた魔力は、ここを通っている奔流から汲み出したものだったんだ!
くそっ!
相も変わらず俺の間抜けめ!
パルミュナがいたら気づいていたかもしれないのに!
スパインボアたちは、突然、膨大な魔力の供給を受けて興奮状態になったんだな・・・
やがて地面が、と言うか、地面の土が崩れ落ちるように魔法陣の中に飲み込まれ始めた。
当然、その上にいたスパインボアたちも一緒に、突然生まれた足下の虚空に飲み込まれていく。
うぉっ、こいつは転移魔法陣だな!
慌てる俺を尻目に、七十匹のスパインボアがゆっくりと魔法陣に吸い込まれていく。
でもちょっと変だな。
なんだかスパインボアはどこかに送られて消えると言うよりも、転移魔法陣の底が抜けて、下に沈んでいくような感じに見える。
まるで底なし沼に沈んでいくような雰囲気だぞ?
そうか、この転移門は双方向なんだ!
転移先の邪魔者を排除するための結界は中和されたままで、向こうから何か送り込むために空間を繋いだから、こちらにあったものが同時に向こうに届き始めてるんだろう・・・
ひょっとしたら『森に入ってそのまま消えた誰か』って言うのも、これの準備段階だったか?
双方向の転移門って事は、こっちからも何かを向こうに送り出すつもりがあるって事だろうが・・・
それを考えた時に、さっき馬車の中で交わしたリンスワルド伯爵との会話が脳裏にフラッシュバックした。
- 『きっと私を殺した後の算段も、すでにあるのだと思いますわ』 -
- 『密かに殺した相手の身体を、あらかじめ作成しておいたホムンクルスと入れ替えるのです』 -
そして、ホムンクルスは特定の人物を素材にすれば、そっくりの身体を作り出せると・・・
姫様が訝しんでいたエルスカインの計画はこれか!
姫様の『身体』を手に入れて、操り人形にできるホムンクルスを作るつもりだ。
恐らくエルスカインの技術では、対象者の肉体さえ手に入れれば生死は問題ないのだろう。
ちゃんと転移門に放り込めるなら、襲撃場所からここまで姫様の死体を運んでくるのは、操ってるブラディウルフでもいいわけで・・・
あー・・・
あんまり想像したくない光景だな。
やがて七十匹すべてのスパインボアが『光の沼』に飲み込まれていった後、思いもしなかったものがそこから浮かび上がってきた。
「ライノ、何かが沢山こっちに向かってくる!」
急にダンガが叫んだ。
「ああ、今浮かび上がってくるところだ」
「違う! 街道の方から押し掛けてくる奴らがいる。たぶん魔獣だ!」
「なんだと!」
クソっ、本当に二面作戦を仕掛けられた。
ケネスさんの言ってたとおりだな。
二面作戦で物量で押されたら、こっちとしてはひたすら守りに入る意外に対抗手段がない。
姫様自身と、魔道士の防護結界がいつまで持つかの勝負ということか。
「種類は分かるか?」
「音や気配からすると、ブラディウルフの群れのような気がする」
「くそう...すまん、ダンガ、レミンちゃん、広場に行ってアサムと一緒に騎士たちを守ってやってくれ。ただし、ブラディウルフ以上に強いのが出てきたら、後は俺に任せて三人とも脱出しろ!」
「分かった!」
ダンガとレミンちゃんが広場に向けてダッシュした。
彼らの戦闘力と俺の掛けた防護結界でなんとかなってくれればいいが。
目の前では、底の抜けたような転移門の虚無の空間から何かが動きながらゆっくりと上がってくる。
だけど『現れる』じゃ無くて『上がってくる』って、どういうことだ?
と思った次の瞬間、俺は絶句した。
ゆっくりと動いているのは魔獣の身体そのものでは無く、羽ばたいている巨大な羽だったのだ。
グリフォンが三匹!
加減しろチクショウ!!!
エルスカインめ、コイツらは本当に『秘蔵っ子』を出してきたって感じだろうな!
