なろう380000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす

大森天呑

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第二部:伯爵と魔獣の森

魔獣の畜産

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正直、ここまで予想通りの展開だと別の疑問が湧くが、いまはそれは心にしまってファーマ村長の話の続きを聞く。

「で、その結果があれですか?」
俺は扉を指差した。
その向こうの広場は死屍累々の状態だ。

「ジーターが言うには魔獣と言うても大人しい種類で、飼う手間は森のイノシシと変わらんという触れ込みで。しかも肉は豚よりも美味くて高く売れると、そう言う話でした。育つのも早いからすぐに現金に出来て、二年もあれば今年買った食料の代金など取り戻せるからと...」

「そんないいものが、どうして他の地域で育てられてないのか、誰も不思議に思わなかったんですか?」
「新しい品種で、これから公国のあちこちで育てられ始めるはずだと。先駆けた方が利益が多いとも言われて、恥ずかしいこってすが、それを鵜呑みにしてしもうたんです」

そういう風に言われると、少々怪しい話だと思ったところで、恩人の主張に異を唱えるのも気持ち的に難しいか・・・

「春先にジーターが荷馬車に乗せて運んできおったんですが、実際、最初は子供でも抱きかかえられるほど小さくて可愛いもんでした」
と、ファーマ村長が自分の手で大きさを示してみせる。
生まれたての子豚サイズ、ってところだな。

「それがまあ、見る見る大きうなって...最初のうちこそ『育つのが早くて、これならすぐに売れそうだ』と喜んどったんですが、段々と気性も荒くなってきよりましてな...」

「そりゃあ、魔獣の気の荒さや攻撃性は大きさに比例することが多いですからね。魔馬や魔犬のように人に飼われた歴史が長ければ例外ですが、普通は大きい方が危険だと考えるべきです」

「そうだったんですか!」
本気で驚いてるな。
普通の村人はそこまで思い至らないかね?

「それも、魔獣の畜産があまり行われない大きな理由の一つなんですよ。効率よく育てるほど、効率よく危険になっていくんですから。誰も手を出さないことには大抵は理由があるもんでしょう?」

「返す言葉もないですが...とうとう世話係の男が怪我させられる事までありましてな、それでジーターに相談したら、『魔獣を育てる専門家を連れてくる』と、そう言うて、五人の男たちを村に連れて来たんです」

「それで、そのまま村を乗っ取られたんですか?」

「色々ありましたが、まあ、結果そういうことに...その後、儂らも家族を人質に取られて...儂とこの二人は見張り役をやらされて、村に誰も入れるなと命令されとりました」

ファーマ村長は辛そうな顔で呟いた。
この状態だと裏切り者代表って立ち位置でもあるからな。

「そんで、調査の依頼状持ったあなたらが来たことを報告したら、村人を全員集めろと言われて、追っ払うためにイノシシを放すと。危ないから島に集まれと言われたんですが、そこで剣で脅されて浮き橋を壊されて取り残されました」

それまで黙って聞いていたダンガが口を挟んだ。
「でもさあ、治安部隊のケネスさんたちがここに聞き取りに来たのは、ほんの数日前じゃないか。その時はどうやって隠してたんだよ?」

ダンガがそれを聞くと、ファーマ村長は顔をしかめた。

「魔獣の囲いは湖の先の森にあるんですが、あの人らはそこまでは行きませんでした。そもそも、本当に人が消えたかどうかって噂を聞き取りに来ただけだったらしゅうて」

ああ、そりゃ調査内容自体がそう言う話だもんな・・・

「で、儂らがジーターたちに言われたとおり応対して森の縁を見せて終わりで。魔獣たちは、あの五人が大人しくさせて声も出さなかったし、ガキどもを人質に取られてるんで余計なことも言えんと...」

いやいや待ってくれ?

村長のことは置いといて、連中はなんでそこまで面倒なことをして、この村で魔獣を育てる必要性があったんだ? 
さっき俺の頭をよぎった疑問はそれだ。

しかも見つかりそうになったら村人を口封じして、魔獣を森に放して逃げて終わり?
そんな訳はないだろう。
これが欲に目の眩んだ行商人と、まんまと騙された村人なんていう話ならむしろ平和なんだけどな・・・

ぜったい割に合わんだろう?・・・

・・・ああ、そうか!

わざわざ手間を掛けてるんだ。
『後から見れば、そう思える』ことを狙って。

よし、考え方を変えよう。
これの黒幕は面倒な手間を掛けてまで、なにかを村人の責任に押しつけようとしていた。
逆に言えば『その目的』は、それだけの手間を掛ける意味があるって事だ・・・

「ファーマさん、村で育ててた魔獣は全部で何匹ですか?」
「だいたい百匹くらいやと...」
「そんなにいたのか!」
そりゃあ食肉用に畜産してただけなら妥当な数かもしれんが、あのサイズが百匹って・・・

「柵の中に入れてるときは大人しかったんで、それほど手間も掛からんで餌さえやっときゃあ勝手に育ちよりましたんで...」
いや、餌だけでも大変だろう!

「それって、餌はなにをやってたんです?」
「牛や馬みたいなもんだってことで、牧草とか・・・」
そんなもんで肉食性の強いスパインボアが大きく育つわけも、大人しく満足してるわけもない。
なんかの仕掛けで魔力補充をしてたな。

「なあ、ライノが屠ったイノシシって、三十匹ぐらいだよな?」
「スパインボアな。ああ、数はそんなもんだろう。つまり、まだ森のどっかに残りがいるって事だ」
「でも、気配はもうほとんど感じないよ?」
「逃げた五人に連れ去られてるんだろうな。きっと俺たちが来る前みたいに魔法か薬で大人しくさせられてるままだ」

それを聞いたレミンちゃんがものすごく不安そうな表情をしてる。

「どこへ連れて行ったんでしょうか?」
「連中は村人を皆殺しにするつもりだったから、ここに戻る気は無いはずだ。ただ隠したんじゃなくて、どこかに目的地があるよなあ...」
「なんだか、とっても嫌な感じがします...」

仮に『エルスカイン』が行商人のジーターの黒幕だとして、百匹近い大量のスパインボアをどう使うつもりだったのか?

「なあ、ケネスさんは、リンスワルド伯爵のご令嬢がキャプラ公国領の視察に行ってると言ってたよな? そして今週、居城に戻ってくる予定だと」
「そうだったね。それで色々と怪しんだんだろ?」

リンスワルド伯爵のご令嬢は、今日明日にでも居城に戻ってくるらしいし、ここで育てたスパインボアたちを一気に街道に送り込んだらどうなる? 
暴走したスパインボアの群れは、なんらかの手段で押し留められるまで街道を爆走し続けていくだろうし、人為的に猛り狂わされているとすれば、それが途中で収まるはずも無い。
姫様の隊列にぶつかるまで突き進むはずだ。

あれが百匹も突っ込んできたら、視察隊の護衛騎士なんてあっという間に蹴散らされるだろう。

で・・・そのスパインボアの出元は、この村だ。

欲に目のくらんだ連中が危険も知らずに魔獣の畜産を始めたが手に負えなくなり、うっかり柵を壊されて魔獣の大群を森に逃がしてしまったと・・・

刈りにスパインボアの出所を追ってこの村まで辿り着いたとしても、その村人たちも、自分たちが逃がしてしまったスパインボアに皆殺しにされていたというわけで、そこで終わりだ。

これって、犯人というか責任を負うべき村人も全滅してるんだから『事故』にするしかなくなるよな?

手間と時間を掛けた理由はそれか!

まあ、ガルシリス城と旧街道のことを考えると、エルスカインにとってこの程度の日数や手間は、どうと言うこともないのだろうし、恐らくスズメバチの件も同じくらい周到に準備されてた可能性が高いな。

その連中は、俺たちと村人に対して怒らせたスパインボアを差し向けると同時に、残りを連れて森に逃げた。
だから、差し向けたスパインボアが全滅していることは知らないし、まさか、そんなことが起きるとも思ってないだろう。
さっさと残りのスパインボアを攻撃モードにしてぶっ放そうとするに違いない。

あっ! 
だとすると、俺たちがこの村に来たのはギリギリなタイミングだったのか?
その推理が正しかったら、もう時間が無いじゃないか!

「ダンガ、アサム、レミンちゃん、すまん! 本当にすまん。君らをこんな危険に巻き込むつもりはサラサラ無かった。でも頼む。俺を手伝ってくれ、あいつらは絶対に止めなきゃダメだ!」

「もちろんだよライノ! でも、なにが起きるんだ?」

「恐らく連中は、残りのスパインボアを攻撃モードにして街道に放つつもりだろう。いまリンスワルド伯爵家の姫様がこっちに向かって来てる道にな!」

本当に誰かに襲撃されることなんて想定外だろうから、騎士団の護衛は二十人か三十人か、ぜいぜいそんなところだろう。
七十匹のスパインボア相手じゃ全滅しかねない。
例によって例の如くな、自分の状況判断力の甘さを反省するのは後だ!

「ダンガ、逃げた連中の匂いを追って貰えるか?」
「分かった! すぐに行こう」
三人のずぶ濡れ姿をなんとかしてやりたかったけど仕方が無い。

「ファーマさん、俺たちはあいつらの跡を追います。あいつらが村に戻ってくることはないでしょうが、もし俺たちも戻らなかったら、騎士団に今回の経緯を全部報告してください。いいですね?」

「は、はい...」
「領主様やご令嬢暗殺の片棒を担ぎかけたって話になるよりは、欲に目が眩んで倫理を外れた行いをしたって言われる方がマシでしょう?」
「はい。申し訳ない...」
「その話の続きは、俺たちが無事に戻ってからです。ダンガ、荷物は置いていくぞ」

と言いつつ、何食わぬ顔で背負い袋からアスワンの革袋だけ引っ張り出して腰に結びつける。
まあ三人の荷物も財布以外はおおかたこっちに入ってるしな。

「よし、行くか!」

今回の不穏な話にもエルスカインが絡んでるんじゃ無いかって言う俺の勘は当たった気がするけど、正直、ぜんぜん嬉しくないぞ!
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