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第二部:伯爵と魔獣の森
村の広場に陣を張る
しおりを挟む「ところで、姫様はどこでお休みに?」
一応は、護衛対象がどこにいるのかをヴァーニル隊長に確認しておく。
「馬車の中ですな。下手に村人の家屋を供出して貰ったところで、安全とは言えません。物理的にも魔法的にも、ここで一番頑強なのは姫様の馬車でしょう」
「なるほど...確かに仰るとおりですね」
「中央に姫様の馬車を置き、周囲を従者の馬車で囲みます。いざというときにはすぐに脱出できるよう、村の出口に頭を向けておきますが、ここから逃げ出さねばならない状況とまでなれば、道に出られても望みは薄いですな」
それもその通りだな。
護衛が軒並みやられて逃げ出さなきゃいけなくなった時点で、ほとんど詰んでるだろう。
「村人たちは?」
「村長と話した結果、ジットレイン殿の作った護符を持って森の奥に避難して貰うことになりました。狙われるのは姫様ですから、出来るだけ離れておけば、巻き添えを食う可能性は下がるでしょう。そもそもスパインボアを育てていたのはこの村ですから、口封じまで狙われると保証できませんが」
確かに、この村の家に引き籠もっているよりは危険は少ないだろう。
もしも相手が口封じのための皆殺しを徹底するなら、結局は今日ここに姫様が来ていようといまいと関係ないだろうからな。
「ではまた後ほど」
そう言うとヴァーニル隊長はジットレイン魔道士と連れだって、車列の方に戻っていった。
それを見送ったケネスさんは、俺の方を振り返ると、いかにも面白がってるっていう顔をして見せる。
「しっかし、変わった挨拶があるんだな!」
「まあ、破邪同士の間でしかやらないから、普通は目にすることがないですよ」
「破邪だけの符帳って言うか合い言葉みたいなもんか?」
「そうですね。まだ印を貰ってない見習いは魔法も十分に使えないし、自分を証明する手段がないんです。この挨拶さえきちんと出来れば、修行中の身だと認められて、破邪として仲間の世話になることが出来ます」
「ふーん。世の中って色々あって面白いな...ところで、ライノやダンガたちは今晩どうするんだ?」
「俺は外で構わないですよ。ただ、ダンガたちは村人を助ける時に湖に浸かってずぶ濡れになっているので、三人とも早めに服を乾かせるようにしてあげたいと思いますが」
「おお、そうか。じゃあ、ここの村長のファーマとか言ったか、あいつに聞いて見よう」
「じゃあ、お願いします」
一旦その場を離れたケネスさんは、またすぐに一人で戻ってきた。
「ライノ、村長の家をダンガたちのために空けてくれるそうだ。四人で好きに使って貰って構わないと」
「ありがとうございます。遊撃班の方々は?」
「俺たちも別の家を一軒借りれることになったから気にしなくていい」
「分かりました、じゃあお言葉に甘えます」
ケネスさんは頷いて立ち去ろうとしたが、ちょっと考えんだ表情をしてから、再度こちらに向き直った。
「ところでライノ...お前、今夜は襲撃があると思うか?」
「無責任に言えば、今夜また襲撃されておかしく無いと思いますね」
「なにか理由はあるか?」
「雰囲気ですけどね。俺たちが油断しているから、ですよ」
「ん? どういう意味だ? 決して油断はしてないだろう?」
「どうでしょうか? ブラディウルフを召喚した魔法陣にしろ、現場をグチャグチャにして証拠隠滅させるつもりだったスパインボアにしろ、かなりの準備期間を掛けているものです」
「そりゃそうだな。昨日今日で出来る仕掛けじゃない」
「だからこそです。今夜追撃があるとしても、もう、あれほどの規模ではないだろうと...例えば暗殺者が闇に紛れて襲ってくる程度じゃないか? とか...みんな用心してると言いつつ、心の中ではそういう風に思ってないかなって心配なんですよ」
「そうだな...一度襲撃に失敗しているのに、あの規模の、いや、あの規模以上の襲撃をもう一回繰り出してくるとは、普通考えないよな...準備期間もないはずだ」
相手がエルスカインでなければ、実際そうなんだろうけど・・・
「魔獣は一番予想してないときに、一番予想してなかった場所から飛び出してくる。それが、俺が師匠に教わった大事なことの一つです」
「ああ、さっきアサム君が吹っ飛ばされた時に言ってたのはそれか!」
「ええ、まあ」
「なるほど。気を抜いた時...まさかここでって場所に来るって訳か?」
「ええ、だからみんなは『今夜襲撃されるかもしれない』って思ってる方がいいんです。根拠は無いですけどね。でも、これを忘れなかったから今日まで生き延びられてるって実感はあります」
「あー...なるほどな...確かにそうかもしれんなあ」
「とは言え、あのまま街道を逃げてたら予備の罠に飛び込むだけだった気もしますから難しいところですけど...それと、もう一つ、気になる理由があります」
