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第二部:伯爵と魔獣の森
革袋で豪華な晩ご飯
しおりを挟む背負い袋からみんなの分のカップを出して、具だくさんのスープって言うか、もう細切れポトフって感じだなこれ・・・を満たしてパンと一緒にみんなに配る。
パンも携行用の堅パンじゃなくてちゃんと発酵させてある、いい飯屋で食べるようなふんわりしたパンだ。
なにしろ荷物の重さもさることながら『嵩張り』を気にして無くていいって言うのは、パンのように軽くても嵩張るせいで、沢山持ち歩くのに難儀する食べ物も、いつでも自由に食べられるってことだ。
パルミュナだったら、干しイチジクのケーキを山ほどつっこもうとしかねないな。
炙り肉も、じんわり中まで火が通っていて柔らかく、脂の甘みにピリッと塩が合わさって絶妙だ。
内心で、これはひょっとするとラスティユの村で食べた熊肉焼きに匹敵するんじゃないかと自画自賛する俺。
今日は熊肉じゃなくて鹿肉なのはこの際無視する。
「美味しいなあ、このスープ...」
ダンガが感慨深そうに言うけど、君、一昨日の夜の簡単なスープも同じ感想だったよね?
まあ、あの時は最愛のレミンちゃんの容態が良くなってホッとしたって言うのが、一番の味付けだったのかも知れないけど。
「なあ、兄貴、俺、こんな美味いスープ食ったのって、生まれて初めてかも」
「それは大袈裟だろうアサム。お前たちだって狩人なんだから、他の村人よりは肉を食ってたはずだぞ? うちもそうだったからな」
「え、ライノの実家って狩人なのか?」
「ああ、父親は村の狩人だったよ。狩りに出ないときは、村で色々な修理や作業を手伝ったりして、便利屋みたいなこともしてたけどな」
「あー、俺たちと似たような感じかも知れない」
「ところ変われど、かな? 親父が取ってきた獲物でも、村に配れない中途半端なのは家族で食べてたから、農夫だった他の家よりも肉を沢山食べてたとは思うね」
「そうか、親父さん狩人なのか...いまでも元気か?」
「いやあ、それが八年前に迷い込んできたブラディウルフに殺されちまってな、ま、それが俺が破邪になった切っ掛けなんだけど」
「あ、す、スマン! 軽率なことを」
「そんなことないって。もう八年も経つんだからな。気にする必要もない」
「そ、そうか。それなら良かった」
自分の振った話題に慌てているダンガとは対照的に、アサムがすっと暗い表情を見せる。
「なあ、じゃあライノさんは、やっぱり魔獣を憎んでるのか?」
「いや全然?」
「そうなのか? でも、その親父さんはブラディウルフに...」
「正確に言うとブラディウルフに殺されたのはお袋も一緒の時だったんで、両親揃ってだ」
それを聞いてレミンちゃんがはっと息を飲んだ。
「でも別に魔獣の存在を憎んじゃないよ。破邪になった切っ掛けではあるけど、復讐するために、とかって訳じゃあないんだ」
「そっか。どうして破邪になったか聞いてもいいかい?」
「ああ、偶然なんだけどな。俺の両親を殺したブラディウルフを仕留めるために破邪が呼ばれたんだけどさ、結論から言えば、俺はその人に拾われて弟子になったんだ」
「親の仇を取ってくれたから?」
「いいや。魔獣を仕留める罠を掛けるときに、俺は自分から手を上げて囮役になったんだ。正直その時は、そのブラディウルフに仕返ししたいって思ってたしな」
「それは...当然だろうな...」
「だけど、その罠が上手くいって討伐が終わった後、師匠は俺の度胸を褒めてくれてな。で、俺の方は、村のみんなに感謝された師匠を見てて、心の底からカッコいいなあって思ってな。それで弟子にして貰った」
「え、師匠が格好良かったから破邪になったのか!?」
「そうだよ?」
「うわー、意外だぞ、それ!」
「えっそうかあ? ブラディウルフを仕留めた師匠の姿もカッコ良かったし、その後、村のみんなに感謝されて照れてる師匠が妙にカッコ良く見えてなあ...俺も、あんな風に人から感謝されるカッコいい男になりたいって思ったんだ」
「ああ。なんか、そこまで聞いて分かった! やっぱりライノさんらしいや!」
「いや、破邪なんて酔狂な仕事を選ぶ奴は、みんな似たようなもんだと思うけどね」
「昨日も、ケネスさんにそう言ってたよな」
「俺はさあ、なんか、ここ一発!って感じで人に喜ばれるのが嬉しいんだよ。自分の役目を実感できてさ」
「ここ一発、なのか?」
「だって、本当に世の中を良くしたいとか、とにかく人を幸せにしたいなんて考える奴だったら、コツコツ孤児院の経営でもしてるんじゃないかな? でも俺にはそんなの絶対にムリ」
「うーん、ライノって、どっちかというとそういう人っぽいけど」
「ないわ。俺って別に困ってる人を自分から探したりしてないもん。親しくなった相手にだけ、出来ることをしてるわけだしな」
「それにしても、ライノさんは魔獣が憎くて破邪になったってことじゃないんだね?」
「うん全然。狩人だって熊みたいな獣が村人を襲ったら山狩りするだろ? 俺は狩人じゃなくて破邪だから、討伐するのが人に害為す魔獣や魔物だってだけだ。魔獣を倒したら肉を食うしな」
「そっか。だったら良かった...」
さっきからアサムは、俺が魔獣を憎んでいるのかを気にしているな。
なんか、思うところあるんだろうか?
