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第二部:伯爵と魔獣の森

<閑話:ダンガの決意>

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兄妹三人で、あてどもなく彷徨っていた苦しい旅の途中、偶然に出会って妹の命を救ってくれた凄い破邪の男が、俺たちアンスロープの正しい姿を教えてくれたんだ。

なにかって?

アンスロープも他の人族も、みんな同じように『魔獣の子孫』だってことさ。

太古の昔、人族の住むすべての世界、つまりポルミサリア全体が『世界戦争』という争いの災禍に包まれたとき、伝承では『闇エルフ』と呼ばれているらしい、とある陣営のエルフ魔術師たちが忌むべき魔術を用いて、奴隷に魔獣の血を混ぜ合わせた戦闘種族を生み出したんだ。

その一つが俺たちアンスロープ族で、いまでは普通に他の種族と混じって生活しているけど、元々は悪辣な魔術の力によって、人族としての権利や尊厳など完全に無視した『戦う奴隷』として生み出された人造種族だったってわけ。

その出自のせいで、俺たちはずっと『獣の血が半分流れてる種族』だって自分たちのことを捉えてたから、なんて言うか・・・他の人族たちに対して、劣等感って言うか、引け目を感じてる処があったんだな。

でも彼は、人が『十割の猿の魔獣』だとするならば、アンスロープは『五割が猿で五割が狼』だって教えてくれた。
そして、元になった獣の種類に差があるだけで、どっちも魔獣の子孫なんだから気にするようなことじゃないってね。

それを聞いて俺たち兄妹が、どんなに気楽で自由な気持ちになれたか・・・たぶん、アンスロープ族じゃない人に話しても分かって貰えないだろうなあ。
すぐにでも村に飛んで帰って、一族のみんなにこのことを触れ回ってあげたいくらいさ。

本当に生まれ変わったような気分だったよ。
他の人族が聞いたら大袈裟に思うかもしれないけどね?

もうこれからは、他の種族の人が見ている前で狼姿に変身するとしても躊躇ったり、後で後悔したりはしないと思う。
彼の言葉で、俺たちにとって狼の姿が、必要なときにしぶしぶ変身する姿、あまり他種族に見せたくない姿じゃなくて、誇らしいものに変わったんだからね!

それにね、彼は今回の調査仕事で、その気になったらいつでも俺たちが村に帰れるほどの賃金を渡してくれたんだ。

いや賃金なんて生やさしい金額じゃないな・・・

口にはしなかったけど、正直、『ミルバルナだったら俺たちまとめて奴隷として買ってもお釣りが来るんじゃないか?』って心の中で思ったくらいの大金だ。

実を言うと俺たちの路銀はほとんど尽きかけてて、もう、故郷に帰ることすら覚束ないほどだった。
できるだけ節制して、ちゃんと考えながら旅費を使ってきたつもりだったんだけどなあ。
それでもお金はどんどん財布から出て行った。
旅の途中で狩りや力仕事の手伝いをして路銀を稼ごうって言う算段も、思ってたほど上手くいかなかったし・・・

考えてみると、俺たちは体は丈夫だし野山で過ごすのも得意だから、狩人や農民としては優秀な種族だと思ってるけど、アンスロープ族の金持ちって言うのは、あんまり聞いたことがない。

きっと、種族的に商売ごとには向いてないんだろうって気がする。
体を動かすのは得意なんだけどさ・・・

長老たちの話によると、あちらこちらで戦争が続いていた時代には、アンスロープの戦士は傭兵として引っ張りだこだったらしい。
その頃は、文字通りに『戦場で大金を稼いだ』人も沢山いたってさ。
まあ、いまそれを聞いても、羨ましいとは全然思わないけどね。

と言うわけで、彼には・・・

遍歴破邪のライノ・クライスには、どんなに感謝してもしきれない。

目の玉が飛び出るほど高価な薬を躊躇いもなく使って大切な妹の命を救ってくれた上に、三人揃って何年も旅を続けられそうなほどの旅費さえ出してくれた。
そして・・・俺たちの心にあった『魔獣の子孫』という枷も綺麗に消し去ってくれた。

妹や弟にそれを強制するつもりはないけど、俺自身はライノのためなら命をかける。
彼のために、俺に出来ることならなんだってやる。

群のボスって言うよりも、もっと大きな存在なんだよ、ライノは。

でもライノはこの後、ミルシュラントの王都に行くって言ってたから、この調査の仕事が終わったら、もう逢えなくなるのかもしれないなあ。
なんとか、ライノと逢えるチャンスがあるような処に、新しい村を作る候補地が見つかればいいのに・・・

いやだめだ。

そんな甘い考えを持ってたら、折角ライノに貰った旅費をまたまた無駄遣いして過ごすことになっちまうだろう。
レミンもアサムも、ライノと離れるのは寂しいだろうけど、ここは俺がしっかりして、初志貫徹を保たないと。

それと、聞いた話によるとアンスロープの腹に生じた子供は、例え他の種族とのハーフであっても、普通にアンスロープとして生まれるらしいから、どうしても同じ種族だけで集落にまとまって住むことになりやすいそうだ。

このあたりは人間族の血が他種族の間では広まらないこととは真逆かな?

