127 / 922
第二部:伯爵と魔獣の森
ブラディウルフの痕跡
しおりを挟む急にケネスさんに狼姿を褒められて挙動不審な感じになっているダンガたちに改めて追跡を依頼する。
「じゃあダンガ、悪いがブラディウルフがどっちから来たのか、少し辿ってみて貰えるか?」
「ライノ、匂いを追うならこの姿のままの方がいいと思う。俺たちで出来るだけ進みやすいコースを探すから、後ろを付いてきて貰えるか?」
「分かった。ただ十分に気をつけてくれ。それとブラディウルフ以外の匂いが混じり始めたら、絶対にいったん停まってくれ」
「了解だ。じゃあ行こう。アサム、レミン、匂いを追うぞ!」
「ケネスさん、行きましょう」
「おうっ」
ブラディウルフの大群は前方から押し寄せてきたと言うことなので、まずは街道沿いに進むが、馬車の隊列から少し離れたところで痕跡は木立の中に入っていった。
「この辺りから飛び出してきてるね」
「道の匂いは、この先で途切れてます」
「よし、上ってみよう」
まばらに木の生えた斜面を縫って上っていくダンガたちの後を追うが、彼らの身体が大きいので、その後ろを辿るだけならそれほど苦労は無い。
しばらく黙々と緩斜面を上がっていきながら、ふと、昔エドヴァルで探索と追跡を手伝わせるための魔犬を連れた破邪がいたことを思い出した。
可愛い魔犬だったが、当然、地面の匂いを辿るには姿勢を低くして這うように進んでいくので、茂った藪の中でもグングン進んでしまう。
後を追うのが大変だとこぼしていたっけな。
「ライノ、このあたりから人の匂いがし始めてる!」
ダンガの声で回想を中断して足を止めた。
後ろを振り返ってここからの眺めを確認してみると、遠くの街道まで見通せる位置だ。
予想通り、すぐ近くだったか。
「数は多いか?」
ケネスさんは、まず戦闘の可能性を心配しているな。
「いや、たぶん一人だけだね」
「私もそう思います。人の匂いは一種類だけですね。あの魔法薬のような匂いも無いです」
「慎重に辿ろう。まだ敵が近くに隠れている可能性もある」
「ああ」
ダンガたちは少しスピードを緩めて進み始めたので、ほとんど並んで歩くことが出来るのが安心だ。
彼らには防護結界を維持する魔力を送っているけど、イザって時にはできるだけ俺が盾になれる位置関係にいたいからな。
「匂いが強まってきたぞ」
「ライノさん、ブラディウルフの匂いも強くなってます。つまり、この辺りではまだバラけずに固まって動いてたんじゃないでしょうか?」
うーん、レミンちゃんの分析が毎度的確で有り難い。
「って事は近いかな?」
「用心しろ...」
そこから少し進んだところで、いきなり気配が変わった。
俺は咄嗟にすぐ横を歩いていたレミンちゃんの肩に手を伸ばして、それ以上進まないように押しとどめる。
「みんな止まれ!」
「何だ?」
「魔力の気配がおかしい。この先になにかあるな...もう匂いを追う必要は無いから、ダンガたちも俺より前に出るなよ」
周囲に散らばって索敵しながら進んでいたケネスさんたちにも声を掛ける。
「遊撃班も、ここに集まって下さい」
「いや敵が近いなら、固まってると却って危険じゃ無いか?」
「俺の防護結界で守りますから一カ所に集まった方が安全です」
「なに!?...まあ、お前が出来るって言うなら出来るんだろ。分かった。アンディー、ハース、ロベル、みんなこっちへ来い!」
ここで秘密保持を優先してケネスさんたちが危機に陥ったら、勇者としては本末転倒もいいところだ。
まだ魔力には十分な余裕があるから、念のためダンガたちに掛けた独立して動ける防護結界はそのままにして、全員をカバーする広範囲な防護結界を上掛けする。
更に、ケネスさんたちに分かりやすいように、少しばかり脳内の魔法陣をいじって、空中部分も結界の範囲が良く目に見えるようにした。
ガルシリス城でパルミュナが防護結界を張った時には、純粋に魔力の膨大さで魔法陣そのものが空中に現出したが、こっちはただのビジュアルだ。
『この中から出ないで下さいねー!』という以上の意味は無い。
「これ...お前がやってんのか...スパインボアもこう言うので押し込めたのか?」
「あっちは、これの逆向きって感じですね。とにかく敵の様子が分かるまで、結界の半球から出ないようにしてて下さい」
「おう、わかった」
漂う魔力の残滓がどんどん濃くなってくる方へと全員でまとまって進んでいくと、ふいに木立を抜けて開けた場所に出た。
森の真ん中に広場のような窪地があって、その中心部にはうっすらと濁った魔力が澱んでいる。
出所はここか・・・
全員にその場から動かないように手で合図をして、一人で慎重に近づいてみると、破壊された魔法陣の痕跡を見つけることが出来た。
陣自体はギッタギッタに刻まれているが、ついさっきまで動かしていたのだ。魔力の痕跡はまだ濃密で、刻まれた陣の内容もおおよそ読み取ることが出来た。
逆に言うと、精霊魔法を習得しつつあるとは言え駆け出しの俺にも読み取れるレベルの構造だな。
魔法陣は、魔法を使った術の設計図であると同時に駆動体であり、その制御盤でもある。
術者の魔力が強いほど強力な魔法を長時間駆使できるし、魔法に対する造詣が深い者ほど緻密で複雑な術式の魔法陣を構築できる。
これは・・・中級?