さらに足下をブラディウルフが走り回っていれば、空から攻撃してくるグリフォンを迎え撃つのも覚束ないだろう。
そういう狙いか。
こいつら相手に、俺の魔力が足りるかどうか・・・
しかし、微妙にグリフォンたちの動きが変だ。
羽ばたいて転移門の中から飛び立とうとしているのに、なかなか飛び立てないでいるようにも見える。
それに身体の至る所にデカい瘤のようなものが引っ付いていて・・・
おおぅっ。
なんと、さっき落ちていったスパインボアたちが果敢にグリフォンに噛みついていた。
グリフォンがなかなか飛び立てない理由はこれか。
柵の結界から出た瞬間に、怒りの感情がピークに達したのかもしれないが、猛り狂ったスパインボアって、本当に、どんな相手にだろうと突っ込んでいくんだな・・・
七十匹のスパインボアに纏わり付かれ、さすがのグリフォンもイラッときている感じで身体を捻ってスパインボアを追い払おうとしている。
だが、翼や尻尾などにも噛みつかれているので、炎を吐いて焼くわけにも行かず、羽ばたきつつ手足や尻尾を振り回そうと、スパインボアたちは噛みついたまま一向に離れない。
これはあれだ。
破邪たちが俗に言う、『一度噛みついたスパインボアは雷が鳴るまで離さない』って状態だな。
転移門から出てきたグリフォンたちは体中に纏わり付くスパインボアたちのおかげで上手く羽ばたけず、空に飛び上がろうとして失敗している。
深く考えずにスパインボアを柵に戻していたという怪我の功名だぜ。
「俺が相手になるぞっエルスカインっ!!!」
俺はこのチャンスを生かすべく、ガオケルムを抜き放って叫ぶと柵の中に飛び込んだ。
グリフォン三匹とスパインボア、全部を相手に乱戦覚悟だ。
だが、さすがはグリフォンだな、勇者の力で加速されているスピードでも俺の動きに気がついたようだ。
俺が柵の中に入ろうと飛び上がると同時に素早く首を振って、口から炎を吹きかけてくる。
しかも、俺がジャンプして柵を跳び越えた瞬間を狙って炎を吹きかけてきた。
こいつ頭いい!
それとも偶然か?
だって走ったりジャンプしたり、そういう筋力や反射神経で身体を動かす速度は常人の何十倍にも加速できるけど、『高いところから落ちる加速度』は勇者でも、岩の塊でも一緒なんだよ!
ズルくない?
これ理解して狙ってるんならグリフォンって並の相手じゃねえぞ?
なんとか炎を避けることに成功して柵の中に降り立ち、俺に気がついて飛びかかってこようとするスパインボアを斬り倒しながら、全速でグリフォンに近づく。
ガオケルムで一番手前に位置するグリフォンの足に斬りかかった。
手応えはあったけど、俺の魔力量では一刀両断とは行かない。
さすがに固いな。
物質的にも、魔力防御的にも。
一太刀で斬れないなら二太刀目、三太刀目を打ち込んで行くのみ!
グリフォンも足の爪を振り回し、嘴も使って俺を攻撃してくる。
炎を吐かないのは、俺が足下をうろちょろしていて近すぎるからか?
三太刀目でグリフォンの後ろ足の片側を切り落とすことに成功した。
だけど、これは致命傷と言えるものじゃ無い。
それに俺の診ている前で、振り落とされたり嘴で捕まれて排除されたりするスパインボアも徐々に増えてきている。
とうとう、一番遠くにいたグリフォンが空に飛び上がった。
あれを姫様の馬車に行かせると面倒なことになるな・・・
肉体を手に入れるのが目的だとすれば、空から姫様の馬車を焼き払ったりは出来ないはずだが。
とは言っても、なにかうまい策があるわけでも無い。
バランスを失ってよろめいている目の前のグリフォンに集中するべきか。
一瞬の躊躇の間に俺を切り裂こうと、身体を捻って攻撃してきた前足の爪を避け、そのままグリフォンの指先を切り落とした。
とにかく、やれるだけやるしか無いさ!
ガオケルムと俺の魔力で、どこまでやれるか限界に挑戦って奴だな。
頼むぜ相棒!
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