人間族やエルフ族が、どんどん街を作って世界中を行き交っているのに較べれば、俺たちは典型的な同族社会とか村社会って言う奴だな。
そう言う暮らし方も、いまの時代に商売しづらいし、なかなかまとまったお金を稼げない理由なのかもしれない。

だから、王都や大きな街の近くにアンスロープの集落を新しく作るなんて、絶望的に無理だろうね。
さすがに、このくらいのことは俺にも理解できる。

ライノが教えてくれた話によると、王都の街中じゃアンスロープ族とエルセリア族が肩を並べて仲良く暮らしてたりするらしいから、同族だけで村を作るとか考えなければ、街暮らしもアリなんだろうけどな・・・

ところで、そのエルセリア族って言う人たちも、俺たちと十把一絡げに『獣人族』なんて呼ばれてる種族なんだけど、彼らには辛い話がある。

太古の世界戦争で俺たちアンスロープ族を産み出した悪辣非道な闇エルフ達の陣営は敗戦し、被害者であるご先祖たちは奴隷としての抑圧から解放された。

だけど、ことはそれで終わらなかったんだ。

恐ろしいことに、禁忌の魔術でアンスロープ族を作り出した闇エルフ達の一族は、その道義にもとる行いへの反動で『呪い返し』を受けて一人残らず獣化し、エルセリア族へと変貌したって言われてる。

この陣営の闇エルフたちは、一人残らずエルセリア族へと変容してしまったので、直系の子孫はエルフ族としては残っていないそうだ。

なぜ、直接手を下した魔法使いたちだけで無くって、王族から一般市民まで含めて当時の闇エルフ族のすべてが、敗戦と同時に残らず呪い返しの犠牲になったのかは良く分からないらしい。

まあ、それだけ悪辣な行いだったからだと理解されてるそうだけど、巻き込まれた当時の人々は可哀想な話だよなあ・・・

で、要はアンスロープ族とエルセリア族は、どちらも肉体に獣の要素があるから、他の種族の人たちはゴッチャにして『獣人族』と呼んだりするけど、その発祥は真逆だってことだね。

現代でそれを言っても仕方の無いことだと思うし、自分では気にしたこともないんだけど、ある意味では『被害者の一族』と『加害者の一族』それぞれの子孫ってことになるから、もう長い年月が過ぎてるのに、そのせいで、いまだにエルセリア族の人々は、自分らが『罪人の子孫』だって意識を捨てきれないでいるそうだ。

それは、なんだか凄く可哀想な気がするよなあ・・・

当時は被害者側だったアンスロープ族さえ、もう誰もそんな印象は持ってないと思うんだけど。

もう一つ、単純な違いで言うと、アンスロープとエルセリアでは子供への獣の要素というか発現の仕方が違うらしい。

アンスロープは狼の魔獣と人を魔法で融合させるという手法で生み出されたけど、エルセリア族は純粋に呪いによって変貌したために、どんな獣の要素が出現するのかが複雑なんだって。

なんでも、当時、闇エルフの魔法使いたちが恐ろしい魔法実験に使っていた色々な魔獣の要素が魂に取り込まれていて、時代を経ても、そのかたちをとって出てくるんだって話。

エルセリア族の知り合いなんて一人もいないから真偽のほどは知らないんだけど、例えば、仮に『虎』の形質を持ったエルセリアの男と、『豹』の形質を持ったエルセリアの女が結婚して子供が生まれても、その子は『虎と豹の合いの子』とはならず、どちらか一方の形質を受け継ぐだけらしい。

しかも、その同じ親から生まれた兄弟姉妹たちが、父母どちらの形質を継ぐかはランダムで、生まれるまで分からないそうだ。

さらに時にはぐっと先祖返りをして、直近の家系にいない獣の要素が出てきたりすることもあるっていうんだから面白い。

いや、面白なんて言っちゃいけないか・・・

でも、そんな人がいるかどうか知らないけど、仮に『狼系の要素』を持ったエルセリア族がいたとして、アンスロープ族と結婚して子供を産んだらどうなるんだろうね?

ちょっとだけ興味あるな。
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