「ライノさんは、破邪の修行の中で料理を覚えたんですか? このスープも、甘くてとっても美味しいです!」
レミンちゃんって、賢いって言うか機転が利く子だな。
なんだか、いまはアサムの気にしてる話題を続けない方が良さそうだ。
「いやあ、破邪の食事なんて普通は質素なもんなんだよ。今回は手に入らなかったから持ってきてないけど、塩で練ったミンチを板みたいに干して固めたのを持ち歩いて、それをお湯に混ぜ込んでスープにして終わり! って感じだよ」
「あ、でも、始めた会った日に飲ませて貰った腸詰めのスープも凄く美味しかったです!」
それって、かなりの部分が精霊の水のおかげのような気もするが、ネタはバラしちゃダメだよね、きっと。
実はこのスープもそうだけど・・・
「腸詰めもモノによって味が全然違うから、味付けが運次第ってところもあるけどね。昨日ケネスさんたちとも話したけど、フォーフェンあたりは、どれも食材レベルで美味しいから嬉しかったよ」
「さっきのデュソート村の店や市でも、並んでるものがどれも美味しそうで、わたし目移りばっかりしてました!」
「分かる分かる。似たようなものが並んでると、どっちを買おうかめちゃくちゃ悩む。昔は、そんなことなかったんだけどなあ...俺もミルシュラントに来てから贅沢になったっていう自覚はあるよ」
「野菜でもなんでも、まず売ってる種類が多いですよね?」
「それそれ! このスープにも入れたけど、根っこの太いフェンネルとか、こっちに来て初めて見たし、他にも見たことなかった材料とか色々と目につくもんね」
「このスープも、味が濃くて、トロッとしてて本当に美味しいです」
「このスープのとろみと甘みはパースニップだけど、南部の方だとあまり使わなかったかい?」
「パースニップは使いますけど、ここまで強い甘みじゃなかったですね。甘さが欲しいときには単純にビートを使います」
「エドヴァルでもビートはよく出てくる野菜だな。それこそ、煮ても焼いてもスープでも何でも。あと、砂糖の原料になるんだっけ?」
「らしいですね。ただ、砂糖にするには凄く量もいるし手間が掛かるから、南方大陸から輸入した砂糖の方が値段が安いって聞きました」
「最近は砂糖も安くなってきたって言うし、そんなものかもね」
そんなことを話しながらも食事が大分進んで、炙り肉もスープも品切れになってきたので、背負い袋から『とっておき』を出すことにする。
みんなで手分けして買い物をしてる最中に見つけて、こっそり仕入れておいたのだ。
「じゃあ、きっと甘いものが大好きなはずのレミンちゃんにこれを」
さっとレミンちゃんの顔色が変わる。
さすがアンスロープの女の子だ、革袋から壺を出した瞬間に匂いに気がついたか?
「こ、これってもしかして...」
「イチゴのジャムだよ。こいつを柔らかいパンにたっぷり塗って食べてみてよ。絶対に美味しいから!」
「わーっ!!!!!」
それを聞いたレミンちゃんの目がお星様のように輝いた。
パルミュナが初めてイチゴのタルトを食べたときに、それはもう幸せそうな顔をして、瞳からキラキラと星屑が溢れてきそうだったことを思い出す。
違うのはレミンちゃんの場合、バッサバッサと音がしそうな勢いで尻尾が振られていることだな。
やっぱり女の子に甘いものって文句なしの相性だよね!
「そして、ここにこれを入れる...」
さっき、火に掛けておいた小さい方の鍋のお湯に、フォーフェンで買っておいた茶葉をパラパラと落とし込む。
「なんですか、それ?」
「南方のお茶の葉だよ。いまフォーフェンで流行ってるんだけどね...カップに掬って飲んでみてごらん。きっとジャムを塗ったパンと、合うと思うから」
「うわぁ、すごくいい香りです!」
鍋から立ち上るお茶の香りに、レミンちゃんがうっとりした顔をする。
「ダンガとアサムも拗ねるなよ? 二人にはこれがある」
そう言って俺は、革袋からエールの小樽を三つ、次々と引き出した。
こんなもの、アスワンの革袋がなかったから、とてもじゃないが持ち歩く気にはなれん!
「おっ、おおおおおぉっ!!!」
二人の感嘆の声が凄いボリュームだ。
あえて食事の終わる頃にエールを出す俺のことを『策士』と呼んでくれて構わない。
もちろん、ツマミがないのは俺も嫌なので、腸詰めをたっぷり切って、そこに瑞々しい葉野菜と塩を添える。
ぶっちゃけ、『銀の梟亭』の定番おつまみの模倣である。
模倣でもいいじゃない、美味しいんだもの。
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