いや、俺が言うのはおこがましいか。
ただ、ガルシリス城にあったやつみたいに、パルミュナが読み取るのに手間取ったほどの複雑怪奇さじゃないし、かと言って、そこらの魔法使いに扱えるほど簡単なモノでも無い。
痩せても枯れても『転移魔法陣』だからな!
この転移魔法陣は一方通行で、向こう側に何かを戻すことは出来ないようだが、代わりに魔力の消費は少なさそうだ。
もちろんパルミュナが教えてくれたように、少ないと言っても『そこらの人族』に動かせるレベルでは無いから、やっぱり魔力の補充に関しては何らかの仕掛けがあるんだろう。
他に結界や罠の類いが陣の周りに張られている様子は無いかな・・・
そういうのが、ずっとパルミュナ頼りだったので、自信が無いんだけどね。
泣き言を言ってても仕方が無い。
精神を集中し、精霊の目を意識して辺りを窺う。
やっぱり、この周辺に『ちびっ子精霊』は全然いないな。
ごくわずかとは言え濁った魔力が澱んでいる転移魔法陣の中心部はもちろんだが、ここから見渡した限りでは木立の間にも姿は無い。
スパインボアの柵の周りと同じで、妙な魔法が使われたりすると、気配を嫌がって去ってしまうのだろう。
「ケネスさん、どうやらここにはもう、直接の危険は無いようです」
「おお、そうか」
「ダンガたちも、この窪地から出るんじゃないぞ」
「わかった」
遊撃班の四人は早速、窪地の中央に立っている俺の側にやってきた。
「ダンガ、さっき感じた『人の匂い』って、ここからどこか別の方向に向かってたりするか? ただし、もう匂いを追っていくなよ。物理的に逃げたかどうかさえ分かればいいんだ」
「ちょっと待ってくれ...」
三人は周囲の匂いを嗅ぐと、一斉に同じ方向に顔を向けた。
「こっちだな」
「ブラディウルフを走らせたのとは逆方向に向かったようですね」
「この窪地の周辺は匂いが強いから、たぶん長いこといたんだと思う」
「でもライノさん、ブラディウルフの匂いは周りのどこにも続いていません。まるで、いきなりここに現れたみたいで不思議です」
「そうだよ?」
「えっ?!」
「ここにあるのは転移魔法陣だよ。俺に読み取れる限りだと、一方通行でどこかから召喚するだけの仕掛けだけどね」
「おい、ライノそれってどういうことだ?」
「アレは、はるばる森の中を連れてきたんじゃ無いって事です」
「なんだと...召喚魔法って、本当に使える奴がいたんだな...」
「ただ、あれだけ大量のブラディウルフを呼び出したことを考えると、送り元の魔法陣はもっと大規模な代物でしょうね。それに、ここだって魔法使い一人の魔力じゃとても動かせなかっただろうと思うから、なにか補助的な仕掛けがあったんだと思います」
「うーん...さすがウン十匹のブラディウルフをまとめて使役する相手だ。生半可な奴じゃあないだろうとは思っていたが、ここまでとはな」
「戻りましょうケネスさん。ここを動かした術者を今から追っても、危険なだけで益は無いと思います。たぶん、この場所は襲撃拠点としては放棄されてるし、次があるとしても別動部隊でしょうから」
「でも、いまなら、この匂いを追えば捕まえられるかも知れないよ? まだそんなに離れてないと思うんだ」
そう言いながらアサムが木立の中へ入って行く。
「やめろアサム!」
俺がそう叫ぶのと、アサムの身体が空中に弾き飛ばされるのがほとんど同時だった。
10
お気に入りに追加
66
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
ステータス画面がバグったのでとりあえず叩きます!!