「何だ?」
「犯人は何ヶ月も手間の掛かる準備をして、今回の襲撃を事故に見せかけようとしていたわけですよね。責任を全部この村におっ被せて」
「しかもそのために目撃者は皆殺しって言う、酷い前提だ」
「ところが襲撃は阻止されたでしょう?」
「ああ」
「結果として、自然にはあり得ないブラディウルフの大群も目撃されてしまったし、この村でのたくらみも表沙汰になった。だからもう、次を事故に見せかける意味は無いんですよ」
「おおそうか!」
スズメバチの件の実際がどうあれ、あの魔獣の大群を出してきた以上、エルスカインは姫様たちの皆殺しを前提にしていたはずだ。
計画通りなら、姫様たちを食い殺したのは狂乱状態のスパインボアだったということにして、その原因をポリノー村に押しつけられるはずだったが、もはやその線が無いことは明らかだろう。
「この先で何が起きても、もう誰も事故だとは思わないでしょう?」
「当然だな。じゃあ次はどんな手を打つか。事故に見せかける事を諦めて徹底的に攻撃してくるか、それとも手を引いて逃げるか」
「手を引くと思いますか?」
「思わないな。これで手を引いたら、単に自分たちの存在を露呈させただけの結果に終わる。どうせバレたのなら、望む結果が手に入るまで徹底的にやるだろうさ」
「俺もそう思います。次は、なりふり構わず物量で責めてきてもおかしくないかなって...決戦とまでは言いませんけど、やるからには追加のブラディウルフを送り込むってレベルじゃ無い気がします」
「きっついなあ...今日の襲撃だって、ライノがいなかったら絶対に防げてないぞ?」
「ケネスさんだったらどうですか? 居城に逃げ込ませて防衛体制を敷かれる前にカタを付けてしまおうって考えませんか?」
「そうだろうな。しかし、あんな物量で二面攻撃されたら、ライノが一人しかいない以上は厳しいな」
「そんな、人を兵器のように」
「だが現実に、今日のアレみたいなのが二倍や三倍来たらどうするって話だ」
「まあそうですね。結局は数で押されます」
「だよなあ...」
「ただ、向こうも準備時間はないはずです。なりふり構わないと言っても、どこまでの戦力を動員できる相手なのか...もし今日のアレの三倍の数を出せるのなら、すでに出してたんじゃないかって気もしますから」
「そうだな。相手が短時間にどれほどの兵力を持ち出せるか、それ次第か」
「少なくとも、あのブラディウルフやスパインボアの群れとは違う手を打ってくると思います。それが何かは予想も付かないですけど」
「来るとしたら深夜か明け方か。こっちが一番だれてる時間帯かな?」
「たぶん、そんな感じだろうと思いますよ。少しは準備時間も取れるし、真っ暗だってのも襲う側に都合がいいでしょうね」
「確かにな...まあ無理だと思ったら逃げてくれよ? 魔獣からの護衛と言っても、俺たち軍人や騎士団と違って、ライノたちにはなんの義務も責任も無いからな。姫様と心中する必要は無い」
「俺が一番守りたいのはアンスロープの三人です。巻き込んだ責任があるんで、それこそ姫様よりもね...申し訳ないですけど、いざって時の行動は、あの三人を守るための最善策になりますよ」
真面目な話、どうしても勝てない相手と分かったら勇者の誇りなんて気にするつもりはない。
恥も外聞も捨てて三人を背中に担いで逃げる覚悟だ。
「それで構わんさ」
「もう一つ、これだけは言っておかなければならないことが」
「なんだ?」
「実は、自分の状況判断力の甘さをどうやって是正するかっていうのが俺にとってかなり深刻な課題なんですよね...」
「おまっ、いま言うか?!」
「いや結構マジですよ? もう何度も反省してるんで」
「...そうだな...俺はライノより年を食ってる分、色々な現場や色々な人を見てきた。それで言えることはな、自分の判断力に強い自信を持ってる奴なんて危なっかしい野郎だよ」
「そんなもんですか?」
「そりゃあそうさ。だって、さっきお前が言ってた『お師匠さんの言葉』だって、まさにそのことじゃ無いか? 自分の判断力を過信するなってよ」
「あっ! 言われてみたらそうですよね!」
「そんなもんさ」
「なんか、スッキリしましたよ。ありがとうございます」
「どういたしまして、だ」
ケネスさんはそれだけ言うと、仲間のところに戻っていった。
まあ、確かにそうだよな。
俺の判断力を鍛える必要があるのは変わらないけど、『思わぬ時に思わぬ事が起きる』ってのは、世の中を知り尽くすことが不可能な以上、絶対に避けられないことなんだもの。
それに『義務』か・・・久しぶりに聞いたな、この言葉。
ケネスさんは知らないけれど、俺にも大精霊と契約した勇者っていう義務がある。破邪の矜持と勇者の義務、いまの俺にはどちらも大切なんだ。
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