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第二部:伯爵と魔獣の森
轍を追ってみよう
しおりを挟む翌朝は小鳥が囀り始めると同時に起きて朝食を取り、野営地を畳んで歩き出したが、旅慣れたアンスロープの三人がいる上にアスワンの便利革袋があるので撤収も早い。
汚れたものを浄化し、荷物を片っ端から革袋につっこんで焚き火の後始末をすれば、再び歩き出すまであっという間である。
ところで、昨日まで辿ってきた森の中に続く道には、浅いけれど荷馬車の幅の轍がある。
ケネスさんも特に言及しなかったけど、行商人が噂を運んできたらしいことを考えると、この道はずっと馬車が通れる状態で集落を繋いでいる可能性が高いな。
「浅いけど轍があるってことは、時々は荷馬車が通ってるってことだな。この奥の集落もそこそこの規模なんじゃないか?」
俺がそう言うと、ダンガがちょっと躊躇った後に答えた。
「でもライノ、昨日のラスカ村までは荷馬車の通った後も多かったし、新しかったけど、そこからは荷馬車の跡もほとんど無くて、あっても古いな」
「え、そうなのか?」
「少ないね。ほとんど通ってないし、あっても森の奥の方へ向かう跡ばかりで、戻ってくるのが全然無い」
「つまり、荷馬車の跡は一方向しか向いてないんだな?」
「うん。馬の蹄鉄跡はどっち向きにもあるけど、ラスカ村へ向かってるのは荷馬車じゃなくて、人が騎乗してるのだけだもの。騎士や衛士隊の馬じゃないかな?」
「ほー、ダンガたちは馬の足跡を見て、それが人を乗せてた馬か、それとも荷馬車を引っ張ってた馬かの見分けがつくってことか?」
「分かるよ? 馬の歩き方も蹄鉄の地面へのめり込み方も全然違うからさ。それに轍だって車輪が踏んだ石ころのめり込み方とか、押しのけた土塊の盛り上がり方とかで回る向きがわかるもの。昨日までは、荷馬車の轍も双方向にあったけど、ラスカ村を越えてからは、轍が一方向だけになってると思う」
マジか?
そう言われてもう一度まじまじと馬の足跡と轍を見つめてみるけど、さっぱり分からない。
そりゃあ勢いよく泥跳ねが飛び散ってたりすれば、俺にだってそのくらい分かるけど、こんな浅い轍で分かるのか!
アンスロープの観察力って凄い。
「凄いな。素直に感心するよ。さすがはアンスロープの狩人だ」
俺がそう言うと、ダンガはちょっとはにかむように笑った。
「それにしても、荷馬車が奥に行く奴ばかりで、こっちに全然戻ってきてないってことは、この道は一方通行みたいな使われ方をしてるってことだな。みんなフォーフェン側に抜けてるってことだろうけど、なんでだろう?」
「一方通行って何?」
「ああ、街中の道だとな、幅が狭くて馬車がすれ違えないところは、進んでいい方向が決められてる道があるんだよ。逆側から入ったら怒られるし、もしも途中で向こうから来た馬車と出会ったら、どんなに苦労してても引き返させられるんだ」
「へー、人が多い場所は色々決まり事があるんだね」
アサムが素直というか素朴に感心してるが、決まり事が苦手だから野宿が好きだなんて利いた風なことを言ってた俺も、人のことは笑えない。
「まあ、こんな森の中の道でそんな決まりがあるはず無いから、この道の場合は、ただそういう風に使われてるってだけだろうけど」
「じゃあ、この先の集落の人たちはラスカ村側との行き来がほとんど無いのかな? 昨日の集落までの轍は両方向に同じぐらいあったわけだから」
レミンちゃんが納得顔をした。
「買い物しながら聞き込みしたときも、ポリノー村の噂を知ってる人が意外に少なかったのは、そのせいかもしれませんね!」
「きっとそうだね。日頃から行き来が少ないんだな」
うーん、そうなんだろうけど・・・
近隣の村同士の付き合いとかないのかな?
「不思議ですけど、なんか理由があるんでしょうね。例えば、集落同士で喧嘩しちゃったとか?!」
ああ、そう言うのは時々、噂に聞く話だな。
ちょっとした行き違いから大げんかになってしまったりとか、隣同士だからこそ喧嘩になってしまうってのは、街でも田舎でも同じらしい。
「考えてても仕方が無いから、とにかく次の集落へ行ってみよう」
「おう!」
++++++++++
それから数刻、四方山話をしながら歩いたが、ようやく太陽の位置が頂上近くになった頃、長い坂を登り切ったところで、眼下に広がる森の木々の間に、次の集落とおぼしき家々の屋根が小さく見えてきた。
幾つもの屋根が固まっているところの周りには、あまり起伏の無いなだらかで深い森が広がっていて、その先に小さな湖のようなものも見える。
「アレかなあ? 目的の村は」
「多分そうだろうね。距離的にもケネスさんから聞いてた話にあってると思うよ」
「とすると、あの村を通り過ぎてしばらく行けば、また街道にぶつけるって事か?」
「ええと、そのまままっすぐ行けば、昨日通り過ぎた枝道の辻に出て、その手前で左に折れるとそのまま森の縁を進んで、私たちやケネスさんが最初にライノさんと出会った場所のすぐ先ぐらいに出るはずだと思います」
「じゃあ、まあ慌てる必要も無いな。ここで昼飯にしないか?」
道の脇に明るい草地を見つけ、四人でそこに車座を組んで座った。
朝飯の時に肉も余分に焼いておいたから火を熾す必要も無く、すぐに食べ始めることが出来る。
それに今回、アスワンの言っていた『入れた瞬間の状態のままだ』という意味がよく分かったよ。
だって、革袋から出した炙り肉が、まだほんのり暖かいんだもん!
自分でもちょっと驚いたが、何食わぬ顔をして三人に配る。
「わ、このお肉、まだ暖かいです!」
「うん、さっき入れた時の状態のままだからね。生ものが腐らないのと同じで、革袋の中にあるモノは時間が経たないんだよ」
さも、昔から使っていた魔法かのように解説する俺。
まあこれは、カッコを付けてるわけじゃ無くて、アスワンとか精霊の事を説明できないからなんだ、許してね?
食べながら、なんと言うことも無い旅路のあるある話なんかをしていたのだが、食事が終わる頃になって、アサムが昨夜の続きらしき話題を急に振ってきた。
「ライノさんは、俺たちアンスロープの発祥を知ってる?」
「ああ、世間で言われてる程度にはな。闇エルフって呼ばれてた一族が人間と魔獣から魔法で生み出し、逆にそれをやった闇エルフたちは呪い返しでエルセリア族になったって話だろ?」
「うん。なので俺たちアンスロープには人間族の血と魔獣の血と、その両方が流れてるんだ。誰でも知ってることなんだけどね...」
やっぱりアサムの悩み?の出所はこれか・・・
俺は最後の炙り肉を咀嚼しながら言った。
「ずいぶん昔のことだろう? なにか気になるのか?」
「なんていうかさ、俺たちは人間と魔獣の間にいるって気がしてるんだ。人は魔獣を狩る側だけど、アンスロープには狩られる側の血も入ってるから」
「アサムたちは狩人だろう? 普通の獣は狩るけど、魔獣が狩られるのを見たら心が痛むとかってあるのか?」
「違うよ。俺たちだって魔獣は狩る。ただ、今回の旅で初めて村を出て、あちこち回っただろ? やっぱりアンスロープって固まって住んでるから出会いにくいんだ。いなくはないけど」
「嫌な思いでもしたか?」
「いや珍しがられるとか、せいぜいそんな程度かな? アンスロープとエルセリアをまとめて『獣人』だって考えてる人も多かったくらいだし。それよりも、俺としては他の人族との違いを沢山感じたよ。アンスロープが同族だけで固まって住む理由もよく分かった」
「それを言うなら他の人族も同じだな。エドヴァルは人間族ばかり固まってるし、どこの国でもエルフ族は同族で集落を作るのが普通だ。人の多い大きな街なら混じって暮らしてるけど、子供を作ることを考えると、どうしても同族で固まりがちになる」
「やっぱり、田舎で違う種族が隣り合って暮らすのは難しいよね」
「仕方が無いだろう。人間とエルフじゃあ子供の出来やすさが違うんだから。コリガンやエルセリアみたいなエルフ系統の種族は、みんな似たようなものらしいと聞いたよ」
ラスティユ村での宴会の席で、ミルシュラントの王都では、様々な種族が仲良く暮らしている、という話題が出ていたが、逆に言うと、それは『話題されるくらい珍しい』という事だ。
ラスティユ村の人たちはみんな本当に良い人々だったが、だからといって、純粋な人間族や獣人族の家族が『あの村に引っ越してくる』となると色々と難しいだろう。
詳しい事情は知らないけどレビリスの父親だって、人間族の嫁さんを村に連れてくるんじゃ無くて、自分が人間族の村に入って行ったんだしな・・・
種族とか跡継ぎとかの話が絡んでくると、単に人付き合いとかだけの話では済まなくなるものだ。
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