カタナヅキ
ファンタジー
ステータ画面は防御魔法?あらゆる攻撃を画面で防ぐ異色の魔術師の物語!!
祖父の遺言で魔女が暮らす森に訪れた少年「ナオ」は一冊の魔導書を渡される。その魔導書はかつて異界から訪れたという人間が書き記した代物であり、ナオは魔導書を読み解くと視界に「ステータス画面」なる物が現れた。だが、何故か画面に表示されている文字は無茶苦茶な羅列で解読ができず、折角覚えた魔法なのに使い道に悩んだナオはある方法を思いつく。
「よし、とりあえず叩いてみよう!!」
ステータス画面を掴んでナオは悪党や魔物を相手に叩き付け、時には攻撃を防ぐ防具として利用する。世界でただ一人の「ステータス画面」の誤った使い方で彼は成り上がる。
※ステータスウィンドウで殴る、防ぐ、空を飛ぶ異色のファンタジー!!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】シナリオブレイカーズ〜破滅確定悪役貴族の悠々自適箱庭生活〜
双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
【ファンタジーカップ参加作品です。清き一票をお願いします】
王国の忠臣スグエンキル家の嫡子コモーノは弟の死に際を目前に、前世の記憶を思い出した。
自身が前世でやりこんだバッドエンド多めのシミュレーションゲーム『イバラの王国』の血塗れ侯爵であると気づき、まず最初に行動したのは、先祖代々から束縛された呪縛の解放。
それを実行する為には弟、アルフレッドの力が必要だった。
一方で文字化けした職能〈ジョブ〉を授かったとして廃嫡、離れの屋敷に幽閉されたアルフレッドもまた、見知らぬ男の記憶を見て、自信の授かったジョブが国家が転覆しかねない程のチートジョブだと知る。
コモーノはジョブでこそ認められたが、才能でアルフレッドを上回ることをできないと知りつつ、前世知識で無双することを決意する。
原作知識? 否、それはスイーツ。
前世パティシエだったコモーノの、あらゆる人材を甘い物で釣るスイーツ無双譚。ここに開幕!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
世界最強で始める異世界生活〜最強とは頼んだけど、災害レベルまでとは言ってない!〜
ワキヤク
ファンタジー
その日、春埼暁人は死んだ。トラックに轢かれかけた子供を庇ったのが原因だった。
そんな彼の自己犠牲精神は世界を創造し、見守る『創造神』の心を動かす。
創造神の力で剣と魔法の世界へと転生を果たした暁人。本人の『願い』と創造神の『粋な計らい』の影響で凄まじい力を手にしたが、彼の力は世界を救うどころか世界を滅ぼしかねないものだった。
普通に歩いても地割れが起き、彼が戦おうものなら瞬く間にその場所は更地と化す。
魔法もスキルも無効化吸収し、自分のものにもできる。
まさしく『最強』としての力を得た暁人だが、等の本人からすれば手に余る力だった。
制御の難しいその力のせいで、文字通り『歩く災害』となった暁人。彼は平穏な異世界生活を送ることができるのか……。
これは、やがてその世界で最強の英雄と呼ばれる男の物語。
レオナルド・ダ・オースティン 〜魔剣使いの若き英雄〜
優陽 yûhi
ファンタジー
じいちゃん、ばあちゃんと呼ぶ、剣神と大賢者に育てられ、
戦闘力、魔法、知能共、規格外の能力を持つ12歳の少年。
本来、精神を支配され、身体を乗っ取られると言う危うい魔剣を使いこなし、
皆に可愛がられ愛される性格にも拘らず、
剣と魔法で、容赦も遠慮も無い傍若無人の戦いを繰り広げる。
彼の名前はレオナルド。出生は謎に包まれている。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
異世界でリサイクルショップ!俺の高価買取り!
理太郎
ファンタジー
坂木 新はリサイクルショップの店員だ。
ある日、買い取りで査定に不満を持った客に恨みを持たれてしまう。
仕事帰りに襲われて、気が付くと見知らぬ世界のベッドの上だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる